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異常能力者  作者: ミヅキ
5/8

忘れられしあの頃

「……っっ!? どこっ!? どこに居るのっ!?」

 私は優の家と昨日向かった学校との間をくまなく探した。それでも彼の行方を見つけることができなかった。

「どうしてっ! 私を置いて行っちゃったのよっ!?」

 私が朝弱いってことを気遣ったのかもしれないけど、それで君が危険な目にあってるんじゃ、何も意味ないじゃない!? そう、叫んだところで誰も応じてくれるわけもない。

「学校の方にはいなかったし……あれ?」

 あちらこちらへと舞い上がり、空から見下ろしているとあることに気づく。

「こっち……誰か呼んでいるの……?」

 耳鳴りのような甲高い音。それでも、不快には感じなく、むしろ誰かが囁いている用な感じな音が聞こえてきた。方向としては学校から離れ、住宅街から抜けた方だった。

「……あっちの方?」

 理由はなかったけれど、目一杯の力で音がする方へと向かう。なにか、こう、本当に何か大切なものを失くしそうな。そんな気がしてならなかった。

 お願いだからっ! 無事でいてっ!

 そう願うことしか出来ないことを、あまりにも悔しかった。まだ、伝えてないことだってあるのに……っ!



「どこへ行ったのかしら?」

 私はすぐに消えたあの男を探す。見たところ、やはり異能力者であるみたいですね。しかし、あの男、私と同じような眼をしていましたね。そう、一瞬でしたが真っ赤な眼に――

もしかすると、異能力を超えた力を持っているのかしらね? 私と同じように。それならそれで楽しみですわねぇ。

 獲物を狙う狩人のように目を細め、舌なめずりをする。この高揚感は一体なんなのでしょう。ああ、あの時と同じですわ……

 数日前、今がいつなのかわかりませんので、どのくらい前でしたかわかりませんが、まだそんなに経っていませんね。私の人生が全て壊れてしまったあの瞬間と。

 

 私はバイトの残業のため、いつも通りの時間よりも少し遅く帰宅しました。そこからが既に間違いだったのかもしれません。

「ただいまー!」

 いつも通り家の玄関へと入ったのに、誰も返事がなかったのです。さらに部屋の電気がどこも点いておらず、誰も居ないのではないかと錯覚したくらいです。

 もしかしたら空き巣でも入られたのかと思い、恐る恐る中に入り、電気を点ける。するとリビングにはお母さんと妹の舞がソファに座り、テレビの方に向いていました。

その時点で、おかしいと気づくことは出来ませんでした。流石に自分の家族が死んでいるなんて信じられませんでしたから。

「お母さん、舞! 居たんなら返事してよ! 電気も付けずに何してんのよ。何かあったのかと思ったじゃない」

 荷物を下ろし、文句を言う。それでも返事がないため少し不審に思ったのです。この時、この二人は一緒に寝ているのだと、そう思っていました。今でも、そうあってほしいと願ってしまいます。

「お母さん……? 舞……?」

 ゆっくりとソファの方へと近づく。そして二人を正面から見る。いや、見てしまった。

 私は全く意味がわからなかった。この場の情景を、この有り様を、見て感じたのは、何もなかった。

 私のお母さんと、妹の舞は、腹部に幾つものの刺された後があった。既に事切れていることは私にでも分かりました。それは、ソファや敷いてあるカーペットに付いている、

大量の血が物語っていました。二人は、もう死んでいることを、私は理解してしまった。

 呆然としている私を、横から飛び出してきた人が無理やり押し倒してきた。私は抵抗できず、なされるがままに仰向けとなり、その人物を見、

「どう……して……なの? ……お父さん?」

 片手に包丁を持ち、血走った眼で私を見ている人物は、私のお父さんだった。

「瞳……もうお父さんはダメだったよ。だからさ、皆一緒に死のう?」

「お父さん……」

 既に私のお父さんはこの世からいなくなっていたのです。そして残ったのは、全てを失い、世界に絶望した、ただ一人の男性。

「さぁ、逝こう。私もすぐ後を追うからね」

 その男性は笑みを浮かべた。歪んだ笑み。それでも彼の頬には、暖かい雫が流れ、私の顔へと伝う。

 包丁をかざし、私を刺そうとする。そして振り落とされる。不思議と痛みがなかったのが意外でした。

「……いやだ」

 痛みがないのは当たり前です。その包丁は、私に刺さっていなかったのですから。その包丁は、

「……あ?」

 ――男性の背中に、深く突き刺さっていたのですから。

「なんでだぁぁっっ……!?」

 絶叫し、その場でのたうち回っている男性のことを気にせず、私はその場で固まっていました。

「いやだいやだいやだ! まだ死にたくない! だって私は……っっ! だって私は……っっ!!」

この次に記憶していることは、既に目の前で男性は絶命し、体には無数の刺し傷、つまり母さんと舞と同じような風でした。

それと、微かに思い出せたのは、叫び声と一緒に聞こえてきた言葉。

「お前は……もう……一人なんだ。だから……」


 ――ここまでです。あの声は最後まで聞こえず、私の力によって、勝手に家ごと吹き飛ばしてしまいました。気がついたら私はどこか遠くの公園で目覚めました。

既に私には、もう誰も頼れる人はいなくなりました。そして、愛するべき、帰る場所のある家族を失いました。

 それでも、わからないのです。悲しいはずなのに、泣きたくてしょうがないのに、どうして私は、笑っているのでしょう……

 歪んでいる。そう、私はもう、あの男性と同じように、既に壊れてしまったのだろう、と。

 そこからは旅をしている少女のように、点々として暮らしていきました。もっとも、生きるためには手段を選びません。この力さえあれば、私は何をやってもバレることはありません。生活にはほとんど支障はありませんでした。

この力について瞬時に理解した私は、ずっと力に頼って生きてきました。それに、流石に一家心中をしたにも関わらず、行方不明になった少女を警察が探さないわけもないでしょう。

 そして、私は知ってしまった。この力、『異常能力』のことを。あまりに便利だから深くは考えていませんでしたが、そうですか、『異常』ですか。

 私は笑みがこみ上げてきて仕方ありません。この力を欲する者、この力に対抗する者。つまり私は俗に言う悪人なのだと。

 ならば私は、そいつら全てを皆殺しにするまで。その話をしてくれた方には感謝しています。なにせ生きる意味もない私に、こんな楽しいゲームを教えてくれるなんて。

ああ、やはりこの世界に生き残っていてよかったと思いました。


「あらっっ?」

 少し考え事をしているとあっという間にあの男に追い付きました。あんなことがもう数日前のことだと思うと、時間というのは本当にあっという間に感じます。そして、もうこのゲームも終わりそうです。

 追いついたにもかかわらず、あの男は逃げ出しません。いえ、もう逃げるほどの体力もないのでしょう。現に、

「地面に横たわっているなんてどうしたのですか? もうお終いなのですか?」

 もう少しで裏路地から逃げ出せたものの、この男は寸前で力を使い切ったのでしょう。体は全く動かすことも出来ず、意識も失っているみたいです。

「少しは楽しめるかと思いましたが……残念です」

 深い溜息を吐き、ビー玉を一つ浮遊させる。念には念を入れ、一撃で終わらせてあげましょう。

「まぁ、ここ最近のゲームの中ではなかなか楽しかったですわ。それではさようなら」

 ビー玉を額目掛けて飛ばせる。そして針のように鋭くなったビー玉はその男を……

 貫いた。

 一瞬男の体が跳ねたが、すぐに静寂へとかえる。赤い液体が流れるが私はもう気にも留めず、背を向ける。

 ああ、次はどんな楽しいことが待っているのかな……

 そして私はその場を後にする。私はさらなるゲームを探しに歩く。次はあの女、宙を舞うことのできる炎を使う女。あの女を探すことにしましょう。

きっと次は、もっと楽しいのでしょう――



 暗い世界。そんな中心に俺は立っていた。周りは真っ黒に覆われていて、俺だけが明るく照らされている。

『あなたは思い出しましたか? あの子のことを。そしてあの時のことを』

 先ほども聞いた声。そう。また俺はこの暗闇の中に来たのだ。

「――――」

 喋ったつもりだった。しかしその声は届かず、むなしくも発せられることはなかった。

ほとんど意識はなかったが、俺は殺されたのだろう。何もできない状態の俺を生かしておく理由がない。

『そうですか……ですが、これだけは覚えていてください』

 何を? 俺はもう……

『私たちはあなたを許すことはありません。そしてその罪は、あなたが生きていることで償うのです』

 何のことだ? 言っていることが分からない?

『あなたの記憶は原点にあります。知りたければ、早く見つけ出してください。そして……』

 意識が遠のいていく。なんだか異常に眠気が――

『あの子を……守ってあげて……』



 眼を開ける。そこはいつもと変わらない、俺の寝室だった。

何度か瞬きをし、あたりを見渡す。俺の部屋に間違いない。

 起き上がると頭痛が走った。急な痛みだったせいか、呻いてしまい、額を抑える。するとそこには包帯がぐるぐる巻きにしてあった。

止血のつもりだろうがかなり巻いてあり、ほどくのに時間がかかった。

 しかし、俺はどうして生きている? あの状況で見逃すような女なのだろうか?

 そう思案しているところに、ふとすぐ隣に何かあるような感じがした。ゆっくりと見ると、驚いた光景が目の前にあった。

 そこには穏やかな寝息を立てて寝ている人、天音紅葉が居た。が、しかし、ただ寝ているだけならよかった。

 そう、紅葉は俺の寝ているのは俺の布団、つまり俺は紅葉と一緒に同じ布団で寝ていたのだ。

 一瞬頭の中がフリーズし、そしてすぐにオーバーヒートした。

 落ち着け俺っ! たかが布団で寝ているだけだっ! 俺は何もやましいことをしたわけでも考えているわけでもないんだっっ!!

 頭の中でぐるぐるとまわる思考と理性を抑え込み、布団から出ようとするが、

「なんだと……?」

 俺の服の一部が何かに引っかかっていて、布団から離れることができなかった。そしてその部分をたどっていくと――

紅葉が俺の服の裾を強く握っていた。

 軽くため息を吐き、ゆっくりと紅葉の手に触れる。その手はあまりにも小さく感じた。

 そしてゆっくりと一本ずつ指を外していく。最後の一本を外したとき、

「もう……どこにも行かないで……っ」

 小さな声だったが、確かにそう俺には聞こえた。ふと彼女を見ると悲しそうな表情をしていた。だから俺は彼女の耳元で囁く。

「大丈夫。もう勝手にどこかへ行かないよ。だから安心して寝てくれ」

 本当は起きているんじゃないかと思ったが、すぐに穏やかな表情に戻り、また静かな寝息が聞こえてくる。

 そっと部屋から出、リビングに行く。外は既に日が暮れてきていて、少しずつ暗くなってきていた。

 ソファに寄りかかり、そしてもう一度考え直す。そう、どうして俺は生きているのだろうか、と。

 考えられることは二つ、俺が止めを刺される前に紅葉が助けてくれた。そしてもう一つは、紫瞳が俺を見逃したのか。

 しかし、後者は考えにくい。あの女は、ゲームと称して俺を殺しかかっていた。なら最後は確実に止めを刺すはず。

 ならば紅葉が助けてくれたのだろうか。しかし、俺を庇いながら逃げられる相手ではないだろう。

 となると両者とも可能性は低いだろうと考える。ますますわからなくなってきた。

 考えてもしょうがない。ならば次のことを考えてみよう。そう、それは、一番大切なことだろう。俺は一体何を忘れている?

 今までの危機を救ってくれたあの声、あの人物は俺の昔のことを知っている。そしてそれは原点にあると。

「原点って、いったいどういうことなんだよ」

 最初の場所、俺の家……家? あれ、俺の家ってどこだ……?

 父さんと母さんが住んでいるあの家? 違う! あそこじゃない。俺の家は――

「原点って、まさかここのことなのか?」

 今住んでいるこの家、ここ自体こそが俺の原点となる場所なのだろうか?

「そういえば、この家ってなんでずっと俺の家が保持していたんだろう……」

 今更だったけれど、父さんはなんでこの家を売らずに保存していたのだろうか。一年間ここで過ごしていたが何も不自由なく暮らすことはできた。

俺が住みなおすときには、既に電気も水道もと通っていた。何故だ?

 ケータイを直ぐに出し、電話を掛ける。相手は勿論決まっている。出てくれるかどうかわからないけれど、俺としては今出てほしい。

 数回のコールの後、電話は掛かってくれた。

「もしもし。どうした、優? お前から電話なんて珍しいな」

 相手は勿論この家の持ち主、俺の父さんだ。

「今、時間大丈夫?」

「全然余裕さ。久しぶりの息子からの電話だ、少しくらい仕事をサボったって罰は当たらないさ」

 いつもは向こうから仕送りや写真付きのメールくらいしか見ていなかったから少し緊張したけれど、いつも通りの父さんの声を聴いて安心する。

「じゃあ、いくつか質問があるんだけどいいかな?」

「いいさいいさ。俺もちょうど誰かと話したくてね。いっつも画面と向き合ってちゃ流石に飽きるわ」

 苦笑しつつも、すぐに真剣な声で聞いてみる。

「俺が今住んでいる家って、どうして今まで父さんが持ってたの?」

「……どうした、いきなり?」

「ただなんとなく思っただけだよ」

「そうか。簡単に言えばその家は託された、といったほうが正しいだろう」

「託された? なんで家ごと?」

「理由は多くは語れない。それでも、その家はいつだったか俺のところに手紙と一緒に渡されたんだよ」

「手紙? なんて書いてあったの?」

「一緒についてきた家の権利書やらの紙束の説明。それと、確か、そう『その時が来たら話してください』と書いてあったな」

「『その時』? どういうこと?」

「俺にもよくわからねぇな。ただその家は貰い物だったから別に費用は掛からなかったから安心しろ」

「その家の本当の持ち主って誰か知ってる?」

「……悪いけど、そいつは言えない」

 さっきまでと話していた父さんが、いきなり声が小さく、低くなった。

「どうして? その人とは知り合いなの?」

「本当にすまない。ただ、お前にこの話を聞かせるわけにはいかないんだよ」

 わからない。どうして父さんはこんなにもこの家の持ち主を言えないのか。そこで一つの考えが蘇る。神威さんと話していた、あの家族。名前は確か――

「大参……」

「……なんでその名前を知っているんだ!?」

「え……?」

 一瞬父さんが言ったことが分からなかった。ただ、俺が思案している最中に勝手に言葉を発していた。その名前は、

「なんで、お前が大参家のことを知っている……っっ!?」

「父さん……?」

 父さんの声が震えているのが電話越しでも分かる。やっぱり父さんは、俺に何か隠している。

「父さん、教えてくれよ。俺とその大参って人たちとは何か関係あるのか? 俺のこの家と何かあるのか? 答えてくれよ!」

 半ば責めるような口調になってしまった。それでも俺はもうたくさんだ。俺の知らないこと、腹の探り合いはもう嫌だ。俺の知らないことを、すべて話してほしい。

 数秒間の間が生まれる。ここで電話を切られたとしても、何度もかけ直すつもりでいた。しかし、

「すべてを知っても、後悔しないか?」

「この数日間、不可解なことばっかりだったんだ。俺には理解できないこと、俺の知らないことがあったこと。だったらそのすべてを理解したい! 全部知りたい! それで後悔するなら、してよかっただろうと俺は思うよ」

 この数日で俺の何かが変わった。多分、あの少女に会ってからだろう。あの子にあってから、俺は本当の自分というものが分からなくなってきていた。

普通の人とは異なる能力、そしてさらに異常な程の力を持つ異常能力。それが俺にもあったからだろう。

「今が『その時』ってやつだったのかもな」

 深いため息の後に小さいな声が聞こえた。手紙に書いてあった言葉、『その時』がついに、来てしまったのだろう。

「分かった、ならまずはその家の物置に行け。話はそのあとだ」

 話し終わった後電話は唐突に切れた。俺はすぐさま家の外へ出る。家の裏にある物置へと走る。元々鍵がかかっていると聞いていたから見に来たことはなかったが、何の変哲もない普通の物置だ。扉を開いたが様々な道具が置いてあるだけだった。

すぐさま電話を掛ける。案の定すぐに父さんは出た。

「開けたよ。それでこんなところに何があるんだよ?」

「奥の方に箱がある。それを持って行け」

 子供が使っていたような野球ボールやバットを横に払い除けると、奥からアルミ缶箱が一箱現れる。それを担いで家へと戻り、すぐさま開ける。

 しかし中身を見て唖然とする。

「父さん、これって日記?」

 そう、中に入っていたのは一冊の日記。しかも数年前のものだろう。ところどころが破れていたりしている。

「全部読むんだ。それがお前が知りたかったことだ。ただ――」

 言いよどんだ言い方をしていたのが気にかかっていたけれど、読み終わったらまた掛けるよ、といって電話を切った。

 この日記が真実を教えてくれるのだろう。後悔してもいい。俺はただ知りたいだけなんだ!

 そして俺は日記に手をかける。その中身は、俺の意識をすぐに取り込んでいった。



「ふあぁぁぁぁ、また寝ちゃったよ」

 優をここまで運び、手当をした後、私はまた昼寝と称して寝てしまった。うわっ! というかこれ、優の布団じゃないっ!?

一瞬驚いたが、そこに優は居なく、私一人だけで寝ていた。まだ怪我塞がっていないのに、巻いた包帯がすぐそこに落ちていた。

「もう! まだ寝てなきゃダメなのに! なんでもう起きてるのよ!」

 すぐに優を探しに布団から出る。彼を見つけた時は、本当に死ぬくらい眩暈がした。

 嫌な気がしてからすぐに優は見つかった。でも、その時彼は額から血を流し、うつぶせに倒れていた。瞬間、彼の名前を叫んで近寄った。

 止めようとしても止まらない涙のせいで、前が見えなかったけど、彼の元へとたどり着いた。彼を抱き起し、何度も呼びかけた。全く反応がなく、彼の顔が見えなくなったが、違和感に気付いた。 

 彼の頭部にできているはずの傷がなく、出血も止まっているように見えた。慎重に彼の胸に手を当てると、ちゃんと鼓動が聞こえた。

 生きてるっ! そう確信し、安堵した後、近くに誰もいないか確認する。案の定、誰もいなかったので、すぐに優の家へと帰ったのだ。

 本当に彼が生きていてくれてよかった。神威さんにも連絡し、彼の容体を見ていたらまた寝てしまっていた。

 彼はあの時、紫瞳に殺されかけた。でも、彼は異能力によってなんとか凌いだのだろう。私はそう推測して神威さんに伝えておいたが、神威さんはどうだろうかなと言っていた。紫瞳は殺したと確信してどこかへ行ったのではないのか、と。

 どちらにしても、彼が生きてさえいればどうでもいい。彼女が失敗したのなら、なおさら彼を一人にしておけない。

 私は彼に伝えないといけないことがある。それは、私の唯一の記憶。彼が否定した時、私は立ち直れないかもしれない。それでも、聞いておかないといけないことがある。

 一階に行くと、優はすぐに見つかった。リビングで何か読んでいるみたいで、私に気付いていませんでした。まだ怪我が治ったかわからないのに、何をしているのかと

怒ろうかと思ったが、すぐにそんな気持ちはどこか行ってしまった。

 ――それは彼が、涙を流しながら一冊の本を読んでいたから――

「優!?」

 私の声に優は驚き、振り向く。その顔はあまりに傷つき、声も出ないほど苦しそうだった。

「紅葉……? 俺……」

 声はか細く、目はうつろになり、私のことをちゃんと見ていなかった。

「大丈夫!? 流石にあの怪我ですぐに動くのは無茶だよ!」

 すぐに容体の方を気にしたが、彼は首を横に振るう。その際、流した涙が宙へと舞う。

「違うんだ……俺……俺……っっ!!」

 彼の声は震え、泣いていた。それでも、誰かに言わないといけないと感じる、強い意志もあった。

「俺、本当の家族を……見殺しにしたんだ……っっ!!」

「えっ?」

 彼の言っていることが理解できなかった。それでも、彼は少しずつ、ゆっくりと、泣きながら話してくれた。



 今から十年前の十月十日。ちょうど、俺の誕生日だった。俺はその時、まだ幼く、じっとしていられない子供だった。よく友達と率先して、イタズラやスポーツばかりしていた。

 その日は三連休になる初日で、俺の誕生日祝いとしてキャンプへ行くことになった。この時が、すべての歯車を変えてしまったのだ。

 父さんが車でキャンプ場へと向かう中、俺と妹は後部座席で熟睡していた。母さんは前でにこにこ笑みを浮かべながら俺らを見ていた。

 こんないいことが起きそうな一日は、唐突にして終わりを迎えた。

 十字路の交差点を、父さんが曲がろうとしている時に、向こう側からトラックが突っ込んできた。父さんも躱そうとしたが、それは無理なことだった。

 正面衝突。トラックの運転手は疲労のせいか、居眠り運転をしていた。ただし、俺はその衝突の際、目が覚めていた。そして、俺の能力が目覚めた。今の異能力。すべてが遅く見える力がその時勝手に発動していた。

 その力が俺には面白く、車の中を見渡したり、家族にちょっかいを出したりして遊んでいた。そして、ちょっと外に出て脅かしてやろうと思った。

 それが、間違いだった。車のドアを開け、外に出た瞬間、力を使い切ってしまった。俺はその場で意識が薄れていき、外に足を着ける瞬間に俺は道路へと倒れこんだ。あまり記憶になかったけど、今なら瞬時に見えた情景を覚えている。

 車が激突した音、燃える車、そして……家族が俺を見ていた目と叫び声。

 俺はそこで意識が無くなった。次に記憶があるのはあの人に初めて会ったこと。

 ――そう。あの声だけしかないあの空間。初めて言葉を交わしあったのはこの時だった。でも今まで覚えていなかった。どうしてだ?

 思考がぐるぐると回る。俺はあの事件のことを思い出した。それでもまだ何かが欠けている。分からない。俺は一体誰なんだ……?

「……るっ。すぐるっっ。優っっ!!」

 突然、頬に鋭い痛みが走る。何が起こったか訳が分からなかった。それでも、目の前に居る紅葉が平手打ちしたのを直ぐに理解した。

「優っ!! しっかりしてっ!! あなたがそんなことをするはずがない。きっと何かの事故だった、そうでしょ?」

「ああ、事故だった。確かに車の事故だった。でも……っ! 俺は家族を目の前で見捨てたっっ! 結局、俺は一人でのうのうとここで生きてるっっ! この家で!!」

 この家、つまりは元の俺の家。俺の前の家族がいた家がここだったんだ。

 涙を止めたくても止められない。知りたくてしょうがなかったのに、知ったところでどうしようもないことだった。

「これが、知っても後悔しないな、という意味かよ……っ!」

 呟いた言葉を聞かれたのではないか、という具合にちょうど電話が鳴った。相手は見なくても分かっている。

「……どういうことなんだよ」

「ついにこの時が来てしまったな、優。いや、大参優羽ゆう

「俺は……っっ!! 一体誰なんだよっ!? 教えてくれよ!!」

「そうだな、いつかは来るだろうと思っていたけど、もう来るなんてな。時が立つのは早いもんだよ、まったく……」

 そういう話している声はいつもよりも元気なく、悲しげな声に変わっていた。

「お前が思い出したように、お前は俺ら四ノ宮家の子供じゃない。元々は大参家の子供だった。だけど、あの十年前の事件が起こりすべてが変わった。お前はどこまで思い出せたか?」

「俺は、事件が起きた時まで思い出せた」

「……事件後、俺ら四ノ宮家がお前を病院へと搬送するふりをして、お前を隠した。そして俺の家族の一員として育てていた。今までな」

「どうして、俺を……?」

「お前には異常能力者として器があったからだ」

「父、さん……? なんで俺の力のことを知ってるの?」

「……大参家と四ノ宮家。その両家には異能力、及び異常能力の研究、実験を行っている」

「えっ?」

「大参家は昔から俺も仲良くさせてもらっていた。血は違えども兄弟姉妹と言われるぐらいだった。その大参家は、子を産んだ後、研究から手を引いたんだよ。なんでか分かるか?」

「子供を巻き込みたくなかったから?」

「そう。当然、能力の研究に子供を実験体として使う非道な輩もいる。うちらはそんなことをする奴らではなかった。ただ、問題は異能力だった。大参家には、一人、異能力者が居たことが後に発覚した。あまりに危険な能力であり、例外として当初の異能力者から、異常能力者として認定し、その者を処分するよう命じられた」

「処分って、まさかっ!?」

「……殺せって意味だよ」

 あまりに衝撃だった。手からケータイを落としそうになったがなんとか堪える。ちゃんと最後まで聞いておかないと。

「それでどうなったの?」

「大参家には能力者が一人いるといっても誰なのかまでは特定できなかった。だからどうしたか。それはな」

「全員殺せばいい、そういうことなのかよ……っっ!!」

「……つまりはそうだ。事故を装って事件にさせたのだよ。私には何の連絡もなく事件は起こった。その時には彼らはもう手遅れだった」

「……ふざけるなよ。どうして俺の家族を巻き添えにしたんだっっ!!」

 あまりに馬鹿げた話だ。どうして俺の家族が死ななければいけない。俺らは何もしていないのに……っ!

「そこで私は一人の少年を見つけた。何度か私は会っていたから君だとすぐに気付いた。だから私は君を匿い、私の家の子供として育てた。異常能力者となった君をね」

 薄々気づいていたけれど、やっぱり俺は……

「俺は……異常能力者なんだな」

 家族に一人だけしかいない異常能力者。そして生き残った者。俺しかいないじゃないか。そして、

「俺が居たから、俺の家族は死んだのかよ……」

 俺が居るから。俺が生きているから、家族が死んだっていうのかよ。そんなこと、笑えない冗談だ。

「後は、お前自身をどうしてやろうと思っていたけど、その時の記憶がなかったみたいなんだ。俺が匿った後、それまでのお前が別人になっていた。多分、お前の能力の弊害だろうな」

「だから俺には、記憶に曖昧な部分が……」

「元々異常能力者にはなんらかの身体や精神に過度な負担が掛かって発現するものだから、お前の場合は記憶、だったんだろうな」

「他にまだ何かあるか……父さん」

「そうだな。俺から伝えることはない。元々知っていたことだ。ただ、俺は今でもお前のことを息子であると思っている。だが、今までだましていてすまなかった」

 電話越しに頭を下げているのだろう。なんとなくは分かる。声が途切れ、数秒間無音のままだった。

「それと、お前の家族を守れなくてすまなかった。お前が罪を背負うというのなら、俺も同罪だ。自分の友を救えなかったんだ。その息子位、救ってやりたいんだ」

「父さん……」

「だから、もう一人で抱え込むな。お前はここに居ていいんだ。本当の息子じゃなくても、お前は俺の誇るべき息子だ。もしあの時死んだ方がよかったなんて考えたら、あいつの代わりにお前を殴ってやる。叱ってやる。そして慰めてやる。だから、お前は一人じゃないんだからな」

 途中から声が涙声になっている気がした。でもそれは、父さんだけじゃなくて、

「うん……ありがとう……父さん」

 俺も、まだ涙を流し続けていた。さっきとは違う感情の涙。そう、これは悲しみの涙じゃなくて、喜びの涙だった。



 俺が落ち着いた頃には、すでに日は沈み、外は暗くなっていた。隣にずっと居てくれた紅羽によって、俺の今の父の言葉によって、救われた気がした。しかし、そんな風に感じていたのも束の間、

「だって優が勝手にどっかいったからじゃないっ! 危うく殺されるところだったんだよっ! 少しは感謝したほうがいいんじゃないかなっっ!?」

「その節は本当にすみませんでした」

 すごい剣幕で俺を責める紅羽に対し、何も言い返すことができず、ただ頭を下げることしか出来なかった。流石に今日の出来事については何も言及できない。

 結局、俺は紫瞳の一撃を受けた後、紅羽に助けてもらったようだった。とはいっても紅羽自身は俺を家まで運んだだけであって、紫瞳とは会っていないようだった。それでも、

「最初見た時は死んでいるのかと思ったんだからねっ! 額から血が流れているのかと思ったらすぐに塞がっていたんだもん」

 と、付け加えてくれたことで、多分俺の力によって傷を治したことがわかった。額に一撃なら、普通なら即死だろう。それで紫瞳も、俺を殺したのだろうと勘違いしたのだ。

「……優、大丈夫? さっきまですごい顔だったけど、本当に大丈夫?」

 俺の表情を伺うように、紅羽が心配そうに聞いてくる。確かに俺の記憶がかなり複雑になっていたため、まだ理解できていない部分もある。

「大丈夫……とは言えないかな。俺もいきなりのこと過ぎて頭がちゃんと回ってるのかわからない」

 俺の本当の家族、そして俺の存在によって亡くなってしまったこと。それでも、

「俺は生きていてもいい、そういってくれる人だっているんだ。確かに俺は家族を殺した元凶だとしても、俺は勝手に一人で死ぬわけにはいかない。ちゃんとこの罪を背負い続けて生きていくんだ」

 もう迷わない。覚悟して、この罪を誰のせいにもせず、俺が背負っていくんだ。

「ふーん。じゃあ私もその罪、一緒に背負ってあげるよ」

 軽く跳ね、俺の背中に背中をぶつける。彼女も俺のことを励ましてくれているのだろう。

「その代わり、私の記憶についても探してもらうからね!」

 そうだった。彼女もまた、記憶がない人なんだった。正直自分のことで手一杯になっていたから忘れていた。

「そういえば、何か昔のことを思い出せたのか?」

「あっ! 完全に忘れてた! 優に聞いておかなきゃいけないことがあるの! とっても大事なことなんだっ!」

 さっきまでとは違い、かなり真剣な表情に変わる。これは本当に大事な話なんだろうと俺も姿勢を正す。

「あのね、大事な話ってね……」

「ああ」

 生唾を飲み込み、紅葉の目を真剣に見る。彼女の手や口が微かに震えている。それでも、意を決してか、言葉を放つ。

「優さ。昔、私と会っていたりしない?」

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