じれったい
心情を丁寧に描きたい。共感してくれたら嬉しいです。
ああ、こいつ私のこと好きなのかも。そんな風に感じることがたびたびあった。例えばテスト期間で部活が無い日。家の近い私たちは自然通学路もかぶることになるのだが、そんなとき彼は決まって後ろから私の肩をたたき、並んで家まで歩いた。例えばクラスマッチなどのイベントのあと。クラスも部活も違うにもかかわらず、お疲れ!入賞おめでと!といったとりとめのないLINEを送ってきた。あちらが話しかけてこない限り話す機会もない、ただの同じ地区に住む者同士でありただの中学時代仲の良かったクラスメイト、そんな関係だ。
私はそんな彼との関係を客観視しながらも、好意を向けてくる彼を少なからず意識はしていた。もちろん恋愛的な意味で。しかしその気持ちが本物か、つまり私の彼に対する恋愛的感情が本当のものかどうか、わからないでいた。というのも、彼は吸血鬼の血が入っているのである。今の時代吸血鬼や河童、雪女、狼男などという一世紀前までは「妖怪」「化け物」と言われていた生物は受け入れられている。時代が進む中でまったくヒトの血が入っていない者は少なくなったようだが、それでも同じ種同士での婚姻が多く、彼は「わりと血の濃い方の」吸血鬼だそうだ。吸血鬼の特性といえば吸血行為が主に思い出されるだろうが、それ以外にも「魅了」という特性がある。私はヒトであるから詳しくはないが、その特性は古くは眷属をつくるために使われたもので、自分に都合の良い感情を向けるように他者を操れる...とか。何が言いたいかというと、私のこの感情は彼の「魅了」能力によるものではないか、ということだ。
そんな葛藤を胸の内に秘め、彼とのLINEを続けながら、私たちは高校二年生の夏休みに入ろうとしていた。
高校二年の夏といえばいろいろな小説、漫画でも舞台となる青春真っ盛りの時期だ。告白してくるとしたらそろそろだろう。他人事みたいに言うが、実際私は自分が「彼氏持ち」になるなんてことをはっきりと思い描くことは出来なかった。
そして夏休み突入前日。ついに告白は無かったかあ...そもそも好きっていう確証もないしな、とやや残念に思いながら気持ちゆっくりとした足取りで下校していると、
「りい!」
と私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、彼__赤津祐がいた。おかしいな、今日は部活日のはずだが。ちなみに私は写真部で、週に一日しか部活が無く今日も部活日ではなかった。しかし彼は毎日部活のある将棋部に所属していた。まあ聞くのも野暮かなと思い、いつものように他愛のないお喋りをした。
「ゆうくんっていつも吸血鬼用の日焼け止めクリーム塗ってるけど、それやんなかったらどうなるの?」
「ん~、なんか肌がピリピリして粉っぽくなる...多分その粉ってのは灰なんだろうね。俺は少なからずヒトの血が入ってるから軽い方だけど、父さんなんかは基本晴れた日の外には出ない。」
「ふーん。え、じゃあお父さんは目も赤かったりする?」
「や、目が赤いのはホントに純血じゃなきゃならない。そもそも赤い目は眼球のメラニン色素がほとんど無くて血液が透けてる状態だから、光に弱いんだって。今は電球とかあって光にあたらんきゃ生きてけんからなー。月明りくらいなら平気らしいけど、LEDとかさ、もー無理。」
気づけばもう彼の家に続く横断歩道の前に来ていた。私の家はもう少しまっすぐ行った先なので、ここで別れることになる。
「じゃ、良い夏休みをー」と私が言うと、彼ははっとした顔をして、
「ま、って、あのーえと」
ついに来たか、と思い私は胸の鼓動を強く感じた。しかしそんな気持ちは前に出さず
「ん?」と彼の顔を覗き込むと、彼は耳まで真っ赤に染め目をきょろきょろと動かしていた。
「.........わ」
わ?
「忘れた!何言おうとしてたんだっけ」
まじかーーここまで来て寸止め。頼むよ吸血鬼。臆病者め。
ちょっと面白くなって「何よー」と突っ込んで聞くもごまかされ、横断歩道の前でとどまる私たちのために止まってくれた車もいたため、「じゃ、思い出したら」と言ってその日は終わった。
...いや、止まって車くれたなんかはほんの小さなきっかけに過ぎない。本当のことを言うと、私も怖かったのだ。いざ告白されたら、何と答えればいいのか、準備ができていなかった。結局臆病者は私も同じだった。