縁談が殺到しました
公爵夫妻が王宮へ赴いてしばらくたつと、公爵邸には約束のない客が多数訪れていた。
謁見の間に居た貴族達の家からユーリへの縁談の申し入れの使者達だ。
公爵家当主のアロルドが不在のため、後継であるユージーンがその対応に追われていた。
ユーリには自室から出ないよう言い含めてある。
不用意に使者達の前に姿を現したら面倒な事になりそうだったからだ。
「ハーバリー公爵令嬢ユーリ様へ縁談の申し入れをしたくまかり越しました。こちらは当侯爵家嫡男フリード・ヴェイ・ロスト様の姿絵でございます。御年18歳でございます。」
「さようですか。現在父は王宮へ赴いておりますので、お返事は後日正式にさせていただきます」
「かしこまりました。ところでユーリ様は今どちらにおられるのでしょうか?ぜひとも一目お会いしたいのですが」
「申し訳ございませんが、妹はいま体調が優れず自室にて臥せっております」
「おぉ。ではぜひともお見舞いを」
「申し訳ないが、今は眠っておりますので。」
「左様でございましたか。それは失礼致しました。では私はこれで失礼させて頂きます。色よい返事を頂ける事を願っております」
「本日は遠い所をご苦労様でした」
使者が応接間から出て行くとユージーンは深い溜息をついた。
(今ので20件目の縁談の申し入れだぞ?今までは一日に多くて3~4件程度だったのに・・・ユーリが魔法を使えるようになった途端にこれか・・・)
次の使者を応接間に通すべく使用人が声をかける。
ユージーンはこれでは埒が明かないと思い、使用人達に指示を出す。
「あとどれくらい使者殿が待っているんだ?」
「あと、15人程ですが、まだ馬車から降りていない使者殿もいらっしゃるので正確な人数までは・・・」
「そうか・・・あまりお待たせしても申し訳ないからな。俺も執務が滞ってしまっている。使者殿達から姿絵をお預かりして、どの家の者かをお伺いして今日は帰ってもらってくれ」
「かしこまりました。ではそのように手配いたします」
「頼んだ。それから、3人分のお茶の用意を頼む。使者が全員帰ったらユーリとジェラルにこの状況を見せてやらないと、また知らない間に父様が断ってしまうかもしれないからな。」
「かしこまりました」
使用人は一礼して応接間を後にする。
ユージーンは部屋の隅に積まれた姿絵の数に溜息をこぼす。
数十分後、3人分のお茶の用意をした侍女が応接間に入ってくると、すぐにユーリとジェラルが共に入ってきてユージーンの前のソファに腰掛けた。
「兄様、凄い数の使者でしたね」
「あぁ・・・ジェラルこの数の姿絵を見てみろ。これが今日来た分だから、明日はまた増えるな」
「兄様、この姿絵見ても良いのかしら?」
「構わんが・・・恐らく父様が断るって言うと思うぞ?」
「断るにしても姿絵すら見ないでお断りするのは失礼かなって」
「・・・別に失礼にはならないと思うぞ?相手はお前の姿を知らずに一方的に押しかけてきている状態だからな」
「あら、そうなの?じゃあ、見なくても良いかしら・・・数が多すぎるものね」
「「・・・・・・」」
ユージーンとジェラルはユーリの能天気な発言に言葉を失った。
使者の対応にはユージーンが当たったが、ジェラルも控え室で待つ使者の対応に当たっていたのだ。
兄がユーリを部屋から出ないように言い含めていた理由を身を持って知った。
控え室にいる使者達も、少しでも公爵令嬢の心象を良くしようと、自分達の仕える家の当主や嫡男についてジェラルに話していたのだ。
その上で、ユーリに会わせて欲しいと言ってくるのだ。
しかも、ユージーンが一対一で対応しているのに対し、ジェラルは多対一の状況。
使者達の勢いに負けそうになる度に兄との約束を思い出し、何とか乗り切ったのだ。
「しかし、本当に急にどうしたのでしょうか?今まではここまで多くなかったのですよね?」
「あぁ・・・恐らく今日、父様と母様が陛下にユーリの属性報告の際に謁見の間にいた貴族達が大急ぎで使者を寄越したんだろう。母様は滅多に王宮には赴かないからな。野次馬貴族が多かったんだろう」
「あぁ・・・なるほど。母様はご自身でお茶会を開かないし、夜会の参加も必要最低限ですからね」
「あら。そうだったの?」
「そうだ。母様を一目見ようと謁見の間は野次馬貴族で溢れ返っていただろうな。そこでユーリが魔法を使えるようになった事と3属性持ちだと報告しているはずだ。」
「あら、私の属性数は3属性ではないわよ?」
「ユーリ・・・お前、昨日父様と母様から公には属性数は3属性にすると言われたのを忘れたのか?」
「・・・いやね兄様。覚えてるわよ」
目を逸らすユーリをユージーンは胡乱げな眼差しで見た。
(いや・・・今のは絶対に忘れてたな・・・今日また父様と母様からきつく言ってもらわないと・・・)
ユージーンは、明日以降もこの状況が続く事を思うと頭痛がしてきた。
ジェラルは遠い目をして姿絵の山を見つめていた。
ユーリは、姿絵の山を見て『これなら嫁き遅れにはならない』と内心喜んでいた。
その日の夕方、王宮から戻ってきた公爵夫妻は応接間に山と積まれた姿絵を見て驚いた。
国王ギルロイの懸念が的中したからだ。
アロルドはユージーンとジェラルに対応した使者の状況を詳しく聞き、ユーリにはこの申し入れは全て断ると伝えた。
同時に、国王よりユーリに王太子妃候補に復帰して欲しい旨とエドワード王太子がユーリを王太子妃に迎えたいと思っている事を告げた。
「エド兄様のお嫁さんかぁ・・・何か今更って気がするんだけど・・・」
「まぁ確かにな。だが、この状況が続く限りユーリは屋敷どころか自室から出る事もできないぞ?」
「えぇっ!?それは困るわ。自室にずっと引きこもっているのはイヤだわ」
「とりあえず、候補に復帰してしまえば、縁談の申し入れはなくなるぞ?」
「えぇ~・・・でも王太子妃候補に復帰したらそのまま本決まりになりそうで・・・」
「まぁ・・・エドワード王太子としては、候補に復帰したら翌年のユーリのデビュタントを機に婚約にしたいと言ってきそうだな」
「・・・ねぇ父様、一度エド兄様とお話しをしたいのだけど・・・良いかしら?」
「明日、陛下とエドワード王太子にお伺いしてみよう。それから候補に復帰するか決めるという事で良いのか?」
「はい。エド兄様から7年前の事をどう思っているのかを聞いてから決めたいと思います。この状況がずっと続くと兄様とジェラルが参ってしまうもの」
「わかった。今日、陛下もユーリの気持ちを第一に考えるとお約束して下さったからな。ユーリは自分の思ったとおりにすれば良い。」
「分かったわ。ありがとう父様」
こうして公爵家の慌しい一日は過ぎて行った。




