消えた妹
初めましてほたるたです。この度つゆだくさんと合作することになりました。
素人中の素人ですが、この作品がより良いものになるよう祈りを捧げたいと思います。
それは学校から帰ってきてすぐのことだった。
高く昇った太陽に照らされたリビング。俺は持っていたカバンを投げ捨てて、そこに横たわった女の子を抱き寄せる。
その体はもうすっかりと冷めきっていて、ひんやりとした感覚が俺の両手を覆い尽くす。
黒く艶やかな頭を撫でてみても、きれいに整った顔に触れてみても、その子の眼は開くことなく、俺の触れたところだけがただそれに合わせて動くだけだった。
そこで俺はこの状況を、停止していた頭でようやく理解し始める。
––––––死んだ、のか・・・?
これといって込み上げてくる悲しみもなければ、激情が俺を支配するわけでもない。
ただその状況を冷静に理解し、ただ淡々と、この子との出会いを走馬灯のように思い出す。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あの日は肌が焼け焦げるかと思うほどの暑さだった。確かここ数年で一番の暑さを記録した、夏休み最後の週の最初の日。
特にやることのなかった(やらなきゃいけないことは積み重ねれば山になるくらいあるが)俺は、家近所をなんとなくふらつき、なんとなくそこらへんのベンチに座ったり、なんとなく走ってみたり–––。
まぁとにかくやることが、やりたいことがなかったのだ。
長期休み前は、『今年こそビーチ美女のB地区、攻略してやんぜ!!!』だとか、『女子高生とか女社員のカッターシャツ、汗で透けるだろ?俺、あれ見るのに命懸けてんだ・・・』なんてオッサン臭さ満載の、男子高校生特有のおかしなテンションにあてられてはしゃぎまくってたくせに・・・
そもそもなんだよ、ビーチ美女のB地区って。びーびーびーびー言ってたら面白いとでも思ったのか、あいつ。
ずっと前から好きだった幼馴染にフラれるかもとビビって告白することもできず、先に告白した隣の席の親友に奪われたB級不幸野郎がそんなA級難度の、よもやB地区なんて攻略できるわけないだろ立場わきまえろや。
この話にもイラつきを隠せないが、それよりも特に今ツッコミたくなってきたのはカッターシャツの話だ。
なんでそれ見るのに命懸けてんだ。そこまでして犯罪予備軍の仲間になりたいのか?そんなことせずにママの下着でも拝んでろ。
それとなんだ?汗で透ける?現代舐めてんのか?
公共のとこでもクーラーが効いてる時代だぞ。誰が好き好んでこんな暑い中汗だくで外ほっつき歩くんだよ。そんな奴ならとっくにサウナ行ってるわ。
そもそも透けたところで何かしらの対策が施されてるよ。ガード硬いんだよ最近のかわいい子は。
もし透けて下着が見えたとしても、そいつはただのビッチか、あるいは天然・・・まぁ、いい思いをするのはごく稀なことだろう。
ちなみに、我が愛しの妹は世界一かわいいからか特にガードが硬く、俺の服と一緒に洗濯機に入ることすらない。
まぁ、干しているときに妹の下着を見てしまったのだが、色はピンク、または白と水色のストライプや水玉など、まだ少しかわいらしさが残るものばかりだ。
いやぁ、お兄ちゃんとしても普通に男だとしても、眼福というか何というか・・・
などと同級生に感じていた憤りから一変、妹の下着の色を思い出していると、いつの間にか知らない路地に出ていた。
こういう時は普通に携帯のアプリで地図を開くのだが・・・
ヤバい・・・家に携帯置いてきた・・・
こういう時に限って忘れてくるあたり、俺もなかなかの不幸野郎だとつくづく思い知らされる。
しかも今回は本当にシャレになっていない。どこをどう見ても同じような十字路、同じような家、同じように置かれたカーブミラー(なぜか一つの道に対して二つ置かれている)しかない。
まいったな。何かしら目印があればもう少し希望があったんだが・・・
仕方ないと目の前の、そもそもこの方向に進んでいたかもわからなくなってしまった道へ一歩踏み出す。ちょうどその瞬間だった。
みゃぁ~~・・・
『え?』
俺が進もうとした道とは真逆の方向から、子猫のような、か弱い鳴き声が聞こえた。
その鳴き声のする方向に、首根っこ掴まれたかのように立ち止まり、振り向く。
だが、何もない。あるのは同じような家とやけに多いカーブミラーだけ。
下手に歩みを進めれば、迷子になる可能性の方が異常に高い(迷子なんて言える歳でもないが)。
だが俺は、引き寄せられるかのように、まるで誰かに招かれているかのように歩き出す。理由はわからないがなぜだかこっちに進むべきだと、そう感じる。
歩いて数分。俺は道の片隅にポツンと置かれている段ボールを見つけた。
数分と短い間だったが、結局俺が歩いてきた道にはその段ボール以外景色が変わるようなものは一切なかった。それはいつも左右対称で、そういうのが好きな人が見ればきれいだと感じるのだろうが、俺にはその景色が不気味にしか感じられなかった。
そんなこともあってか、段ボールを見つけた途端、俺の心の中は今までに感じたことのないくらい、安堵で埋め尽くされていた。
みゃぁ~~・・・
段ボールからだ。段ボールから、子猫の鳴き声が聞こえる。
俺は俺を導いてくれたその鳴き声の主に会えるという高揚感を抑えつつ、少しずつ近づいていく。
『みゃぁ~、みゃぁ~』
ぱっちりと開かれた、くりくりとした両目。小さいながらもピンと立った耳。柔らかそうで艶やかな毛並みはきれいだと感じさせるだけでなく、どことなくこの世のものではないような妖艶さを醸し出している。
俺は段ボールに入ったまっくろな子猫をそっと抱き上げる。
その体は夏の暑さとはまた違った熱を持っていて、どこか安心させてくれるような、そんな感覚が俺の両手を覆いつくす。
頭を撫でてあげれば両目を閉じ、気持ちよさそうに俺の手に頭をすりよせてきて、顔に触れてみれば、俺の眼の奥を見ているかのようにジッと見つめてくる。
か、かわいいなぁ~~~・・・
このフォルム、仕草、声・・・何をとってもかわいい。この子には人間を魅了する何かがあるのではないかと感じるほどに。
なんて思っていると子猫が小さなしっぽを俺の腕に絡みつけてきた。そしてそのままそのかわいいしっぽで俺の顔を撫でる。
『お、おい。くすぐったいって・・・』
俺は頬に何とも言えない違和感を感じた。今までに触れてきた猫とは明らかに違う何かを。
しっぽの毛だけが硬いとか、しっぽが細すぎるだとか、そんなものではない。
明らかに、多いのだ。
俺は赤ちゃんに『たかいたか~い』するように(妹にはもちろん、誰にもやったことはないが)天に向かって高く上げてその違和感を見てみる。
『ちょっ、これ・・・!』
子猫のおしりから細く伸びた、その先。
途中まで一本だったものが先のあたりで二つに分かれてしまっている。まさに真っ二つといった感じにだ。
子猫はそのYの字になっているそれを元気よく振っている。
はたして生まれつきなのか、はたまたケガでそうなってしまったのか、あるいは・・・
『前の飼い主に、やられたのか・・・?』
今となってはわからないことをつぶらな瞳で見つめてくる子猫に聞いてみる。
俺の問いに対して『みゃぁ』と、子猫はそう短く鳴いてみせた。
『そう、だよな。わかるわけないよな。』
まだ子猫だ。記憶もまだ曖昧だろう。そもそも、俺の言葉が通じている、なんてこともあるわけがない。聞いた俺がバカみたいだ。
『さて、と・・・せっかくこうして会えたんだ。おまえは俺が飼う。それでいいよな?』
幸い、両親は仕事で海外に行っていて家にはいない。いるのは俺と妹のつくしだけだ。
通じていないとわかっていながらも、冗談交じりに俺はまた、子猫に問う。
『みゃぁ~!』と、今までとは違い元気よく答えた子猫は、嬉しそうに顔を俺の手にゴロゴロと声を出しながらすりよせる。少しは俺の言葉が伝わっているのか、少し嬉しくなる。
掲げるように持っていた子猫を胸のあたりに抱いてあげてから周りの状況を確認する。
俺が家に帰れなければ、結局のところ何も意味はないのだ。俺のためにも、特にこの子のためにも、俺は帰宅しなければならない。
『あいかわらず、訳の分からない十字路–––?』
いつの間にか俺の周りには見慣れた光景が広がっていた。
細い路地、よそ見していてぶつかったことのあるカーブミラー(もちろん一本だけ立っている)、見覚えのある近所の家々・・・
そして段ボールが置いてあったちょうど目の前の家が・・・
『・・・俺の、家?』
橘・・・間違いない。俺ん家の表札だ。
鳴き声に導かれるように歩いていたら、いつの間にか家の前まで–––?
いやありえないだろ、そんなこと。でも・・・実際に起きている。今、俺の目の前で。
『暑さで頭ヤられたのかもな・・・ははっ・・・』
乾ききった俺の笑い声なんてそっちのけで、子猫は俺の手に顔をこすりつけて楽しんでいる。
まぁ、何はともあれ何とか帰ってこれたのだ。それだけでもう–––
『うぇっくしょんっ!・・・あ。俺、猫アレルギーだった』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
というわけで–––
「え?何で死んだ?」
俺はグシュグシュと音を立てる鼻と少しずつ潤んできた目を擦りながら、再び目の前の黒猫に向き合う。
エサのやり忘れ?いやいや、朝しっかりあげたし・・・今昼だし、そこまで時間を空けてたわけじゃない。
それじゃあ何か病気にでも、って思ったけど拾ってすぐに病院に連れて行ったが異常はなかった。それよか健康体すぎて逆に驚いたくらいだ。
じゃあ何で死んだ?
俺はアレルギーのせいでボーっとする頭を一生懸命回転させて考えるが、一向に答えが出るわけでもなく、日の光が雲の流れで見え隠れし、蝉の声が響く空間にただただ子猫を抱きかかえて立ち尽くすだけだった。
あれから何時間、いや本当は数分かもしれないし、数秒しか経っていないのかもしれない。そんなときに
ピンポーン
と家のチャイム音が鳴り響いた。
俺はその音にすがるような思いで玄関まで駆け出し、すぐさま家のドアを開ける。
「あ、バカ兄。先帰ってたんだ」
開けた瞬間だった。
この夏の暑さとはかけ離れた、冷たい声。
艶やかな黒髪のツインテール。綺麗に整った顔。肌はこの夏場でも焼けることを知らないと言わんばかりの純白。身長は平均よりちょっと小さめで、それでも出ているところは出ていて、細いところはスラッと細い。
だがそんな美少女でも、いつもはくりくりとしている目を細くし、眉間に小さなシワを作って、「何でいるの?ジャマなんですけど」と言わんばかりの顔をしていればかわいいとは到底思えない(一部にはウケるのかもしれんが)。
そんなモデル顔負けの美少女のぷくっとした可愛らしい唇は、その見た目からは想像できないような動きをし、俺の鼓膜を揺らした。
「・・・おかえり、つくし」
俺は絶望と期待の入り混じった顔がさっきの一言で悲哀の表情に変わるのを感じつつ、俺は相変わらず口の悪い妹を家に入れ、ゆっくりとドアを閉めた。
はぁ、何でこうもツンツンしてしまったのだろうか・・・昔は俺にべったりで、絶頂期なんか『わたちおおきくなったらおにいちゃんとけっこんちてかわいいままになるのー!』ってお風呂で口約束してくれたのに・・・
あの時録音しておいて契約を完全なものにしておけばこんなことにはならなかったのだろうか・・・
妹の背を遠い目で見つめながら、これまた走馬灯のごとく過去を振り返る。どれもこれも楽しい記憶ばかりで、子猫の時の数倍もある映像が俺の脳内で勢いよく流れ過ぎる。
だがそんな楽しい瞬間もそう長くは続かない。
「あれ?おーい、バカ兄ー。この子猫、どうしちゃったのー?」
脳内に流れる明るく可愛らしい声は現実の冷めきった声により掻き消され、それとともに我に帰る。
「あ、そう!それだよ!さっき帰ってみたらみぃちゃん死んでて!それで・・・!」
俺は玄関からリビングまでの廊下を勢いよく駆け抜け、つくしと子猫のみぃちゃんの待つリビングにそのままの勢いで転がり込む。
さっきまで冷静を保っていた俺の心は妹の、もう一人による現状確認によって、一気に平静を保てなくなる。
あまりにも現実的ではない『死』だったからか、『死』というものが俺にとってあまりにも現実からかけ離れたものだったからだろうか、それを現実だと知るには俺の目だけではどうも信じきれなかった。
だか、現実なのだと、今になって噛みしめる。
俺は途切れ途切れの拙い言葉を一生懸命に並べて、何が起きたのかをつくしに全て伝える。
「そう。エサはちゃんとあげたし、それをちゃんと食べてて。病気っぽいところもなかった・・・」
一応の現状を一通り理解し終えたつくしはそう呟くと小さな沈黙をつくる。
あまりみぃちゃんと接することのなかったつくしもさすがに死んだとなると思うところがあるのだろうか。
と、思っていた俺の考えとは裏腹に、つくしは今までに見たことないような笑みを浮かべて、嫌味ったらしく言葉を続けた。
「よかったじゃない。こいつが死んで」と。
一瞬何を言っているのかわからなかったが、その言葉は俺の中でだんだんと大きくなり、やがて怒りの導火線に火をつけた。
「・・・なんだと?」
沸々と湧き上がる怒りを抑えつつ、つくしに言葉の真意を問いただす。
「だから、よかったじゃない。バカ兄アレルギー持ちだし、なんか夜な夜な枕元で鳴かれて迷惑してたんでしょ?まぁ私としても、あまり猫好きじゃなかったし、エサやりとか色々と困ってたから」
つくしは何も悪びれることもなく、ただ平然に、淡々と言った感じで言葉を続ける。
その顔はいつも俺に向ける顔よりも怪訝そうで、明らさまに嫌そうな態度をとる。
「それにさ、私たちが飼ってまだ一週間も経ってないじゃん。バカ兄も拾った責任だかなんだか知らないけど、そんなに入れ込むまでの思い出をこの子猫と作ってないでしょ?」
つくしはぐったりと倒れているみぃちゃんを睨みつけるように見つめ、最後に「そもそも、捨てられたこいつが悪いのよ」と言って言葉を閉めた。
すべてを言い終えたつくしは俺を一瞥し、そのままリビングを出て行こうとする。
だがその足は俺のちょうど隣で動きを止める。
「なに?離してよ」
つくしは自分のの肩に乗せられた俺の手を見て、イラつきを隠すことなく、言葉を放つ。
「・・・・・・」
「なにもないの?ならもう離してよ」
俺は黙ったままつくしに応えることもなく、ただつくしの目を見つめる。
「・・・っ!もうっ!離してって言ってるでしょっ!!」
さすがに痺れを切らしたつくしは俺の手を跳ね除ける。
だが俺はそれにも反応することなく、さっきと変わらないままつくしの目を見つめる。
つくしもここまでされて出て行く気が無くなったのか、俺を睨みつけたまま動かない。
小さな沈黙。時間にしてほんの数秒といったくらいだろう。俺は口を開いた。
「本当に死んでよかったなんて思ってるのか・・・?」
「・・・は?」
「本当に捨てられたみぃちゃんが悪いと思ってるのか・・・?」
「いや、さっきから何言って–––」
「おまえは!俺たちが本当の両親に捨てられたのも仕方なくて、死んでもいい人間なんだって、そう言いたいのかよ!!」
「っ!?」
俺は思わず、つくしに怒鳴り散らしていた。別に話の矛先がそっちを向いていたわけではない。つくしもそんなことを思って言った訳ではないとわかっている。
ただ、俺が勝手にそう受け取っただけだ。
「・・・この子は、みぃちゃんは、俺たちに似てるんだよ。捨てられて、行き場もなくて、道端で泣いてた、俺たちに–––」
「・・・・・・」
つくしは黙ったまま、俺に目を合わせようともしない。俯いたまま、押し黙っている。
「俺はなつくし、おまえのことを一番に考えてる。でも、俺らみたいに困ってるヤツのことも救いたいと思ってる。・・・矛盾だらけなのはわかってる。エゴなんだって・・・でも––––––」
「だったら!私のことを一番に助けてよ!!!」
「えっ・・・?」
俯いたままつくしが怒号をあげる。
あまりに不意なことで、俺は呆気にとられて言葉を失う。
別につくしが声を張り上げたことに驚いた訳ではない。綺麗事を並べて妹を振り回したのだ。それくらいされて当然だ。
ただ、俺はつくしの行動に目を疑った。
それが完了するまでほんの数秒。いや、あまりのことで俺の思考回路が鈍って、そんなに短いように感じたのだろうか。
つくしはみぃちゃんを抱きかかえると・・・いや、掴むと言った方が正しいだろうか。
つくしはベランダの窓を開け放し、そこから––––––
「やめろっ!!!」
俺がそう声を張り上げたときにはもう後の祭りだ。
その黒い、華奢な体は空を舞い・・・
浮いた。
「何するの?まったく・・・」
俺が言った訳でもない。つくしの声から放たれた言葉でもない。
どこからか、その声は聞こえた。
「え、なに?ウソ、でしょ・・・?」
つくしはぺたんと腰から崩れ落ちると、そう漏らすだけで意識ここにあらずといった感じだ。
俺はと言うと、まぁ、ポカンと口を開けたままだった。
「あ〜ぁ。散々よ。さ、ん、ざ、ん。私、捨てられてばっかり」
どこから聞こえてくるのかわからない声は「でも、まぁ–––」と続けると俺の耳元で囁くように声色を変える。例えるなら甘美な、ものすごく甘いチョコを舐めてるような、そんな感覚。
「私、あなたのこと、お兄ちゃんのこと好きになっちゃった。だから––––––
あんたは消えて?」
その言葉とともに宙に浮いていた黒猫、みぃちゃんと傍にいたつくしは、ぽんっと音を立て–––
消えた。
祈りしかできないお荷物抱え執筆中のつゆだくです。
今回はケモナー&シスコン歓喜系を書いてみました。
ネタとして、文として未熟ではありますが、祈られた以上頑張ります。