リイリは今日も頑張っていますよ!
今日はいい天気ですね。洗濯物が良く乾きそうです。
どうも、リイリと申します。半妖精の女の子で、年は今年で二十一になります。
半妖精である私は人間よりもずっと成長が遅いので、見た目には六、七歳の幼女にしか見えませんが、人間の基準で言うと立派なレディなのです。子供扱いは嫌ですよ。そこのところ、よろしくお願いします。
ここは人間と妖精が共存している世界。
人間は妖精の力を借りて、傷を癒して貰ったり土地を豊かにして貰ったりします。
妖精は人間に守ってもらうことで、種を存続させています。
人間と妖精に外見の差はありません。
武力を持ち老いが早い方が人間で、不思議な力を持ち老いるスピードが遅い方が妖精です。
では、私達半妖精のお話しをさせて頂きます。
『半妖精』という名から誤解されがちなのですが、人間と妖精のハーフではありません。
そもそも種族が違い過ぎて、人間と妖精の間に子供は出来ないそうです。
『半妖精』は人間と人間の子供。その中で極稀に生まれる不思議な力を持つ者を指します。
人間なのに妖精のような生き物、という認識でオッケイです。
成長の速さは人間の三分の一くらい。なので、生まれた頃は半妖精だと気づかれない場合がほとんどです。
半妖精は人間の世界では生きられず、妖精が持っている『妖精樹』と呼ばれる植物の側でしか生きることが出来ません。なので、半妖精だと分かった時点で適当に妖精の元へと送られます。私もそうでした。
生まれたばかりの子供に『妖精樹』の一部分を使った贈り物を与える習慣があるため、半妖精だと分かるまで生きながらえることが出来るのです。
私のは、葉と実を使ったブローチだったりします。
本当は持っていてはいけないのだけど、可愛くてお気に入りなので、宝物入れに仕舞っているのです。
えへへ。内緒ですからね。
なんだか、説明が長くなりましたね。「貴方の悪い癖ね」と育ての親にはいつも怒られてしまうのですが、今はもうそういう風に怒ってくれる人、じゃなくて妖精もいないから、ちょっとくらい良いですよね?
「リイリちゃん、いい天気ね。お薬貰えるかしら?」
「こんにちは、イルザおばさま。すぐに取ってきますね。」
村の人と唯一交流できる部屋の窓でぼんやりしているとお客さんが来ました。
こちらはこの村に住むイルザさん。五十歳くらいの上品なおばさまだ。
妖精樹から作られる薬はいろんな症状に効く。なので、村の人はこうして薬を欲し、訪ねてくるのだ。
時には重症の人が運び込まれて、薬ではなく私たちの力で傷を癒したりしなければならないこともあるけれど、平和なこの村では滅多にない。二、三年に一回くらいでしょうか。
私は後ろにある棚から薄いピンク色の液体が入った瓶を持っていく。この家にある『妖精樹』の花びらから作った薬です。
効果は軽い頭痛や倦怠感、吐気・嘔吐などの諸症状で、一番良く売れる薬だったりします。
「どうぞ。お代はどうしますか?」
小さな村だからではなく、昔から薬はお金を払うか物々交換です。
イルザさんの場合は物々交換の方が多いでしょうか。
「今日はリイリちゃんの好きなアップルパイを焼いてきたの。これでどうかしら?」
イルザさんは手に持ったバケットの布を持ち上げて中身を見せてくれる。
焼きたてのアップルパイです。とてもいい香り。
イルザさんのアップルパイは絶品で、私の好物なのです。よだれなんて拭っていませんよ。
私もアップルパイなんて女子力の塊みたいな料理を作ってみたいのですが、なんせ体が小さいので上手く作れないのが現状です。早く大きくなりたいな。
「大好きです。頂きます!」
大きさも味も、薬の代金としては文句なしなので、断る理由なんてありませんから。在り難く頂戴いたします。
「それにしても、リイリちゃん……大丈夫なの?」
「? 薬代としては問題ありませんよ?」
「そうじゃなくてね。ほら、妖精さんのこと。」
イルザさんのいう「妖精さん」は私の育ての親のことです。
三か月前にいきなりいなくなったまま、行方知れず。
知人、ならぬ知妖精に訪ねて回ってみたものの収穫はありませんでした。
一体どこで遊んでいるやら、全く見当も心当たりもありません。迷惑な。
「大丈夫みたいですよ。知り合いの方が後見妖精になってくれるそうで、この家からも離れなくていいように便宜を図ってもらいました。」
妖精不在のまま妖精が住んでいた場所に住んでいてはいけないらしいが、我が育ての親の知り合いの助けもあって、このままこの家で暮らしていいことになったのです。
ただ、半妖精一人だけで暮らすのは色々問題があるようなので、偶に顔を出しに来たり、泊りに来たりしないと駄目だそうです。顔を出しに来られるのも嫌ですが、ここから離れる気は全くないので妥協しました。ほら、私も一応大人なので我慢もしますよ。
「それも心配だったけど、そうじゃないのよ。妖精さんが居なくなって辛いんじゃないの?髪も…。」
「……全く何も思わないって言いましたら嘘になりますが、平気ですよ。その内、フラッと帰ってくるに決まっているじゃないですか。それでまた、上手く結べていない私の髪型も見られますよ。」
出来るだけ明るく笑って、誤魔化します。イルザさん相手に誤魔化せるとは思いませんが、私なりの小さな反抗です。
「そう?なにかあったら誰でもいいから相談するのよ。」
と、イルザさんは心配そうに去っていった。あれは全部見透かされていますね。
この家の妖精が居なくなってから私が髪を結わなくなったのは、いつも結んでくれる人が居なくなったこととそのことを認めたくなかったから。
上手く結えずに所々髪が落ちて不思議な髪型になっていたけれど、私が思っている以上に私はあの髪型を気に入っていたみたいです。
失くすまで大切なものを大切だと気が付かなかったなんて、間抜けですね。
滲み出る涙を袖で拭うと、先程貰ったアップルパイとホットミルクでお昼御飯とします。
一人の食事のもこの三か月で慣れてしまいました。
イルザさん特製絶品焼きたてアップルパイは、前ほどは美味しくありませんでした。
イルザさん、腕が落ちたのでしょうか。いいえ、きっと食べている私の方に問題があるのでしょう。
午後からも、いつも通りにお客さんに薬を売ったり、家の掃除をしたり、薬の在庫の確認を行いました。
よくよく考えると、私は一人でも生活出来るように育てられている気がします。
大抵の薬は自分一人で作ることが出来ますし、緊急時の対応もしっかり教わって実践済みです。家事もこなせていますし、妖精樹の管理も気が付いた頃にはやっていました。
私の育ての親はこうなると分かっていて私に色々教えてくれていた、と受け取っていいのでしょうか?
考えないようにしてきましたが、やはり私は捨てられてしまった…。
「ううん。そんなはずありません。確かに変わった妖精でしたが、そんなひどい妖精ではないです。」
頭を振り、頬を叩き、自分に言い聞かせます。ネガティブなことを考え始めたら止まらなくなるので、断ち切るのが正解です。
何か作業に没頭していれば余計なことも考えずに済むので、薬でも作りましょう。
湿布薬とイルザさんに渡した万能薬が少なくなっていたのでその二つを気の済むまで作り続けることにします。
出来た薬を空の瓶に入れ、今日の日付と薬の種類をラベルに記し棚に収めていきます。
出来上がった薬たちを見て、ちょっと作りすぎちゃったな、と反省。
窓の外を見るとお空がオレンジ色に染まりつつあります。
今日もうちの親は帰ってこずに一日が終わりそうです。少し早いですが、今日の業務日誌でも書くとしますか。
今日薬を買いに来た人、時間帯、薬の種類、受け取った物の順に書く。
その下に作った薬の種類と数も記入する。
そして、最後に一言。
『今日も何事もなく平和に一日が終わりました。薬を作りすぎたので、次回からは作りすぎないようにする。イルザさんのアップルパイは、一人で食べると絶品ではありませんでした。』と。
「こら。今日はまだ終わってないぞ。」
「ひゃあ⁉」
誰もいないはずの家の中で声を掛けられ、変な声を出してしましました。恥ずかしいくて顔から火が出そうです。
確か鍵は閉めておいたのですが、掛け忘れたか声の主がピッキングしたかのどちらかでしょう。多分後者。
声の主の正体は一人しか思い付きませんが、優しい私は振り向いてあげます。
予想通り、私の後ろには二十代半ばくらいのチャラい男性が立っていました。彼のことを紹介する前に、私は彼に重要な事項を伝えなければなりません。
「不法侵入は犯罪ですよ。」
「それが一週間ぶりに会った後見人への言葉なのか?」
ええ。法は人間にも妖精にも半妖精にも平等ですから、犯罪を犯したらきちんと罰を受けるべきだと思っています。特にこの不法侵入妖精は厳しく罰してもらわないと困ります。決して私情なんかではありませんよ。この妖精は大変な危険妖精なので、私のようなか弱い女の子を守るための正論なのです。もう一度言いますが、私情ではありません。
「で。不法侵入で幼女趣味の変態後見妖精のノアールさんが、こんな田舎にどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか?(棒読み)」
早く帰ってほしいオーラを放ちながらジリジリと後退りながら問いかけます。
「なんでこんなに嫌われているのか分からないけど、誤解は解いておこうと思う。俺はリイリちゃんのことが心配なんだよ!」
「……迷惑です。」
「ちっちゃくて可愛くて天使みたいな俺のリイリが、こんなところで一人暮らしなんて、野獣と言う名の大人たちに襲ってくれって言っているようなものだろう?ああ、俺のプリンセスオブフェアリー!こんなにも想っているのにどうして理解してくれないんだい⁉」
正直気持ち悪い。ノアールさんの愛は重すぎて恐怖をも感じるレベルです。プリンセスオブフェアリーって何?そもそも、私はノアールさんの所有物になった覚えもないのですが。
「そんなことは聞かなかったことにするので、ご用件をどうぞ。」
「そんなことって。いいけど。本題は…っとお客さんみたいだね。」
カランカランと、鐘の音が鳴り響く。
村の人とやり取りをする窓の前に付いている鐘の音です。これのおかげで窓口の部屋にいなくてもお客さんが来たら分かるようになっています。こんな時間に呼び出されるのは珍しいです。緊急でしょうか?
「あ、リイリちゃん!」
部屋に行くとイルザさんと数人の男の人がいました。
男の人たちは人を抱えているようにも見えます。
「どうしましたか?」と、問いかけると答えてくれたのはイルザさん。混乱しているのか状況が分かりにくい説明でした。
要約すると、イルザさんの旦那さんが薬を飲んだ後倒れた。呼びかけてみても返事はなく、呼吸も弱い。薬の量はいつもと同じスプーン二杯で、過剰摂取ではないこと。旦那さんにアレルギーなどは無く、先程までは元気であった。ということらしい。
こんなこと、私も初めてです。
もしかして渡す薬を間違えてしまったのでしょうか。その前の作り方?それとも材料から失敗していたのかもしれません。
どんどん自分の中に疑問符が溜まっていって、正解も分かりません。
どうしよう。目の前で苦しんでいる人がいるのに、私は何もできない。
目の前が真っ白になっていき、絶望が私を支配しようとしたその時、ノアールさんが私の一歩前に出る。
「安心しろ、大したことじゃない。これは薬の副作用が強く出ただけだ。治癒の祈りを使えば、多少は和らぐはずだ。」
初めてノアールさんが格好良く見えました。腐っても妖精なのですね。
イルザさんの旦那さんを癒そうとノアールさんが手を伸ばすが、イルザさんは旦那さんを庇うように立ち憚ります。
「あんたは…?」
村の人たちはノアールさんを見て眉を顰めます。見知らぬ男がしゃしゃり出れば、怪しむのは当たり前ですよね。
「あの。こちらは私の後見妖精です。」
「ノアールです。よろしく。」
私が紹介したことで、ノアールさんが妖精であることもあって、村の人は少し警戒を解きます。でも、ノアールさんには処置をさせたくない様子です。
「では、私が治癒の祈りを捧げます。よろしいですか?」
「半妖精のリイリにはできないだろう?俺が…。」
「確かに妖精に比べれば弱いかもしれませんが、皆はまだノアールさんの事を信用していないのですよ。ここはある程度信頼のある私がするべきです。」
ノアールさんの言葉を遮り、私は前へと歩みを進める。
旦那さんを支えている男の人たちが、私が触れやすいように旦那さんを持ち上げてくれる。
「ありがとうございます。」と皆にお礼を言い、旦那さんのおでこに手を添えます。
大分衰弱しているようですが、ノアールさんの言っていたように大したことではないことが伝わってきます。
手のひらに力を籠めるようにし、旦那さんが良くなりますように、と沢山お願いします。
すると、少しだけ顔色が良くなってきました。お祈りが通じたようです。よかった。
「…助かりました。私、薬に副作用があるなんて、全然知りませんでした。」
イルザさん達が引き上げると、お礼を告げました。私だけではきっと何もできなかったでしょうし、今回だけはノアールさんの訪問に感謝します。今回だけですからね。
長年この村で妖精業に携わっていますが、副作用のことは全く知りませんでした。村の人も知らなかったようですし、珍しいことなのでしょうね。
「俺としては、副作用のことを誰も知らないこの村の方がおかしいと思う。エナは本当に何も言っていなかったのか?リイリは本当に半妖精なのか?」
「意味が分かりませんが。」
私の記憶違いではなければ、育ての親・エナが副作用のことを言ってなかったと思います。
それと私は人間から生れた妖精もどきで、生みの親から貰った妖精樹の贈り物ももっています。半妖精でなければただの化け物です。
「まあ、そこは後々分かっていくところだろう。ところで、本題だが。」
「そういえば、用事があってきたんでしたね。」
「リイリが一人で暮らすの、何故か却下された。俺としては嬉しい限りなんだけどね。」
「なんでそんなことになったのか、詳しくお聞かせ願いたいです。」
教務日誌の最後の一言につけくわえましょう。
『リイリは今日も頑張っていますが、平和な日々を過ごすのはとても大変です。
見た目年齢の低い半妖精が一人で自立するのは、中々に難しいことのようです。
エナ姉さん、早く帰ってきてください。』
ノアールさんが変態過ぎました。後悔はしていません。