公爵夫人の憂鬱
夫であるハーバリー公爵アロルドが王宮に赴き、娘の魔法属性についての報告をしている時、公爵夫人セリスは公爵邸にて今後起こりうる騒動についてユーリに話しをしようと思っていた。
「ユーリ、あなたは自分自身の多属性についてどう思った?」
「う~ん・・・最初は単純に魔法が使えるって事が嬉しかったわ。昨日、試した属性以外も使えそうな感じだったし・・・」
セリスは頬をヒクリと引きつらせた。
「・・・ユーリ・・・あなた今『昨日試した属性以外も使えそう』って言ったのかしら?」
「??えぇ、そうよ。母様?」
セリスは娘の前だという事も忘れて頭を抱えた。
昨日ユーリが使った属性は『火・光・風・雷・水』の5種類だが他にも
『氷・雪・土』があり全部で8属性。
今のところ属性として分類できない魔法があり、その魔法は一括して
『特殊属性』と呼ばれている。
この『特殊属性』は地方の伝承や神話に登場する位で、実際に使える者はいないとされている。
(まさかとは思うけど・・・残りの3属性だけでなく『特殊属性』も使えるかもしれないということ・・・?)
セリスは多属性持ちということで王太子妃候補の筆頭にあげられる可能性が高い事を話そうと思っていたのだが、ユーリが投下した爆弾はあまりにも大きすぎたのだ。
一旦、落ち着こうと用意されていた紅茶を飲みながらも、まずは夫に相談してどこまでの属性を使えるかを確認しなければと思考を切り替えた。
「ところで母様?お話しって多属性についてどう思ったかって事だけ?」
ハッとしてユーリを見たセリスは微笑みを浮かべ
「それもあるけれど・・・ユーリは将来何をしたいのかなぁって思ったのよ。」
とごまかした。
キョトンと小首を傾げたユーリは
「将来?う~ん・・・今までは魔法が使えなかったし・・・結婚を考えた事はなかったわね・・・翌年のデビュタント後の社交シーズンも屋敷に引きこもっていたいと思っていた位だから特には・・・」
そこまで話すと肩をプルプルと震わせ笑いを堪えている母に気づいた。
「もうっ!!母様ったら!笑うなんてヒドイわ。私、本当に!真剣に!悩んでたのに!!」
「あらあら、ごめんなさいねぇ・・・フフフ・・・じゃあ、今はどう?社交シーズン中は引きこもらなくて済みそう?」
ユーリは顎に指を当ててしばし悩み、未だにクスクスと笑っている母に告げた。
「お勉強しなければならない量によるかしら・・・?」
「あら、どうして?」
クスクスと笑いながらセリスは娘に訪ねた。
ユーリが少々不貞腐れながら
「お勉強する量が少なければシーズン中は引きこもらないと思うけど・・・多かった場合は夜会なんて体力使いそうな催しには出席したくないし、お茶会はどなたかのお屋敷と公爵邸の間の移動時間がもったいないもの」
セリスは娘が思ったよりもしっかりと自分の属性の多さに対して考えていることに多少だが驚いた。
「じゃあ、ユーリは結婚についてはどう考えているのかしら?」
真剣な表情で訊ねてくる母に対し、ユーリは居住まいを正した。
しっかりと答えなければと思ったからだ。
「う~ん・・・今まではできないかもって思ってたから・・・あっ!でも!!政略結婚とかお見合い結婚はイヤかも・・・」
「あら、どうして?貴族令嬢であれば大なり小なり政略結婚については覚悟が必要だと思うわよ?」
母の言うことは理解できるが、ユーリは口を尖らせてボソボソと答えた。
「私も、父様と母様のように恋愛結婚をしたいんだもの・・・」
セリスはユーリのこの言葉を聞き、口元が綻ぶのを抑える事ができなかった。
そんな母を見てユーリが俯き、耳まで真っ赤になっていた。
「ねぇユーリ・・・もし、お父様から王太子妃候補になったって言われたらどうする?」
セリスは夫が王宮に伺候している間に、ユーリの考えを聞いて、答えによってはミレイ王妃に話して兄と王太子に根回しをしても良いかと思っている。
「エド兄様のお妃候補?私が?・・・アハハハっもう!!母様ったら冗談キツイわ~フフフ・・・私がエド兄様のお嫁さんになる~って言ってたのは随分と昔の話よ?エド兄様だって幼い子供の言う事だからって軽く流してた位だし。それに今は魔法が使えるようになったけど、7年前に王宮への出入りを差し控えるようにって言われて、それ以降王宮へは行っていないのに・・・今更すぎると思うけど?」
セリスは内心盛大に舌打ちした。
(あんのバカ兄~!!ミレイに手紙でチクッ・・・ゴホン。報告してこってりと絞ってもらわなきゃ!!)
「そうねぇ・・・確かに今更って思うかもしれないけど・・・ユーリはエドワード王太子が嫌い?」
「う~ん嫌ってはいないけど?一応、従兄だし?でも結婚相手としてって言われたらちょっとイヤかも・・・」
「あら、何故かしら?『ユーミリアの月』と言われる陛下のお若い頃にそっくりよ?ユーリの身分なら将来の王妃としても申し分ないし。」
「身分は申し分ないからイヤなのよ。エド兄様に想いを寄せる令嬢方から嫉妬されて『身分にモノを言わせてるのよ』って陰口たたかれるのよ?そんなの絶対にイヤだわ。」
「あらあら。フフフ・・・ユーリは身分だけじゃないのにね?父様と母様の娘なのよ?今まで縁談が来なかったのにはちゃんと理由があるのよ?」
「魔法が使えなかったからじゃないの?」
それ以外に理由が見つからずユーリは首を傾げた。
クスクスと笑いながら母は爆弾を落とした。
「違うわよ~。ユーリが王宮に出入りしていた頃は、王太子妃候補として見られていたからだけど、出入りを差し控えるようになってからは、お父様が来た縁談をどんな相手でも全て断っているのよ。ユーリに内緒でね。ウフフ・・・困ったお父様よねぇ~」
ユーリが唖然としてしまった。
今までは縁談の申し入れがなかったのではなく、父公爵が娘に隠れて全て握り潰していたのだ。
プルプルと怒りに震えながら母に確認する。
「母様・・・それは本当なの?父様が縁談を全て断っていたって・・・」
「本当よ~あなたが生まれた時に、ミレイ王妃と昔お互いの子供たちを結婚させましょうって私が約束しているって教えたら、それはもう凄い剣幕でお父様は反対していたのよ?ユーリの意見も聞かずに縁談を断り続けるお父様を見ていて呆れてしまったわよ~」
とても楽しそうに笑う母を見てユーリは遠い目をしながら思った。
(母様・・・私が生まれる前からそんな約束をしていたの!?だから王宮への出入りを許されていたのね・・・)
ふと当時のことを思い出すと、確かにデビュタント前の令嬢はユーリ以外にはいなかった。
更に、すでに王太子としての公務が少しづつではあるが始まっていたため、令嬢達が王太子に会う事すら難しい状況だった。
そんな忙しい中でも王太子はユーリが王宮に来た時は時間を作って相手をしてくれていたのだ。
「でもね母様?母様が王妃様とそんな約束をしてたってエド兄様が私を王太子妃にするとは思えないわ。さっきも言ったけど軽く流されたんだから。幼いながらもショックは大きかったわ~。当時の私は大真面目に告白したんだから。そしたらすぐに王宮への出入りを差し控えるように言われたから、エド兄様にはすっごい迷惑だったんじゃない?」
セリスは内心で盛大に毒を吐いた。
(ギル兄様ったら余計な事を!!エドワードもエドワードよっ!!何て不甲斐ない甥っ子なのかしら!?ユーリが幼いからって軽く流すなんてっ!!)
ハーバリー公爵夫人セリスは夕刻、王宮から屋敷に戻ってきた夫に八つ当たりをして、今日のユーリとの会話からずっと感じていたイライラを発散した。