もう一つの影
翌朝。準備をしてからシュウ達は再び出発した。危険なモンスターや沼地などを潜り抜け、先へと進んでいった。
「結構物騒なモンスターが出ますね」
「これじゃあ入ったら誰も戻らないわけだ」
バカップルは倒したモンスターを見ながら呟いた。どれもこれも、危険と言われているほど凶暴なモンスターばかりだからだ。
「終わりましたか……」
ナギが張ったバリアの中にいるスタッフは、震えながらこう聞いていた。戦闘能力がないスタッフは、こうしてバリアを張って守っている。
「はい。もうモンスターの気配はないでしょう」
「大丈夫だと思います」
バカップルの言葉を聞き、ナギは大きく深呼吸をしてバリアを解除した。
「結構モンスターが出るわね。何度もバリアを張ってたら魔力が切れちゃうわ」
「そうならないように食べておかないとな。ナギ、これ持ってけよ」
と、シュウはチョコバーが入った袋をナギに渡した。それを見たクリムは、慌てて近付いた。
「いいんですか先輩? いざという時の非常食ですよ」
「俺よりかバリアを張って守ってくれてるナギの方が疲れるだろ。こんな状況なんだ。誰一人死なせるわけにはいかないし」
「そうですか。先輩、もし疲れたら言ってください。私が用意したチョコバーを口移しで食べさせますので」
「ありがとう。その時になったら頼むよ」
「はい‼」
どさくさに紛れてイチャイチャするバカップルを見て、ナギは悔しそうにチョコバーを食べ始めた。
「いいないいな。私だってこのチョコバーをシュウさんに口移ししたい。そのどさくさに紛れてチューしたいわよ、コンチクショー‼」
「うるせーぞナギ。もうあの二人はそういう仲なんだから我慢しろよ」
ハヤテは欠伸をしながらこう言った。その言葉を聞き、ナギの額に青筋が大量に発生した。
そんな中、クリムは何かを察し、森の中を見回した。
「どうかしたか?」
「人の気配がしました」
クリムの返事を聞き、シュウは周りを見渡した。見るだけでは分からないため、魔力を少し開放して人の気配を探り始めた。一応シュウも魔法に似た力を使える。魔力を使って気配を探り、人の居場所や動作を探る事が出来るのだ。ティラから習った技である。
「かすかだが人の気配がしたな。向こうが気付いたかもしれんな」
「もしかしたら、先住民の方かもな」
フジヒロがこう言うと、二人は納得した。その後、腰が抜けたスタッフ達が立ち上がり、再び行動を開始した。
数時間後、シュウ達の周りにある木がかなり少なくなってきた。それと同時期に、人が住んでいたであろう形跡があちらこちらに見えてきた。
「先住民がいるんですね」
「大きな発見だ。今までアバジョンには人がいないとされていたが、いるとは思わなかったな」
人がいる。これを知ったフジヒロは少しテンションが上がっていた。何かアバジョンについて聞けるかもしれないと思っていたからだ。ハヤテもテンションが上がっており、未知の場所で大発見したというところを目撃するかもしれないからだ。
「急ごう‼ 何か聞けるかもしれないぞ‼」
「俺、歴史の立会人になれるかも‼」
テンションが上がった二人は、子供のようにはしゃぎながら走って行った。
「あー‼ ちょっと待ちなさいよ‼」
「フジヒロさん、護衛されているという事を忘れないでください‼」
「スタッフの皆さんのことも忘れないで、皆疲れてるから‼」
慌てたシュウ達は、急いで二人の後を追って走って行った。二人はかなり速いスピードで走っているせいか、徐々にシュウ達との差が広がってしまった。
「ったく、モンスターが出るかもしれないのに」
「急ぎましょう。何か起きる前に‼」
呆れたナギ、そして何かが起こるかもしれないと予測しているクリムは、急いで走って行った。だが、すぐ先に二人は立ち止まっていた。
「待っていてくれたんですね」
「まーったく。すぐに走るから疲れちゃったじゃない」
ナギが文句を言ったのだが、二人は言葉を返さなかった。その時、クリムは二人が立ち止まっている理由を察知した。
「やっと追いついた……って、何だよこれ……」
後ろから追いついたシュウが、目の前の光景を見て驚いていた。そこにあったのは集落らしき場所。そこに住んでいたと思われる人たちの死体がそこら中に転がっていた。
「なんて酷い事を……」
「待ってくださいフジヒロさん」
「ここからはギルドの仕事です」
「まさか、護衛の依頼の真っ最中に殺人事件に出くわすとはな」
シュウは先住民の死体を見ながら呟いた。その手には武器らしきものが握られていた。だが、崩壊した家屋を見て、これは魔法を使える誰かがやったと推測した。
「私達がここに来る以前に、何者かがここで暴れたんでしょう」
「死体の傷口を見ると、殺しになれた奴の犯行だわ。どんな理由か知らないけど、必ずとっちめて懲らしめてやるわ」
ナギは拳を握ってこう言った。クリムは大地魔法を使って大きな穴を開け、先住民の死体を地面に埋めて行った。
「安らかにお眠りください。あなた達の仇は私達がとりますので」
と、両手を合わせてナギは小さく呟いた。