02――便利なスライム
手探りで書いてます(汗)
目の前に現れたのは、山小屋というか小さなログハウスとでも言えばいいのだろうか。三角形のとんがり屋根に、石造りのえんとつ。丸太を重ねた壁が、山小屋感をすごく強めている。
木枠にはめられたガラス窓がレトロな感じで、とっても趣を感じる。色々言ったけど、とにかくすごく素敵なログハウスだった。
(は、入ってもいい?)
《もちろんです、これは創造主様がリノ様のために用意したものですからご随意にどうぞ》
シーナから許可がおりたので、おずおずとドアの取ってを掴んで開けてみた。特に引っかかりもなくスムーズにドアが開くと、中は外見とは似つかわしくないくらい近代的だった……っていうかちょっと待って、これ私が娘と住んでるマンションの部屋だよ!?
《リノ様がリラックスできるようにと、創造神様がリノ様の記憶をスキャンして室内を全く同じ状態にしてあります》
全く同じなのはまぁいいや、とりあえず置いておこう。でも机の上のアルミ缶とかゴミ箱のゴミとか、そういう所まで完全再現しなくてもいいんじゃないですかね。アルミ缶とかビニール系のゴミってこっちで処分できるのかな。
《ご安心ください、リノ様。金属やビニールなどなんでも溶かして自らの糧とするスライムがおりますので、そちらにゴミを与えれば処分できます》
シーナのその言葉を疑う訳ではないけど、せっかくなので一度試してみたい。昨日は久々に娘と楽しいお酒を飲んだからベロベロに酔っちゃって、片付けは明日にしようと思ってそのまま放置しちゃったんだよね。だからリビングのテーブルの上には缶ビールの空き缶とポテチやサラミのゴミが散らばっていた。
床に落ちていたコンビニ袋にそれらを詰めて、シーナに案内されながらキッチンへと向かう。中身が入ってないから今の私の体でも持てるのがありがたい。生ゴミを入れていたゴミ箱を開けると、中には透明なゼリーみたいなのがプルプルと震えていて、どうやらこれがスライムらしいと直感的に理解する。
(このまま入れても大丈夫?)
《はい、問題なく全て溶かしますので、そのまま入れてください》
分別しなくていいのはありがたいけど、本当に大丈夫なのかな? とりあえずシーナの指示通りにゴミ箱の中のスライムに袋を投げ入れて、じっと様子を観察する。しばらく経つとブクブクと泡が出てきて、さらにそこからしばらく経つと煙がもくもくと立ち上ってきた。
《そろそろ蓋をしましょう、今回はおそらく大丈夫ですが毒を持つ生物を溶かしたりした場合、その毒成分が煙に乗って届く可能性があります》
シーナにそう言われて、私は慌てて踏んでいたフットレバーから足を離した。すると重力に引かれて、パタンと蓋が落ちる。蓋を閉じて空間を閉じておけば、このスライム達は空気もキレイにしてくれるそうだ。見た目はちょっと気持ち悪いけど、その万能さを知れば主婦としてはありがたい存在だ。大事にしようと思う、増えて溢れたりしないよね? あ、新陳代謝みたいに一定数を自動的に保ってくれるのね。それなら安心。
それにしても神様はすごく気合を入れて、私達の家をコピーしてくれたんだね。テレビとかノートパソコンとかもあるけど、使えるのかな?
《放送電波は受信できませんが、リノ様が持っていたDVDなどを見る事は可能です。パソコンもインターネットには接続できませんが、それらを使わないインストール済みのアプリを利用できます》
まだ森しか見ていないから自覚は全然ないけど、ファンタジーな世界でファンタジー感山盛りのシーナから現代用語が飛び出てくると、なんだかすごく違和感を覚える。映画とかバラエティ番組のDVDは結構買ってるから暇な時に一緒に観ようと誘うと、どことなくシーナから嬉しそうな雰囲気を感じる事ができた。無機質なアドバイザーより、ちょっとでも感情移入できる子の方が私としても付き合いやすいからね。シーナとは仲良くやっていきたい。
背伸びして冷蔵庫からお茶を取り出して、洗ったまま食器棚に戻さずに放置していたガラスコップに注ぐ。うーん、切実に身長と握力と腕力が足りない。踏み台を用意した方がいいのかも。
ふと流し台に目を向けると、見慣れない色が目に入ってきた。ひとまずお茶の入ったコップを置いて、料理中の休憩に使っていた椅子をズリズリと引きずって流し台の前に運んでくる。短い手足でなんとか椅子によじ登ると、椅子ごとコケないように気をつけながら立ち上がる。
「……タブレット?」
充電台に置かれていたのは、黒いタブレットだった。しかもパート先のコンビニで使われている発注用のやつ、コンピューターに接続されている充電台に載せると入力したデーターが本部のサーバーに送られて、荷物が入荷する仕組みになっているはず。私はパン担当だったから、パンのところしか触った事ないけど。店長は商品全般これで発注していたはず。
《リノ様、こちらのタブレットについても一緒に説明致しますので、運んでいただけますでしょうか》
シーナに言われて、落とさないように慎重に充電台からタブレットを持ち上げる。ズシリとした重さに、そう言えばこれすごく重たいんだよねと今更ながらに思い出す。一度椅子の上に置いて私がジャンプして飛び降りてから、タブレットを両手で抱えた。
とりあえずタブレットをリビングのテーブルの上に置いて、もう一度キッチンに戻ってお茶を入れたコップを持ってくる。どうもまだサイズの縮んだ体に慣れないみたいで、少し足取りが怪しい。何はともあれコケなければいいや、とリビングのカーペットの上に座った。
(ごめんね、本当ならシーナにもお茶を入れてあげたいんだけど……飲めないもんね)
《お気遣いありがとうございます、リノ様が感覚を共有してもいいと許可を出したものであれば私も味を感じる事ができますので、もしよかったら許可を出して頂けると嬉しいです》
なにそれ、ひとり分の食べ物や飲み物で私とシーナのふたりが楽しめるならお得だね。バンバン許可を出しちゃうよ、美味しいものはひとり占めせずに分け合わないとね。
《先にこのタブレットから説明しますが……》
「ちょっと待って、シーナ! その前にひとつだけいい?」
話し出したシーナにストップをかけるために、思わず声が出た。今は誰も近くにいないし、そもそも私の家なんだし変に思う人はいないでしょ。声を出したままで続ける事にする。
「ずっと敬語だと私もしんどいし、シーナは私の中にいるんだったら一心同体でしょ。もっと砕けた話し方にしてほしいな」
《しかしリノ様は創造主様の代理人です、私などが敬語以外で話すなど……》
「リノ様も禁止! リノでいいよ、神様の話だと私とシーナはすんごく長い付き合いになりそうだし。そんな相手に肩肘張りたくないし、張ってほしくもないじゃない?」
《……ご命令ならば、そう致します》
しばらく無言で黙り込んだ後、シーナはそうポツリと言った。今は命令でもいいや、まだ初対面と同じようなものだもん。これから仲良くなっていけばいい、そのための第一歩だと思えば。
「じゃあ、命令。私の事はリノと呼んで、敬語は禁止で」
《……かしこまりました》
承服しかねる、と言いたげに間を空けたシーナの返事は敬語だったけど、訂正はしないでおいた。ゆっくりでいいよ、ゆっくりでね。