10――ミミの事情
更新再開します。
のんびりとした更新ですが、よかったら引き続きよろしくお願いします。
「とじんぞく、ねらわれる。ミミのおかあさん、ラサもどれいだった」
拙い言葉でとつとつと語られる言葉は、彼女の種族がすごく辛い立場にいることが強く伝わってきた。
兎人族は性格的にすごく真面目で、コツコツと仕事に取り組める職人的な一面を持っている種族なんだって。それとは別にその、夜の精力がすごいらしくて、奴隷にするために各種族に狙われているんだとか。当然扱いも酷くて、兎人族は数を減らしているそうだ。
ミミのお母さんのラサさんもさらわれて奴隷にされた人で、それはもう人族の成金みたいな人にひどい事をされていた。世話係を任されていたミミの父親であるラガンはそんなラサを可哀想に想って、ある日成金の家から連れ出して一緒に逃げたらしい。もちろん同情だけじゃなくて、ラサの外見に惹かれたのもあるんだろうけど。ミミを見ていると、きっとお母さんの容姿はすごく整ってたんだろうなぁと想像できるものね。
逃げ出して後は命からがら兎人族の隠れ里に辿り着いたふたりは、ラガンだけではなく人族の男を連れて帰ってきたラサも引っくるめて冷遇した。自分達の同胞を助けてくれたという気持ちとこれまでの人族がやってきた悪逆非道を考えると、プラスマイナスゼロにはできなかったのだろう。結局兎人族の気持ちは恨みの方が強く残り、ラサとラガンを受け入れることができなかった。
いない者として扱われていたふたりは、それでも愛を育んでミミを授かった。家族3人で慎ましく暮らしていたのに、その幸せは長くは続かなかった。ミミに家で留守番するように言って、ある日ラサとラガンは食料採取と狩りを兼ねて森へと入った。ミミはボロボロの家にひとりで留守番をしていたのだけれど、ふたりは何日経っても帰ってこなかった。
それに気付いた近隣の子供を持つ女性がそれに気づき、ミミを保護して村長へと相談し、男衆で組まれた捜索隊が森に入っていった。獣にやられたのか、ふたりの遺体は食いちぎられてその場に残っていたのは腕や足など体の一部だけだったという。血溜まりの中からラサがいつも身につけていたネックレスだけが持ち帰られ、遺体はその場に埋葬されたらしい。
ネックレスはキレイにされて、ミミの元へと渡された。金属製のそれはペンダントトップに紫色の宝石が付いていて、価値がありそうだったので物欲しそうにしている者も複数人いた。しかし村長が決めたことは絶対で、不服の種を抱えながらも村人達はミミを受け入れた。
3人で過ごしたボロボロの家でたったひとり生活を始めたミミだったけど、死なれては目覚めが悪いと食料だけは村人達が運んでくれていた。お母さんのラサに毎日こう過ごしなさいと言われたルーティーンを静かに繰り返す日々を送っていたが、ある日突然隠れ里を人族に襲われた。
夜だったので廃屋になった自宅で寝ていたミミは、人の悲鳴や金属同士がぶつかる音などが聞こえてきて飛び起きた。でも好奇心よりも恐怖心の方が先に立って、ご飯を食べる食卓代わりに使っていたボロボロの木箱の中に入って音が止むのを震えながら待っていたらしい。結局明け方まで人の気配は消えずに、ようやっと音も気配も消えた頃に箱から出て外の様子を見ようとしたミミの目に飛び込んできたのは、変わり果てた村の姿だった。
家や畑は焼かれ、地面には赤黒く固まった血が広がり、抵抗した兎人族の男達の遺体があちらこちらに転がっていた。その光景を見た瞬間、昨日からの恐怖の積み重ねと精神的な疲れなどが重なっていっぱいいっぱいになってしまったミミは、走って壊滅した村を飛び出した。
とにかく気力を振り絞って体力が持つところまで走って地面に寝転び、少し休んではまた走り出すという行動を繰り返したミミは、枝や石などでいくつもの怪我を負っていた。それすら気にせず走り続けたミミは、普段なら気付くはずの周囲の気配に気付いていなかった。いつの間にか大きな狼の群れに囲まれていて、疲れているミミがどれだけ一生懸命走っても逃げ切ることができる相手ではない。
それでもミミは生きたかったのか、考えるよりも先に残り少ない体力を振り絞って木に登って、なんとか狼をやり過ごそうとした。高い場所でガリガリと木の幹を削ってこちらを疲れさせて落とそうとしてくる狼に、ミミは段々と意識が遠くなっていくのを感じていた。そしてもうダメだと思ったその時、ドシンドシンと地面が揺れているのに気付く。
「そこに私が、というか家が通りがかった訳だね」
ポツリポツリと言葉少なく単語で話すミミと、それを補足してくれたシーナのおかげでおおよそのミミの身の上はわかった。というか、重いよ。子供に背負わせる身の上じゃないよね、これ。
両親に教わったわずかな常識だけじゃ、多分この世界でやっていけないよね。特にミミは人族に狙われている兎人族なんだから、あっという間に捕まって奴隷にされて好色家の富豪とかの家に連れ込まれそう。これは放り出せない、このまま放り出したら多分私は自分のことを許せなくなりそうだ。だって見捨てるのと一緒だもの、それなら一緒に苦労しても傍にいる道を選びたい。
「ミミはさ、これからどうしたい?」
「……?」
問いかけた私の言葉に、ミミはきょとんとした表情で小首を傾げた。漠然とした質問だったかな、具体的に選択肢を挙げた方がいいのかも。そう考えて、私は自分の小さな手のひらをグーの形にして、それから短い人差し指を立てた。
「ひとつめ、元の村に戻る……はないよね。もう誰もいないし、襲われて荒れたままになってるんだし」
わかりきった質問だったかなと苦笑しながら言うと、ミミもこくりと頷いた。ご飯をもらえていたとは言え腫れ物扱いだった彼女だ、好悪どちらが強いかと言えば悪の気持ちの方が強いのかもしれない。私だって既知で良くしてくれた人達なら家で村まで向かって魔法で穴を掘って埋葬ぐらいはしたかもしれないけど、ミミを冷遇した人達ならそうする義理もないと思う。
「ふたつめ、どこか人族の街の近くまで送っていく。でも多分ミミは両親と一緒にいた期間が短いから、ルールとかそういうのはあんまりわからないよね」
「まいにち、やらなきゃいけない事はおぼえているよ?」
ミミ、それはおうちの中のルールでしょ。どうやらさっき考えたとおり、ミミを街に放り出したら本当に秒で奴隷にされちゃいそうだ。うーん、こうなったら私も覚悟を決めよう。私だって全然この世界の常識なんて全然わからないけれど、ミミと一緒に学んでいくことはできる。娘との子育てだって、わからないことばかりで娘の反応に教えてもらったことがたくさんあった。それと同じように、一緒に成長することができるんじゃないかな。
「みっつめ、ミミがひとり立ちできるまで、私と一緒に暮らす? 事情があってあっちこっち移動しなきゃいけないけど、ミミにとってそれが苦じゃなければなんだけど」
「……ミミと、いっしょにいてくれるの?」
「うん、ミミがもうひとりで大丈夫になるまでね」
本人の意思が大事だもんね、どういう答えが返ってくるのかなと思っていたら、ミミは大きな瞳からポロポロと涙をこぼして泣いていた。そして私の方に駆け寄ってくると、その勢いのままぎゅうっと力いっぱい抱きついてくる。ただ体格はミミの方が良いので、私は押し倒される形で床にふたりで倒れ込んだ。
「だれも、いなかったの……ミミといっしょにいてくれるなんていってくれたひと! うれしい、ほんとうにうれしい……」
きっと寂しかったんだろうね、両親が突然亡くなって周りの人からは空気みたいに扱われて。少しでもミミの孤独が私の存在で薄まるように、私は泣きじゃくるミミの頭をそっと撫でた。




