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風の果て雲の彼方  作者: 加藤 弓雅
8/8

添景 明け星

「眠れないの?」

 ミルカが、隣で横になるエイカへ問いかける。


 昼過ぎに宿営地を発った後発隊に、彼女は半ば無理やり加わっていた。

 それでということもないが、二人は大人の扱う馬を一頭宛がわれ、エイカが手綱を取って草原を駆けた。

 花会披露まで未だ2年の時のある少女は巧みに馬を乗りこなし、2人乗りでも氏族の大人達に伍して駆けた。

 その甲斐あってか陽が落ちる前にイル河の浅瀬を渡り終え、星明かりを頼りに開けた草原をさらに南に下り事が出来た。

 けれど流石に馬も人も駆け通しで、小高い丘が連なる荒地には岩が転がりまばらとはいえ灌木も生えていて、通り抜けるのは陽が射してからが良かろうと、ヴィスカベル氏族の宿営地まで早駆けで二刻のところで夜を明かす事になった。 

 このような土地故かここが氏族の領域の境となっていて、南がヴィスカベルの土地となる。

 

「少しね、考えてた」

 幼い少女がミルカへ答を返す。

「ほんの十日ほど前にも、この近くまで草木の様子を下調べに来て、こうやって空を見上げて明け星を探していたなと思うと、思わず笑ってしまって」

 淡々と笑みを浮かべ話すエイカの表情は、言葉のとおりの穏やかさだ。

 だが、その笑いが『泣き笑い』である事を、ミルカをもみなも知っている。

「もう、羊は放し始めたの」

 ミルカは、当たり障りのない事を問う。

 エイカ達ヴィスカベル氏族の冬越し宿営地は、ミルカ達の宿営地よりやや南にある。

 ディナル氏族では、そろそろ羊たちを風除けの林から草原へと出そうと話していたので、更に南ならばと考えたからだ。

「いや」

 エイカも、重苦しい話を続けるつもりはないらしく、ミルカの振った話に乗ってきた。

「夏の暑さで出産が春先までずれた所為で、まだ放せてはいなかったんだ。腹の大きな雌が多くて」

 エイカは、体を起こすと、ずり落ちた敷布を胸元まで引き上げる。

「ようやく終わりが見えてきたところで、やることはそれこそ山のようにあったのだけど。腹の大きな雌はまだいる。連中、しっかり世話をしていると良いのだが」


 何を話しても、全てを失った少女の傷口に触れる事になると気付き、ミルカの心は暗澹となる。

 そんな押し黙ったミルカに、ことさら気遣う様子も気負う姿も見せず、エイカは言う。

「ミルカが悲しむ事はない。これは、私に下された試しなのだから」

「試し?」

 ミルカは、告げられた言葉の意味が飲み込めずに、問いを返す。

「そう。例え私がただ一人でも、ヴィスカベルであり続けられるかどうか」

 エイカは、遠くを、暗い中も星々に彩られた空の下に黒々と横たわる、山並みの遙か先を視るように瞳をあげる。

「なにより、私がラハミネの娘であり続けられるかを、ね」

 言葉では尽くせぬ何かを感じ取り、ミルカはエイカの掌にそっと自分の掌を重ねささやくように告げる。

「大丈夫、頼りないけれど、私も一緒だから」

 エイカは、ミルカの顔へと視線を向けて頷き、そして笑む。

 ミルカも応えて、笑む。

 二人は、見合って小さく笑いあう。

 夜更けというよりは、もう朝に近い刻限だった。

 これから、また一眠りとはゆくまい。

 寒さは一段と増すが、東の峰々と空の境い目が、次第に淡い光彩を纏う。

 二人は、身を寄せ合って敷布にくるまり、ただ曙光を待つ。

 間もなく、長い一日が始まる。



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