戦いの意味
「もしもしっ! 神威さんかっ!?」
「……今何時だと思っているんだい?」
俺は一先ず、神威さんに連絡した。理由としては勿論、あの少女がどこに行ったか知るためである。
「夜遅く……いや早いかな? どちらにしてもすまない! だけど紅羽がどこに行ったか知らないか!?」
「天音くん……? いや、特に何も連絡はきてないようだね。何かあったのかい?」
「それがあいつ……っ! 勝手に紫瞳を探しに行ったんだ! 早く見つけ出さないと大変なことに……っ!」
もし、紫瞳と戦うことになったら不味い。あいつは本当に化け物じみている。
「なんというか君らは、本当に似ているんだね」
「そんな悠長なことを言ってる場合じゃないんだよっ!? 神威さんも見つけたら教えてくれっ!」
「分かったよ。それと君に一つ」
「何ですか!?」
「記憶。取り戻したんだね?」
「……紅羽から聞いたのか?」
「いや、なんとなく声だけでもわかるよ。こう……悩んでいたのが吹っ切れた感じかな?」
この人は本当に……すごい人だな。
「はい。俺は昔の記憶を、この能力の意味を知った。だからこそ、今大切なものを守りぬいてみせる」
もう俺の周りの人が傷つくのを見たくないんだ。
「それも天音くんと一緒。本当、二人は似てるね……」
「それはどうも」
電話を切り、外へと出られるよう着替える。外はまだ真っ暗で、寒いけれどどうせ体は温まるんだからと動きやすい服にしておく。そして、置いてあったカバンを持ち、外へと出、走る。しかし一体どこに紅羽は行ったのだろうか?
駅の方、学校の方、今日行ったスーパーまで行ったがどこにも居なかった。クソッッ!! どこに行ったっていうんだよ、あいつは。
どこへ……? 待て、何か見落としているぞ。何か忘れている……?
『やったところでいい時間稼ぎになるかな』
なんで時間稼ぎを……?
『それはね、神威さんの力のためになんだよ』
それだっ!
すぐさまもう一度神威さんに電話をかける。そんなに待たずに出てくれた。
「神威さんっ! 紅羽がどこに居るか知らないんですかっ!?」
「何を突然? 知っていたら君にすぐ教えているさ。現に、今もなおこちらから捜索を続けている最中だ」
「でもそれじゃおかしいんです! 紅羽は神威さんの力の時間稼ぎをするって言ってました! つまり、神威さんが居場所を知らないと意味が無いんですよっっ!!」
紅羽が戦って時間稼ぎをする、そういう作戦ならば神威さんが紅羽の居場所を知らないはずがない。
「君は一体、なんのことを言っているんだい?」
「……えっ?」
「私は紅羽にそんな指示をしたつもりはないよ。彼女には紫瞳を見つけ次第保護しろとしか言っていないはずだ」
「だって、神威さんの力で空間に閉じ込めるって作戦じゃ……」
「私にそんな力はないよ。あくまで、相手の視界に映るもの全てに幻を見せる、それが私の力だよ」
ということはつまり、彼女は俺に嘘をついていた……?
「そんな……ことって……」
俺は彼女の力になれない。むしろ、足手まといだったのだろうか。
「……四ノ宮くん」
「…………」
「天音くんは、多分君をこっちに来てほしくなかったのだろう」
何も答えられない。それでも、神威さんは続ける。
「彼女は自分以外が傷つくのを異様に恐れている。主に自分と親しい人ほどそう感じているんだろう」
それは、彼女自身は傷ついてもいいってことなのか……?
「私はね、だから彼女と離れることにしたんだよ。彼女は私と居ると、いつも率先して傷ついていこうとする。そんな彼女を見ていられなかった」
「そんなの……ただのバカじゃないのか……」
そんなのただの自己満足だ。自分が傷つくことで、他を守れているだなんて。他の人の体に傷がなくても、
「そうだね、言ってしまえば、私は彼女からいくつもの傷を付けられた。心の、ね。だからこそ」
「俺が、天音紅羽を守ってやらないと」
アイツを今、守ってやれるのは、俺だけだ!
「こんな責任を押し付けてしまって済まないね」
「いいんですよ。俺たち、似た者同士なんだろ?」
俺と彼女。どちらも片方を思いすぎて結局どっちのためにならない。だったら、
「直接会いに行くしかないもんなっ!」
とは言ったものの、これで宛がなくなった。
「神威さん。どうにかして紅羽の位置を掴めませんか?」
「ケータイを逆探知してみたが反応がない。これでは他に手段がないな」
多分、電源を落としているのだろう。俺が追うことを考えて、神威さんにも黙っていたのだ。
「他に何かないのかよ……っっ!」
彼女を、助け出す方法は、何かないのか?
「俺の力は……役に立てないのかよっ!」
焦るな、憤るな、冷静になるんだ。絶対に何かあるはずだ。
「神威さん、誰か異能力である対象の人物を探索することが出来る人っていませんか?」
「残念ながら私が知っている異能力者は、この周辺だと私と君と天音くんしか知らないんだ。ただ」
俺ら以外に異能力者はいない。それは確定してしまった。しかし、
「前にあった事例でね。何分、保護対象としている異常能力者が、大体の位置だけど異能力者を認識できる、ということがあったようなんだ」
「……それだっ!」
「なにかあったのかい?」
そう、あの紫瞳は俺を大体の場所まで把握して着いてきた。それは彼女の力かと思ったけどそんなはずはない。彼女は物質を浮かせ、飛ばすことが本質なのだから。つまり、
「異常能力者はおおよそだけど異能の力を持っている人を感知できるはず」
俺は確かこう言われたんだ。
――例外として当初の異能力者から、異常能力者として認定された――
「しかし君は異能力者のはず。同じ力の持ち主でない君が出来るとは……」
「やってみるさ」
ケータイから耳を離し、目をつぶり深く息を吸う。感じろ、異質な力を……聞け、異質な鼓動を、音を……
「……聴こえる」
耳鳴りのような高い音が聴こえる。それでいて不快ではない音。それは駅から離れた方向。既に都会とは隔離されてしまった、まだ開発途中の地区だ。
「神威さん、ひとまず俺のケータイの方を逆探知してください。紅羽を見つけたらまた電話します」
「……あの子を、頼むよ」
その声は、ついさっき話していた母さんの声とそっくりな気がした。
「頼むから、間に合ってくれよっっ!!」
「ハァッ、ハァッ……!!」
かなりの力を使い、ビル全てを倒壊させてしまいました。少々感情が高ぶってしまったのでしょう。
――私が何故生きているのか、もうそんな理由なんて無い。私自身が、全て壊してしまったのだから。
あの時、私がもっと早く帰っていれば良かったのです。いつも通りの時間に帰っていればあの男を止められたかもしれないのに。あの男さえ、殺しておけば、母さんも舞も今頃一緒に……
そういえばあの女はどこに行ったのでしょうか。まさか、この瓦礫に埋もれている、なんてことはないでしょうね。
「まぁ、もう飽きてきましたわ。このゲームももう終わりでいいでしょう」
ゆっくりと瓦礫の山から降り、背を向けて歩く。次はどんなゲームが待っているのかな?
そんな風に意識を次のことへと切り替えている時に、
「……うぅっ」
「あら?」
瓦礫の方に目を向けるとそこにはあの女がいた。頭からは血が流れ、所々に切り傷や痣があり、ふらふらしている。
「わざわざ起き上がるなんて、死にたいのかしら?」
そこで這いつくばって私がいなくなるのを待っていればいいものの。まだ私と戦うつもりなのでしょうか。
「もうあなたとは飽きたのです。だから大人しく……」
手元からビー玉を取り出し浮かせる。当たれば致命傷になるほどに尖らせる。
「死になさい」
ビー玉を飛ばす。狙いは頭部。あの男のように殺してあげる。
女の頭部を貫く、そう確信していた。はずなのに……
「なっっッッ!?」
時が止まった、そう感じられた。当たる直前にビー玉が停止し、その場で粉砕した。
「なにをしたっていうのっ!?」
しかし女は何も答えない。目はうつろで言葉も発していない。意識がないのだろうか。
「くっっ! だったら質量で押し切るまでっっ!!」
大量の瓦礫を浮かせ、飛ばす。あの女を潰すためだけに。それなのに、
「……」
女は何もせずに、全ての瓦礫が止まる。そしてその場で粉々になる。
「どういうことなのよっっ!?」
「悪いな、そいつは俺の力だ」
どこからか声が聞こえる。その声は、あの女の近くから聞こえた。
「昨日振りだな……紫瞳」
あの女を抱え、男がゆっくり姿を現す。先ほどまでは全く見えなかったのに、さっきからそこにいたかのようにしている。
「あなたは……っっ!?」
そう、昨日殺したはずのあの男が立っていた。
「……す、ぐる……?」
目を向けると紅羽がうっすらと目を開けて見ている。なんとか生きているみたいだった。
「悪い、来るのが遅くなっちまった。お前を背負ってやるっていったばかりなのに」
見た目は傷だらけで、見るだけでも痛々しい少女は首を振る。
「なん……で、来たの……? 早……く、逃げ……て」
「お前を残して逃げられるか」
こんな状態で放っておける訳がない。それに……
「俺はお前に一度とは言わず、二度も助けられたんだ。ちゃんとその借りを返さないとな」
少女の顔から涙が溢れる。後に口から「……バカ……」と小さく呟いた。
紅羽をここから離さないと、そう考えすぐにここから離れることにする。俺は力を行使する。全てが遅く感じる。俺以外の全てが、何もかもが止まっているかのように。そのまま紅羽を瓦礫の影まで連れて、そっと置く。ここで一度力を切る。
元に戻ると、「……えっ?」と紅羽が呟くと同時に、「また……っっ! どこへ逃げたの……っっ!?」という怒号が聞こえる。
「悪いけどここで隠れていてくれ。流石にここからすぐに逃げるのは俺でもキツイ」
「……ダメ……戦う……なんて……考えちゃ……ダメ」
「……俺さ」
戦いに行く俺を彼女は止めようとする。それでも俺は……
「あいつは俺と同じ異常能力者なんだよ。だから……お前が俺を救ってくれたように、俺があいつを救ってやる」
再度、力を使う。そして、持ってきていたカバンを開け、中身を取り出し、手に付ける。そのまま、引き止められることなく向かう。あの女、いや、あの少女を救いに。
「待たせたな」
対峙するは異能力を超える力、異常能力者。かくいう俺も同じたぐいだけどな。紫瞳は驚愕の表情で俺を見る。
「どうしてあなたが……っっ!? ちゃんとあの時、殺したはずなのにっっ!?」
「あいにくだが見ての通りピンピンしてるさ。残念だったな」
怪我も全て完治済み。体も万全で能力をあれだけ使っても頭痛も起こらない。
「……まぁいいですわ。ここでもう一度……殺せばいいのですからっ!」
いくつもののビー玉を浮かせる。だけど、
「遅いな!!」
すぐに力を使う。一瞬にして全てのビー玉がはじけ飛ぶ。
「なっっ!?」
そのまま後ろに回り込み、首元に獲物を添える。
そう、あの最後のカバンに入っていたのもガントレットだった。とはいっても紅羽が今付けているものとは別で、手から腕まで覆い、獣の爪の様に鋭くなっている。指先で貫くことが可能なほどだ。黒と銀で装飾されており、小さく刻印が刻まれていた。何て書いてあるかまでは分から無かったけれど……
「言っただろ、遅すぎるんだよ」
目の前に起こったことに理解が追い付いていないようだった。そして、いつの間にか背後に取られていたことにも気づくのに遅れた様子だ。
「あなた……一体何を……?」
「戦う相手に教える必要は無いよな」
俺の力は生体電流を用いる力。流れる速度を早くすることによって思考速度が上がり、全てが遅く見える。ただ、そう何度も使えるわけじゃない。脳に負担が掛かることで、激しい頭痛が起こってしまう。それが昨日意識を失った原因だ。だから俺は継続して遅くしているのではなく、断続的に力を使っている。言うなればコマ送りみたいなものだ。だから体も重く感じないし、脳への負担もそれほどではない。
「さぁ、もう決着はついただろう。大人しく保護されろ」
「……ふふっ」
それでも彼女は不敵な笑みを浮かべるだけだった。まだ、諦めていないのだろうか。
「私の負け? まだまだこんな楽しいゲーム、終わらせるわけにはいかないわねっっッッ!!」
彼女を中心にして、衝撃波が走る。避けることが出来ずに堪えたが、残念ながら飛ばされる。
「もっともっと、私を楽しませてよっっ!!」
彼女の目が徐々に変わっていく。黒い瞳から、暗い暗い紫色へと。
「……それがお前の本気か、紫瞳」
宙へと舞い上がり、ここからでも分かるほど衝撃が伝わる。これが彼女の力の本質だろう。
「さぁっ! 楽しいゲームを続けましょうっっ!!」
目に見えない衝撃が何度も放たれる。力を使って難なく避けることは出来るが、近づくことがなかなか出来ない。
「ちっっ! だったらこっちも手はあるさっっ!」
すぐそこにあった瓦礫を広い、投げる。その瞬間に力を行使する。時が止まり、瓦礫の上に乗る。動きが遅くなっている瓦礫は俺の重さがかかっても落ちず、その場に留まる。
さらに、その瓦礫を砕く。動きが止まっている物質に、動きが戻る瞬間に衝撃を与えると、速度の影響によって物質が簡単に壊せることを理解した俺は、最初のビー玉もそれで粉砕することが出来た。
砕いた瓦礫をもう一度投げ、力を切ってまたすぐに使う。何度も高速で繰り返すことで、傍から瓦礫に飛び移っているように見えるだろう。
これで空中にいるあいつのところまで行ける。目の前まで近づいた後、
「悪いけど、これで終わりだっ!」
女に手を出すのは少し気が引けるが、一度眠ってもらおうかっ!
首元あたりを狙って手刀を打ち付ける。……はずだったのだが、
「なっっ!?」
彼女に触れる直前に、何か壁でもあるかのように遮られ、弾かれる。再度接近し、繰り返すが全て弾かれてしまう。
「無駄ですよ……私の身体は風を纏っているのと同じ。そんなものじゃ届きませんわっっ!!」
空中で無防備になった俺に衝撃波が走る。避けることが出来ずに直撃し、地面へと叩きつけられる。
「……っっッッ!?」
息ができず、意識が朦朧とする。一瞬だけ目の前が真っ暗になるがすぐに目の前の景色が表す。多分、骨は折れてるし、内臓が傷んでいてもおかしくない。それだけの高さから衝撃を受けたのだ。それでも俺は死にはしない。
「……こんなもんじゃ、死なねぇな」
俺も異常能力者だからな。力を最大限に使い、体を治していく。すぐに体も動けるようになる。
「……やはりあなたも異常能力者でしたか。なるほど、その治癒速度でこないだのアレをしのいだというのですね」
彼女の眼がどんどん濃い紫になっていく。それはもう、紫とはいえずに黒に近く感じられた。
「そういうことだ。よろしく、なっ!」
再度突っ込む、しかしあの見えない風の壁のせいで触れることすらかなわない。
「ちっ! 面倒くせぇなぁ!」
何度も拳をふるう。それでも、風に邪魔されてしまう。
「無駄ですよ。この風は高速で私の体を包んでいる。下手をすれば体が吹き飛びますよっっ!!」
「そんなもん……」
少し体に負担がかかるが仕方ない。もう一度接近し、触れると直前に力を最大出力させる。
その瞬間、全ての時が止まる。彼女自身も、彼女の周りにあった風も、この世の時も、全てが止まる。
この力の時は体が異常に重いんだけどな……それでもっっ!!
触れる直前だった俺の手が紫瞳の体に触れる。そして……
「うぉぉぉぉっっっっッ!!」
おもいっきり叩きつける。手加減するわけにはいかなかったので、かなりの痛みだろう。骨位は余裕で折れていてもおかしくない。
「……っっッッ!?」
紫瞳は地面へと叩きつけられ、瓦礫の方へ吹き飛ぶ。俺もゆっくりと地面へと着地し、瓦礫の山へと向かう。
「さぁ! こんなものじゃないだろ紫瞳っっ! お前の覚悟とやらを見せてみろよっっ!!」
地面にあった全ての瓦礫が吹き飛ぶ。中から俯いている紫瞳が姿を現す。服はいたるところが破れ、瓦礫に衝突した際に生じた打撲や切り傷が少し見えた。あの風の壁で衝撃を和らげたのだろうが少し間に合わなかったのだろう。
「……ふふっ」
下を俯いたまま、笑う紫瞳。気味が悪い。次は一体に何をしてくるか。
「面白い……面白いわぁ。久しぶりの高揚感……ああ、これが本当に……」
周りにあった瓦礫が細く、尖った物へと分離していく。その数はゆうに千本を超えている。
「楽しくてしょうが無いわっっっっ!!!!」
一斉に瓦礫らが突撃してくる。一本一本が長く鋭い。避けることがなかなか難しく、かすってしまうが気にしない。すぐに切れた部分が治癒されていく。
「はぁぁッッ!!」
一気に間合いを詰め、彼女へと拳を振るう。それを近くにあった瓦礫が壁となり、防がれる。
「まだまだぁぁっっ!!」
俺の異常能力を使った連続の拳や刺突を、彼女は全ていなす。瓦礫を使って防いだり、風を使って避けたりされた。
しかし、分かったことが一つ。彼女はもうあの風の壁を使えないことだった。
接近した際、彼女に触れることが何度かできた。しかしそこから彼女との間に瓦礫が割り込んだせいで間合いを空けたり、浮遊の応用で体を逸らしてかわされていた。
しかしそれは彼女も同じだ。俺が接近したところを狙って瓦礫で押し潰そうとしていたり、距離ができたら先ほどの針のようなもので牽制してくる。両方とも数分間攻めあぐねている。どちらもむやみに手を出せなくなっていた。
「……どうして?」
「ん?」
お互いが疲れてきた頃、小さな声で呟く。彼女はどうしても腑に落ちない顔をしていた。
「どうして私とそこまで戦うの? 私は確かにとてもとても楽しいわ。でも、その力があればいつだってあの女を連れて逃げ出せたでしょう?」
「……確かにな」
紅羽にはああいったけど、本当はすぐにこの場を離れることは出来た。ほぼ瞬間移動に等しいこの異常能力で逃げる事はできる。しかし、
「俺はな、ただ単にここから逃げ出すことが嫌なんだよ」
「それはつまり、私と同類ってことかしら?」
「いいや、違うね」
この少女、紫瞳はただ戦いたがっている。異能力と異常能力の差を知り、どれほど強大な力なのか、試しているのだろう。だけど俺は、
「俺はただ単にお前を救いたいんだ。紫瞳」
微かに彼女の表情が変わる。それはほとんど容易に想像できる。
「……私を? 救う?」
「ああ、言っておくけどマジだ」
呆れ、怒り、動揺、この三種類。いや、ほとんど……
「私をバカにしているのですか……?」
怒っているのだろうな――
「私を救う? 何をふざけたことを。あなたが一体何が出来るというのですか。私の何も知らないくせに」
「そうだ。俺はお前のことをこれっっぽちも知らない。だけどな、一つ分かったことがあるんだよ」
聞きたくもないという風に合間合間に瓦礫が飛んでくるが構わずに続ける。
「お前さ、俺と似てんだよな」
「……ッッ!?」
瞬時に固まり、瓦礫もその場で落ちる。少しは聞く耳を持ってくれただろうか。
「俺は自分の家族を助けられたにも関わらず、見殺しにしてしまった。しかもその時の記憶はずっと忘れていた。あり得ないだろ? さらに俺の存在のせいで家族を巻き込んでしまった。こんなのってあんのかよって思ったぜ」
「……」
「こんな俺、生きている価値ってあるのかよって思ってた」
苦しくて、悲しくて、こんな罪背負えるかよって思った。だから全部投げ出して逃げ出したかった。でも、
「そんな俺をさ。紅羽が救ってくれたんだ。あ、紅羽ってのはさっきお前が戦ってたあの子な」
あいつが、俺の罪を背負ってくれて、助けてくれた。
「紅羽が俺を救ってくれた。だから俺もさ、言える立場ではないだろうけど」
俺も、紅羽のように……
「紫瞳、お前の罪を背負ってやりたい」
この少女を――救ってあげたい。
「……お話はそれで終わり?」
彼女の表情は分からない。心に響いてくれただろうか?
「私は……もう前には戻れないのよ……っっ!!」
風が舞う。さっきまでとは比べ物にならないほどの風が、彼女を中心にして渦巻く。
「私にはもう……帰る場所も家族もいないっっ!! この罪だってさらに上乗せしてしまったっっ! このまま生きて、どうしろっていうのよっっっっッ!!!!」
風がさらに強くなる。力を使って近づこうとするが、風のせいで体が浮きそうになり、近づくことが出来ない。
「もう私を……自由にしてよっっッッ!!!!」
すぐにこの場を離れ、紅羽を背負い逃げ出す。力を使いながら移動することで、すぐに距離を空けることが出来た。
ふと、後ろを見るとそこはとんでもないことになっていた。
――一つの大きな竜巻が現れていた――
「おいおい、マジかよ……」
あの少女は、異常能力によって竜巻を生成したのだ。なまじ異常能力者とはいえ流石に自然災害まで起こせるとは思ってもいなかった。
背負っていた紅羽は気を失っているらしく、脱力していたため、すぐ近くに寝かせておくと、紅羽のポケットあたりからケータイの着信音がなった。流石に俺に会ってしまったからケータイの電源も入れたのだろう。
心のなかで悪いな、と思いつつ紅羽からケータイを借り、着信相手を見る。思った通りの相手だった。すぐに電話にでる。
「もしもし、天音くん。やっと繋がったけどどうしたんだい?」
声の主、神威さんは紅羽のことを本当に心配しているようだった。現にいつもよりも声が少し震えている気がした。
「すまない、神威さん。ちょっと紅羽はいま出れないから俺が出てるよ」
「四ノ宮くん? そっちの状況はどうなっているんだい?」
「ざっくり説明すると、紅羽はかなり怪我をしていて気を失っています。そして紫瞳は今、竜巻を起こしています」
電話の先で安堵の声が聞こえた後、何かを叩いている音が聞こえた後、
「これは……大変なことになっているね。彼女を中心としてものすごい力が働いている。これが異常能力者なのか……」
「これだと一般人にまで被害がいってしまいますっ! 何か手はないですかっっ!?」
「手という手でないけれど」
「それでも何かありますかっ!?」
このままだと俺らだけの問題じゃすまなくなる。それに、彼女の罪をさらに重くしてしまう。
「竜巻の中心に突っ込んで、彼女の力を止めるしか……」
「でも、どうやってあの中に……!?」
竜巻を見るとさらに勢いが増し、強大になっている。このままだと本当にやばい。
「……私が……あそこまで……連れて行くよ……」
「紅羽っ!?」
弱々しい声が聞こえたと思ったら、紅羽が目を覚ましていた。確かにあの爆発する力で浮き上がればなんとか行けるかもしれない。
「でもその体で行けるのかっ!? そんなボロボロの姿で……」
ほとんど目は開けていなく、痣や切り傷だらけだ。そんな体であんな風の強いところへ飛べるというのか?
「大丈夫……ちゃんと……優をあそこまで……連れて行くよ……だから……」
――あの子を助けてあげて――
一瞬呆けたが、すぐに力強く頷く。結局俺も紅羽も、同じことを考えていたのだと、そう思うと笑えてくる。
「神威さん! 俺と紅羽はあの竜巻まで行きます。後のことはお願いします!」
返事は聞かずに通話を切る。申し訳ないけど時間はないし、あの人なら止めるだろうと思ったからだ。
「よし! 行こう!」
紅羽の手を取り空へと飛ぶ。後は紅羽に任せる。そう、最初に出会ったあの時と同じように――
……どうしてわたしは一人になってしまったのでしょう……
荒れる風の中、私はずっと考えていました。どうしてこんなことになってしまったのだろうかと。
あの時、力が目覚めたから? いや違う。もしあの時力が使えなかったら、私は死んでいた。あの男によって……
じゃあどこから? 私がバイトで遅くなっていたから? 部活をやめたから? あの男の仕事がなくなったから?
そうだろう。あの男のせいだ。全部全部あいつのせいだ。私は何も悪くない。なのにどうして今、私は、
「どうして……こんなに悲しいのでしょう……?」
胸が苦しい。張り裂けそうになって辛い。叫びたくても声が出せない。誰も私の苦しさを分かってくれない。
――お前さ、俺と似てんだよな――
さっきの男……彼も私と同じ苦しみを……?
――お前の罪を背負ってやりたい――
ふふっ、なんてバカなことを……この私を救う? それこそ無意味極まりない。私なんてもう――
「紫瞳ぃぃっっッッ!!!!」
「ッッ!?」
上から怒鳴り声が聞こえる。声の方を向くとそこには、
「なん……で……?」
あの男と、紅羽という女が宙に浮いていた。しかも、私の起こした竜巻のはるか上へ。
「今からそっちへ行くっ! 待っていろよっ!」
声と同時に男が宙へと投げ出される。そのまま行けば地面へと吸い寄せられ、衝撃で粉々になる、そう思っていた。
男は竜巻の起こしている風を足場にでもしているかのように、円を描くように内部を走り回る。風と異常能力のおかげか、吹き飛ばされることなく地面へと近づいてくる。
地面へと降り立ち、荒い息のまま男は告げる。
「さぁ、もう逃げ場はないぜ」
この男はどこまでしつこいのでしょう。流石に呆れてきました。
「……あなたは本当にしつこいのですね」
「そりゃ、ここまで真剣に言ってるのに聞かないからだろ?」
「あなたは私の何を知っているのですかっっ!?」
分からない。この男が何を考えているのか、全くわからない。でも、
「あなたは何も知らないでしょう!? 私のことを!? 私はもう一人なの!! だから……」
「だからこそ放っておける訳がないだろうがッッ!!」
肩がすくむ。まるで親に怒られたかのようだった。
「お前はこのまま一人で生きていくのか!? そんなことが出来るわけ無いだろっ! 誰かと一緒に生きていいんだよお前はっ!」
「でもっっ!!」
「でもも何もねぇんだよっ!」
この男の剣幕に気圧される。こんなに私の事を考えているとは、全く思ってもいなかった。
「お前は異常能力者とか言われても、それ以前に一人の少女だ! それにな、昔の出来事は過去のことだ、もうそのことに変わりはないんだよ!」
「それでも私は人を殺した! そのことに変わりはない!」
あの男を殺した、その罪だけはこれからもずっと背負っていく。避け用のない事実なんだから。
「確かにそのことは変わらない。だからといって他の人を巻き込むというのか!? この竜巻が一般人を殺すかもしれないんだぞ!? お前は本当の殺人者にでもなるつもりか!?」
「そんなこと思ってるわけないっ! でも、私には……もう誰もいないから」
家族は死に、帰る家もない。一体どこへ行けばいいというの?
「だったらそう思える人を新しく作れよっ!」
「ッッ!?」
「さっきから言ってるだろう!? 俺らがお前の罪を背負ってやるって! だから手を差し伸べろよ! もっと誰かにすがれよっっ!!」
ああ、今やっと分かった。私は……
「もうお前は、自由に好きに生きていいんだよっっ!!」
誰かにこうやって、叱って欲しかったんだ……
――お前は……もう……一人なんだ。だから……――
「自由に生きてくれ、か……」
やっと今更思い出した、あの男の最後の言葉。……父さんは一体何を思っていたのかな。苦悩の結果あんなことになったのだったら、父さんも辛かったのだろうな……
ふと気づくと、私の頬に涙が伝った。それも一滴だけじゃなく、止めどなく溢れてくる。さっきまでは出せなかった声が出せるようになる。私はしゃくり声をあげて、泣き続ける。
「もう……我慢することはないんだ」
そっと頭に添えられた手は暖かく、優しかった父さんを思い出した。
ああ、これが人の暖かさなのかな……
「そうだ、俺の名前はまだ言ってなかったな」
そういった彼は笑い、私に告げる。私を救ってくれたこの人の名を、私は決して忘れないだろう。
「俺の名前は四ノ宮優だ。よろしくな、紫」




