船出編
水は油以上に靴を嫌う。まだあの棚にいたころ、隣の「訳アリコーナー」という場所にいたおんぼろ長靴がそんな事を仰っていた。いや、ほざいていた。靴の世界の地位は獣たちの世界と違い、年は関係なく、ただ単純に、美しさ、色、頭脳、、、いわゆる能力というもので決まる。そのおかげで頭の腐った老人が我々に何か命令する事はないのだが、やはりある程度年を取らなければ経験というものは積めないらしく、若くしてその地位についてしまった物は、周りを困惑させてしまうことが多々ある。ちなみに「訳アリコーナー」という場所は、獣たちの言葉で表すと、「この世の地獄」となるほど、悲しい場所である。なにせ自分で何かしたわけでもないのに、創造の失敗や周りの環境のせいで、異形の形に変えられ、獣たちから嫌われた、そんな靴の、靴達の集まった場所であるからだ。
そして吾輩は驚いた。水は油以上に靴を嫌う、今この状況になる前までは、鼻で笑って聞いていた、誰が考え、あの長靴に伝えたのさえも分からない言葉が、現実になろうとしていたからだ。たまにそらから降ってくる水ぐらいなら何てことないのだが、「海」と呼ばれる場所は、その大半がその場所から動いたことのない店の奴らでも、その名を聞いただけで紐が取れる、そんな場所であることを、吾輩は深く深く理解していた。
そんな事を考えている間に、もう船の目の前に着いてしまった。吾輩の目には、それはただただ恐ろしく、不気味に見えた。しかしそれと同時に、それは吾輩を魅了した。