王妃の悩み
ユーミリア王国王妃ミレイは友人であり、義妹となったセリス公爵夫人からの手紙を自室にて読んで、先ほどまでの国王ギルロイとのやり取りを思い出していた。
夫が今日、ハーバリー公爵アロルドより受けた報告内容について話していたのだが、ギルロイは終始、冷や汗をかきながら公爵令嬢ユーリが魔法を使えるようになった事、そして多属性持ちである事をミレイに伝えた。
「・・・今更かと言われると思うが、アロルドの娘ユーリをエドワードの妃にどうかとおもうのだが・・・」
ギルロイはミレイの顔色を窺がいつつビクビクとしながら今後の事について相談していた。
情けない事に、とても良い笑顔で真っ黒なオーラを纏う王妃に心底ビビッてしまっていたのだ。
「陛下・・・。陛下は7年前に『ユーリを王族に迎える事はできない。』と私を説き伏せたのをお忘れですか?」
ミレイは笑みを更に深めた。黒オーラも3割り増しにして。
「あ・・・いや・・・覚えておるぞ・・・。その時はエドワードも中々了承しなくて説得するのに随分と苦労を・・・」
ギルロイにかぶせるようにミレイは続けた。
「では今、陛下がおっしゃっている事がとても無情な事であるとお分かりなのでしょうか?陛下はエドワードとユーリの心を傷つけ、あまつさえユーリが王宮に出入りするのを差し控えるようアロルド殿に命じておりましたのよ?」
「・・・・・・」
ギルロイはただただ体を小さくするだけ。
そんな国王を見てもミレイは追及する手を緩めない。
「ユーリが王宮へ顔を出さなくなってから、エドワードの様子が変わったのは気づいていらしたのかしら?」
「・・・気づいてはいたが、何が原因だったのかは・・・」
「まぁっ!!気づいていたのに原因が解らなかったのですか!?ユーリが王宮へ来なくなったからですのよ?」
アロルドから報告を受けている時に気づいたとは言えないとギルロイは思った。
「今更ハーバリー公爵家へ縁談の申し入れをしても、アロルド殿がお断りになられるのでは?あの方、ユーリに来た縁談を本人に内緒で全て握り潰しているそうですわよ?どなたが申し込んでも、だそうです。一方的に距離を取らされた相手から縁談を申し入れられても受ける可能性はかなり低いですわよ?」
「・・・・・・」
ギルロイは返す言葉もなくうな垂れる。
しかし、低いとはいえ可能性は『0』ではないのだ。
ギルロイとしては、国内貴族のうち一家だけ力を増すのも神殿にユーリを取り込まれるのも困るのだ。また、他国に多属性持ちを取られては更にマズイ。
「しかしな・・・ミレイよ。様々なことを鑑みてもユーリを王太子妃として迎え入れるべきと思うのだが・・・」
ギルロイの考えを聞き、ミレイは深い溜息をつく。
「そうですわね・・・。確かに陛下がおっしゃる事は理解できますわ」
「っでは!!」
アロルドとセリスの説得に力を貸してくれるのかと、ギルロイは喜色を浮かべミレイを見つめた。
が、そんなギルロイを一刀両断する。
「理解はしますが、納得は出来ませんわね。」
ギルロイはセリスの言っている事が理解できなくて首を傾げた。
「お分かりになりませんか?国のためを思うならばユーリを王太子妃にと私も考えます。ですが、一人の息子の母としては到底納得は出来ません。エドワードとユーリの気持ちを無視しすぎてますもの。」
その言葉にギルロイはハッとした表情を浮かべた。
常に国益を考えるクセがついてしまっており、一国の王であると同時に父であるという事を失念してしまっていたのだ。
「ではミレイよ。そなたはどう考えておるのだ?」
再度、深い溜息をついたミレイは少し考えて口を開く。
「まずは、ユーリとエドワードの気持ちを聞いてみないことには何とも・・・お互いが想い合っているのなら、後はアロルド殿の説得のみになりますもの。他の貴族や神殿にはユーリの多属性については何も伝えず、2属性の魔法・・・いえ、3属性の魔法が使えるようになったと伝えましょう。」
他の貴族からの反発を抑えるためには、2属性より3属性にしようと考えた。
(3属性なら王太子妃候補の筆頭に復帰してもおかしくはないものね)
ギルロイはミレイの言葉に大きく頷いた。
「そうだな。後はエドワードの気持ちを聞かねばならぬな。」
「そうですわね。・・・陛下、頑張ってエドワードの気持ちを聞き出して下さいませね?」
ミレイはとっても良い笑顔で告げた。
「えっ!?ミレイから話してはくれないのか?」
ギグロイは焦って訊ねるが王妃の纏う黒オーラが更に3割ほど増えたので口をつぐんだ。
「陛下?まさかとは想いますが、エドワードがどんな反応をするか分からなくて怖いから私から話しをして欲しい。とはおっしゃいませんわよね?」
「・・・・・・」
バツが悪そうに視線を逸らす夫を見て
「・・・仕方がありませんわね・・・。私も同席しますが、お話しはご自分でなさって下さいね?」
王妃の協力を取り付けた国王は公務の続きを行うため執務室へと足取り重く戻っていった。
どの様にエドワードに話しをするか考え始めた時、自室のドアをノックする音がした。
侍従がハーバリー公爵夫人から王妃宛に急ぎの文が届いていると告げた。
(セリス様から急ぎの文って・・・ユーリの事かしら?)
侍従から手紙を受け取り早速読んでみると、その内容に眉を顰めた。
セリスからの手紙にはユーリと話した内容が書かれており、文面からも兄であるギルロイに対する怒りと甥であるエドワードの不甲斐なさに対する嘆きが感じ取れた。
まさか、幼いユーリがエドワードに告白して振られたと思った直後にギルロイから王宮への出入りを差し控えるよう指示が出た。まさに最悪としか言いようのないタイミングである。
ユーリにしてみれば、自分からの告白を迷惑に感じたエドワードが父である国王に王宮への出入りを差し控えるよう願い、国王がその願いを聞き入れたとしか思えない状況だった。
ミレイは悩んだ。エドワードにこの手紙の内容を話すべきかどうかを。
特に、未確認ではあるが『全能者』の可能性がある事も悩む要因の1つである。
もし、ユーリが『全能者』だった場合、神殿はどんな手を使ってでもユーリを取り込もうとするだろう。
ユーリを保護するという名目で王宮へ迎え入れるべきと思うが公爵が受け入れるとは到底思えなかった。
(困ったわねぇ・・・ユーリの身の安全のためには王宮へ来た方が良いけど・・・エドワードの気持ちを聞いてから判断した方が良いかしら?)
ミレイはすぐに返事を出すことにした。
侍女に手紙を書く旨を伝え用意をさせている間に、エドワードに公務が終わり次第、自分の所へ来るよう侍従に伝えさせた。
セリスへの返事には
『ユーリの未確認の属性に対して、確認が取れ次第教えて欲しい事』
『貴族達へはユーリの属性は3つと伝える事』
『エドワードの気持ちを確認してからになるが、ユーリには王太子妃となってもらいたい思っている事』を書いた。
もちろん王宮への出入りを差し控えるよう指示をした国王と不甲斐ない王太子へ説教するという事も忘れずに書いて封をした。
書いた手紙を公爵夫人へ至急届けるよう指示をして、控えていた侍従に手紙を渡した。
まずは多属性持ちだという事を伏せて、ユーリの事をエドワードに話さなければならないと、王妃は本日何度目になるかわからない深い溜息をついた。