- 3 -
ラハム達が馬を繋いだ場所へ戻ると、居残った者が馬を緩い円陣で外向きに組み、 真ん中ではかがり火を焚いて、簡単な食事を用意していた。
宿営地でのやり取りは、成果が上がったとは言い難かった。
手に入ったものは、ヴィスカヴェル氏族の証の品がいくつかと、族長一家の身の回りの品がわずかばかり、あとはエイカの物ではないと思われる子供用の装束などだった。
山羊も羊も根こそぎ持ち去ろうとする相手と交渉し、何とか荷運びの馬を3頭分けさせた。
それとてバンガルの、もっと言えばあの男と厳しく言葉を交わし、最後にはラハムが、
「我が同胞の死をを名分とするなら、それなりの礼を尽くされよ。いつまでも我らが、何から何まで有り難がって引き下がると思わぬことだ」
と、啖呵まで切らねばならなかった。
ここで、仇討ちの助勢をした氏族と揉め事を起こせば、大前提の名分すら怪しくなる。
ラハム自身、一連の茶番に半ば辟易して、全てをひっくり返す捨て鉢な気分も無くはなかったが、さすがの男にもそれ位の分別は有ったようで、渋々ではあるが、折れた。
しかして、如何な意地かこだわりか、さほど他人にとって価値があるとも思えない花会装束を返す事だけは、頑として頸を縦に振らなかったが。
そうこうするうち、バクラからの使いが来て、ところどころ傷んではいたが、天幕でおおよそ5貼分の布地が届けられた。
軽く食事を摂り短い休憩をしてから、亡骸の支度に取りかかる。
まず、仰向けに寝かせてあるところを、人と人との間を一旦開ける。
次に、衣服を整え土を払い、顔や手を拭き清める。
それが済むと、顔以外の部分を布で覆う。
布は、バクラが用立ててくれた物をひっくり返して裏地を表にしてなるべく汚れが目立たぬ様にし、縦を身の丈の五割り増し、横を身の丈ほどにに剣で切る。
地面に広げた布地の上に亡骸を置き、巻き付けて包む。
普段の葬送であれば、体全体を布で覆ってしまい、そのまま端を止め紐で括ってしまうのだが、今回はエイカが見分けられるよう、顔だけは出しておく。
ディナル氏族の者が3人から4人が一組となり、十数人の支度を終えた頃合いに、亡骸を並べた場所から少し離れた辺りに、バンガルの若者達が十数人、手に手に長鋤を携え現れた。
何事かと身構えるディナルの者達に構う様子もなく、二人一組が何組か、身の丈を少し超す程の間を置いて向かい合う。
合図のかけ声がすると同時に、彼らは一心に地面を掘り出した。
どうやら穴を掘る早さを競っているらしい。
掘る順番でない者は、周囲を囲み大声で囃し立てる。
それを二回、時に優劣が付かぬ時は上位の組が三回目を挑み、勝者が定まると、勝ちを収めた組は笑顔で、負けた者は少々悔しげな表情で見せる。
入れ替わりにまた何組かの若者達が長鋤を手にして、同じように競い合う。
三戦目の途中で、バクラがディナル氏族のもとに顔を見せる。
ラハムは、布を断つ手を休め、バクラを迎えた。
「これは如何なる騒ぎですか」
「若衆達の大半は、連れてこられて荷運びをさせられるだけですから、憤懣も溜まります。なので、賞品の名目で多少の分配をすることにしたのです」
「氏族の長が」
「我が組の頭が、ですよ」
バクラは、競い合う若者に目をやりながら言う。
「参加をすれば、酒と干し肉が振る舞われます。勝ちを収めるとなにがしかの品も。賞を出すのは我が組頭だけですが、若衆であればいずれの組の者でも参加できます」
貴方も、ひとつ参加してみてはと、バクラが冗談めかして誘う。
「無欲な御仁ですな」
「大欲の持ち主かもしれませぬよ」
そんな様子で、賑やかな作業は続き、七組目が競い終わる頃には、五十を超える穴が穿たれていた。
「さて」
事があらかた終わるのを横目で見ながら、バクラは、居住まいを正し、
「締めの差配をせねばなりませんので、私はこれにて。陽も落ちて来ましたし、片付けをするのは明日にしようかと」
ラハムは、バクラへ、この穴は何用で掘られたのかを尋ねる。
「いえ、ただの余興ですよ」
「では、我らで使わせて貰うても構いませんか」
「構いませんよ、こちらにしたら好都合です」
バクラは、後ろを振り返り、
「まあ、文句を言いそうな者もいはしますが、若い者を働かせてまで邪魔をするとも思えませんし」
「あの変わった身なりの御仁ですか」
バクラは頷き、あれで、若のお声掛かりなので、色々と面倒なのです。と、あまり感情の籠もらぬ声で言う。
「ところで今夜はこれからどうされるおつもりで」
「柵の外で野営を」
「我らもです。人の天幕を使うのも気が引けますし、大分片付きましたし」
そして、バクラはラハムを見やり、
「どうです、一献。我が組頭も交えて」
ラハムは少し、考える素振りを示す。
「お誘いは有り難いのですが、この場では差し障りましょう。いずれの日に、場を改めてという事で、よしなに」
未だ緊張の解けぬバンガルの組頭、それも3人のうちのひとりとだけ誼を通じるのはなにかと不味かろうし、組頭の好意を純粋に信用して良いか、今はまだ判断する材料が足りない。
それに、何よりも、氏族の皆で片付けねばならぬ仕事が残っている。自分だけ杯を干してはいられない。
バクラは、少し残念そうな表情で諒意を示し、では、いずれ改めてと約してその場を立ち去る。
夜通し墓穴を掘らねばならぬと覚悟していたが、バクラの差配のお陰で埋葬のめどだけは立った。
だが、遺骸を包むのだけは夜のうちに片付けておきたいところであるし、何より、獣に荒らされないために、交代で不寝番に立たねばなるまい。
長い夜が、始まろうとしていた。