影の正体
シュウ達がフジヒロの護衛の依頼を受ける一日前の出来事。別件の依頼でフィアットとキャニーはシェラールから別の地方に来ていた。彼女らが受けている依頼は、とある裏ギルドの討伐である。
戦いは終わったのだが、キャニーは大きなため息を吐いていた。
「依頼達成……とはいきませんでしたね」
「ですね。多勢に対してこの数だから仕方ありませんよ」
依頼に同行していた戦士が、キャニーにこう言った。戦いに勝ったのだが、一部の裏ギルドの連中がどさくさに紛れて逃げてしまったのだ。
「その中にボスがいったてのもあれだしね~」
フィアットは体中にできた擦り傷に絆創膏を張りながら喋った。
「にしても、あいつらどこに逃げたんだろ」
「この周辺で逃げる場所と言えば……あそこぐらいですか?」
キャニーはある場所を思い出しながら、フィアットに言葉を返した。
「あそこってどこよ? この辺に身を隠せそうな場所ってあった?」
「あるじゃない。未開の土地のアバジョンが」
「あ~。入ったら死んじゃうジャングルね。何でそんなところに逃げたんだか」
「生き延びることができるって思ってるんじゃない」
「馬鹿だね~。あんな所に逃げたとしても、死んじゃうかもしれないのに」
「ええ。とにかく、一旦近くのギルドに戻りましょう」
「だね。傷だらけだし、疲れたし」
会話を終え、二人は近くのギルドに戻って行った。
それから二日後。シュウ達が依頼を受けて出発して翌日の出来事である。キャニーは電話でタルトに連絡をしていた。
「おはようございますタルトさん。依頼の方が終わりましたので報告をします」
『ああ分かった。裏ギルド、ブラッドデスの全滅は成功したか?』
「ボスであるロボラと一部団員は逃がしてしまいましたが、ギルドを統括する幹部クラスは全員確保、団員の九割は確保しました」
『あとはロボラと残りの団員達か。逃げた場所は把握できたか?』
「いえ。戦いの後で形跡を調べましたが……私とフィアットは奴らはアバジョンに逃げたと予想してました。そして、その予想通り奴らがアバジョンへ逃げた形跡がありました」
『なんだって!? アバジョンに逃げた!?』
タルトが突然大声を出したため、キャニーは思わず携帯電話から耳を遠ざけ、声を聞いたフィアットは驚いて飲んでいたお茶を吹き出してしまった。
「どうかしたんですか? アバジョンに何かあるんですか?」
『今、シュウとクリムちゃん、ハヤテとナギが護衛の依頼でそこにいるんだ‼』
「へ……ええええええええええええええええええええええええええ!?」
「ったくうるさいわねー。何があったのよ」
耳を抑えながら、フィアットはキャニーから事情を聞いた。そして、先ほどのキャニーと似たような悲鳴を上げた。
「うっそー!? 奴らがいる場所にシュウ君達が行っちゃったのー!?」
『ああ……参ったな、アバジョンは電波が悪いというし……どうしたもんだか……』
電話の向こうのタルトは、悩みながらこう言っていた。
現在。シュウ達は悲惨な状況となった先住民の村を調べていた。
「奴ら、かなり慌ててたせいか、かなり証拠を残してるわね」
「ああ。武器は刃物系。魔法使いもいる可能性もある」
シュウは家屋にできた傷を見てクリムと話していた。クリムは少し怒っているのか、普段の目つきよりかなり鋭くなっていた。
「一体誰がこんなことを……」
フジヒロは先住民の墓を見た後、静かに怒りで震えていた。そんな中、ナギはある事を思い出し、バカップルの元へ向かって行った。
「シュウさん。クリム」
「先輩とイチャイチャしたいんですか? 止めてください」
「その話じゃないわよ。実はキャニーとフィアットがアバジョンの近くで依頼を受けてたのを思い出したのよ」
「それがどう関係あるんですか?」
「二人の依頼は裏ギルドのブラッドデスの討伐。もしかしたら、二人の手から逃げた奴らが……」
ナギの話を聞き、クリムはある事を考えた。この無差別大量殺人の犯人が、ブラッドデスの手によるものだと。先に誰かが来ていれば、先ほどシュウと共に感じていた気配は先住民の物ではなく、ブラッドデスの気配だと。
その後、クリムはフジヒロとスタッフを集めて話をしていた。
「皆さん。これから先は慎重に行動をお願いします。裏ギルドのブラッドデスがここへ逃げ込み、身を隠している可能性が高いです」
「裏ギルドだって!?」
「こんな所で遭遇するなんて思ってもないよ」
「どうしたらいいんだ!?」
動揺したスタッフが、心配そうにこう言った。だが、クリムは咳ばらいをしてスタッフに話を聞くようにとジェスチャーをした。
「これから先、何があっても私達の傍から離れないように。それと、不審な人影や気配を感じたらすぐに私達に伝えてください。奴らは私達がいるってことを察している可能性があります」
クリムの話を聞き、スタッフの間にどよめきが走った。彼ら自身、こんな所で物騒な裏ギルドと遭遇するなんて思ってもいなかったからだ。だが、フジヒロがスタッフ達にこう言った。
「彼らの言う事を聞いていれば命の危機はない。それだけ守れば大丈夫さ」
フジヒロの言葉を聞き、スタッフは少し落ち着いた。フジヒロはクリムの肩を叩き、力強くこう言った。
「何かあったら頼むぞ。いざとなったら私も戦う」
「え? 大丈夫ですか?」
「ああ。先ほども見ただろ。こう見えて私は強いんだ」
と、フジヒロは自信たっぷりに微笑んでこう言った。クリムはたかが有名人で大丈夫かなと思っていたのだが、何故かこの笑顔を見て安心していた。