04――魔法と種族
なんとか踏み台を引きずりながら流しの前に設置して、食事を用意した。自分だけのために食事を用意するなんて、何年ぶりの事だろう。
よくよく考えたらこの体に生まれ変わって初めてのごはんだから、あんまり重いのは胃に優しくないかもしれない。そういう事で冷蔵庫に入れてあった冷ご飯を使って、卵おじやを作ることにした。
個人的にはおじやは昆布で出汁をとってお肉や野菜、キノコを入れた鍋を食べた後のシメで食べるのが一番おいしいと思うのだけど、これからはひとりなんだから鍋なんてそうそうできないだろうな。贅沢は言わない、美味しければいいもんね。
ガスコンロのスイッチを押すと、いつも通りに火がついた。ちゃんと火力も調整できるから、調理に困る事はないだろう。鍋にお水を入れて沸騰する直前ぐらいに冷ご飯を投入、顆粒出汁を入れてかき混ぜてひと煮立ちさせる。せっかくだから冷蔵庫にあった鮭フレークを適量入れて、軽く火を通した後に溶き卵と醤油で味を整えて火を止める。4~5分ぐらい予熱で卵が半熟になるのを待っている間に、器とか飲み物を用意した。
鍋敷き代わりに読み終わった雑誌をリビングのテーブルの上に敷いて、そこに鍋をよいしょと置いた。以前なら片手で持てた小さい雪平鍋だけど、今は両手で持ち上げないと持てないのが辛い。これまでと同じ生活を望むのはちょっと厳しいかもしれない、主に背丈とか筋力的な意味で。
《身長は難しいですが、筋力は魔法で補助ができますよ》
木匙で少し熱めのおじやを掬ってもぐもぐと咀嚼しながらそんな事を考えていると、シーナが突然そんな事を言い出した。私がきょとんとしていると、シーナが魔法について解説してくれた。
神様の話にも魔力という単語が出てきたように、この世界には地球にはなかった魔力という不思議エネルギーがある。それはこの世界の生き物なら動物・植物に関わらず全てのものが有しているそうだ。当然この世界で神様が作ってくれた私の体にも、魔力というものが宿っている。
《リノの場合は創造神様が行う魔力探査の起点としての役割もありますので、魔力の量は種族的な特徴を考えても非常識な程に多いです》
シーナが言っているのは、神様から頼まれたほつれを発見する魔法の事ね。私を起点にして360度にほつれを発見できる魔力を放出して、反応があれば神様がそこを修復するらしい。話を聞いててなんとなく漁船の人が魚群を探すために使うソナーっていうレーダーみたいだなってふと思った、テレビで聞きかじっただけなんだけどね。
話を戻すけど、魔力がたくさんあると当然だけど魔法がたくさん使えるらしい。収納魔法に至っては、ほぼ無限に物が仕舞えるらしいよ。私、引っ越し屋さんでも始めれば儲かりそうだ。
収納魔法の他にも攻撃魔法や防御魔法、支援魔法に空間魔法なんて分類で魔法はたくさんの種類があるらしい。ちなみに筋力が補助できる身体強化は支援魔法で、収納魔法は空間魔法らしい。私の種族は魔法が得意らしいので、練習すれば結構簡単に習得できるらしい。
「ねぇシーナ、さっきから私の種族って言ってるけど私って人間じゃないの?」
《人型の生物はいくつかの種族に分かれます、平均的な能力を持つ人族・魔法が得意なエルフ族・身体能力が高い獣人族・手先が器用でエルフに比べれば短命ですが長命種であるドワーフ族など。他にもいますが主流はこんな感じで、リノ様はエルフの上位種であるハイエルフになります。通常のエルフ族は両親から産まれますが、ハイエルフは神々の寵愛を受けこの大地に産み落とされますので必然的に数がいません。現在この世界に存在しているのはリノひとりです》
ええっ、私ボッチじゃん! 元夫があんな感じだったし私も今は幼いからしばらく恋愛とかそういうのはいらないけど、もしも結婚を考える人が出てきたどうすればいいんだろう。エルフは近い種みたいだけど、他の種族は完全に異種族だもんね。結婚とか子供とか、そういう事を考える相手としては対象外なのかもしれない。
《エルフとは同族と同じ感じで交配が可能ですし、異種族に関しても子供はできにくいかもしれませんが添い遂げる事はできます。ただやはり基本的には同種族で種を繋いでいく場合が多いですので、リノの場合はエルフ族がそういう対象として一番の候補になるのではないでしょうか……それも難しいかもしれませんが》
なんだか最後に口ごもったシーナの様子が気になって問い詰めると、通常のエルフは地球での物語なんかにも描かれていたように長く尖った耳を持っているんだって。それと比較すると私の耳はほんの少し尖っているけど普通の人族に近い感じなので、下手をしたらエルフ種とは認めてもらえない可能性があるらしい。
《この世界の誕生から生きていたハイエルフが天に還ったのが約1000年前、エルフ達の口伝が途絶えていなければリノがハイエルフであるとわかる長老達もいるかもしれませんが、期待は薄いでしょうね。彼らは非常に自尊心が高く、エルフ種以外を見下す性格をしていますから》
ええ……そんな性格の悪い人達と結婚するのは嫌だよ、こっちから願い下げだわ。それよりもさっきの話で気になったのはハイエルフの寿命なんだけど、この世界が出来た頃に生まれて死んだのが1000年前? その人は一体何歳まで生きたんだろう。
《そうですね、ザッと計算して4000年と少しでしょうか。通常のエルフは長生きしても800歳ぐらいには天に召されますので、5倍程度長生きですね》
他人事だと思って簡単に言うね、シーナ。知り合った人達が自分を置いて次々先立つのはすごく辛い事だと思うしこれからそれをたくさん経験するんだろうけど、私が死ぬまでシーナが側にいてくれるならまだマシかもしれない。絶対にひとりにはならないって事だもんね。
神様から任されたお仕事がそれだけ長い期間を拘束されるものだと考えると、もらいすぎかなと思っていたお金とかこのお部屋とか通販とかも妥当かなという気がしてきた。だって4000年過ごさなきゃいけないんだから、安らげる快適な拠点や便利さは絶対必要だもの。私、便利で安全な日本で育った軟弱な元地球人だし。
《今日はリノもこちらに来たばかりでお疲れでしょうし、魔法の練習は明日からにしましょうか》
シーナの心遣いを嬉しく思いながら頷いて、その言葉に甘える事にした。食べ終わった食器を洗って片付けて、今日は疲れているのでシャワーで入浴を済ませる。高い位置にシャワーヘッドが引っ掛けられていて下ろすのに手間取ったというハプニングはあったものの、ちゃんと温かいお湯も出たしこれまで使っていたシャンプーやコンディショナーもそのままお風呂場にあったので何も困る事はなかった。
むしろ困ったのはシャワーを終えた後で、私が着れる服が全くもってこの家には存在しない。だって成人女性ふたりが住んでた家だもん、サイズが合う訳がない。むしろシャツはブカブカだけどなんとか肩に引っかかるからワンピース代わりに着れるんだけど、下着がないのが困ったものだ。
《リノ、通販で買いましょう。家の中で着る服ならそれ程悩む必要はありませんが、外に出る時の服は選ぶのに注意が必要です》
シーナ曰く、この世界の服は日本の服のように色鮮やかではないし、イラストや文字がプリントされている服など一切存在しないらしい。それは染色技術が地球と比べるとこの世界はかなり遅れているかららしいのだが、そうなると日本の服なんて縫製も機械できっちりと仕上げられているからこの世界の人達からしたら異常な服に見えるのではないだろうか。
目立つのはお断りなので、できるだけ外に出る時は目立たない無地の地味な服を選ぶことにしよう。さっき鏡で見たらこの体はすごく美少女なので飾りつけられないのは非常に残念だが、その鬱憤は家の中で着る部屋着で存分に晴らそうと心に決めたのだった。