三月の夕映え。
雨上がりのコンクリートが徐々に乾いてゆく。
それと、ともに。
また、季節がぶり返してきたような寒さが足下から全身を舐め尽くしていくようだった。
これには思わず悶えざるを得ない。
誰にも視られていないことを期待しよう。
ただ、すり抜けてゆく冷気とは別に、釘付けになってしまう光景がそこにはあった。
赤煉瓦の壁が真っ赤に照らされ、建ち並ぶビル群は、まるで焔のように燃え盛っている。
それは灰色の、シックな色彩で彩られた民家の屋根でさえ豊かに映えていた。
ふと、気になったのは……
雲の流れが早かったことぐらいだったのだろうか。
明らかに、自分の歩みを凌駕する勢いで大空を突き進んでゆくのである。
割りと早足な私を差し置いてまで、雲は我関せずとして、その速度を早めていった。
汗が額に滲む。
時おり、目に映る翼が羨ましい。
いたって、地味な鳥類代表。
雀が数匹、宿へと帰り支度をしていたようだ。
そしてそれを追いかけるようにして、鳩や烏といった上級種が散らばってゆく。
よく視れば夕陽は山間の裏側へと沈みかけ、ところかしこから美味しそうな薫りが漂ってきていた。
家族団らんといったところか。
聴こえてきたのは、どうやら夕食の準備の真っ最中なのだったのだろう。
よく神経を研ぎ澄ますまでもなく、耳に届いた旋律は……。
たぶん、ピアノの練習であるに違いない。
それ以外にも色んな情報が飛び交い、釣られて足早になってしまったのは致し方ないことだった。
ただ、本当のところはというと……。
あまりにも美味そうな匂いを嗅いでしまったせいである。
足を止めて、その正体がいったい何だったのかと推測するも。
大好物の料理だと、直ぐ様分かった。
踵を翻し、買い物へと出掛けようとしたのを辞める。
かなり距離は稼いだハズだ。
運動不足を解消する為に。
道すがら、烏が鳴いていた。
鶯であれば良かったのだが、いつまでも消えない侘しさに。
どこか、愛しさすら感じてしまう。
遥か遠い空の下、僅かな荷物を握り締めて ──
よくみる夕方の風景。
町並みに留まらず、振り返った先の山あいが赤く染まる光景に、つい、心を奪われます。