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01――案内人?と誓い

やっと家が出てきました。


 ゆっくりと意識が覚醒へと向かう。柔らかい太陽の光が、木々に生い茂る葉っぱの隙間から差し込んでくる。


「んっ……」


 ノドの奥から小さく声が漏れて、私はゆっくりと目を開けた。というか、漏れ出た声がすごく可愛い。え、これって本当に私の声なの?


「あー、あー。すごい、こういうのを鈴を振るような声っていうのかな?」


 可愛いけどアニメ声って訳でもなくて、聞いていてすごく耳触りがいい。そんな事を考えながら『よいしょ』と立ち上がると、その拍子に弾んだ髪が肩から胸元へとかかった。なんと色は亜麻色、ひえぇ……私の感覚ではさっきまで純日本人だったのに、急に欧米人みたいな髪色になってしまった。


 あまりに信じられなくて髪を軽く引っ張ってみると、ちゃんと頭皮が引っ張られる感覚が伝わって微妙に痛かった。ってちょっと待って、髪を引っ張った手がすごくちっちゃい。その上に肌の色が透き通るかのように白い。イメージ的には以前インターネットで見たロシアの女の子がこんな感じの肌の色だったと思う。


 しかし、見渡す限り森だね。私の身長が子供と同じぐらいに縮んでしまっているからなのか、木々の背がすごく高く感じる。これからどうすればいいんだろう、薄ボンヤリさん……言いにくいから神様でいいや。神様は私の好きなように生きて構わないって話だったけど、右も左もわからないこの森の中でどう生き延びればいいのやら。


《お困りですか、主様?》


 途方に暮れていると、突然私の頭に幼い子供のような声が響いた。びっくりして周りを見回すけど、周囲には誰もいない。


《主様、私は主様の精神と一体化しております。目で探して頂いても、見つかりません》


 空耳なのかなと思っていたら、またも声が頭の中に響く。精神と一体化とか、なにそれこわい。


「あ、あなたは誰なの? なんで私の中にいるの?」


《落ち着いてください、主様。私が何故主様の精神と一体化したのかというと、創造主様の計らいなのです》


「神様の?」


《はい。創造主様は主様にこの世界の知識がないため、サポートのために主様の魂に私を同化させたのです》


 なるほど、あの白い場所で神様が言ってた常識を私の魂に書き込むっていうのは、こういう事だったのね。よくわからないけど、右も左もわからない世界にひとりだけで放り出されるよりは全然マシだ。神様の気遣いがすごくありがたい。


 でも一心同体の間柄なのに、主様って仰々しく呼ばれるのもなんだかむず痒いよね。できればもうちょっとフレンドリーに接してほしい。


《ではお名前で呼ばせて頂きたいのですが、主様はまだこの世界に真名を登録しておりません。今のうちにササッと登録してしまいましょう》


「真名?」


《複雑な話は横に置いておきますが、主様の存在を世界に縛り付ける楔を埋め込むために名前を登録するのです。この世界には漢字がありませんので、悪意を持つ者に知られても呪術で呪いを掛けられる心配もありません。ですので、漢字とカナで名付けをして頂きたいのです》


 よくわからないんだけど、とりあえず日本での名前と一緒でいいのかな? ちなみに私の名前は鹿野梨乃かのりのだった。もちろん、結婚してた時は違う姓だったよ。もう離婚したんだから、あっちの姓は名乗りたくないし。


《それでは梨乃・鹿野様で登録します、普段はリノ様と呼ばせて頂きますね。まずは、リノ様の言葉で構いませんので世界に誓約の言葉を紡いでください》


 いきなりそんな事を言われても、とアワアワしてしまったけれど、深呼吸をひとつしてから右手をぎゅっと握って胸元に当てた。


「私の名前はリノ・カノです。今日からこの世界でお世話になります、よろしくお願いします!」


 なんだか新入社員がする一番最初の挨拶みたいになっちゃったけど、想いをめいっぱい込めて言ってぺこりと頭を下げた。すると私の足元に円形の幾何学模様が浮かんで眩しいぐらいの強い光を放つと、すぅっと私の体に吸い込まれる。特に何にも変わった感じはしないんだけど、これで大丈夫なのかな?


《リノ様、ありがとうございました。これで誓約は成り、リノ様の真名が登録されました》


 どうやらうまく登録できた様だ、でももうひとつやらなきゃいけない事があるよね。


「じゃあ、次はあなたの名前を教えてくれる? 呼びかけたくても名前がわからないと困るでしょう?」


《……残念ながら、私には名前がありません。呼び名が必要であればお手数ですが、リノ様に命名頂けると大変光栄です》


 私の問いかけに、少しだけ沈んだ様な声が返ってきた。名前かぁ、これからずっと私が死ぬまで一緒にいてくれるんだもんね、馴染みのある名前にしたい。


「シーナっていう名前はどう? 私の実家にいたネコの名前なんだけど」


 すごく懐っこいネコで、小学生から社会人になるくらいまで実家で一緒に暮らした大事な家族だ。最期を看取ったあの子から名前をもらったら、より一層愛着を持てると思う。


《かしこまりました、それでは今後は私の事をシーナと呼称ください。あと、私との会話は口に出さずとも可能です。私に話す意思を持ってリノ様が思考された内容は、もれなく私に伝わります》


 考えた事が全部シーナに伝わる訳じゃないんだ、そこはちょっと安心かな。ずっと私が考えてる事がシーナに伝わるなら、私もシーナも気疲れすると思うし。


(これから末永くよろしくね、シーナ)


《はい、リノ様。こちらこそよろしくお願い致します》


 私は改めてシーナに挨拶し、その返答に微笑む。こうして私はこの世界で生きる第一歩を踏み出したのだった。




 さてさて、それはさておき。森の中に幼子がひとり、これからどうするべきなのか。そもそも私、この世界の事なんにも知らないんだよね。この森の近くに人が住んでいるところがあるのか、もしあってもそれはどっちの方向なのか。皆目見当がつかない。


 わからない事がすごく不安なので、基本的に私は予習を欠かさない性格をしている。例えば家電製品を買うと機械に疎い事も重なって、必ず取り扱い説明書を隅から隅まで読んだりする。だから行動に移るにしても、この世界についての基本的な知識を詰め込んでからにしたい。


(ねぇシーナ、できればこの世界の事とか私の体の事とか、詳しく説明を受けたいんだけど)


 言ってはみたものの、今の状況だと無理かなぁと半分諦めていた。何故ならここは森の中、腰を落ち着けるところもないし、移動するにしても私は靴も履いていない裸足状態だ。身につけている物は本当に簡素な白いワンピースのみというひどい有様だ。


《わかりました、それでは創造主様からリノ様に付与された能力を使いましょう。両手を前に突き出して、『出でよ家』と強く念じてください》


 あっさりとシーナは了承の意を示すと、突然謎の指示を出してきた。なんだかちょっと恥ずかしいけど、両手を木がなくスペースに余裕があるところに向けて『出でよ、家!』とヤケクソ気味に心の中で唱える。


 すると瞬きをする間もなく、突然目の前に木製の山小屋みたいな家が現れて、私はシーナに声を掛けられるまで呆然としたまま固まってしまったのだった。


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