09――家の新スキルとご飯の準備
部屋に入ってまず最初に行ったのは、家の状態を確認する事だった。あれだけの狼と戦ったのだから、もしかしたら不調が出ているかもしれない。
シーナに頼んで視界に家の能力を表示してもらって状態を確認したところ、どうやら何も異常はない様だ。この家は私にとってこの世界で生きていくための生命線だからね、こまめにチェックしておかないと。そう思いながら項目をひとつひとつ確認していたら、この前見た時にはなかったスキルが増えていた。
そのスキルは『増築』というもので、その名の通りこの家の施設を増やせるらしい。詳細を見てみると、部屋から馬房まで様々な候補が並んでいた。
「馬房って馬小屋みたいなものだよね? 今は馬なんていないけど、後々には手に入れた方がいいのかな」
移動は家ですればいいと割り切れればいいけど、地形とか人目なんかが原因でずっと使える訳じゃないと思う。となると家を収納して馬車で移動するのが一番いいのかなと、馬車じゃなくてそのまま乗馬で移動するのもアリかもしれないけど、乗馬ってした事ないんだよね。鞍とか鐙とか必要な道具は神様通販で探せば見つかるだろうし、練習した方がいいのかも。でもその前に、まずはどこかの街に着いたら馬を買わなきゃ。
別邸とかも作れるみたいなんだけど、これは家に住む人数が増えた時の事を想定してるのかな。まだ自己紹介しかしてないけど、ミミみたいにトラブルに巻き込まれている人をこれからも助ける事があるかもしれないし。
《リノは彼女をどうするつもりなのですか?》
唐突にシーナにそう問いかけられて少し驚きながら、今後の事を考える。もちろんミミの気持ちをちゃんと聞いてからどうするか決めるつもりだけど、彼女が今まで住んでたところに戻りたいなら送り届けるつもりだし。帰る場所がないなら、街で生活できるまでちゃんと面倒を見る。それが助けた人間の責任だと思うから。
私がそう伝えると、シーナは仕方がないなぁとでも言いたげな雰囲気で《できる限りお手伝いさせて頂きます》と返事をした。多分私自身がまだこの世界にちゃんと根を張れてない状態なのに、他人の面倒まで背負い込むなって事なんだろうけど仕方がないよね。あの状況で助けないという選択肢は、元日本人の私には選べなかったし。
なんにしても全てはミミが起きてからの話だ、それまでに部屋の中の不要品を片付けて、それからご飯の準備しようっと。ちょうど古くなった下着とか窓拭きや床拭きに使う端布にしようと思ってたTシャツとか、ひとつの衣装ケースの中にまとめてたんだよね。ちょっとでもお金になるならありがたいし、タブレットの中に取り込もう。
チャリン、チャリンとタブレットから音がして、古着が取り込まれていく。これってすごく便利な機能なんだけど、1枚ずつっていうのがかなり面倒くさい。これも家が成長したらまとめて買取してくれたりする様にならないかなって、ちょっと期待している。
見るからに経年劣化を感じられるものだったからか銅貨数枚にしかならなかったけど、金額がつくだけいいよね。これは今日の夕ごはんに使う材料を買うのに使おう、私ひとりならそんなに食べられないし簡単な物で済ませちゃうけど、今日はミミが一緒だからね。元気を出してもらうためにお肉料理も用意してあげなくては。
衣装ケースの中身が空っぽになったのを確認して、私はタブレットを抱える様に持って部屋を出た。なるべく音を立てない様にリビングに入ると、小さな寝息が聞こえてくる。眠りが深いみたいだから、多少水音とか物音が出ても大丈夫だろう。そう判断した私はキッチンの電気を点けて、冷蔵庫の中身を確認した。体調を崩してる人にまさかステーキをドーンと用意する訳にもいかないし、ハンバーグにしようかな。付け合せに野菜を添えればバランスもいいしね。
一応炊いたご飯とロールパンの二種類を用意しておけば、ミミがどちらを好んでも大丈夫だろう。まだ街やそこに住まう人達の生活スタイルすらみてないからなんとも言えないけど、なんとなくこの世界は西欧寄りな気がするんだよね。もしこの予想が当たっているならお米はあんまり食べられてないだろうから、パンの用意は必須だと思う。
必要なものをタブレットで注文したら、相変わらずあっという間に届いた。梱包がダンボールの時はドサッと音がする感じに置かれるけど、今回はビニール袋だし買った物の中には卵が含まれているからか、音もなく玄関に荷物が置かれていた。ミミが寝てるから静かに置いてあげようっていう神様の気遣いも、もしかしたらあったのかもね。
そんな事を考えながら荷物をキッチンに運んで、ハンバーグのタネを作り始める。ウサギって玉ねぎ食べても平気だったっけ? まぁ肉が食べられるんだから、私が考えているウサギの生態とは全然違うんだろうけど。そう言えばどこかの国の野生のウサギは肉を食べるって話を聞いた事があるような気がする。
混ぜ合わせたタネを、両手の間で投げつけるようにして空気を抜く。今の私は子供だから手が小さくて、普段なら娘とふたりで1個ずつぐらいになる分量で、6つもハンバーグが出来てしまった。まぁミミがお腹がすいていたらおかわりするだろうし、余っても冷凍すれば数日は持つでしょ。
真ん中を軽く指で凹ませて成形を終わらせると、フライパンを火にかける。大きめのフライパンだから、6つ全部並べる事ができた。両面に焦げ目がつくぐらいに焼くと、水を適量入れて蓋を閉めて蒸し焼きにする。
「……なにつくってるの?」
急に後ろから声を掛けられて、思わずビクッと体を硬直させてしまった。この家には今私とミミしかいないんだから冷静に考えると声の主はミミしかいないんだけど、この時の私はそこに思い至らなくておそるおそる後ろを振り向いた。するとまだ眠そうなミミがこちらを見ていて、安心からか深く胸の中にある息を吐き出す。
「急に後ろから声をかけたらびっくりするでしょ、もう。私達の夕ごはんだよ、食べられそう?」
「……うん、おいしそうなにおい」
これまで無表情だったミミがふわっと笑うのを見て、ご飯って偉大だなと思った。美味しいものを前にすると、人の警戒心はどうしたって緩むもんね。私はまだ出会ったばっかりでミミにとってはよく知らない他人なんだろうけど、せめて食事の時ぐらいは私もミミも自然体で話せればいいなと思う。
焼き上がったハンバーグと付け合せのサラダを皿に盛り付けると、ミミがリビングのテーブルまで運ぶのを手伝ってくれた。やはりこの辺ではお米を食べる習慣がないらしく、ミミには炊きたてご飯に卵と刻み海苔のふりかけをかけたものを味見してもらった。するとそれがいたく気に入ったらしく、ミミはパンではなくふりかけご飯を選んだ。
お皿を並べ終わって席につくと、私は手を合わせて『いただきます!』といつものように挨拶したのだが、それを不思議そうに見ているミミがいた。どうやら食事の前には神様に祈りを捧げるのが、この世界の一般的な食事前のマナーらしい。
せっかくなので祝詞を教えてもらって、私もミミと一緒に握りこぶしを合わせるような状態にして祈りを捧げる。私がこの世界で快適に暮らせているのは、100%神様のおかげだもんね。『いつもありがとうございます』と心の中で感謝を捧げながら祈った後、食事を開始した。
ミミには箸は使えないだろうから、フォークとスプーンと食卓用のナイフを用意したのだけど、途中から使い分けるのが面倒になったのかフォークを器用に使ってご飯を掬ったりハンバーグを切ったりしていた。付け合せの野菜サラダにドレッシングをかけてあげたら、とても気に入ったみたいでご飯と一緒にサラダも何回かおかわりしていた。よく子供の体にそれだけの量が入るなと驚くやら呆れるやらな食べっぷりで、見てて気持ちがいいくらいだった。
お腹をポコンと膨らませて満足気にしているミミに、食後のお茶を淹れてあげる。自分の分も用意した後で、私は自分の席に改めて座り直した。
「ミミ、落ち着いたところであなたの事を教えてもらってもいいかな? なんであそこで狼に襲われていたのかとか、その前はどこに住んでいたのかとか」
なるべく詰問している雰囲気にはならないように、私は笑みを浮かべつつそう尋ねる。するとミミも居住まいを正すように座り直し、私をまっすぐに見つめるとポツポツと自分の事を語り始めた。




