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八神くんと名塚くんの距離感

名塚なつか、なあ名塚」

 男子生徒の声で、名塚は振り返った。

 自分のことを名字で呼ぶか、まことと名前で呼ぶかで仲の度合いが測れる。案の定、とも言うべきか、呼びかけてきたのは普段あまり交流のないクラスメイトだった。

 こういう奴が話しかけてくる時は、大概あまり気乗りしない案件だと相場が決まっている。

 しかしそれはおくびにも出さずに、名塚は軽く応じた。「なに? どした」

「ちょっと頼みがあるんだけど」

「頼みとな」

八神やがみにさ、今度部活の試合の助っ人頼みたくて」

 ほーらな、という呆れと、こいつは確か剣道部だったか、という推測が同時に働く。

「そんなのあいつに直接頼めばいいじゃん」

「頼んだよ、でも断られたんだ。というか話さえ聞いてもらえなくて」

「俺が話したって一緒だって」

「いや、そう言わないで頼むよ。原田が名塚に頼めばなんとかなるかもって教えてくれて、だから」

 余計なこと言いやがって原ちゃんめ……。

 名塚が言い淀むと、好機、とばかりにクラスメイトがまくし立てた。

「先輩がケガしちゃって、今週の試合に間に合わないんだ。団体戦の試合なんだけど、うちの部人数少ないから補欠もいなくて……一人欠けるだけですごい不利になっちゃうんだよ。だから頼む! ダメ元で構わないから八神に話してみてくれよ。頼む名塚!」

「………。話してみるだけだかんな?」

 仕方なく、名塚は自分の席から立ち上がった。八神の席は一番前だ。武士のように姿勢よく椅子に座る彼は、教室の中でも一際目立つ。

 片方の手を制服のポケットに突っ込み、上靴の踵を踏みながら名塚は目的の席へ向かった。

「と」

 口を『お』の字にしたところで踏みとどまり、名塚は改めて「八神」と呼びかけた。「おーい、やーがみくーん」

 八神が、肩越しに振り返る。口を真一文字に結び、シャープな黒縁眼鏡ごしに見える眉間には軽く皺が寄っていた。

「何の用だ、名塚」

 見るからに不機嫌そうな顔に、名塚の半歩後ろに立つクラスメイトが萎縮する。

「なあ八神、こいつがよ、剣道部の助っ人頼みたいんだって」

 素知らぬ顔で、名塚は簡潔に要点を述べた。「なんかよ、先輩がケガしちまって試合出れねえんだって。で、おまえがいりゃあなんとかなるんだって」

 八神は黙して語らない。名塚はクラスメイトに話を振った。

「えーと、いつだって言ったっけ試合」

「あ、こ、今週の土曜だ。体育館で」

「だとよ。暇ならいっちょ引き受けてやってくんねえかな? 八神くんよ」

「………」

 しばらく考え込むように黙ったあと、八神はぽつりと口を開いた。「何時に行けばいいんだ」

「え、あ、引き受けてくれるのか?」

「今回だけだからな」

「あ、ありがとう八神! 名塚も! ほんとにありがとう!」

 そのまま詳細を話し始める彼らを横目に、名塚はやれやれ、と肩を竦めた。



「なあ、おまえ結局助っ人引き受けるんならなんで最初からそうしてやんねえの?」

 家で格闘ゲームをしている真っ只中、名塚はテレビ画面を見たまま対戦相手の八神に疑問を投げかけた。

 隣からの返事はない。むしろコンボからの投げ技を華麗に決められ、キャラが宙を舞った。「あ、てめコラ」

「面倒くさいから」

 一区切り、とばかりにソファに背を預け、八神がしれっと言い放つ。

「剣道部、囲碁部、パソコン部にeスポーツ部……どこで噂を聞きつけるのか、そういう勧誘は後を絶たない」

「いいじゃん別に。実際どれもうまいし強ぇんだし」

 言いながら、かつて八神が地元の剣道道場で大人顔負けの実力を発揮していたこと、名塚の祖父を相手に囲碁を繰り返し打っていたこと、簡単なゲームなら作れるくらいパソコンに精通していること等を思い出す。

「馬鹿か、おまえは」

 それらのスペックを鼻にかけない代わりに、八神はどこまでも素っ気ない。「全部なんてできるわけないだろ。誰彼構わず引き受けてたらそれこそ収拾がつかなくなる。俺はそんなに暇じゃない」

「放課後俺んちでゲームする暇はあるくせにか」

「それはそれ、これはこれというやつだ」

「じゃあなんでさっきのは引き受けたんだよ」

「不良まがいのおまえに頼んでまで依頼するくらいだ。相当な事情なんだろうなと思って」

「いや俺不良じゃねえから。何回言えばわかんだよ、とおるくんはよ」

「呼び方気を付けろよ。油断すると学校でも口を衝く」

「………。おい、徹」

 不満も顕に、名塚は口を尖らせた。

「なんで俺、学校でおまえのこと徹って呼んじゃいけねえの? 小学生の頃からそう呼んでたからさ、今更八神とか呼びづらくてしゃーねえんだけど」

「だから、前から言ってるだろ。内申だって」

 コントローラーを膝の上に置いて、八神も名塚に向き直る。

「おまえみたいな不良まがいと交流があると知れたら、俺の高校に入ってからの努力が無駄になるだろうが」

「いやだから俺不良じゃねえって」

「茶髪にピアスなんていかにもだろうが」

「おまえ全国の茶髪とピアスマンに謝れや。俺の髪は地毛なの知ってんだろ? それに俺、人様に迷惑はかけることはやらない主義だし」

「学校からすればそんな主義わからないだろ。見た目が怪しい時点で目をつけるんだよ」

「今日みたいに面倒で嫌な頼み事されたって顔には出さねえぞ。むしろ善良なくらいじゃね?」

「善良な生徒はしょっちゅう遅刻もしないし、授業をサボってカラオケに行ったりもしない」

 それを言われると辛い。ぐうの音も出ない名塚を気にも留めず、八神は再度コントローラーを手に取った。そんなことはいいからさっさと対戦するぞ、と言わんばかりだ。

「んだよ」名塚は下唇を突き出した。「おまえ昔は俺のこと、まこちゃんまこちゃーんって呼んでくっついてきてたくせによ」

「はァ?」八神が盛大にむせ、動揺も顕に声を荒らげる。「いつの話をしてるんだ、いつの!」

「あの頃のかわいい徹くんを返してほしいぜ、ほんと」

「おまえそれ絶対学校で言うなよ! 言ったらただじゃ置かないからな!」

「えーん徹くんが脅してくるーこわーい」

「心にもないことを……っ! ほんとにやめろよ、聞いてるのか真! おい真!」

 この手はしばらく使えそうだな。

 そんなことを思いながら、名塚はあははと軽快に笑い飛ばした。


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