03――タブレットと神様通販
説明が終わらない……(汗)
シーナにしばらくタメ口を練習してもらったんだけど、敬語の方が喋りやすいっていう本人の希望もあって、彼女がタメ口でもいけそうと思うまでは敬語でOKという事にした。
無理強いしても仕方ないしね、普通に友達みたいに喋れるようになったら喋ってねとお願いしてある。でも様付けは禁止、リノ呼びは強制させてもらった。そもそも私なんてこないだまで普通の主婦だったおばちゃんだもの、様付けなんてしてもらう程偉くないからね。
《それでですね、話を元に戻しますがまずはそのタブレットから、説明させて頂きます》
私がこくりと頷くと、まずはスイッチを入れて欲しいという事だったので、私はパート先で使う時みたいに電源ボタンを押した。すると画面に明かりが灯って、ロック画面が表示される。
《この家の中にはリノ様が許可した者しか入れませんので心配はいりませんが、念には念を入れてパスコードを設定しています》
「ファンタジーそのものみたいな存在なのに、そんなシーナからパスコードとかタブレットとかいう単語が出てくるのはなんだか変な感じだね」
《そうなのでしょうか、自分ではよくわかりませんが……》
私の呟きに少しだけ困惑したようなシーナだったが、気を取り直して私に説明を続けてくれる。私が持っていたスマホと同じ解除パスコードだと教えてもらったのでいつも通りに数字を入力すると、ロックが解除されて違う画面へと変わった。
表示されたのは色々な商品の一覧だった、醤油とかの調味料やパンなんかの食料品を始めとして、衣料品・日用雑貨……果ては自動車や燃料のガソリンまで表示されている。というか、トップページは神様のおすすめ商品なのね。そこにカップ麺や生麩がデーンと載ってるのはまぁ置いておいて。
「これはつまり……通販?」
《創造主様はリノさ……リノの事を心配しており、とても気遣っております。本来であれば安らぎの園で俗世の穢れや疲れを落としてから新しい魂へと洗浄されるはずであったのに、こちらの都合で苦労を掛けていると。であればこちらにできる事は最大限に行うべきである、と仰っていました》
善意なんだろうけど、神様の気持ちが重い。そもそも別世界にあちらの世界の物を持ち込んでも大丈夫なのか、ゴミ問題は解決したとしても日本で問題になっていた外来種とか病気の問題とか起こりそうで怖い。動物だけじゃなく植物にも交雑ってあるらしいからね、魔力とやらがあるこちらの世界ではどんな事が起こるのか想像できないから恐ろしい。
《リノが不安になるのは当然ですが、創造主様が用意される品物ですから問題は起こらないと思いますよ》
どうやら私の思考が漏れていたのか、シーナが安心できる一言をくれた。まぁ、私を送り込んだのも神様で地球の品物をこちらに送ってくれるのも神様なんだから、万が一何かが起こってもあちらで対処してくれると信じたい。
ホッとしたところで、シーナの説明は続く。右上のコインマークの横にある数字が、私の所持金らしい。いち、じゅう、ひゃく、せん……あの、何故か8桁も数字が並んでるんですがこれは一体!?
《リノの前世での預貯金を創造主様がこちらの世界に反映させてくださいました、ちなみにこのタブレットから硬貨として引き出す事もできます。あちらの世界で言うなら、貯金箱の様なものでしょうか》
至れり尽くせりで非常にありがたいんだけど、急に大量の貨幣が流入したらこの世界はインフレに陥るのではないだろうか。それにあっちの預貯金をこちらに持ってきたなら、娘の手には一銭も残らなかったのでは……それは困る。こうして別の世界に別の身体で生まれ変わっても、あの子は私がお腹を痛めて産んだ子だ。結婚前に貯めていたお金と夫とその浮気相手からぶん取った慰謝料で、それなりの金額があったはずだ。できればあの子の手に渡るように、このお金をあちらに返して欲しい。
《その必要はありませんよ、あちらの世界のお金はそのままです。ただそれと同価値の金銭を、創造主様がこのタブレットに追加してくださっただけの事ですから》
よかった、じゃあ娘はちゃんと相続できたのか。私はもう近くにいてあげられないから、急に大金が手に入ったからって寄ってくる自称親戚とか親友にタカられないようになんとか頑張ってほしい。あの子は私よりもしっかりしてるから、ちゃんと自衛はできるだろうけど。
そっちは安心したけど、この金額の桁の多さには納得できてないよ。一体どれだけの価値があるのかストレートに聞いてみると、シーナはしれっと『領主が住むにふさわしい大きさの屋敷を買って必要な人数の使用人を雇い、3年は働かずに生活ができるぐらいの金額です』と言い放ってくれた。めちゃくちゃ大金じゃん、そんなのもらっていいの? 本当にいいの? ねぇ!?
私は何度もこんなにいらないってシーナに訴えたんだけど、返金は不可能だと言われたのでどうする事もできなかった。とりあえず節約しよう、そして必要なところでガバッと使うのがいいと思う。
この部屋の事、スライムの事。そして通販や所持金の凄まじさを知ったショックが大きかったから、きっと脳が処理するのにエネルギーをたくさん使ったんだと思う。急に『ぐぅ』とお腹が鳴って空腹感が襲ってきた。ひとまずご飯にしようか、これまでと同じ調味料が使えるっていうのはすごく嬉しいな、しかも無くなっても通販で買えちゃうんだから本当に神様の気遣いには感謝だ。
キッチンがこれまで通りに使えるかも確認したいので、冷蔵庫の中にあるものでちゃちゃっとご飯を作ろうと思う。あー、でも身長が足りないか。
《リノ、そういう時こそこのタブレットを使ってください。試しに踏み台を購入しましょう》
シーナのアドバイスを受け入れて、早速私は踏み台を購入する事にした。正直なところ椅子でいいじゃんとも思ったんだけど、このタブレットでの買い物も一度は試しておかないとね。
品数がとんでもない量なので1ページずつ見ていくのは大変だなと思っていたら、なんとこのタブレットには商品検索機能がついているらしい。通販だしね、目的のページまでサッと移動できる機能がないと困るよね。
検索窓に踏み台と入れると、いくつかの商品が出てきた。サイズ毎に分かれているみたいだけど、今の私がひとりで無理なく上がれる中くらいのサイズの物を選んだ。値段は銅貨30枚、高いんだか安いんだかわからないね。
カートに入れて決済すると、ドンと玄関の方で物音がした。ここは異空間らしいから誰も訪ねて来たりしないと思うんだけど、一応警戒してソロリソロリと足音を忍ばせて玄関へと向かう。
そっと壁から覗き込んでみると、玄関の土間のところに大きめのダンボールがドーンと置かれていた。まさか注文したらすぐに届くのか、便利すぎてびっくりする。