昔の出来事その4
「あー……だりぃ……」
ティラは小さく呟きながら座っていた。髪はぼさぼさ、目の下には大きなクマが出来ていた。
「お疲れだね……」
「まだ小さい子供の世話をしてんだよ……それも二人……」
「ねーねー、トイレー」
疲れているティラの袖を引っ張り、シュウが慌ててこう言った。その直後、クリムが大きな声で泣き始めた。ティラは近くにいた戦士にシュウの世話を任せ、泣き叫ぶクリムをあやし始めた。
「はいはーい、どうしたのかなー? おむつでも濡らしたか? おっぱいが欲しいのか?」
と言いつつ、おむつを調べたりミルクを作って与えたりした。だが、それでもクリムは泣き止まなかった。
「どうしたんだよもう……」
ティラは疲れ果てた表情でつぶやくと、クリムから魔力を感じた。
「何だこの魔力は?」
「ティラ、ストレスでまさか‼」
「するかボケ‼ 私じゃないよ、この子からだよ‼」
と、ティラは魔力を開放するクリムを見てこう言った。戦士達は慌ててクリムを止めようとしたのだが、魔力の波動によって吹き飛ばされてしまった。
「仕方ないね……」
ティラは立ち上がり、魔力に耐えながらクリムに近付いた。
「落ち着いて落ち着いて。さぁ、寝ましょうね~」
暴れるクリムを抱きかかえ、ティラは子守唄を歌いながらクリムをゆっくりと揺らし始めた。しばらくし、クリムは落ち着き始めた。
「ふぃー、眠ったよ……」
眠り込んだクリムをベッドに戻し、ティラはその場に座り込んだ。それを見て、戦士達はティラに近付いた。
「お前、いい母ちゃんになれるよ」
「ほんと、そう思うよ」
「ティラしゃーん、お客しゃーん」
と、シュウの声が聞こえた。シュウを連れた戦士の横には、見たこともない男が立っていた。
「誰だいあんた?」
「アチーヨ山近くのギルドの者です。このギルドに所属しているモンブランさんとホイップさんの事についてお話しに来ました」
「あの二人……何かあったのか?」
ティラはアチーヨ山のギルドの者に近付き、話を聞いた。そして、言葉を失った。
「嘘……だろ……」
「すまないが……本当だ。すまない……我々が来た時にはもう……」
話を聞いたティラは気を失い、その場に倒れた。
その後、ドドクサドラゴンとの戦いで命を落としたモンブランとホイップの遺体がハリアの村に届けられた。遺体を見た戦士は、溢れ出る涙を抑えながら呟いた。
「こんな酷いやけどを負っちまってよぉ……」
「苦しかっただろ、辛かっただろ」
戦士達は二人の遺体に近付き、別れの言葉を言っていた。そんな中、シュウとクリムを連れたティラがやってきた。
「ティラ、調子はどうだ?」
「まぁまぁだよ。それよりも……」
ティラは二人の棺に近付き、二人の顔を覗いた。
「モンブランさん……ホイップさん……」
二人の死体を見て、ティラは昔の事を思い出していた。ギルドに入った時、何もわからなかったティラにいろいろと教えてくれたのはこの二人だったからだ。それ以来、ティラは二人の事を信頼し、慕うようになったのだ。
「ぱーぱ、まーま」
ティラの背中に背負われているクリムが、手を振りながらこう言った。ティラは泣くのを我慢し、ティラにこう言った。
「そうだよ……パパとママだよ……もう一度言ってごらん。この二人も喜ぶと思うからさ……」
「ぱーぱ、まーま」
その後、クリムは何度も二人の事をパパとママと呼んだ。ティラは泣くのを我慢していたが、我慢しきれずにその場に座り込み、涙を流し始めた。
「何てこったい……最初に言った言葉がパパとママだなんて……もう返事もしないのに……」
「ティラちゃん……」
戦士が近付き、ティラを近くのベンチに座らせた。それから、ずっとティラは泣いていた。
しばらくし、二人の葬式が行われた。火葬場にて、ティラは二人の棺が火葬されるのをずっと見ていた。
「ねぇ、何してんの?」
シュウがこう聞いてきたが、ティラはずっと泣いていた。
「クリムと一緒に泣いてるの?」
「ああ……そんな感じだ」
と、ティラはこう答えた。近くにいた戦士がシュウに簡単に答えを言い、しばらくティラの事はほっといてあげようと言った。シュウはその言葉に従い、涙を流しているティラに何も言わないでいた。
数時間後、部屋に戻ったティラはシュウとティラを寝かしつけ、夜空を見ていた。
「こんな日だってのに、お月さんは綺麗だねぇ」
「ほんと、そうだね」
部屋に入って来た戦士が、ティラに近付いてきた。
「今日、ホイップさんのおばあさんが来たよ」
「え? 絶縁状態じゃなかったっけ? ホイップさんは実家での暮らしが嫌でここに来たって言ってたけど。住所とか知らせてたんだ」
「向こうが調べたらしいよ。今日、娘が死んだことと孫がいたことを知ったみたい」
「何も知らせなかったんだ……」
ティラはそう言って、ため息を吐いた。戦士は話はまだあると言って続けた。
「クリムちゃんの事なんだけど、こっちで面倒見てくれないかって言われたんだよ」
「そのつもりだよ。でも、なんで向こうはそう言ってきたんだ? たった一人の家族なのに」
「住んでる場所の関係だって。かなり危険に住んでいて、そんな場所に赤ちゃんを置けれないって」
「へー、ずいぶん物騒な場所に住んでるばあさんだね」
「だろ。まぁ、ティラもその方がいいだろ?」
「うん。決めたよ。私がこの二人をちゃんと育てるってね」
と言って、ティラはベッドに眠るシュウとクリムを見つめた。