エピローグ
戦いは唐突に終わり、彼女の苦悩も今ここで救われた。私は結局、優がいなければ彼女を救うことも出来ず、ましてや私自身が助からなかったかもしれない。そう思うと悔しさがこみ上げてくるけど、それでも彼には感謝しないといけない。
あれからすぐに竜巻は止み、優と紫瞳が見えた。彼らは和解し合える事ができたのだろう。
「さぁ、早く帰ろうぜ。もう日も上がったしな」
既に日は上がり始めていて、周りも薄っすらと明るくなっていた。
その後、私は神威さんに連絡を取り、紫瞳と私を一先ず城へと行くように言われた。優は私を背負い、紫瞳には手を差し出して、
「ほら、行こうぜ!」
彼女はおっかなびっくりでその手を、ゆっくりと取り年相応な笑顔で、
「はいっ!!」
ニッコリと笑った。今まで見ていた彼女とは全く違う表情。もう呪縛から解き放たれた、そこら辺に居る少女と何も変わらない。
そのまますぐに神威さんの居る城へと通じる学校の門のところへたどり着く。優は一度家に帰って学校の準備しないと、と言って帰ってしまった。確かにもう夜は明けてしまい、眩しい日差しが差していた。今が何時かはわからないけれど、もう人々が起きるだろう時間に近づいていることが分かる。
「さぁ、中に入りましょう」
彼女を見、この門の中へと足を進める。彼女はそんな私を見つめ、
「あなたは……私を許すの……?」
「へっ?」
一瞬変な声が出たが、彼女は気にもせずに告げる。
「私は……その……あなたを殺そうとしていたのよ? そんな私をあなたは何も気にしていないの?」
言っていることがよく分からなかったけど、すぐに理解する。だから私は、
「私は優と同じようにあなたを助けたかっただけよ。あなたを殺すのではなくて、その罪から解放したかった、それだけよ」
「でも……っ!」
「じゃあこうしよう」
彼女に向けて指を一本立てる。
「私のお願いを一つ聞いて。それで今までのことをチャラにしてあげる」
「分かりました。では、お願いとは?」
彼女が生唾を飲み込む。私はそこまで大したことを言うつもりではなかったけど、そんな彼女を見るとこっちも緊張してくる。
「私のことを紅羽って呼んで」
「……はいっ?」
彼女は予想外なお願いに驚いているようだった。優もそうだったけど、そんなにおかしいことなのかなぁ……
「だから、私と友達になって、ってこと! 私は天音紅羽。私のことは紅羽って呼ぶこと! その代わりにあなたのことを瞳って呼ぶからね!」
「ええっと……」
「それとそんな丁寧に話さなくていいよ。タメ語でガンガンよろしくね!」
戸惑っている彼女にニッコリと笑ってさっきの優よろしく、手を差し伸べる。
その手をしばし見つめた後、彼女、瞳はその手をしっかりと握って、
「うん……っっ! よろしく! 紅羽っ!」
目に薄っすらと涙を浮かべて笑った。
友達が出来、嬉しさがこみ上げている。そう思っていた直後、詳しく言えば城の中に入った後、私と瞳はある一室にて正座させられていた。
その視線の先には、私達を複雑そうな目で見ている神威さんが居た。
「……さて、一先ずは天音くんからだね。君は私に判断を仰がずに勝手に彼女のことを追ったね?」
「……はい」
言いたいことは分かっている。神威さんに何も言わずに独断で行動してしまったことだってのは百も承知だ。
「……全く、四ノ宮くんが間に合わなかったらどうなっていたか……」
一歩ずつ私の方へと近づき、手を出す。一発殴られるだろうと思い、目を閉じる。
「あまり私を心配させるなよ……」
でも、その手は予想外に私の頭を撫でていた。ゆっくりと、その暖かさが伝わってくる。
「……ごめんなさい」
ゆっくりと頭から手が離れる。体が軽く感じた。
「無事だったから、許すよ……それと傷は一応私の力で隠したからね」
軽く感じたのもそのはず、さっきまであった傷が既に塞がっていて、きれいな肌に戻っていた。
「治したわけじゃないから無茶すると体に響くから気をつけてね。……さて」
ちらっと神威さんが視線を瞳の方へ動かす。
「彼女の待遇について説明しないとね」
既に上との連絡が終わったのだろう。彼女はちゃんとこちらで保護することが出来た。それでも彼女はいくつか問題を起こしてしまった。何らかの処罰がくだされたのだろうと思った。
「さて、すぐに用意するとしよう。二人共着替えて準備するんだ」
「神威さん、瞳はっ! ……って、え?」
弁明をしようと思っていたのに、いきなりの言葉に目を瞬かせる。瞳も驚いているようで、私と同じ感じだった。
「ん? どうしたんだい?」
「いえ……何を準備するのかと……?」
神威さんは今からイタズラをする子供のような笑顔をする。
「君には内緒だったんだけどね――」
眠い。学校に来て一番に思ったことはこれだった。朝が明ける前からあんなことが起こり、そのまま学校というハードな一日が始まる。流石に体は疲労で動かなければ頭も眠さで働かない。
一度家に帰り、すぐに支度して学校に行ったらいい時間だった。こんな慌ただしい朝は初めてだった。しかし、まぁ、紫を救うことが出来てよかった。
とはいえ一応これで、俺はまた普通の人間の生活に戻ったわけだ。紅羽とはまたあの城で会えるだろうけど、また一人であの家に住むことになる。少し寂しいと感じたけど、来たら来たで大変だからなんとも言えない。
「今日はまた一段と死んでるなー」
横に顔を向けるといつもの様に那由多がゲームをやっていた。よく没収されないものだと感心する。
「今日は朝、いやもっと早くから起きててな……」
「へー、そんな時間まで何してたのさー。まさか夜遊び?」
「はっ、そんなことをするやつだと思うか?」
確かにねー、と答えまたゲーム機をいじる。本当にこいつはよくわからないやつだな。
そうこうしていると担任の先生が来る。また横を見ると既に那由多はゲーム機を隠し、机に突っ伏していた。なんという早業だ。
「全員座れー! 今日はまさかのニュースがある」
一回静かになった教室がまたうるさくなる。そんな中俺のまぶたはゆっくりと閉じられていく。
「なんと入学式直後だというのに転校生が来たぞ!」
一瞬にして目が覚める。教室の声が一段と沸いたのもそうだが何か嫌な気がしたからだ。
「しかもなんと二人もだ!」
何故このクラスに二人も来るのかわからないが、他の生徒はそんなことは気にせずに「女子ですか!?」と聞く男子生徒も居た。
「男ども、喜べ! 二人共女子だ!」
おおっ! と男子たちが喜ぶ。そんな俺は喜ぶことも出来ずに冷や汗が垂れる。
「さぁ、二人共入って!」
二人の女子が教室に入ってくる。姿が見えた瞬間、あんなにうるさかった教室が一気に静まる。
二人共、教室をキョロキョロと見回し、俺と視線が合った瞬間、笑顔を浮かべる。まさかとは思ったが……
「天音紅羽です! よろしくねっ!」
「紫瞳です。よろしくお願いしますっ!」
異能力者と異常能力者が俺の学校へと転校してきた。やりやがったな、神威さん。
途端に、クラスにいる男子生徒が一斉に湧き上がる。しかしそれも束の間、
「私達、四ノ宮くんの家で居候しているんですっ!」
などと紅羽が発言しやがった。一瞬にして空気が固まり、全てのクラスメイトが俺へと視線を送る。何も言えずにいると横から、
「ひゅー、やるね、優。まさか美少女を二人も家に連れ込むなんてねー」
なんて更に煽りやがった。否定をしたかったがまさかこの二人が来るなんて思っても居なかった。
「よーし、そういうことなら二人共、四ノ宮の後ろの席を使えー」
なんてことになった……俺の平穏な日々は、もう来ないのだろうな。そう思いながら、近づいてくる二人を見つめる。既に紫も、歳相応の表情になっており、笑顔で俺を見ていて、後ろの席に座る。そして――
「えへへっ! これからもよろしくねっ! 優っ!」
隣に座った紅羽は、明るく、小悪魔のような表情で俺を見つめる。ああ、お互いが罪を背負っていくって言ったけど、まさかこんなことになるなんてな。後で男子らになんて言われるか……
横にいる、学生服を着た紅羽を見ていると何か思い出せそうになる。そう、母さんが言っていた人。やっぱりあれは――
『さようなら、優羽くん……』
彼女との昔の記憶を思い出すのは、まだ少し先の話――




