ここからが始まり
暖かくなってきた季節。鳥たちが奏でる朝の音楽と、眩しいくらいに輝く陽射しによって起こされる。
目覚まし時計はまだ鳴っていないようだったが、どうせあと数分で起きるものだったからアラーム設定を止め、このまま起きることにした。
リビングに行き、俺は顔を洗って朝食の準備にかかる。家の中には他に人の気配はない。それは、ここに俺以外は住んでいないことを表していた。
元々は実家に住んでいたのだが、俺の家族は特殊な職種に就いているため、よく外出していた。ゆえに家事能力はすでに会得している。
そのため、親に対しても一人暮らしすると伝えた時はすんなりと許してもらえた。
軽い朝食を食べ、制服に着替え、学校に向かう。この時間だったら余裕だろう。
俺の学校は実家からだったら電車を介してでも一時間は余裕でかかるが、こっちに来てからは徒歩数分で着けるから圧倒的に便利だ。
ついでだけど、学校自体はそれなりに大きい。小学校から大学まですべてある。といってもここの大学までずっといる人はあまりいないみたいだが。
その理由としてはこの学校自体、勉学になかなか力を入れているため、中学校から高校、高校から大学にいくには一般から入ってくる並の試験をやらされるからだ。
結果、大抵は落ち、違う学校を受験するハメになる。
俺はそんな進学学校に見事受かり、今は二年目となる。そして今日はその二回目の入学式である。授業自体が無いため、今日は気楽なのである。
いつもの通学路を歩いていくが、そもそも朝早くから学校に来ているのは入学式の準備をしている生徒会の人たちか先生たちくらいしかいない。そのため、もう少し経てば知り合いもいるだろうこの道には、まだ誰もいない。
学校に着いた俺は自分の元クラスであった教室に行くことにする。在校生は前の教室で集まることになっているからだ。
学校の校門をくぐり、靴を履きかえる。ちらっと他の靴を見るが、他に来ているクラスメイトはいないようだった。入る前に外から学校全体を軽く見渡し、中で廊下を見たが生徒会の人たちすらもいない。ということは俺が一番先かな? と、ちょっと意外に思い、そのまま教室へと向かう。
しかし、何かおかしく感じた。学校が空いているのなら教師くらいなら居る筈だ。それなのに誰もいない。学校の正門はちゃんと開いていた、なのに職員室を覗いても誰もいない。あまりにも静かすぎる。人の気配を感じない。
不審に思いつつも、俺は元のクラスだった教室へと向かう。教室の目の前に着く、そしてドアを開ける。その先には……
――見知らない女の子がいた――
窓際の一番後ろの机に座り、外の空を見上げている様子らしく、ここからでは後姿しかわからないがどう考えても俺は知らない。
まず初めに服装。うちの学校は水色のワイシャツにブレザーを制服として扱っているが、
彼女は白のシャツに黒いジャケットを羽織り、まだ寒いのに動きやすそうなショートパンツにハイソックスという出で立ちだった。
さらに、極めつけはその身に着けている物。物というか武器だろうか?
腕には籠手と呼ばれるには鋭く、爪の部分が尖っている物を手から腕までを覆っている。俗にいうガントレットというやつだろう。
そのガントレットはところどころに穴が開いており、どう見ても普通の人が身に着けるようなものではない。
そう勝手に考えている最中、彼女が俺の存在に気付いたらしく、こちらへと振り返る。その長く艶やかな黒い髪が翻る。
小さな顔と対照的な大きな真珠のような眼がさらに開かれる。そして、
「なぜっ!? ここに人がいるのっっ!?」
彼女は驚きのあまり絶句しているようだった。俺からしたら彼女のその様子、その見た目の方が驚くものだ。
「なぜって、今日はここの高校の入学式だからな。それよりも、君はここの生徒じゃないよな? なぜうちの学校に居るんだ?」
質問をしたが彼女は答えずにただ首を振るう。
「違うわ! どうしてあなたが今この学校に入って来られたということよ……っっ!」
その言葉を聞いた直後、教室にある前の扉が窓側に吹き飛ぶ。
まるで火薬類が爆発したかのような勢いだった。
俺は言葉を失い、何が起こったか分からずその場で立ち尽くしてしまった。
そんな驚愕している隙にさらに教室内の地面に張り付いていたタイルが何かに引っ張られたかのように浮かび、俺の方へ飛んでくる。
「危ない!」
彼女が一瞬にして俺との距離を縮め、体当たりをする。お互いが床に倒れ、その上をタイルが飛来する。壁へとタイルはぶつかり、派手な音を立てて粉々になる。あの速さであんな物が頭にでも当たったら死んでもおかしくない。
「あなたのことはひとまず置いておくとして、この状況を何とかしないと! ええい! とりあえず逃げるわよ!」
彼女は俺の肩に腕を回し、
「まとえ!」
叫ぶと同時に彼女がつけていたガントレットから爆発するかのように炎が現れる。
そしてそのまま窓から飛び降りる。
――ここは三階なのだけれど。
「待て待て待て!? 落ちるっておい!?」
「大丈夫だから騒がないで! 集中できないから!」
死にそうに叫ぶ俺を後目に彼女の持っているガントレットから炎熱が放出させられ、地面に着く前に飛び上がる。つまり、俺と彼女は空中で浮いている状態にある。
しかし、それでも後ろから今度は割れた窓ガラスの破片が追い回してくる。
「くっ! しつこいわねぇ!」
彼女は悪態を吐きつつ破片に手をかざし、
「燃えろ!」
俺を掴んでいない方の手に付いているガントレットから膨大な炎を一瞬だけ放出し、ガラスを溶かす。
そのまま高校の場所から少し離れたある方向へと向かうが、瞬間。
「えっ?」
周りには家庭科室にあったのであろう、包丁などの刃物が浮いていた。それこそ逃げ場がないほどの数で。
それを認識した瞬間、刃物類がこちらへと飛んでくる。
彼女はなんとかしのいでいくが、その一本が俺と彼女を繋いでいる手を狙ってくる。
「あっ!?」
避けようとした彼女は俺のことを放してしまい、俺は空へと放り出される。
俺はそのまま重力に従い落ちる。
彼女は俺を助けようとするがさらに破片が飛んできて動けないようだった。
こいつはやばいな。俺はのんきにそんなことを考える。何故か思っているよりかは冷静だった。状況は酷く、このままだと死ぬということを理解した。
しかし、だからといって俺には何もできない。さすがに俺は彼女のように手から炎を出して空を飛べるわけじゃない。
そのまま俺は眼をつぶり、落ちていく。抗いたいのはやまやまだが何もできない。こんな結末は嫌だ、そう思いもした。それでも何もできない。
そしてそのまま地面に吸い寄せられているかのように落ちていく。
『あきらめるの?』
どこからか声が聞こえた。真っ暗な空間から聞こえてくる大人の女性の声。その声はあまりにも悲しそうで、それでいて哀れんでいるようにも思える。
『あなたはここで死ぬの? そんな簡単に終わるの?』
そりゃ死にたくはないよ。でもどうしようもないじゃないか。
『あなたは今までどうして生きていたの?』
それは。
『その力で、誰かを守りたいからじゃないの?』
その力?
『忘れたの? あの時は使えたのに』
俺には大した力は無い。
『そう、なら、いつか思い出すことね。あなたが持つその力の意味を。そして、これから先、背負っていくその罪を……』
声はそこから先は聞こえなくなり、消えてしまった。
瞬間、俺は眼を開く。先ほどの声はいったい誰だろうか? でも、今はそんなことを考えている場合じゃない。今、俺は地面に叩き付けられようとしているのだから。
抗ってみよう。やるだけやって、だめだったらそん時はそん時だ。やらないよりかはましだ。そう考えると体から不思議な力が湧いてくるような感じがしてきた。俺は周りを見渡す。
ふいに、おかしな現象が起こった。今、俺は地面へと落ちているはずなのに、そんな感じが全くしない。そして気付き、驚く。
俺が今見ている光景、それは何もかもが止まっている状態だった。俺が落下していたこと、彼女自身、周りに浮いている刃物、全ての時が止まったかのように動きを静止していた。
しかし、それは間違いだった。止まっているように見えてはいるが、ほんの少しずつだが俺は地面へと落ちている。
彼女の周りにはまだ多くの刃物が浮いている。先ほどもだったがそれらは飛来することもなく、今も停滞し続けていた。俺を助けさせないための壁として使ったのだろう。
俺はそこに視線を向け、手をかざす。理由は分からないが、そうすべきなんだと体が動いた。すると、同時にそこにあった刃物どうしが吸いつけられたかのように一か所に集まり、くっつきあう。
そして、急にだが時間がいつものように動きだした。刃物どうしは離れようとするがうまく動かせなく、金属音を鳴らしながら留まっている。
彼女は驚いてその状態を見ていたが、すぐに俺の方へ飛んでくる。
俺が取った行動は彼女に助けを来させるための手助けをすること。あまりに情けないが俺にはそのくらいしか出来ない。が、これで俺の助かる可能性はまだある。
俺に手を伸ばす彼女はとても必死な形相だった。俺は落ちていく。そして少しずつ地面が近づいてくる。あとは、完全に彼女に任せてしまっている。今度こそ俺がやれることは何もない。
手が触れる。同時に思いっきり引き寄せられ、彼女に抱き着かれる。あと数秒遅れていたら地面に叩きつけられて死んでいた。
「……ありがとう」
俺はまだ出会って間もないこの少女のことを、何故かは分からないが、助けてくれると、見捨てはしないと信じていた。彼女は本当にギリギリだったのか息を切らしている。
「よかったっ! 死ななくて……本当に良かったっっ!」
彼女の顔は俺からは見えないが、嗚咽混じりの声だったので泣いているのだろう。
しかし、そんなことを考えることがすぐにできなくなった。先ほどまで死にそうだったが今の体勢に動揺せざるを得ない。
簡単に言えば、俺は今彼女と思いっきり抱き合っている状態。つまり、いや、いろいろとまずい。
なんか男にはない異様にやわらかい二つのものが胸板あたりに当たっているし、彼女の頭から女の子のいい匂いするなど、俺の頭の中はさっきとは違う意味でパニック状態だ。
この状態で頭でも撫でてやるべきか? などといろんな考えが回るが結局俺は狼狽えることしかできなかった。俺の理性が飛ぶ前に、彼女が落ち着いてくれるいいのだけど……
もうあの謎の浮遊する物質は飛んでくることもなく、彼女の気持ちが落ち着いてから移動することになった。
地面に着き、そのまま彼女は歩いていく。それに着いていく。ただ、
「えーと、その、さっきは本当にありがとう。本気で死ぬかと思ったよ」
そう礼をいうが彼女は、
「……さっきのことは忘れて」
目線を合わせてくれず、少し顔を赤らめる。目の前で泣いたことがよほど恥ずかしいのだろう。
「大丈夫だよ。俺は何も見てないから」
何とかフォローするつもりだったが、彼女はこちらをジロリと見、
「そこもそうだけど、そういうことじゃないのよ」
と、呟く。俺は何のこと? と、聞いたが彼女は何でもない、とそっぽ向いてしまった。女の気持ちって難しい。
「それはそうと、どうしてあなたはあそこにいたの? 普通ならここには来ることは出来ないはずなのに」
彼女は気持ちを入れ替え、俺に話を振る。
「いや、それはさっきも言った通り、入学式のために来ただけだよ。いつもより少し早めに来たけど」
「そういうことじゃない。どうしてこの学校に今来ることが出来たのか、ということなのよ」
「どうしてと言われてもね」
「今、この学校は普通の人には認識できない場所なのよ。ここはある意味、今は何もない空間なのよ」
俺はいまだに理解が出来ない。彼女に会ってからは意味不明な出来事ばかりで頭がパンクしそうだ。彼女は一回ため息をつき、
「とりあえず、一から説明すると長いから戻ってからにしましょう」
「戻るってどこに?」
「決まっているでしょう?」
彼女はさも当然のように答える。
「私たちの城へよ」
これが俺と彼女が出会った、最初の一日目だった。
炎を使う女と能力不明の力で私の力を阻害した男の二人が去った後、誰もいない教室に私は入る。そこは私の力によって内部を飛ばした教室で、中身はほとんど無く、教室としては成り立っていなかった。
「あの男、初めて見た力だわ……」
ふいに外を見る。間にある窓ガラスに、青よりも、紫よりも濃い紺色の髪の毛に、悲しそうな眼がゆらゆらと幽霊のように動いている、そんな私の姿が映し出されていた。
「あの男、私の邪魔を……っ!」
彼らを睨みつけるがごとく、私は彼らが去っていた方向を見、憤りのあまり周りが振動する。
「ふふ、でも大丈夫。まだまだ時間はあるもの。もっともっと、私と遊んでいただかないと」
そう呟き、私は笑う。その笑顔は他の人から見たら歪んでいて、ゲームでも楽しんでいるみたいだと思うでしょう。
私は一息つき、周りにまた静けさが漂う。この学校には他に誰もいないのでしょう。
「ああ、早くあの方たちにまた会いたいわ。そして今度こそ、私の存在意義としてあの方たちを……」
もう一度呟き、私は歩き出す。どこへ、というあてはありません、ただどこかへとひたすら歩く――
「そういえば、まだ自己紹介していなかったわね」
彼女はその城というところへ歩いている途中で俺に聞く。そういえば俺は彼女の名前を知らないし、俺も教えていなかった。
「そうだったな。君に会ってから大変だったし」
彼女は膨れて、私のせいじゃないし。と抗議してきた。ちょっとかわいいと思ったのは内緒だ。
「俺はこの学校の高校二年の四ノ宮優だ。よろしく」
「私は天音紅葉よ。こちらこそよろしく」
お互いに名前を名乗りつつ、俺は疑問に思っていたことを聞く。
「天音はこの学校の生徒じゃないのか? それと、どうして俺がここにいるのがおかしいんだ?」
「うーん。あなたが疑問に思うのは分かるけど、一つずつにして欲しいなぁ」
天音は困ったように俺の質問攻めを止める。確かにまだまだ疑問に思うことはある。
「まず、私はここの学生ではないわ。年は多分同じくらいでしょう」
一つ目の問いに対する答えだった。しかし、
「待って。自分の年齢がわからないの?」
そう。多分、とあいまいな答えだったのが気になったのだ。普通なら自分の生年月日ぐらい知っているはず。
「その辺は私のプライベートってことで」
天音は舌をだし、そこでこの話を打ち切ってしまった。あまり触れていい話ではなさそうなので俺も気にしないことにする。
「じゃあ、どうして俺はあそこにいるのがおかしかったんだ?」
「そこは……うん、そうね。私がここから先、話すよりも彼に聞いた方がはやいかも」
天音は一人で納得し、また歩みを早める。
「待って! 話は終わってないって!」
俺は今この起こっていることが理解できずにいる。それでも天音は、
「私がこの先、話すよりも専門の人が話した方が早いわ。でも」
天音はこちらに向くと、真面目な表情になる。
「正直いって、あまり聞かない方がいいわ。この話を聞いたらあなたは戻れなくなるわ。今まで通りの生活に」
天音は俺のことを本当は止めたいのだろう。はっきり言って俺は今まででのことに対しては完全に部外者だ。全部忘れて、もう首を突っ込むのは辞めろと。でも、
「俺はそれでも知りたい。知らずに後悔よりも知って後悔、さ」
俺ははっきりと天音の眼をみて答える。俺は本当に真剣だった。彼女はニッコリと笑い、
「やっぱりね。なんとなくそうは思っていたけど。後悔しても知らないからね。さて、着いたわよ」
天音自身も最初から半分あきらめていたのだろう。少し呆れた感じで答える。そして天音がいう城とやらに着いたわけだが。
「えーと、これって学校に展示されている……門?」
そう、彼女が指しているのは高校の敷地内にはあるがあまりに外れの方にあるため、あまり人が立ち入らない場所にある何らかの門である。昔、この周辺には城が建っており、その時に使用されていた門だけをここに残しているようだった。
「そうよ。ここが、私たちが城と呼んでいる場所よ」
何かの間違いでは、と考えていたが、天音はそのまま門へと近づく。門は周りを腰ほどの高さの柵で囲まれているようだ。その柵を越える瞬間。
「えっ?」
一瞬めまいが起こったかのように空間がブレた。そんな気がしたが、目の前には先ほどと変わりない、門だけしかない。
「ほら。ちゃんと柵の中に入れたじゃない。あとは門に入るだけよ」
俺はやっぱりよくわからない現象に混乱するがそのまま門に入る。入るといっても元々開きっぱなしの門をくぐるだけだ。
しかし、くぐった瞬間に周りが一気に開かれる。完全な真っ白な空間に俺と天音はいる。下に落ちるのではと錯覚するくらいだ。一瞬俺は驚いて飛びのいてしまった。
それを見て天音はくすくす笑っていた。ちょっと恥ずかしい。先ほどは何もなかったはずなのに。
「もう何が何だか、訳が分からないよ」
俺はそろそろ頭から煙が出るんじゃないかと錯覚した。
「大丈夫だよ。あとは彼が全部教えてくれるから」
「その彼って誰なんだよ……」
「私だよ。四ノ宮優くん」
俺は声がした方へ体を思いっきり振りぬく。しかし、そこには誰もいなかった。
誰もいないはずがない。そう考えた俺は周りも見渡すが俺と天音以外はいない。
「こっちだよ、こっち」
「いやいや、こっちだって」
様々な方向から声が聞こえる。さらに男かと思った声が女性に変わったり幼くなったりともう訳が分からない。
「そろそろ出てきてください。神威さん」
天音が呆れた声で真上に声をかける。そのあとに、
「すまないすまない。ついからかいたくなって」
最初に聞いたのであろう男の声が聞こえたと同時、その白い空間が色を付け始める。じわじわと、暗いところから明るいところに出た時に似た感じだ。少しずつ見えてくる。
それは西洋を思い描くような壮大な城の内部構造に変わっていく。俺はそんな場所のちょうど正門を背にして立っている。
そしてその現れた玄関から、二つの端から中心へと向かっている階段の一番上、ちょうど真上に天窓がある位置、城の中心から一人の男の姿が見えた。
見た目は二十代から三十代だろう。一般的にいるサラリーマンの様な黒いスーツに身を固め、対照的な真っ白な肌が少し見える。
「初めまして、四ノ宮優くん。わたしはみんなからは神威と呼ばれているんだ。よろしくね」
俺の方へゆっくりと歩き、自己紹介を済ませる。その際に柔和な笑みを浮かべていた。俺の中では優しそうな人だなと第一印象で思った。
「さて、天音くん? 君はどこまで話したのかな?」
「私はほとんど何も。とりあえず神威さんに任せようかと」
尋ねた神威さんはなるほど、と頷き、天音はあとはよろしくといった風だ。
「さて、四ノ宮くん。まずは君には普通の人とは違う特殊な力を持っているね?」
俺は絶句してしまい、ただ彼、神威さんを凝視していた。そんな俺を見据えたように、
「なんでそんなことがわかるかって感じの様子だね? 簡単さ。わたしや天音くんも同じく人とは違う力、『異能力』を持っているからだよ」
神威さんはそのまま興味深そうな俺に説明してくれる。
「まず、天音くんが使っている炎の力は分かるかな? あれは身体から消費エネルギーを使用して熱を生み出している。しかし、あまりに使うと本人のエネルギーが無くなってしまうんだ。だから天音くんは熱を一瞬だけ放出し、爆発させるだけに留めているんだよ」
神威さんは天音を例として丁寧に説明してくれた。しかし、
「なら、神威さん。あなたにも何か力があるということか?」
「ご名答。私ももちろん異能力者さ。そして私の力はこういうものさ」
答えつつ、そのまま彼は手のひらを俺の方へ向け、
「魅せろ」
そう呟く。それと同時に俺の見ている世界が一瞬にして変わる。さっきまでは広い城だったのが、今度は地平線まで先の見えない一面が緑色の草原へと変わった。
俺はそろそろ驚きから慣れてきた気がしてきた。もうここから数年、何かトラブルがあっても驚かなくなりそうだ。
「分かったかな? これがわたしの異能力さ。何が起こったか分かるかい?」
「いや、いきなり城から草原へと飛んだ位しか」
「違うよ。わたしたちが移動したのではない。わたしたちの視ている景色を変えたのだよ」
神威さんは微笑し、先ほどと同じ手つきで草原からまた城の状態に戻した。
「なるほど、つまり幻のようなもので相手の視界を変化させることがあなたの異能力か」
「半分だけ合っているけど、半分は間違っているという感じかな?」
「それはどういうことだ?」
「わたしの異能力は人に見せるのではなく、そのような幻を作成しているということなんだ」
神威さんはそう答えつつ、右手を何か物を握るかのような形にする。そしてもう一度、呟く。すると、
「それって……拳銃?」
人が人を殺すために造られた遠距離武器――拳銃。しかし、それはこの国では一般で手に入るわけもなく、持っていたら捕まるくらいの代物だ。
「なんでそんなものがここに?」
「これこそがわたしの異能力の真骨頂。わたしの力は想像したものを具現化できる、というものなんだ」
淡々と説明しているがつまりはこういうこと。彼自身が相手へと見せるという暗示をかけることで、あたかもそこに物や情景があると錯覚するということだ。
俺はそのことを理解する。しかしこうともとれる。
「でも、それだと相手を騙すことしか出来ないんじゃ?」
そう、ただ見せるだけではその物質はぶつかるといっても視界から認識されているだけであってそこには何も無い。ただ通り抜けるだけだ。
「確かにそうとも受け取れる。しかし、この能力は君も直に受けたはずだ。あの教室で」
「え……?」
「あなたが入ってきたあの教室。あそこは神威さんが見せている教室だったのよ」
今までこちらの話を黙って聞いていた天音が入ってくる。
「さらに言えば、あの学校自体が神威さんの見せていた幻。本来ある学校とは全く違う場所として、ね。あそこにあったもの自体はすべて幻。でも、神威さんの力の場合、ぶつかった瞬間脳へと伝わり、質量があるものだと認識してしまう。そうするとぶつかれば怪我だってする、これが神威さんの異能力の本質よ」
最初に入ったとき、教室の扉やらタイルが飛んできたが、あれも幻だというが当たっていれば洒落にならないということだ。どちらにしても、状況が読み込めてなかったあの時は避けて当然だろう。
「これら人ならざる力を持つ者を、わたしたちは『異能力者』と呼んでいるのさ」
彼らの説明に納得し、首を振る。あり得ない、とも思いたいが直に見てしまったし何か仕掛けているようにも見えない。正真正銘の異能の力だと理解した。
「さて、僕らの説明も大体済んだし。君のことも話してもらおうかな?」
「俺の? 先に言っとくが、俺には大した力はない。異能力なんて言葉は初めて聞いたくらいだからな」
元々俺はそこらへんにいる一般人と同じように生きていた。それなのに、
「それはあり得ないわ。だってあなたはあの学校に入れたもの」
「そう、あの学校自体がわたしの力で作ったものなのだから、普通の人は干渉、つまり中に入ることはおろか、認識すらできない。それに私はこの力によって見ていたが、君は一瞬だけど異能力を使ったはずだよ。あの刃物たちをくっつけ合わせただろう?」
「それはそうなんだけど、俺はこの力については本当に何も知らないんだ」
確かに俺は力を使ったのだろう。何故かは分からないが時間の動きが変わったり、刃物同士をそこに磁石があったかのようにくっつけた。このことは事実だ。だけど、俺はこの力のこと自体は何にも分かっていない。異能力という名前も初めて聞いた。だから、今までは普通の人と同じように暮らしていたんだ。
俺が黙って足元の真っ白な床を見つめる。思考し続けるが言葉が見つからない。
そんな状態が続けていると、
「もし、君が使っていた力が異能力ではないとしたら、君はもう一つの力を使う者として認められることになる」
目を細め、軽くため息を吐きつつ俺を一瞥する。俺は顔を上げ、神威さんへと向く。そして、そのまま髪を掻き上げながら彼は俺に言う。
「今日君が被害にあった当事者。紫瞳。その人と同じ力、『異常能力』を使う持ち主、異常能力者ということだ」
異常能力、それは天音や神威さんが持っている異能力を遥かに上回る、力のこと。
この力を持つ人は災害級レベルの力を使用することが可能らしく、見つけ次第、保護を行うことが義務化されているらしい。
彼らがあそこで待っていたのは、一人の女の子。彼女を保護することが今回の仕事内容だった。
名前は紫瞳。昔は活発な女の子だったらしく、部活を毎日行いつつも、家では家事を行う、万能で綺麗な人だったと聞く。
しかし、そんな彼女に不幸が訪れる。彼女の父親の会社が潰れ、一文無しとなってしまった。彼女自身も部活をやめてバイトをすることでなんとか家計をやりくりしていた。それでも、父親は再就職できず、自暴自棄となってしまい、家族内でいさかいが起こってしまった。
そして、事件が起こってしまった。彼女の父親が一家心中を起こそうとしてしまった。彼女がバイトから帰ってきた時、すでに母親と妹が刺殺されているのを見てしまい、父親が彼女を刺そうとした瞬間、彼女の力が目覚めてしまったようだ。彼女を中心とした一帯をすべて吹き飛ばし、家ごと父親を薙ぎ払った。
そんなニュースが数日前にあったがまさかある個人が行っていたとは思えなかった。
それから彼女は行き先を点々とし、今はこの付近にいるらしい。そこで、天音と神威さんが保護をしようと説得してみたが、一蹴。彼女の精神が不安定なため話すこともままならないみたいだ。
さらに厄介なのは、今の彼女はやけに好戦的で、天音たちと戦うのが楽しいと感じている。それゆえに俺に出くわしたのが非常にまずい。俺の顔を覚えたこと、俺に力があることを知ったゆえに、俺をも標的にしてしまったのではないかと神威さんは考えていた。
だから、天音は俺を城に匿ってあげようかと提案してくれたが、俺は少し考えさせてくれ、とその場を離れた。そう、神威さんに言われたことだ。俺も紫瞳と同じ『異常能力』なのでないか、ということ。
異常能力者は三つの特徴がある。
まず一つ目、最初も言ったが普通の異能力者よりもはるかに能力の力が高い。
二つ目、大体が精神的に不安定である。これは異能力者に関してもだが力が目覚めるときは大抵精神的なショックが掛かるときであり、その度合いが大きい程力が大きくなるらしい。それ故に、異常能力者は精神が危険な状態にある。
そして、最後の三つ目。能力の行使の際、眼の色が変化する。これは力の大きさが膨大なため、制御できない部分があふれ出してしまうためである。
この三つであるが、俺は最初の二つには掛からない。力も強くなければ、精神的に辛いわけでもない。
しかし、最後の一つ、眼の色が変化する。これがある。俺は自覚していないが、天音いわく、ほんの一瞬、眼の色が変わったような――と。それゆえに俺は異常能力者ではないかと二人に期待されたが、俺は一般人と同じだと、そう伝えてそこを去った。
城の門を出ようとした瞬間、天音が慌てたように叫ぶ。
「何か違和感があったら、すぐにここに来るんだよ!」
俺は軽くうなずき、そのまま外へ出る。神威さんが言うには、現在の時間は午前八時前。まだ入学式は始まっていない。俺はこんな朝からとんでもないことに首を突っ込んでしまったと軽く後悔してしまった。
「いいんですか? 彼なら力になるかもしれないのに」
いなくなった彼のことを神威さんに訊く。一瞬しか使っていなかったけど、四ノ宮君は金属質である刃物どうしを一箇所にくっつけた。だから電気系統を使う異能力者かと私は考えた。しかも、もし異常能力者だったとしたらさらにその力が増す。それに正直言って、本当に何も知らない、普通の人のようだった。
「彼は何かがおかしいのだよ。まるで自分の力について全くもって何も知らない。そう、本当に今まで一般人として暮らしていたかのように、ね」
神威さんが呟く。確かに私もそう思う。彼は自分の力について知らなさすぎる。それはあまりにもおかしい。
普通、異能力者も異常能力者も自分の力が目覚める瞬間がある。それからは自分には普通の人と違う力があると分かるはず。でも、四ノ宮君はその力を知らない。無かったことにして普通の人として今まで生きてきた。つまり彼は、
「最初から異能力の存在を否定し続けていた……?」
自分には何も力は無い。こう言い聞かせることで自らの異能力を否定し、普通の世界で暮らしてきたのではないのか。
「その考えも捨てきれない。でも私はこう思うんだ」
私の考えを聞くが、神威さんは難しい顔をしながら答える。
「彼は力が目覚めた瞬間を覚えていない、はたまたはその瞬間を忘れてしまったのでなないのか。そうわたしは思うな」
そう呟き、神威さんは天窓へ顔を向ける。私もつられて向く。暖かそうな日差しが私たちに注ぎ、眩しくて目を細める。
「まぁ、どちらにしても、彼はここにまた来るだろう。否が応でも、ね」
神威さんの表情が少し強張っていた。私は目を閉じ、思考を巡らせる。よし、覚悟は決めた、後は行動するのみ。もう、私の前では、誰も傷つけたくない。彼を――




