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とりあえずは、長を襲った何者かと一戦を交える事態は遠のいた。
宿営地には普段よりやや多めの警固を残し、他の者は武装を解いて、あと回しにされていた家畜の見回りや、水や薪、その他普段に入用な物を集めるため、宿営地の周囲へ散っていった。
天幕に残ったのは、長の息子の少年のラハム、妹のミルカ、長の叔父で氏族の長老格のケムレル、氏族の戦士頭バングの四人だけになる。
「仇討は果たされたと 何やら釈然ととはせぬが」
「まずは皆を迎え、弔うことを考えねばのう」
事実が伝えられ、氏族の物見が確認をした事とはいえ、この4人はまだ直に目にしてはいない
「姿を見るまでは信じぬと言うてみたところで、事はさほども進まぬし」
「弔いの支度を進めましょう。用意はいろいろ多いから。ばばさま方に暇後の用意にはとりかかって貰ったけど」
急なことで、手元にない必要な物も多い。
やるべきことは見えている筈だが、形を確かめられず、実感が掴めない。
そんな中で、先ずは連合の使者が、訪れた。
「連合のご使者、ウンブル氏族の長サグア殿、お越しになりました」
二十歳にはまだしばらくありそうな女性が、澄んだ声で告げ天幕の裾を持ち上げると、客人を招じ入れた。
「ロクサ、給仕の支度を。あ、私も行くわ」
天幕の中にいた少女は、女性を追って外に出る。
客人への給仕は、長の妻の大切な役割だが、今、氏族にはいない。少女の祖母でもある長の母もとうに亡くなっており、その任をはたすのは長の娘ということになる。
本来の作法から外れるが、男手3人で上座に席を設える。
客人が席に納まると、まずはサグアと顔見知りのバングが挨拶する。
「サグア殿、お久しゅうございます」
「バング殿もご壮健で何より、で、こちらのお方がご子息の」
「お初にお目にかかります。セルグが長子、ラハムと申します」
ラハムが差し出した手をサグアが握る。
「お迎えしておきながら、賄も出さず申し訳ない」
ラハムが頭を下げる。
「ご承知のとおりの有様でな。女手はあるのだが、差配するものがいきなりいなくなっては、なかなか」
バングが詫びるとサグアは破顔し、
「私ごときに給仕は不要」
と口にしつつ、表情を改め、
「私だけならばだが。バンガルの者が来るのであれば、支度は済ませておいたが良い。落ち度があれば、後々厄介事になりかねん」
ときに、とサグアが尋ねる。
「あの娘御は」
「妹のミルカです」
「よい娘御に育たれたな、ハシミ殿によく似ておられる。特に目元と髪が」
「母をご存じなのですか」
「母君の出のウィラム氏族は隣の家のようなもので、幼い頃によく顔を合わせた」
とてももてたぞと、サグアは笑った。
ようやく用意を整えたミルカとロクサが戻り、草原では貴重な小麦粉の焼き菓子と豆茶、普段使いの馬乳酒とあての干し肉を給仕する。
ひととおり品々に手をつけ、場が改まったところで、サグアが口を開く。
「さて、ここへ来たは、積もる話をするためではない。此度のことは、誠に申し訳なく思う。連合としては、かかった咎をはらわねばならぬ。故に評議六族のうち四族の長の名代として罷り越し申した。我らにも仔細は詳らかではないが、仇を報じるに助勢の求めあれば、連合としてこれを助くる」
「ご配慮、かたじけなく存じます」
ラハムは礼を述べ、頭を下げる。
「と伝えるところであったが………」
「すでに、事は済んだとのバンガルの奏上とか」
うむ、とケムレルの問いにサグアがうなずく。
「ときに、仔細が詳らかではないと申されましたが。連合では、バンガルの奏上あるまで、父達の件を承知していなかったと」
「言葉のとおりだ。バンガルは、我らに仕儀のみ知らせ、理もその証も示さぬ。ご承知かとは思うが、評議ではかるは取り成しで、余程のことがない限り何かを命じることはない。此度のこと、バンガルの申したこと、真偽が何処にあろうが、誰も口は挟めぬな。遺憾ながら」
「連合の氏族が、他の氏族に言いがかりをつけ、一方的に誅したかにも取れようが、それでも詮議は出来ぬと」
「出来ぬ」
サグアには、ケムレルの問いに返した言葉とは裏腹な、苦悶とも怒りとも取れる表情が滲む。
「バンガル氏族の言い分に、サグア殿個人は、いかようにお考えですか」
ラハムは、サグアの目を見て問うた。
「わからぬ。が、バンガルが名指しするヴィスカベルの長は、弓筋と同じく真直ぐな男だった。たとえ遺恨あろうと、野辺で相手を不意打ちするような輩ではない、と思うておった。これで良いか」
充分です。と、ラハムが答える。沈黙が場を支配する。
「バンガル氏族のご使者、参られました」
天幕の入口が開けられ、氏族の若者が顔を出した。
「連合のご使者がこちらにおわす。案内せよ」
ケムレルが命じると、若者が口ごもる。
「それが、ご使者は、外へ参られたいと申しておりますれば」
な、その場にいる者は息をのんだ。
本来格上である連合の評議に対して、人伝えにこちらへ来いと呼びつけたのだ。
仕方なしに、その場の者は連れ立って天幕を出る。子細も示されず振り回される体となるサグアは、今にも火を噴きそうな表情だ。
案内されるまま、宿営地を囲う外に出る。
そこには四〇を過ぎたばかりの男が一人、二十歳ばかりの男が二人いた。態度と身に着けた装束で、バンガルの使者とその従者と知れた。
華やかな身なりは威儀を高めはするが、この場にはそぐわぬものとは、当人たちは思っていない様子だった。
そして、使者の足元には、一塊のぼろ布が転がっていた。
前置き長すぎですね。




