閑話1 一年後のイリス 前編
「ふんふんふーん♪」
私は鼻歌を歌いながら、村への道を歩いていく。村に入ると、村長が出迎えてくれる。
「随分と機嫌がいいな、イリス。何か良いことでもあったか?」
「うん!今日はあの人が帰ってくる日だから!」
そう、今日はあの人が帰ってくるのだ。私の初恋の人が。
「楽しみにしているのは分かるが、絶対に来てくれるとは限らないのだから、あまり過度な期待は禁物だぞ」
「分かってる。でも、リューキさんは絶対来てくれるよ」
リューキさんと関わったのは本当に少しの間だけだけど、約束を破るような人じゃないくらい分かる
私の村は、一年前にモンスターテイマーに教われた。家は焼かれ、村人は殺された。
私の両親も、私を先に逃がしたせいで、逃げ遅れてしまった。
逃げ延びた私は助けを求めて、走り続けた。そこで出会ったのが、リューキさん達だ。
リューキさん達は、何の関係もないはずなのに、私たちの村を救ってくれると言った。
リューキさん達は、村にいた大量のモンスター達を、まるで簡単な作業をするように淡々と倒していく。
一番凄かったのはリューキさんだ。リューキさんは、最初はなにもせず、ただじっとモンスターを見つめているだけだった。しかし、リューキさんがいきなり魔術の詠唱をしたと思ったら、次の瞬間には辺りの景色は青一色に染められていた。
ミリアさんが、「今のはなんだ!」とリューキさんの肩を揺さぶりながら叫んでいる。
すると、激しく動いたからか、リューキさん達が、足を滑らせて転んでしまった。そして私は見てしまった。
リューキさんとミリアさんが、キスしている所を。
事故だとわかっていたが、その光景を見た瞬間、私は胸の辺りにチクリと針で刺されたような痛みを覚えた。
思えば、私はこの時既にリューキさんに恋していたのだろう。
そのあとも、リューキさんは圧倒的な力で敵を倒し、村を救ってくれた。
リューキさん達は、すぐに村を出発するために、馬車に乗り始める。私はリューキさんの服の裾を掴み、私も一緒に連れていって下さいと頼んだ。そんなの無理だってわかっていたのに、リューキさん達をこまらせるだけだってわかっていたのに、気付いたら体が勝手に動いていた。
私は、怒られるのを覚悟して、リューキさんの返事を待ったが、リューキさんは
「一年後、村に遊びにくる。その時までに強くなってくれ。その時にイリスの気持ちがかわっていなかったら、俺たちについてきてくれ」
私の頭を撫でながら、そう約束してくれた
それ以来、私はよく村から出掛けては、モンスターたちと戦うようになった。今では、この近くのモンスターなど目を瞑っても倒せるくらい、強くなった。
私が、一年前を思い出していると、突然声をかけられた
「そんな奴来るわけねーだろ。馬鹿じゃねぇの?」
声をかけてきたのは、私の幼馴染みのマルコだ。マルコは、私がリューキさんのことを話していると、いつもさっきみたいなことを言ってくる。
「なんでそんなこと言いきれるの?リューキさんのことなにも知らないくせに」
「そいつがこの村にいたのは少しの間なんだろ?こんな小さな村、覚えてる訳ねぇだろ。」
「そんなことない!」
「ああ、そうだ。俺はちゃんと覚えているぞ?」
突然後ろから声が聞こえた。この声、知ってる。あの日から一度も忘れたことはなかったあの人の声だ
私は、後ろを振り返ると、その人の胸に飛び込んだ
「リューキさん!お久しぶりです!ちゃんと覚えていてくれたんです!」
「ああ、イリスとの約束だからな」
リューキさんはそう言いながら、私の頭を撫でてくれる。一年前と全くかわらない手の感触に、思わず涙が零れた。
「お、おい!大丈夫か!?」
「私、ずっと不安でした……ぐすっ……もしかしたら戻って来てくれないんじゃないかって…ぐすっ…」
「そうか…。すまなかった」
私は、とうとう声を上げて泣いてしまった
しばらく、リューキさんの胸で泣いていた私は、ようやく落ち着いた
「すみません…。はしたない姿をお見せしてしまいました…。」
「謝ることなんてない。それだけ俺と再開出来たことを喜んで暮れているんだろ?嬉しいよ」
私は、リューキさんの言葉に、顔を赤くしてしまった
すると、私たちの間にマルコが割り込んできた
「お前がいつもイリスが話してた、リューキってやつか?」
マルコは、村を救ってくれたリューキさんに対して、挑発するように問いかける
しかし、リューキさんはそれを全く気にすることなく、マルコの問いに答える
「ああ、俺がリューキだ」
「大量のモンスターを一瞬で倒したとか、伝説のモンスターテイマーに圧勝したとか聞いてるが、全然大したことなさそうだな?」
マルコは、この村の中では、私の次に強い。力だけなら、村一番だと言っても過言ではないだろう。マルコは、背も高く、筋肉も結構ある。見た目は断然マルコの方が強そうだ
だから、マルコも自分が負けるわけが無いと思っているのだろう。かく言う私も、さっきリューキさんと再開するまでは、今の私なら、リューキさんと戦ってもいい勝負が出来るんじゃないかと思い上がっていた。
しかし、リューキさんと再開したとき、そんな私の考えはどこかへ飛んでいってしまった。この一年で鍛えられた私の直感が告げている。
リューキさんには、私とマルコの二人で全力で戦っても、足元にもおよばないだろうと
そんなリューキさんを挑発したマルコを見て、私は心底ゾッとした。これで、リューキさんが怒ってマルコと本気のバトルをしたら、マルコは、一瞬で、抵抗なんてする時間もなく消されるだろう
「何なら試してみるか?」
「いいぜ?負けたあと、泣いて謝っても許してやらねぇからな?」
マルコはまだ、自分とリューキさんとの間にある、とてつもなく大きな力の差に気づいていないのか、リューキさんと勝負するつもりらしい
私は、マルコの無謀な勝負を止めさせるために、リューキさんとマルコの問に割って入る
「マルコ!止めて!リューキさんもマルコのこと、許してあげてくれませんか?」
「俺は別に構わないよ」
リューキさんが納得してくれて、胸を撫で下ろした
しかし、マルコは納得していなかったみたいだ
「なんだ?逃げるのか?やっぱりたいしたこと無いんだな?」
マルコが放った言葉を聞いて、リューキさんの雰囲気がかわる。狩人が獲物を見つけた時の雰囲気に似ている。リューキさんは、マルコを完全に敵だと認識したようだ
「マルコと言ったか?お前、余程死にたいみたいだな」
「へっ!出来るものならやってみろよ」
これはもう、止めることはできないと確信した私は、リューキさん達から離れる
すると、リューキさんが私のところに来て、耳打ちしてくる
「あいつは、イリスの友人だろ?殺して大丈夫か?」
「今回の件はマルコの自業自得だと思いますので。ですが、出来れば殺さないで頂けるとありがたいです。あんな奴でも一応私の幼馴染みなので」
「了解。出来るだけ手加減してみるよ」
「有り難うございます」
「イリスは離れていてくれ。危ないからな」
「はい」
私が十分な距離をとると、リューキさんはマルコの方へ向き直る
「なんだ?イリスに別れの挨拶でもしてきたか?」
「お前こそ、別れの挨拶はしなくて大丈夫なのか?」
「ああ、俺は負けねぇからな!」
マルコは、リューキさんに向かって突進するが、リューキさんはそれを紙一重で避ける。
マルコはそのまま、拳による連撃をはなつ。だが、一撃も当たらない。
「なんだ?この程度か?拍子抜けだな」
「うるせぇ!まだまだこれからだ!余裕ぶっていられるのも今のうちだ!」
「それは楽しみだ」
リューキさんの挑発によって、マルコの拳のスピードが上がる。しかし、リューキさんはマルコの拳を、まるでダンスでも踊っているかのように、華麗に避けていく
「おいおい、避け続けるだけじゃ勝てないぜ?」
マルコは、自分が有利な立場にいると勘違いしているらしく、余裕の笑みを浮かべる。
今の状況は、戦い慣れていない人が見ると、マルコが有利なように見えるが、実践経験が豊富な人が見ると、この時点でマルコに勝ち目があると思う人は誰一人としていないだろう
「お得意の魔法はつかわないのかぁ?それとも、そんな余裕はねぇか?」
「お望みとあらば魔法を使ってやる」
リューキさんは、今まで避けていたマルコの攻撃を、片手で受け止めると、マルコの腹へ蹴りを放った
不意をつかれたマルコは、十メートルほど後ろへ吹き飛ばされた。マルコは直ぐに立て直すが、リューキさんは既に、詠唱をはじめている
「世界を支えし炎風の精炎よ、我が前に立ちはだかる敵を殲滅せよ!蹂躙せよ!『燃え盛る紅蓮の嵐』!」
リューキさんが詠唱を終えた瞬間、マルコの体は炎を纏った竜巻にのみこまれた
竜巻の中からは、マルコの悲鳴が聞こえてくる。このまま放って置けば、確実にマルコは灰になるだろう
だが、リューキさんの攻撃はこれだけでは終わらない
「世界を支えし氷の精霊よ、我が前に立ちはだかる敵を殲滅蹂躙せよ!凍りつけ!『凍てつく氷蒼の大地』!」
一瞬にして、マルコは、炎を纏った竜巻もろとも、氷のなかに閉じ込められた
リューキさんは、魔法の制御がかなり上手くなっていた。一年前は、まわりにいる自分と仲間以外の全てを凍らせてしまっていたが、今回は竜巻だけをピンポイントで凍らせているため、まわりに被害は全くない
「このまま放っておくと邪魔だな。もう一発ぶちこむか」
リューキさんは、また魔法の詠唱をはじめる。しかし、今回の詠唱は、今までと少し違っていた
「この世に存在する全ての生よ、恐れ戦け。我が放つは不可視の一撃。弾けろ!『絶対不可視の衝撃』」
詠唱が終わると、マルコを包んでいた氷の柱が、一瞬にしてこなごなになった。砕けた破片が、ゆっくりと落ちてくる。その光景は、とても幻想的で、私は思わず見とれてしまった
リューキさんは、私のところまで歩いてくる
その顔は、何故か少しだけ、申し訳なさそうな顔をしている
「すまない…。手加減はしたんだが、かなりの重症だ…。死にはしないが、後遺症が残るかもしれない」
「気にしないで下さい。さっきもいった通り、マルコの自業自得ですから」
私は、リューキさんに微笑みかける。すると、リューキさんの表情が少し和らいだ。
「では、とりあえず村長の村に行きましょうか」
「ああ、少し疲れたからな。眠たい」
「少し、急ぎましょうか。ところで、今日は他の皆様いらっしゃらないんですか?」
「リリィたちか?リリィたちとは今別行動をしているから、今日は俺一人で来たよ」
私たちは、村長の家に向かって歩き出す。
何か忘れている気がするが、大丈夫だろう
程なくして私たちは村長の家に到着した。
「リューキさんには、村長の家に泊まっていただく予定です」
「そうか。じゃあ、挨拶しとかないとな」
私が家の扉をノックすると、村長の奥さんがでてきた
「あらあら、貴方がリューキさん?どうぞあがって下さい。あの人の所へ案内しますので」
私達は、奥さんの案内で村長の部屋まで来た。
「貴方!リューキさんがお見えになりましたよ!」
「おお!入ってくれ」
部屋に入ると、そこには村長とその娘がいた
村長は、部屋にはいったまま立ち止まっている私達に座るように促す
私達が椅子に座ると、村長は向かい側の椅子にすわった
「リューキさん、今日は来てくれて有り難うございます」
「いえいえ、お礼を言われる様なことはないですよ」
「しかし、一年前に村を救ってくれたご恩がありますので」
村長はリューキさんに深々と頭を下げる
そして、ひとしきり話を終えると、リューキさんの泊まる所について話はじめた
「大変申し訳ありませんが、今回この家に泊まっていただく予定だったんですが、とある事情で不可能になりました…。ですので今日はイリスの家に泊まっていただくことになりました」
私は村長の言葉を聞いて、一瞬思考が止まった。私は両親を一年前になくし、独り暮らしだ。そこに、私の思い人であるリューキさんが泊まる。
普通の人なら、独り暮らしの家に、異性を泊めることを嫌うかもしれないが、私はこう思った
これは、絶好のチャンスだと
イリスの話は次回まで続く予定です
友達の親が糖尿病になり、私が友達の家に泊まりこんで色々と手伝うことになりましたので、投稿が遅れる可能性があります。大変申し訳ございません
これからも、楽しく読んで頂けると有りがたいです