面倒なこと
春一番、とはいえないがそれくらいの暖かさ、そんないい天気になった今日は俺の学校の入学式である。ここの学校は行事ごとについてはこれでもかと力を入れているため、この入学式についても凄いものだ。
正門前で一度止まる。先ほどの出来事で半壊した教室などはなく、いつもと変わらない学校がそこにあるだけだ。本当に、あそこで見た教室は幻、神威さんによるものだと考えると、やはり異能力なんてものがあるのだと再認識される。
中に入り、自分の教室前に着いた。そして、ドアを開ける。
それと同時に、一瞬だけ今朝見た彼女の姿があった、ような気がしたがそこには数人のクラスメイトが談笑していただけだった。
こう思うと、先ほどあった出来事が夢であったかのように感じてしまう。そう考えつつ自分の机に座ると、
「なんだかお疲れのようだなー。夜中にずっとゲームでもしていたのか?」
と、隣から声が掛かる。顔だけ向けると、ここからでは顔が隠れて前が見えないほどのかなり長い前髪に、手にはその状態で操作できているのが不思議だと思うが、携帯ゲーム機を持って遊んでいる男が座っている。
「ただ単に朝から忙しかっただけだよ。第一、俺はお前と違ってあんまりゲームをしないんだよ、那由多」
ゲームしていた男――東雲那由多は顔も上げずにゲームをしたまま相槌を打つ。ただ、単に興味が無くなっただけなのか、それからは対して何も言わない。
こいつとは一年の頃からやけにつるむようになっていたが、大抵ゲームをやっているので俺はそれを見ているのがいつものことだ。
「朝からいろいろあってな」
ちょっと呟くと、那由多が顔を上げ、俺と眼が合う。といっても俺は那由多の眼を見たことはないけど。
「意外だねー。お前がそんなに愚痴るほど疲れているなんて」
きょとん、とした俺は愚痴ってはいないだろうと抗議したが、
「お前は大抵自分で全部背負うとしようとしているから分かるわー。何か悩み事があったら必ず顎に手を当てているよ」
はっとし、確かに無意識に右手が顎に付いている。俺が気付かない様な癖をこいつはすぐに気付くなんて、少し驚いた。
「ま、話したくなったら言えよー。少しは力にはなれるし」
だから、こいつは俺の唯一の親友なのだろうと、俺はひっそり思う。思うだけで口には絶対にしないけど。
「そういう言葉は、かわいい女の子に言った方がいいんじゃないか? だからあんな噂も立つもんだ」
「俺はこいつだけで十分。それと、そっちについては俺も抗議したが、むしろそうするとさらに広がるものなんだよー」
那由多は持っているゲーム、そこには美少女を攻略するゲーム、いわゆるギャルゲ―をこいつはやっていた。こいつは三次元に興味がないと言い切り、二次元のゲームに命を懸けているといっても過言ではないほどだ。現に、今日やっているゲームはこないだ見たものとは違うものだった。
さらに、俺はこいつとあまりにつるみ過ぎたせいなのか、俺らはそっちの人間なんじゃないか、と勝手に解釈されてしまった。俺は見たことがないが、那由多は髪を上げさえすればイケメンだ、という噂もあり、そのせいで一部の生徒から質問攻めにあったという苦い思い出がある。
「とりあえず、ありがとう。でも、大丈夫。これは俺個人の問題だし」
那由多はそれきり何も言わずゲームをし続ける。こういう気遣いがこいつと仲良くなってよかった、と今一度思わされる。
それから担任の先生が来て、入学式の会場となる講堂へと移動した。
俺の学校にある講堂というものは、高校の全生徒だけではなく、中学の全生徒が入っても余裕があるくらい広い。そんな中に、俺ら在校生が先に座っていく。
はっきり言ってこれから先が長い。まず、新入生が一人ずつ入ってくる。そこから、校長からの長々とありがたいお言葉を受け、在校生、新入生の代表者が壇上の前で話す。ここまでは普通の学校と同じ。ここからがうちらの学校の本骨頂。
部活の発表を一つずつ行い、その時に演劇や演奏も行う。それが終わったら次は昼食時間となり、休憩となる。そこからは新入生は学校の施設を巡る説明会が始まる。
この説明会を行うのが俺ら在学生だ。大体は部活動を行っている人が勧誘ついでに行っていたが、人数が少ない場合は帰宅部であろうが構わずにやらされる。
そして俺がその説明をある一部のグループを任されてしまったのだ。なんてはた迷惑な話だろうか。拒否し続けていたのだが、生徒会長にまで頼まれてしまったので、渋々受諾したがやはりやりたくないものだ。
そう考えている間に新入生が入ってくる。正直言って眠い。去年も思ったがあまりにも新入生が多いせいでなかなか入り終わらない。そして、俺は少し眠ってしまった……
暗い、真っ暗な空間に俺は立っている。周りがすべて黒に染まっていて、何も見えない。そんな空間から、
『思い出せた?』
あの、落ちているときに聞こえてきた声が振動する。あの人にまた会えたのだ。
「悪い、何も覚えていない。俺の過去のこと、何か知っているのか?」
『あなたは何も悪くはないのよ。でも、知ってしまったらあなたは自分を責めるでしょう』
やっぱり何もわからない。それでも、俺は何か忘れてしまったのだろう。
『今はいいのよ。でもいつかは知ることになるわ。その時にあなたは決断することになる』
そう言われた後、暗い空間が少しずつ白くなる。そうして、俺は――
「おーい! 起きろー!」
横から声がし、眼を開けると那由多が呆れた顔で、
「お前、寝過ぎー。もう入学式の行程は全部終わったぞ」
「……悪い」
「本当に大丈夫かー?」
心配そうに気遣ってくれたが大丈夫と伝えておく。ちょっと疲れただけなのだろうと自己解決しておく。
「んじゃ、早いとこ教室いくぞー。お前は新入生と学校回るんだろ?」
「ああ。なんて面倒なことを俺に任せるんだか……」
講堂に設置されている席から立ち上がり、教室へと向かおうとする。ただ、今は昼食休憩中のため、食堂へと向かおうかと思った。でも、
「残念だけど時間がないからパンでも買って教室で食おうぜー。誰かさんがずっと寝てなければラーメンでもよかったんだけどなー」
嫌味ったらしく答えてきたので、今度おごってやるよとは言ってやった。
購買では同じことを考えている生徒がいたのか、あまり残っていなかったがなんとか残っていたメロンパンとコーヒー牛乳を買って教室へと向かう。那由多も同じものだった。
教室内にはあまり人はいなかった。部活に所属している人はそれぞれ部活内で指定されている教室に行き、そこで新入生を勧誘しているのだろう。そのためここにいるのは帰宅部くらいだ。
さっさと買ってきた昼食をとり、今日の予定表を確認する。俺の仕事は十三時からで、今は十二時五十分。意外とギリギリで危なかった。那由多に起こされなかったら昼食を食う暇もなかったな。
「よし。じゃあ行ってくるわ」
「よし、じゃあ俺は帰るわー」
そういいつつ、荷物を持って那由多はゲーム機を片手に教室を出ようとする。
「そこは待ってくれるんじゃねぇのかよ?」
怪訝な顔で見てやったが、当の本人は気にもとめず、
「俺が友達を待つようなやつだと思うかー? 俺が今何をやっていると思う?」
友達ではあると思っているがその定義については、こいつの場合普通の人と違うんだな。そう思うが、こいつはそんなやつだと前から分かっている。
「ま、そんなことだろうとは思ったけど」
「流石は俺の親友だ」
ほめているのに絶対にゲームから目を逸らさないこいつを心からほめてやった。
正門で那由多と別れ、体育館へと向かう。既に数人の新入生が待機していた。見る限り男女二人ずつだった。確か、俺のグループが最後のはずだから、残っている人全員が俺の担当する新入生だろう。
「こんにちは。二年の四ノ宮優だ。残念ながら俺はどの部活にも所属していない。それでも、学校内くらいは覚えているから今日一日よろしく」
この仕事が終わればこの生徒とは話すことはないのだろう。そのため、この案内だけでも頑張って行おうと心の底から思った。そして案内を始めようと歩き始めたが、
「ちょっと待ってください」
静止の声がすぐ後ろ、体育館の入り口の方から聞こえた。そういえば、案内する人は五人と生徒会長は言っていた気がする。一人足りなかったから、おかしいとは思っていたが。声のした方へと向き、発言者のへと視線を流すが、
――そこに居たのは新入生と同じ制服を着ている、先ほど会った、天音紅葉だった――
「一応、私たちも自己紹介しましょう? まだそれぞれ名前も知らないんじゃ呼びようにも呼べないですし。どうですか、四ノ宮先輩?」
何故お前がここに居るんだ、そう問いたいがこらえて、何も言わずにひきつった笑顔を天音に見せる。本人はどう考えても気付いているにもかかわらず、新入生へと自己紹介をし始めた。つられて他の新入生もし始める。全員が紹介し終えたが頭に入らず誰も覚えられなかった。
「さっきの食堂から少し離れたところに購買がある。そこは大体文房具や必要な本が売っているからたまに行くくらいだからあまり覚えなくてもいい。で、次にここは職員室だ」
高校自体は四階建てとなっていて、一番下は職員室や食堂となっていて、二階からは高学年から順になっている。だから、新入生は毎回一番上の四階まで上がることになっている。ってそんなことはどうでもいい。なんで天音がここに居るっ!?
「よし、ここから上は学生の教室だけだ。それと地下に図書館がある。次はそっちへ行こう」
気になるが他の新入生もいるため話すことが出来ない。もどかしいが案内が終わるまで我慢することにした。それと意外だったのは、天音は他の生徒と親密に話しているようだった。俺とは違い、初対面の人と話を合わせている。男子生徒も気を引かせようとしているのか会話を続かせようとしている。
「図書館は様々な本を蔵書している。さらに数台だけパソコンを貸し出してもいる。俺はあんまり行かないから利用していないけど、この周辺の図書館としてはかなり大きいみたいだ」
都会から少し離れたうちの学校は周りには何もない。それでも、最寄りの駅の方まで行けばかなり賑わっている。俺もいつも遊びに行く時や、買い物がある場合は駅付近まで行っている。
「あとは、最初に居た体育館、入学式で使用した講堂くらいだ。大学の方まで行けばコンビニやいくつかの会館があるが俺らが行くこと自体、普通はないな」
大学自体、俺ら高校生が入ることが少し億劫だ。それでも、高校よりも施設が良くなり、いくつものの教室があるため、さすが大学というレベルだけはある。
俺らは学校の周りから大学の付近を軽く周り、最初の体育館へと戻ってくる。必要な案内はこれにて終了だ。
「これで、学校案内は終了だ。何か質問がある人はいるか?」
誰も何も言わずに首を振る。天音も含みのある笑みを浮かべているだけだった。
「よし、じゃあこれにて解散としよう。先生から言われていると思うが、一度自分の教室に戻って報告をしてから帰宅するように頼む。そうしないと俺が後で文句言われるからな」
皆苦笑いして、礼を言いつつ教室へと戻る。天音も一緒だった。
「天音紅葉。お前は少し残れ」
他の新入生は意外そうに俺を見ていたが、天音が先に「また後でね」と手を振ったため、全員手を振りかえしてそのまま体育館から姿が見えなくなる。今この場にいるのは俺と天音の二人だけになった。
「さて、なんでうちの学校の新入生だったことを黙っていた?」
俺がずっと気になっていたのが、最初から知っていたよ、とでもいうような感じで軽く笑い、
「まず、私はこの学校の生徒じゃないよ? 制服は神威さんに頼んで作製してもらったの」
その場で一回転するが、誰が見ても本物と見間違うだろう。いたる細部まで緻密に複製されたものだと誰が考えられるか。
「じゃあ、なんでここに居る? 生徒でもないのに学校に侵入して何をしているんだ?」
一応、学生でもないのに学校内に入るには受付で手続きしなければ入れないはずだ。
瞬間、天音は先ほどとは打って変わって、真面目な表情になり、
「四ノ宮君、あなたは今どれだけ危険な状態か分かっていないね? あなたはあの異常能力者である紫瞳に顔が割れたのよ。それはつまり、いつ狙われてもおかしくないということなのよ?」
「実感が湧かないんだ。それに、その紫とやらがどれだけやばいやつで、どんなに脅威なのかが一番分からない。しかも、俺なんかを狙う理由が分からない」
俺には力があるとしても、天音や神威さんとは比べ物にならないほど弱いはずだ。そんな俺を紫瞳とやらは俺のことを獲物として狙ってくるのか? それは考えづらい。
「とにかくっっ! あなたはその緊張感が足りないのよ。だからこうして私が見張っているのっっ!」
子供のように一点張りし、絶対に譲ろうとしてくれない。こう見ると天音って、
「うん。まるで子供だな」
そう思っていたことを何となく口から出してしまった。瞬間、先ほどまで真面目な表情だった天音の顔がみるみる赤くなっていき、次第に少しずつ涙目になっていき、俺のことを睨み付ける。やばい、地雷踏んだか、そう思った瞬間、
「どこが!? 私のどこが子供なの!? こう見ても私、体には自身があると思うんだけど!?」
意味不明かつ、支離滅裂な言葉を述べしまくりつつ、俺の胸倉を掴み、前後へと激しく揺らす。どう考えても思考回路が子供な気がする、そう答えたら次は殺されそうだな。ついでに言うと天音自身が言ったように、彼女は魅力的な少女だと俺も思う。線は細いのに、出るとこは出ている、そして俺の目線位の背丈のため、男の俺からしたら少し小さいと感じさせられる。こんな少女はそうそういないと思う。ちょっと子供っぽいところも最初に会った時とギャップが激しいが、そこがいいという人も多いのだろう。
そこから数分間、いかに私が大人であるかと語られたが、あまり頭の中に入れないように聞き流し、ただ相槌をしておいた。
「ということで、私はそんな子供じゃない。それと、私はあなたことを守るわ。大丈夫、紫瞳への危険性が無くなれば、前のように生活はできるわ」
「どうせ、そこだけは引けないんだろ?」
「もちろん。私が守ると決めたのだから」
その時の天音が見せた笑顔は、何故かはわからないけどずっと見ていたい、そう思わせるような自然で可憐な笑顔だった。
学校で行われる行事がすべて終わり、俺は帰宅することになった。しかし、
「何故俺の後を着いてくる?」
横には天音がさも当然のようにいる。校門から分かれたと思っていたがいつの間にか隣にいた。
「さっき、私はあなたを守るって言ったのよ? なら、あなたのことを四六時中監視――及び、見守らないとね。ということであなたの家に泊まるのよ?」
「第一に、神威さんは大丈夫なのかよ? あの人も異能力者だろ? なら神威さんが狙われる可能性もあるんじゃないのか?」
「ああ、それなら大丈夫。あの人なら姿変えていればばれないし、第一本当の顔知らないだろうし。それなら、私とあなたの方が断然危険よ」
確かにあの人の力なら姿かたちを変えて見せることも容易いだろう。しかし、
「俺、一人暮らしだし、そんなに家広くないぞ?」
流石に一人暮らしの男子の家に女子を引き連れ、さらに泊まらせるのは俺の精神的にも肉体的にも良くない。しかも、ご近所にでも噂が広まったら外に出るのも億劫になる。
「あら? 私は大丈夫よ? それとも、四ノ宮君はこんないたいけな少女に対してまさかそんなことをする人なの?」
挑発的な表情をし、俺を試してくる。俺はしないだろうが、理性が崩壊しないことだけはどうしても保証できない。それが男というものだ。そうだろう?
何も言わず黙っていると、
「へ~、やっぱり四ノ宮君も男なんだね~」
天音はここぞとばかりに茶化してくる。元々俺は女と話したり遊んだりすることがほとんどなかった。だからこういう風にからかわれると対処の仕方が分からない。だから俺は、誤魔化すためにさっさと歩幅の速度を上げた。
「冗談だってば。私は四ノ宮君のことを信じているもの」
「どうしてなんだ?」
俺は立ち止まり、天音の方へ向き直る。
「えっ……?」
天音の眼を見、
「どうして俺のことをそんなに簡単に信じることが出来る? 俺と天音は今朝、あんなことがあったとしてもまだそれだけしか経ってないんだ。そんなほぼ初対面程度の俺をどうしてそこまで信じられる?」
そうだ。俺と天音が出会ったのは今日の朝、つまりまだ知り合ってから一日も経過していない。それなのに、彼女は昔から友達だったのかのように俺に接している。それが気になってしょうがない。
「それは……」
彼女は言葉を必死に探している。彼女の眼が俺から逸らそうとするが、やがて決心がついたのか俺の視線に対抗するように真っ直ぐ見、
「四ノ宮君、あなたは私と同じような境遇な気がするのよ」
「同じ境遇?」
「そう。私、前言ったよね? 自分の生年月日すら分からないこと」
「ああ、あの時はあまり深く聞かなかったけどな」
プライベートなこと、そう言われたからあまり詮索はしなかった。
「私ね、昔のことをほとんど覚えていないの」
あまりにも重いことをすんなりと言われ、唖然とする。立ちどまる俺と天音にまだ春が来たといっても寒い風が吹く。早く家に戻りたい、そう思う気持ちがあっても今はそんなことに構う暇はなさそうだ。
「覚えていないって、記憶喪失とかそういうやつか?」
「あんまり理由とか症状は分からないけど、その可能性もあるみたい。覚えているのは小さいころから力を持っていること。それと、物心がつく前からずっと神威さんと一緒に過ごしていたことくらいだけ」
少しずつ暗くなっていく夕方。そんな帰り道に立ち止まって話し合っている学生なんて俺らくらいだろう。それでもこのまま話しながら帰るような雰囲気ではない。
「じゃあ、俺と境遇が一緒ってのは?」
「それはまだ憶測だけど、その、四ノ宮君も記憶に関して何か問題があるのかなってこと」
心臓が一瞬だけ高鳴る。俺の記憶が?
「それはないな。俺は記憶喪失とかじゃあないよ」
はっきりとした拒絶に対して、天音は驚いていた。
「俺は昔のことを大体覚えている、自分の生まれた生年月日、家族構成だって覚えているさ。俺は天音とは……違うんだ」
記憶、曖昧な物や自分でそうであると信じてしまえばたちまち嘘の思い出でも記憶の中に入ってしまう。でも、俺はちゃんと小さいころからの出来事を覚えている。だから、天音とは違う。俺は忘れたりなんかしていない。
「そう……だよね? 私とは違う……よね?」
悲しそうに、泣きそうな表情をしていたが、俺にはどうすることもできない。傷つけてしまったのか、そう思ったとしても俺ははっきりとした記憶がある。
「悪い、気分を悪くしたのなら謝る。ごめん」
「四ノ宮君は悪くないよ。でも、神威さんはそう考えていたわ。思い過ごしだったみたいだけど」
神威さんもそう考えていたのか。確かに俺は力を持っているにしてはおかしい部分が多かったみたいだし、記憶について障害があると考えても普通だろう。
「でも、ごめん」
それでも、俺は彼女を不快にさせ、傷つけた。このことに関してはやはりいい思いはしない。
「だからもういいって。そんなに気にするのだったら……そうだ。じゃあ、一つだけお願いを聞いてくれたら許すよ」
「ものと相談によるけど、とりあえず内容を聞いてからにしよう」
あまりにも無理難題だったら流石に却下するつもりだ。
「そんな大それたことじゃないよ。四ノ宮君のことを名前で呼ばせて。そして四ノ宮君も私のことを名前で呼んで」
「…………はい?」
あまりにも予想とは外れたお願いだったので変な声が出てしまった。まさか呼び方についてだとは思わなかった。
「私のことは紅葉、そう呼んで、ね? いいでしょ、優君?」
「……」
何も言わず、天音から眼を逸らし、また歩き出す。天音は慌てたのか、すぐに俺に、
「いやだったかな!? それだったらやっぱり……っっ!」
「君づけはいらない」
「えっ……?」
俺の言葉があまりに小さかったから聞こえなかったのだろう。
「だからっ! 君を付けなくていいからっ! 優でいいからさ、あまっ……じゃなくて紅葉っっ!」
あまりにも恥ずかしくて天音、もとい紅葉の方を見ることが出来ない。多分、今俺の顔は赤いのだろう。先ほどまでは寒かったのに何故か今は暑くてしょうがない。
そんなことに紅葉はきょとんとしていたが、次第に後ろからくすくすと笑い声が聞こえてくる。まるで鈴が転がっているような可愛らしい声だが今は憎たらしく感じる。
「ふふっ。照れてるの? かわいいな、優は」
そんな風にまたからかいに来るが何も言わずにさっさと帰路を進む。先ほどの悲しい顔を見るよりも、こんな風に遊ばれた方が俺的には気分がいい、そう思った。
それから数分後、俺の家まで着き、
「ここが俺の家だ。先に言ったけどあんま広くないし汚れているからな」
流石に一人暮らしの男部屋となると、あまり手入れしていない部分も目立ってしまう。それに、一般的に見られたくないものを隠しているし。
そのままドアを開け、中に入ろうとするが後ろに気配を感じないので振り返ると紅葉が上を見上げてポカンとしている。
「どうした? 変なところでもあるか?」
「優ってさ、一人暮らしだよね?」
「さっきも言っただろ? 俺は学校への通学を考慮して実家とは違う家に暮らしてるって」
実家はここよりも田舎のため学校から離れてしまう。なるべく早起きしないようにしたいのと、実家とこことでは暮らし方はあんまり変わらないからこっちに来た。
「一人暮らしにしては、あまりに家がでっかいと思うんだけど……?」
そういった紅葉は俺の家の全体を見続けている。それもそうだろう。俺の家はよくあるアパートとかじゃない。普通の一家族が住めるような大きさの一軒家だ。一人暮らしといった割にこんな大きい家に住む人は普通いないと疑問に思ったのだろう。
「ああ、この家は俺の親族が遺してしまったやつで、勿体ないから使っていいぞって父さんに言われたんだよ。それで今は俺の一人暮らし専用として使っているんだ」
ここの家は元々俺の親戚が使っていたが、約十年前に亡くなってしまったらしい。あまり記憶にないが俺ともよく会っていたらしい。そのため、空き家となったけど電気も水道も通っていて、好きに使えと言われた。
「なるほど。じゃあ、遠慮なく、お邪魔します」
納得したらしく、家の中へと入る。
「適当にくつろいでいいから。一階はリビング、キッチン、風呂とかで、寝室は二階になるから。俺は一番奥の部屋使っているから他の寝室を好きに使っていいよ」
「了解!」
そしてそのまま紅葉は二階へと上がっていく。とりあえず俺も着替えることにした。階段を上り奥の部屋へと向かうが何故か明かりがついている。おかしい。俺はちゃんと自室の場所を伝えたはずだが?
丁寧にドアは閉められ、中の様子が分からない。ただ分かることは、紅葉は迷うことなく俺の部屋へと直行したのだ。
嫌な気がしたからすぐに部屋へ入ろうとするが、ドアが開かない。俺の家のドアは大抵鍵がないため開けられるはずなのに押してもビクともしない。まるでドアの前に岩でも置いてあるかのようだ。
そんな中、部屋の中から、
「よし! いっちょやりますか!」
「おい!? 俺の部屋で一体何をしているっっ!?」
やはり紅葉は俺の部屋の中に居た。しかもドアの前に本棚をずらしたようで、力を入れてもなかなかドアが開かない。
待て、俺の部屋だって? 女の子が男の部屋にいる。つまり……それは……?
「即刻ここを開けろ! 紅葉!」
流石に分かるわけはないだろうが見つかったらヤバい。そうだろう。紅葉はそいつを探している。見つかれば俺のすべてが終わる。
ドアが壊れるのではないか、それぐらいの力で本棚ごと押す。それでも中々開かない。本棚の中にあんまり本を突っ込むべきじゃなかったと後悔するが今更どうにもならない。
「嫌よ! 私だってここは引けないの!」
男と女の意地がぶつかる。俺が先にドアをぶち破るか、紅葉が俺のあれを見つけるか。どっちが先に果たせるか。そんなくだらないことに俺らは数分間白熱していた。
結果として、俺が先に本棚を倒し、ドアを無理やり開けることで中に入って紅葉を止めることに成功した。俺の例のあれは無事に隠しきれたようだ。しかし、
「そんなに必死ってことは、やっぱりあるんだね……優のエッチ……」
軽蔑的な目で見られることになった。いや、俺だって健全な男だし、そこらへんは大目に見てほしい。
あまり言い訳せずに、
「着替えたいから悪いけど外に出てもらっていい?」
と話をすり替えることにした。それでも目を細めてこっちを見続けてきた。目線をわざと逸らして部屋の中で倒れてしまった本棚をもとに直し始める。
「……分かった」
不満そうな声だったが渋々と部屋から出ていく。それを確認して着替え始めることにした。
ここ最近は少し暖かくなったとはいえまだ夜になると寒くなる。簡単な部屋着にパーカーを羽織る。制服は、ブレザーなどの洗わないものはクローゼットの中にしまい、洗うものは持って下の洗濯機に放り込んだ。
「さて、今日の夕飯はどうすっかな」
あまりにイレギュラーなことがあったため、食材を買ってきてない。まぁ、残り物で作るとするかな。そう考えていたが、
「そういえば、紅葉って手荷物どころか何も持ってきてないような?」
そう。学校の体育館で会って以来、紅葉は何も持たずに俺の家に来ていたはず。それだったら、着替えも何も持っていないんじゃないのだろうか。
「流石にそれはないだろう」
そんな無計画に行動を起こすような子じゃないだろうと勝手に解釈した。ちょっと子供っぽいところはあったけど、かなりしっかりとしていることは今日一日だけでも分かった。
そうして風呂の準備をし、冷蔵庫の中身をチェックしている最中、リビングで大きな声が聞こえた。
「どうしようっ! 用意しておいた荷物、全部置いてきちゃったよっっ!?」
さっきの考えは捨てとこう、すぐに俺は考えなおすことにした。
暗い路地。周りには街灯もなく、ただ暗闇がずっと続いている。それでも、両隣は明るく楽しそうな声が聞こえる家もあれば、すでに寝てしまったのか静寂に包まれている家もある。
私はその間をひっそりと進んでいく。どこへ? というあてはありません。ただ私の中でこっちへ向かえ、そう啓示しているのです。私はそれに従うのみ。
時間は正確には分かりません。それでも、深夜を超えたくらいでしょう。この生活をしてすでに何日も経ちました。私はいつまでこんなことを繰り返しているのでしょう。そんなことを考えたこともありました、それでも、私はもう戻ることは出来ない。家族を、全てを失ってしまったのだから。
住宅街を抜け、廃墟らしい場所を見つけました。ああ、今日はここにしよう。私は安堵し、寝床を決めました。中に入ると、崩れかけてはいましたがあまり汚れてはいないみたいです。壁際に取り残された、ほつれて中身が出ているソファに腰かけ、横になって寝ることにします。
ここ最近はまともな食事も睡眠もとれていない。だって、見つかれば私は捕まる。もう、あの頃へと戻れない。もう、誰も信じられない。私は久しぶりに深い眠りに落ちました。
でも、寝ているだけなのに、どうしてこんなに泣きたくなるのでしょう――
朝、明るい陽射しが私を起こしてくれたのと思っていた、でも、本当は違いました。
「おい、女が起きたぞ」
起きたと同時に眼に入ったのは、数人のガラの悪そうな男達。全員体の一部分に入れ墨をしており、目付きも鋭く私を見ていた。そんな私は、寝ている最中に手や足を縛られて身動きできない状態でした。この廃墟は不良か何かのアジトだったようです。
「そうか、ほう。見てくれはかなりいいじゃねぇか」
奥からリーダー格の男が現れる。顔や腕などの部分に深い傷がついていて、普通の人なら逃げ出すような風格な出で立ちです。
「そうだな……久しぶりの女だしな。今日は楽しませてもらおうじゃないか」
リーダーが下卑た声で笑い、私の髪を掴む。そして顔を近づける。周りの男たちもつられてにやついてくる。私が恥辱で歪む表情を期待していたのでしょう。それでも、
「笑えないわね」
無表情にしかできない今の私の顔、そしてその冷めた声で一瞬にして静まる。期待とは違う反応にリーダーは威圧的な態度をとる。
「お前……この状況をわかってんのか? 手足を拘束し、男数人で囲んでいるこの状況がよぉ」
そう、私は今や何をされても抵抗できない状態です。でも、
「拘束ってこれのこと?」
私はすでに千切れている紐状の物を掲げる。こんなもの、その辺の石ころさえあればものの数秒で切れることを彼らは知らないのでしょう。
彼らは驚愕し、すぐに「押さえろ!」という怒声が目の前から発せられる。リーダーの指示通り、彼らは私の足、腕、後ろからなど体全体を抑え始めた。それでも、
『邪魔よ』
その一言により彼らは吹き飛ぶ。壁へと激突し呻いて倒れる。唯一取り掛からなかったリーダーだけを残して全員気絶したようでした。リーダーは恐れたためか、その場を残し一人だけで逃げてしまいました。でも、
「逃がさないわ。ふふっ」
今日の獲物は彼にすることにしました。今日も楽しい楽しい、鬼ごっこという遊びが始まりました。ああ、なんて楽しいでしょう。こんなにわくわくすることが何度もあるなんて、この生活も悪くないですね。
そうして私はその場を後にし、逃げた彼を追う。そうして、捕まえて、いたぶって、最後は……どうしましょう? そう考えているだけでも楽しくてしょうがないです。
そして廃墟には倒れた男たち以外いなくなる。その場がまた静寂に包まれる。
後に、ある不良グループのリーダーである男が無残な状態で亡くなっていたことが報道された――




