嵐のお茶会・その1
大量のドレスを注文し、職人を青ざめさせたさせた日の午後、ユーリは母と兄弟と共に王宮へと赴いた。
ミレイ王妃のお茶会に参加するためというのは建前で、殺到する縁談の申し入れを避けるためである。
7年ぶりの王宮に少し緊張しているようで、ミーナが気遣わしげな視線を送ってくる。
「ユーリ様。ご気分が悪いのですか?」
「いいえ、ミーナ大丈夫よ。7年ぶりの王宮だから少し緊張しているだけ」
ユーリは強がっているが、ミーナにはバレバレである。
7年前は王宮からどのように公爵邸へ帰ったのか記憶が定かではなかった。
それ程にユーリにはショックが大きかったのだ。
セリスからは、縁談の騒動が治まるまで、毎日王宮へ兄弟と共に赴く事になると説明は受けている。
それはまぁ納得はしている。
しかし、その際にエドワード王太子も同席するとなると話しは変わってきてしまう。
前日、父アロルドからは今日国王と王太子に面談の申し入れをして許可が出てからの王宮へ行くことになると言われていた。
自分が部屋へ下がってから、どんな流れで今日、母と兄弟と共に王宮へ赴き、王太子が同席する事になったのか。それも騒動が治まるまで毎日である。
ユーリは頭痛がしそうだった。
「さぁ。王妃様の中庭に到着しましたよ。ユージーン、ジェラル。ユーリの事を頼みましたよ。」
「「はい母様。お任せください。」」
返事をする息子2人を頼もしく思いながら、王妃と貴族の夫人・令嬢達がいるお茶会の席へと進む。
いやがおうにも緊張が高まっていく。
(あぁ・・・部屋に引きこもりでも良いから屋敷に帰りたい・・・)
そう思っているのが顔に出ていたのかセリスから咎めるような視線を送られた。
「ミレイ王妃。本日はお招きいただきありがとうございます。お言葉に甘えまして娘と息子2人を一緒に連れてまいりましたわ。」
「セリス夫人ようこそ。久方ぶりにご令嬢にお会いするのを楽しみにしておりましたわ。」
母と王妃が挨拶しているのをボンヤリと眺めていると、既に席についている令嬢達からきつい視線が送られてくる。
王妃の計らいで、今日のお茶会に招待されているご令嬢達は伯爵家以下の貴族の令嬢達である。
本来であればそのような視線を公爵令嬢であるユーリに送るのですら無礼にあたるのだが、令嬢達は気づいていないようである。
同じくお茶会に招待された夫人達はそんな様子の令嬢達に咎めるような視線を向けていた。
「王妃様。お久しぶりにございます。本日は母共々ご招待いただきありがとうございます。」
ユーリは令嬢達の視線を無視する事にして、ミレイに淑女の礼をした。
「お初にお目にかかります。王妃陛下。ハーバリー公爵アロルドが長子、ユージーンにございます。横にいますのは弟のジェラルでございます。お見知りおき下さい」
ユージーンが兄弟を代表して挨拶をする。
「あなたがユージーンね。大きくなられたわね。アロルド殿のお若い頃にそっくり。ジェラルはセリス様にそっくりね」
ジェラルが女顔である事がコンプレックスである事を知っているユージーンとユーリは苦笑した。
さすがに王妃に失礼な態度は取れないとジェラルは無表情を貫いた。
「立っているのも何だから、どうぞお座りになって。ユーリは私の隣よ」
ミレイは自分の隣にユーリを座らせる。王妃を挟んだ反対側には母が座り、兄弟達も同じテーブルについた。しかし、自分の隣が一つ席が空いたままである。
お茶会が始まって少しすると、令嬢達が色めきたった。
エドワード王太子が登場したからだ。
デビュタント後の令嬢達でも、王太子妃候補でなければそうそう王宮へ訪れる事はできない。
ましてや、王太子本人にお目にかかる事など皆無に等しい。
ちなみに今回招待されている令嬢の大半は、以前王太子へ縁談の申し入れをして断られている家の者だ。
エドワードはいつもの貼り付けたような笑顔ではなく、やわらかい微笑みで王妃のいるテーブルに近づいていった。正確には、ユーリのいるテーブルである。
実際、エドワードには他の貴族令嬢達は目に入っておらず、美しく成長した想い人しか見えていない。
令嬢達の熱い視線を無視して、ゆっくりとユーリの隣の席に近づく。
すると、令嬢達はユーリを睨みつけるように視線を送ってくる。
それに気づいたユージーンとジェラルは他の令嬢達のいるテーブルへと移動していく。
昨夜、2人は相談していたのだ。貴族の夫人・令嬢達が集まるお茶会。王太子の参加。
恐らく、王太子はユーリにしか目が行かないだろうと思い、ユーリが令嬢達から反感を買わないように立ち回ろうと。
ユージーンはいずれ国王の側近である父同様、次期国王であるエドワードの側近となる。ジェラルは王族を守るための近衛に入るだろう。
しかも、今回のお茶会でユーリとエドワード王太子の間にある誤解が解ければ、ユーリは王太子妃候補の筆頭となる。
エドワード王太子がずっとユーリを想っていた事を2人は知っているので、ユーリのデビュタント後は王太子妃候補筆頭として王宮へ出入りすることが多くなる。
それどころか、エドワード王太子が早々にユーリを婚約者とするかも知れない。
そして、婚姻が成立すればユーリは王太子妃として王宮に住む事になる。
そうなった場合、一貴族の後継ではいくら妹とは言え会う事はできない。ジェラルに至っては社交界デビューしていないため王宮に入る事すらできないのだ。
だが、王太子の側近、近衛として王宮へ入る事になればユーリと会う事はできる。
そのためにも、エドワード王太子を支えるべき貴族へ嫁ぐ事になる令嬢達からユーリへの反感は少しでも抑えておきたいのだ。
実際、令嬢達がユーリに送るキツイ視線を目の当たりにして逃げ出したくなりそうになったのは公爵家子息2人だけの秘密である。




