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風の果て雲の彼方  作者: 加藤 弓雅
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 陽が中天をめざし昇りはじめた頃、ラハムはトブアを含め十四騎を率いて氏族の宿営地を発った。

 そして、草原北西のヴィスカベル氏族の宿営地へと、ひたすら馬を駆る。

 おおよそ半刻早駆けをし、四半刻馬を休めることを繰り返しながら、春の雪解けで水量の増したイル河を浅瀬で渡り、南岸のオルテンの連合の領域に足を踏み入れる。

 ここからは、他氏族の領するところだ。

 急な出立ゆえに、所在の氏族へは先触れが出せず、所在の氏族にしてみれば、武装した騎馬の集団がいきなり領域を押し通る剣呑な振る舞いに見えただろうが、行き会った氏族の者は一行がディナルの者と知れると、簡単なやり取りの後に快く道行きを許した。

 事が起こり既に三日目、一部始終は近隣の氏族へ伝わっているようで、先々で、

「長を殺され娘一人を下手人として渡され、残りは全てバンガルの物では、ディナルの方々は収まりますまい」

 などとと声をかけられ、中には、オルテンの連合に属する立場にありながら、事と次第によっては身内のバンガルではなくディナルへの肩入れを言明する氏族まであった。

 そうして、途中で脚の止まった馬と乗り手は、後続に合流させるためその場に残し、ラハムと十二騎は、陽が傾き始めた頃にヴィスカベル氏族の宿営地に辿り着いた。


「酷い有様ですね」

 トブアは顔を歪めていた。

「バング殿はああ仰せでしたが、正直、自分の身内を置いてまでと、思わなくもなかったのですが」

 遠目に見ても大変な有り様となっている宿営地の、外回りにたむろするバンガルの若者に、ヴィスカベル氏族の者達の遺骸が集められた場所を案内をさせる。

 そこには、まさに目障りで宿営地から除けただけの体で、亡骸は命を落とした時のままの姿で、無造作に地べたに転がされ、積み上げられていた。

「弔う手間もかけぬとは、確かにこれは捨て置けませぬ」

 ヴィスカベルがバンガルの仇であるならこの仕打ちも判らぬでもないが、バンガルの立場はディナルの敵討ちの助太刀だ。ここまでのことをする道理はない。

 ラハム達は、死者達を仰向けに横たえ、身なりも簡単に整える。

 男が二十七名、女は十六名、男性は兎も角、女性の大半は壮年から老年の者で、若い娘や幼い子供が見あたらないのが不自然だった。

「魂胆が透けて見えるというものです」

 トブアが眉を顰め言う。

「親は子を逃そうとはするだろうが、こうまでとは考えにくい。バンガルには、生き残りを、生かしたまま引き渡すよう申し入れねばな」

「おそらく居るでしょう、氏族の宿営地に」

 ラハムは深くため息をついた。この状況では、彼らに人として最低限の良識があることを願うしかない。

「オルテンの連合、他の連合へも話を通そう。名分が我らの仇討ならば、否とは言えまい」


 柵から少し離れた窪地に野営場所を定める。

 亡骸の拭き清めと馬に飲ませる為に、常に二人一組で掛かるよう命じて近くの小川に水くみに向かわせ、残りの者は宿営地の柵内に足を踏み入れる。

 遠目に見たままの惨状だった。

 柵は、所々で引き倒され、獣除けの用すら果たしていない。

 天幕は、矢が刺さったままであったり、血糊がかかったり、火矢を射かけられ焼け落ちた様子であったりした。

 地面の至るところに、どす黒い血だまりが始末されずに残る。

 そんな無残な有様の天幕の中へも、何人ものバンガルの戦士たちが入り込み、中の目ぼしい品を運び出していた。

 ラハムらディナル氏族の者も、何組かに分れ、ヴィスカベルの長の天幕、エイカの身の周りの品を探す。

 ラハムは、バンガルの長と話をつけるために皆とは離れ、行き会う者に所在を尋ねるが、あちらに向かえばこちら、こちらへ来れば又あちらと、一向に要領を得ない。

 そうして、宿営地の中を巡るうちに、何やら言い争う声が耳に入る。

 声の方へ目を向けると、バンガルの戦士にディナルの娘が血相を変えて詰め寄っている。

 戦士は風体からして、草原の者ではないようだった。

 薄い色の髪と肌、逞しい体に皮鎧を纏い、胸の辺りには鋼の板を当てている。

 何より変わっているのは被り物で、先の尖った冑の中程から、左右一対の角のような飾りが生えていた。

 ディナル氏族の娘、シルノカは、活発ではあるが、普段からあのように激することはない。

 ラハムは、何事かと二人のもとへ歩を進める。

 男が、何やら布の束を手にしているのが見て取れた。巧みに刺繍が施された衣装は、男が身に着けるような物ではない。

 おそらく、花会のための装束であろう。

「お前たち、まとめて冥府の門をくぐるが良い」

 シルノカが涙をぬぐいもせず叫ぶ。

「親から伝える装束の意味、判らぬは獣と一緒」

「ほざくな娘っ子!俺が誰だか知っての物言いか」

「名など知らぬ!相手が誰あろうと言うは同じ。形見の品は娘へ戻せ」

「下手人を名目に分け前を寄こせとは、ディナルは恥を知らぬと見える」

「我らを恥知らずと云うなら恥知らずで結構。人でなしにそう呼ばれたところで痛くも痒くもない」

 男は、今にも剣の柄に手を掛けそうな勢いてなおも言い募る。

「下手人が嫁入りなど出来ようか。持たすだけ無駄であろうが」

「それは、そなたらが決めることではなかろう」

 ラハムは、男が激して取り返しがつかなくなる前に、話に割り込む。

「バンガルの作法は存じぬが、我が氏族ならば下手人といえども、縁があらば嫁がせる」

「持参財もない娘が嫁入りとは笑わせる」

 戦士は、横合いから割り込んだ若者に、不機嫌さを隠そうともせず、言い放つ。

「金目の事なら、我が氏族にて如何様にも致そう。なんとなれば、な」

 バンガルの戦士が、若者の物言いに、言葉を止めた。

「申し遅れた。ディナル氏族、グラムが長子、ラハムと申す。以後、お見知りおきを願う」

 ラハムは言葉を切り、相手の名乗りを待つ。

 が、相手の名乗りよりも先に、別の誰かが戦士に話かける声が響く。

「組頭殿、我が組頭がご相談したき由ありとのこと。ご足労願いたい」

「黒毛の洒落男め、一体何用か」

 戦士は装束を手にしたまま、ラハムを気にとめる様子もなく立ち去ろうとする。

 シルノカが声を上げようとしてところを、ラハムは手を挙げ押しとどめた。

「ここは敵地も同じ、気持ちは判るが諍いは避けよ」

 娘は、悔しげに男の背中を見送っていた。


「お手を煩わせた」

組頭と呼ばれた戦士が、声が届かぬ程に離れたのを見計らい、ラハムは声を掛けた男へ軽く頭を下げた。

「いえ、礼には及びません。実際、呼び出しを命じられたのですし」

 自ら、バクラと名乗った男は続けて云う。

「我らとしても、好んでディナルとの間で事を荒立てようと思っておりません。少なくとも、我が組頭は」

 ラハムが怪訝な表情を浮かべると、

「我が氏族は大所帯ですから、他の氏族のように戦士長と若衆頭が一人では統率がとれません。故に戦士を幾つかの組に分け、組ごとに組頭を置いて指揮をさせ、戦士長は族長のの命を受け組頭を統括する。という建前になっています」

 建前の語調の強さに、ラハムには先日会ったバンガル戦士長の様子が思い返された。

 なるほど、先程の戦士のような者達に、腕一本で言うことを聞かせる様な人物には見受けラれなかった。

「ここへは組が三つ詰めております。それぞれに組頭が居りますが、我が組頭は、族長から直々にこの件の差配を任されているので、上役ということになります。そして、いま一人の組頭は先程の者で、長の息子の子飼いの戦士を束ねる荒くれです。あとの一人は若衆に毛が生えたような者で、二人よりは幾分立場が下になります。」

「成る程、嫌々でも下知に従ったはそのような事情か」

「組の間でもお互い奪い合いでして、物の融通も難しくはありますが、まずは望みをお申しつけ下さい」

「なれば、あの組頭にも申したが、我らが預かった下手人の身の回りの品をお渡し願いたい」

「申し訳ありませぬ、ここにいる我が氏族の戦士達にしてみれば、戦の後と同じことなのです。組頭には伝え、可能な限り計らいますが」

 あえて口には出さないが、期待はするなと言外に滲ませる。

 ラハムは諒意を込めて頷き、続けた。

「後は、傷んだものでよい 天幕の布地を融通いただければ」

「量はいかほど」

「人を五十程を包めるだけ。小で四貼から五貼といったところか。後は、鋤鍬の類あらばお貸し願いたい」

「失礼いたしました。最初は何にとお尋ねすべきところでしたな」

 バクラの婉曲な問いに、ラハムは無言の答えを返す。

「失礼を承知でお聞かせ願いたい、それは何故」

「ヴィスカベルは我らの仇と云われるが、下手人とはいえ預かった娘の縁者、捨て置けますまい」

 ラハムは建前を述べて、首を振り、

「いや、違う。会ってこの方、誠しか見せぬ娘へ、私なりの意地悪か」

 ラハムは、底意地の悪いことだな、と呟く。

「であれば、急ぎ計らいましょう。しばしのお待ちを」

 バクラは、急ぎ足でその場を離れる。

 ラハムも、後ろ姿を見送ると、おのれの為すべき事へと戻った。





 こっそり再開。

 日付だけ見れば、週一更新に見えるのよね。

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