昔の出来事その6
クリムは恐怖のあまり目をつぶっていた。耳に聞こえるのはレッドタイガーの唸り声と、シュウの声だけだった。しばらくし、クリムは様子が気になったので目を開けた。そこに映っていたのは、シュウの右腕がレッドタイガーの牙に噛まれていた光景だった。
「クリム……逃げろ……」
「先輩……先輩‼」
シュウが殺されると思ったクリムは、思わず大きな声を叫んでしまった。それと同時に、クリムの体内にあった膨大な魔力が一気に爆発した。そのせいか、周りの木や草が大きく揺れ始めた。レッドタイガーもクリムの魔力を察し、恐怖のあまり後ずさりしていた。その時、レッドタイガーの額に鉛玉が命中した。
「シュウ‼ クリム‼ どうしてこんな所に!?」
銃を持ったティラが慌てて駆け寄ってきた。シュウの右腕の傷を見て、ティラは思わず言葉を失った。そして、魔力を使いすぎたせいか、気を失って倒れているクリムを見つけた。
「流石あの二人の娘……だけど、今はこうしている場合じゃないな」
その後、ティラは慌てて気を失った二人を連れ、山から下りた。
病院内。今ここでシュウの腕の手術を行っている。ティラは手術室の前で座っていて、依然気を失って眠っているクリムはティラの膝の上にいた。
「ったく、私の言う事を聞いてればこんなことにならなかったのに……」
と、ティラは小さな声で何度もつぶやいていた。数分後、手術室の扉が開き、シュウの担当医が現れた。
「手術は終わりました。命に別状はありません」
「本当ですか?」
担当医の言葉を聞き、ティラは嬉しそうに立ち上がった。その際、クリムが目を覚ました。
「あれ? ここは?」
「病院だよ。シュウが傷を負ったからここに来たんだよ」
ティラの言葉を聞き、クリムは泣きそうな顔になった。そして、何度も何度も頭を下げた。
「ごめんなさいティラさん……先輩が……先輩が……」
「死んでねーから大丈夫だよ」
「いえ……大丈夫かどうかはまだ分かりません。中へどうぞ」
担当医はティラとクリムを手術室へ案内し、手術を終えたシュウの姿を見せた。その右腕を見て、二人は驚いた。
「右腕の神経や筋はギリギリ繋がっている状態です。もし、何らかのはずみで神経や筋がぷつんと切れたら、二度と右腕は使い物にならないでしょう」
「そんな……治らないんですか?」
クリムの言葉を聞き、担当医は残念そうに首を振った。
「はい。いくら魔法科学によって手術の技術が上がっても、治らない物があるんです」
「そんな……」
「分かりました。またあいつと会える状態になったら教えてください」
「はい。分かりました」
会話を終え、ティラはクリムを連れて手術室から去って行った。
数日後、ティラとクリムはシュウが入院している病室にいた。病室に入ったと同時に、ティラはシュウに拳骨をした。
「馬鹿野郎‼ あれほど危険だから山には行くなって言っただろうが‼ 私の言う事を聞いてればこんなことにはならなかったのに‼」
「だって‼ 俺の実力を見せたかったんだ‼ 俺だって強いってことを皆に教えたかったんだ‼」
「馬鹿‼ こぉぉぉんの馬鹿野郎‼ 強い奴は自分でその強さを周りに示すようなことはしねーよ‼ そう言うのをするのはプライドの高い馬鹿な奴だけだ‼」
ティラは叫び終えると、近くにあった椅子に座り込んだ。
「でも……生きているだけでラッキーだと思いなよ。下手したら二人とも死んでたからな」
「はい……」
シュウはしょんぼりした顔でうつむき、右腕の包帯を見た。
「ずっと治んないんですか?」
「ああ。腕を動かすのに必要な場所がやられたらしい。今は動けるけど、下手に動いたら右腕は使い物にならないってさ」
「そう……ですか……」
シュウはそう言うと、ベッドにもぐりこんだ。その時、クリムがシュウに近付いた。
「先輩……ごめんなさい、私が頼りないばかりに」
「お前のせいじゃないよ。俺のせいだ。クリム、心配かけてごめんな」
「反省してるならいいさ」
ティラはシュウの頭をなでながら、優しく呟いた。
数時間後、ティラは欠伸をしながら窓を見た。
「あらー、もう夜か」
「ティラさん。私、今日泊まって行きます」
クリムの言葉を聞き、ティラの目が点となった。ティラだけではなく、シュウの目も点になっていた。
「何言ってんだお前? 子供だけでこんな所にいさせることなんて出来ねーぞ」
「こんな所って何ですか? 病院をこんな所って言わないでください」
ティラの言葉に対し、シュウの容態の確認に来た女医が青筋を立ててこう言った。
「いやー、ごめんごめん。とにかく、シュウは安全だし、治るまでは動けない。ぼっちでさみしいだろうがここは……」
と、ティラは説明をしているが、クリムはその説明を聞き流して布団の用意をしていた。
「お前、話を聞けよ‼ というか、よそのベッドから布団を拝借するなよ‼」
「いえ、何が何でも泊まります。先輩を一人にはさせたくないんです」
そう言って、クリムはベッドの上に座った。考え抜いたティラは、大きなため息を吐いて女医にこう言った。
「すみません、クリムが世話になります」
「いいえ。別に構いませんよ。シュウ君も一人じゃ寂しいだろうし」
「ありがとうございます」
クリムは女医に対し、頭を下げてこう言った。