守るもののため
気が付くと、タルトは何もない空間で倒れていた。戦っていたはずだと思いながら立ち上がり、周囲を見回した。
一体ここはどこだ?
そう思いながら歩き始めた。進んでいるのか戻っているのか。そもそも、この道がどこまで続くのか分からない状況の中、元の所に戻ろうと考えながらタルトは歩き続けた。しばらく歩いていると、後ろから気配を感じた。
「誰だ」
声を出しながら、タルトは後ろを振り返った。そこに立っていたのは白いワンピースを着た女性。女性の周りには光のオーラが放たれているため、顔は分からなかった。しかし、タルトはこの女性が誰なのか、見ただけで把握できた。
「そんな……」
茫然としたタルトに女性は近付き、耳元でささやいた。その言葉を聞いた瞬間、タルトは改めて戦わねばと心に決めた。
倒れていたはずのタルトが、急激に魔力を上昇させた。タルトの顔を蹴っていたヴィドはそれに驚き、後ろに下がった。
「な……何だ! こいつは俺が殺したはず!」
動揺しながらヴィドは叫んだ。致命傷を受けたはずのタルトはゆっくりと立ち上がり、ヴィドを見てこう言った。
「私はまだ死ぬわけにはいかない。あの世に逝って会いたい人がいるが、私には! 守るものがたくさんある!」
タルトは剣を構え、ヴィドを睨んだ。その目を見て、ヴィドは恐怖心を覚えた。どれだけタルトを傷つけても、剣で体を突き刺しても意味がない。何故かヴィドはそう思った。しかし、あいつはもう死ぬ。あと一回剣で斬ればお陀仏だと考えを改め、剣を構えた。
「マンガの主人公みたいなこと言うなよ、オッサン! お前は何も守れず! 誰も助けることはできず! この俺に殺される!」
「殺されないさ!」
その言葉を聞いたヴィドは苛立ち、タルトに向かって走って行った。
「調子こいたセリフを吐くなよ! このマヌケ野郎が!」
タルトに接近し、ヴィドは勢いよく剣を振り下ろした。虫の息のタルトがこの攻撃をかわせるはずがない。ヴィドはそう思っていた。が、タルトは横に移動し、ヴィドの一閃をかわした。
「なっ! 体はもう動かないはずじゃあ……」
「私はまだ戦えるさ」
と、タルトは言葉を返し、剣を横に振るった。ヴィドは攻撃が来ると察していたが、横の一閃を回避することはできず、攻撃を受けた。
「ガハァッ!」
強烈な一閃がヴィドに命中し、後ろに吹き飛んだ。傷は受けたが、まだ戦えるとヴィドは思い、苦しそうな声を上げながら立ち上がった。
「どうした? 苦しそうな顔をしているじゃないか」
タルトの言葉を聞き、ヴィドは苛立ちながら魔力を開放した。
「この野郎が! お前は必ず! 絶対に! この俺がぶっ殺す!」
魔力を開放したと同時に、ヴィドはポーカーから受けた改造の力を使った。改造の力はヴィドの全身の筋肉を膨張させ、攻撃力も防御力も底上げさせた。
「フハハハハハハハ! この力があればお前を殺すことができる! さぁ、あの世へ逝く時の言葉を考えな!」
「改造の力……かわいそうに。お前はもう死ぬしか道はないぞ」
「死ぬのはお前だけだ! ボケ野郎!」
ヴィドはさっきより速い速度で周囲を飛び回った。ヴィドは自分でもこの速度があればタルトを惑わせ、強烈な一撃を与えられると考えた。
「さぁ! 覚悟しろよ!」
タルトの隙を突き、ヴィドは奇襲を仕掛けた。しかし、タルトはヴィドの動きを見切っており、剣を使う構えを取っていた。
「覚悟!」
タルトはヴィドの動きに合わせ、剣を振るった。ヴィドは地面に着地し、ふらつき始めた。
「そ……そんな……そんなことって……」
ヴィドは悔しそうにこう呟き、血を流してその場に倒れた。タルトは剣を鞘に納め、倒れたヴィドに言葉を放った。
「死なないように斬った。生きるか死ぬかはお前次第だ」
そう言った直後、タルトはその場に倒れた。
次にタルトが目にした光景は、戦っていた場所の天井と、心配そうに自分を見るハヤテとナギ、リナサの顔だった。
「あ! タルトさん! 目を覚ましたのですね!」
「よかった……酷い傷で倒れていたから……」
「俺は最悪なことを考えていたけど……よかった……」
三人はタルトが目を開けたのを見て、涙を流し始めた。
「はは……泣くなよ」
「こんな状況で泣くなって言われても無理ですよ! 下手したら死んでいたかもしれないレベルの傷ですよ!」
「そうか……」
タルトは起き上がろうとしたが、体全身に痛みが走り、悲鳴を発した。
「無茶しないでください」
「シュウとクリムちゃんが上で戦っている……援護に行かなければ」
「今の状況でタルトさんが上に行っても、邪魔になると思う」
リナサの言葉を聞き、タルトは大人しくその場で横になった。しばらくタルトは安静にしていたが、ハヤテが質問をした。
「タルトさん、こんな傷を受けてよく生きていられましたね。俺だったら確実にあの世へ逝っていますよ」
この質問を聞き、タルトは少し考えてこう言った。
「信じてもらえないかもしれないが、一度死にかけた。あの世へ行ったと思う」
この言葉を聞き、ハヤテは大声を出して驚いた。少し間を置き、タルトは話を続けた。
「そこで、死んだ嫁と再会した。そこで彼女がこう言っていた。あなたにはまだここに来るべきじゃない。守るものをちゃんと守り通して、歳を重ねてって」
「そう……ですか」
半信半疑のハヤテの顔を見て、タルトは最後に笑ってこう言った。
「信じようが信じまいがハヤテの勝手だ。だがま、こうして私が生きているからいいじゃないか。さぁ、シュウとクリムちゃんが戻って来るのをここで待とう」




