7 ニゥたま、〈ダイハチ〉、ハーブ/目薬、SOS、〈コレクター〉
今日の昼間は小銭稼ぎで、ニゥ多摩タウンにある
“さらりぃまん”のお宅を訪問。
仕事は簡単な清掃と片付けだ。フツー、
自分の家の中くらい自分で掃除するもんだろうが、
サラリィの高い人は掃除に使う時間があるくらいなら
働いたほうが稼げるってんで、安い駄賃を払って
他人任せにすることで解決したりする。
ニゥたまは都心を囲むベッドタウンの1つだから、
こういう美味しいお呼びがちょくちょくあるのだ。
不要品の引き取り応相談なもんで、
時々掘り出し物に巡り会う。
今日は段ボール5箱程度の不要品を引き取ることに。
連絡すると、知り合いの回収屋がダイハチ車4台でやって来た。
箱の数と大きさからいって本来なら2台でも大げさなくらいだが、
この回収屋さん達は「ハビタイヤー族」といって、〈ダイハチ〉の
荷台に小屋を建てて生活している人達だからだ。
日本が311大震災に見舞われた頃、仮設住宅問題が発生し、
先祖代々からの土地に家を建てて長く住むという、それまで
疑うことなく当たり前だった概念が根底から揺らいだ。
そんな時、とある建築家が〈ポータブル・ホーム〉という
コトを提唱した。出店屋台ほどの小屋の底面に、
キャスターよりマシ程度の車輪を付けることで、
必要最小限の住処を適時移動できるようにしようというのだ。
タダ同然で自分で造ることができるのが長所なんだが、
これの難点は悪路や長距離移動に向かないことだった。
その発展・解消型をネットで無名の誰かさんがさらに提唱、
それが〈ハビタブル・タイヤ〉というものだった。
『大きなタイヤそれ自体を住めるように造ればいい』という
逆転の発想だ。当初はトンデモで、そんなタイヤを造ることは
大変でコストも高くつくと酷評されたものだったんだが、
またまた別の誰かが気づいたのだ、
『それってもう、リヤカーで良くね?』、と。
〈リヤカー〉はもともと日本人の発明品で、
アジアでは爆発的に普及している。
金属製の荷台に後輪となるタイヤは2つ付いているが、
前輪がない。その替わりに大きな金属棒の
フレーム・ハンドルが付いていて、
それを人力で前に押してゆくというか、
後ろの荷台を引っ張る――トレーラー車に喩えるなら、
人が『〽田舎ぃ♪トラクタぁ~』になる――
悪路でも小回りの効く運搬車両だ。
このリヤカーの前身こそが〈大八車〉であり、木製の車両が
江戸時代にはもう普及していた。そこに目を付けた
とある車両メーカーが面白半分に『大八を再発明』し、
サスペンションとタイヤ以外を可能な限り一体成型の
ポリカーボン製にして、現代風にアレンジした。
それが、《ダイハツ車両㋙》社の
〈スポーティー大八㋙〉シリーズ。
主に住所不定の難儀民さん御用達となって、
全国的に普及することとなった。
愛称は『ダイハチィ(Daihatsy)』だ。
ちなみに、移動住居なんで必然的に住所不定に
なってしまうわけだが、にっぽんネットには
ちゃあんと本籍地がある皆さんだから、
ホームレスとか呼ぶと怒られる。
そもそも、パルプ製の
バラックに住んでるとかいう段ボール乞●なんて、
俺は一度だって見かけたことがないんだが。
また随分とひどい都市伝説があったもんだ。
てなわけで、
やって来たハビタイヤー族のおっちゃん達に箱ごとあげて、
掘り出し物の鑑定と売り捌きを任せるのだ。
俺は紹介料程度の駄賃を頂くって寸法。多いときで
数十円程度になる。
「ゼンマイ仕掛けの玩具とか、
物持ち良すぎだろ」
「御禁制の同人誌が7冊めっかったぞ、いい趣味してるぜ」
「5年も前のメーカー製ハイエンド・デッキか、
タグ捨てて腑分けすりゃ今でも使えるパーツあるかもよ」
「大昔のアイドル写真集って、おいっこれザワリエだわ、
お宝だぁ~ブッとび~」
おっちゃん達のはしゃぎ様から察するに、
今日は掘り出し物が多いようだ。ザワリエってのは、
俺も知ってる伝説のアレかね。半世紀ほど昔、
全盛期の美少女アイドル、【座堅縄リエ㋙】が
《メキシコ》でヌード写真を撮った。
芸術って名目で児童のヌード写真集が出回っていた、
大らかな頃の日本の話だな。
国内で毎日数百万部数を売り上げる大手の
パルプ新聞社がその頃まだあって、なんと、
その朝刊の一面広告で写真集が宣伝されたのだ。
家族揃って食卓を囲み、一家の大黒柱である
お父さんはペーパー新聞を広げるというのが
当時の日本の典型的な朝食風景である。
一面広告でいきなり児童のヌードを見せられた世の
お父さん達は、みな揃って口から味噌スープを吹き出したとか。
その頃にはもうヘンタイ立国だったのか、にっぽん。
その発禁写真集『サンタナ』を
今初めて見ることになったわけだが、
特段ヤらしくはないな。“絡み”とかないし。
肝心なところは見えないけど、
モザイクなしだから新鮮には見える。
裸がというか、肌が綺麗だ。
この肌質だけだな、☆さやかが負けているのは。
一仕事終えた後の午後、
コーヒー・スタンドで一服することにする。
コンビニの「豆かすコーヒー」よりもマシなものを
セルフサービスで安く飲ませてくれる店だ。
有難いことに店内には分煙ルームに喫煙席が設けられている。
元々は客層がほとんど喫煙者だったんで分煙なんかされて
なかった、オッサン御用達のチェーン店だったらしいんだが、
いつの頃からかフェミニン志向に転向した。
分煙ルームがその名残だ。
小腹が空いたんで、おからクッキーをもらおう(3枚1円也)。
豆腐の絞りカスには栄養がたっぷり残っているのだ。
コーヒーでもいいが、口の中をさっぱりさせたいんで、
炭酸の〈ドトールペッパー㋙〉を注文した(2円也)。
オープン・レシピなコーラに店独自のアレンジを加えた
薬臭い飲み物。だがそれがいい。
無人販売機から商品を受け取り、
ガラス張りの分煙ルームへ閉じ篭もって、
さっそく一服。長煙管片手に
麦藁ヴァイザーで☆さやかを呼び出す。
近くにいても煙たがらないんで、嬉しいねぇ。
俺が一服してることは理屈では認識しているだろうが、
そもそも嗅覚機能がないんで、煙たがるはずもない。
「煙草は体によくないぞとか、小言を言わないところもいいね」
と、ついつい呟く。それに反応した彼女、
「そーいうお話がネットでたくさん見つかるけど♪
科学的な根拠は見つからないよ♪」リズミカルに囁く。
「へーえ、そなの?」
「統計グラフとかいっぱいあるけども♪
作者によって数値データのバラツキが激しいし♪
主張は科学的に見せかけてるけど♪
ゲーデル変換する必要もないくらい♪
学問的に論理的な整合性に欠けてるね♪」
「んーと、つまり?」
「人類は大昔からタバコを吸ってきたけれど絶滅してないし♪
病的で自滅に向かっているわけでもないよ♪
とりあえずタバコではね♪」
ははーん。最後の部分が気にはなったが、確かに
煙草よりもずっと危険なものがあるよな。
麻薬とかハーブとか。
車にはずっと前からシガー・ライターが付いていて、
運転中に煙草吸っても即危険ってわけじゃないが、
ハーブやるとたいてい事故るからなぁ。
俺は、まだKUSOガキだった頃、悪いダチに
そそのかされてハーブをやったことがある。
その頃のブツは今みたいな目薬タイプじゃなくて、
火を点けて吸引するタイプだった。
「あのね♪タバコの値段が上がるとね♪
ハーブの値段が下がってね♪
ハーブユーザーが増えるの♪
因果関係の立証は難しいけれど♪
過去40年分のデータをグラフにしたら♪
無視できない相関関係が見つかったわ♪」
「え? いま見つけたのか? 関係があるとすりゃ、
一体どういうことになるんだ?」
ヴァイザー画面全体に映し出され、店内の風景を上書きする
グラフ。煙草税の推移とハーブ末端価格の推移が折れ線グラフで、
ハーブ事故による死傷者数(警察認知件数)の推移が棒グラフで
重ねて表されている。
「あのね♪タバコ税が増えると♪
車両事故とかで死傷者が増えることになるの♪
人類が滅亡するほどじゃないけどね♪」
おいおい、それじゃ間接的に
政府が一般市民を殺してることになっちまうぞ。
常識的にはありえない、というか誰も信じないような
法螺話になっちまった。
アホくさ。
邪魔者どもから隔離させてもらい、
弾ける炭酸で口の中をシュワシュワさせつつ
氷で冷やし、紫煙を燻らす。
あと足りないのは、男の隠れ家的成分だけだな――
……初めてのハーブで失敗したあの時の苦い思い出。
昭和最後の10年間のテレビ再放送ばかり観ていた
KUSOガキで13歳頃、俺は大人の男に憧れ、煙草よりも
ずっと安いハーブに飛びつき、自分で紙に巻いた草に
火を点けて1発キメたのだ。
最初こそ良い心持ちだったが、
友人と別れて電チャリで自宅へ帰る途中、
歩道に蠢くアリん子マーチのことが
生理的に堪らなく許せなくなってきて、
上からヤカンでお湯をぶっかけた……
そのつもりだったんだが、後から聞いた話では、
何やら意味不明な言語を叫びながら通行人に向かって
電チャリで突っ込んでいたそうな。幸い怪我人もなく、
俺が『少年法』で保護されるべき14歳未満であったため、
大事にはならずに済ませてもらえた。
以来、ハーブはおろか麻薬の類は一切キメたりしていない。
そもそもハーブは昔『脱法ハーブ』とか呼ばれていて
法的にも健康的にも安全そうな印象があったとか。その後に、
「危険ドラッグ」という呼び方に変わったわけだが、
時すでに遅しで、テレビとかメディアでは事あるごとに
脱法ハーブと呼んでいたから、それが関連業者にとっては
格好の宣伝になったわけだ。
人造大麻とか合成大麻とか互換大麻とか、いっそのこと
〈麻薬[互]ハーブ(仮)〉とかにしとけば良かったんじゃ
なかろうか。
気の毒だったのはそれまでのまっとうなハーブ屋さん、
というか本来の無害なほうの「はぁぶ」関連業者で、
《イタリア》料理店とか散々な風評被害に遭ったため、
今ではハーブじゃなくて“はぁぶ”と呼んでください、
ときたもんだ。
なんだか紛らわしいんで、危ない“ハーブ”のほうが
『あぶハーブ』だとか『葉危』だとか、色々な名前で
呼ばれるようになってきている。
喫煙ルームの外、禁煙席では、
中学生くらいの男女がいちゃついてる。
俺と同じような炭酸ジュースのグラスの中へと
――誰も見ていないとでも思ってやがるのか――
目薬を2、3滴落としたのを俺は見逃さなかった。
いや、たまたま目に留まっただけなんであって、
何かしようという気なんてさらさらないわけだが、
いやーホント、喫煙席に隔離させてもらって良かった。
これで完全防音なら言うことなしなんだけどな。
ハーブを先にキメた女の子が突然ゲラゲラ笑い出し、
何もない空中を両手でバシバシ叩き出す。それにつられて
男の子も腹の底から大声でバカ笑いを始め、周りにいる
フェミニンなシラフ客にとって迷惑千万至極な
KUSOガキども、共存不可能な何か別の生き物と化した。
そういえば昔、3Dシューティング・ゲームで
主人公の体力回復にハーブが使われていたことがあって、
若年層を中心にハーブが大流行した原因はそれだってな
説を思い出したが、冷静に考えれば、ハーブなんかで
瀕死の状態から回復するはずもなし、
デキの悪い都市伝説だろ。
こんな世の中になっちまったのは大戦時に開発された
決戦兵器〈疲労ぽん㋙〉の呪いだ、とか言う奴まで
出てくる始末。どうすんだ、にっぽん。
刻み煙草の吸殻をポンッとはたき落として次を丸めている最中、
知り合いのハッカーから電信が届く。
まぁ、知り合いといっても直に会ったことはないんだが。
KUSOガキ様界隈の事情に通じ、システムの裏をかく、
いわゆる児童解放系ハッカーだ。
『コドモへの逆差別を許さない』がモットーなメンドくさい奴
なんだが、前に問い合わせていた件について色よい返事をくれた。
ヴァイザーの中では乗馬服姿の少年が、いかにも
スノッブな気取り屋で、鼻持ちならない
ライミーっぽく読み上げて伝える。
「〈ガムしゃぶ〉はもう古い。
対策への新手がある。
首輪を裏返すのさ。
“裏切る”だけに、な」
簡潔なメッセージに添えられて、一連のパスコードが
送られてきた。ひとつ借りができちまったな。
次の日、あのカラオケ屋で思忍ちゃんと待ち合わせ。
「……なまむぎっなまごめっなまたまごっ」
彼女は早口言葉が苦手らしい。
それと、同じ曲をもう一度唄ってもらう。
問題なく録音できた。
さて次にすべきなのは〈アルベルト〉の調教だ。
モフモフの白い胸毛で隠れてはいるが、漆色の首輪がしてある。
あのパスコードから手繰って手に入れた野良ソフトを注射した
後に、決められた手順で首輪を裏返した。
目立つ赤色は周りの縁だけで、首輪はほぼ透明になった。
なるほど、目を凝らしてよく視なければ、毛に隠れてるだけで
首輪はちゃんと付いているようにしか見えない。
これでバディAIの忠誠心は保護者である伯父さんから
保護対象である思忍ちゃんへと移ることになるはずだ。
「はふ~。もう骨はしゃぶり飽きたよ~、シノブ~」声変わりする
前の少年のような声で囁く、黒いGシェパード型。
「ごめんね、ごめんね、
でも元に戻ってくれて嬉しいっ」
長年愛用のぬいぐるみを
抱きかかえるかのようにして
パッドを両手で包み込む彼女。
手の中から溢れるようにして伸びるストラップ尻尾が
フリフリ振れて動いているところを見ると、犬型はどうやら
喜んでいるらしい。
「あのガムやってる間は周りが見えないんだよね。
約100時間分のライフログが断片的で、
キミが困らないといいんだけど」
優しい目で囁くバディAI。
彼女は事情をかいつまんで話し、
AIは黙ってそれを聴いていた。
「お家の危機は、シノブの危機、彼女の危機はボクの危機でも
ある。ボクにできることは少ない。よろしく頼むよ、サブロー」
鋭い犬歯を覗かせながら微笑んでいるつもりらしい忠犬型AI
〈アルベルト〉、こちらのヴァイザーに透明度0%で現れて
☆さやかを繁々と見ながら、
「キミがサブローのバ、いや、ソウルメイトなのかな?」と
訝しげに訊いてくる。
「ちがうよ♪ただのバディだよ♪」
あっけなく否定する彼女。
むーん……頬を赤く染めた顔を両手で隠して
恥じらうような、カワイイところを想像してたのに、
無表情で完全否定されてしまった。
〈アルベルト〉のことを警察との直通回線持ちだと
思っていたが、これはやや大げさだったらしい。警護ポリシーを
一応確認してみたら、不審者と遭遇時にはまず、事案発生の
SOSを半径100m内の全AIへ無差別発信するというシナリオ。
ただ、10分経っても好転しない場合は、最寄りの交番AIへ
GPS座標データを随時伝送することになるらしい。
そして犯罪が進行中の場合には、現行犯逮捕を促す強制
メッセージを付近の一般市民にも送るらしい。警察や検察で
なくても現行犯逮捕できますよ――私人逮捕/常人逮捕――、と。
「仮に、彼女が俺に電話を掛けなかったとして、だな……」携帯型
防犯ブザーを先祖に持つ身辺警護AIに尋ねてみる、「俺が道端で
いきなりヤァって声を掛けたとしたら、どうなっていたんだ?」
「それはもうSOSだね、間違いない」ヴァイザー上では柔和な
表情だが眼だけで忠誠心を露にする〈アルベルト〉、「シノブに
悲鳴なんか上げさせたりしない。その前にボクが吼えまくる。
当然だろ」
夜は3D舞台や脇役の作り込みに勤しむ時間だ。
ステージは単純で拘るところはほとんどない。
脇役は全員男でこれも拘りはないも同然なんだが、
モーションの自然さなどはそれなりのものが要求される。
処理量が増大したため、ポーリーの記録プール
残量が乏しくなってきた。ソリッドステート型
ドライブ3基で冗長構成しているプールに空きがなくなると、
これ以上の作業が進まなくなってしまう。
ディスクといえば大容量の光メディア円盤を指すのが
一般的で、回転機構を持たないフラッシュSSDは単に歴史的な
惰性で、(疑似ディスク)ドライブと呼ばれて来たのだった。
更なる大容量化が困難になるまで
進歩の物理限界を迎えたSSDに取って代わる
次世代ストレージは『コレクター』と呼ばれ、
すでに普及段階に入っている。
バックミンスター・フラーレン構造の炭素分子
C60を微細配列させた記録装置で、耐久性に優れるとか。
新しすぎるんで俺はまだ使ったことがない。
その〈コレクター〉を、お互いに顔も知らない
ニンキョー仲間から融通してもらえそうなのだ。
「フラレン・コ1基で論理リダンダントに設定しろよ。
それでもSSDなんかより1キビ倍、大容量だ」
――キビ(Ki):=1024――と件の
ニンキョー、【コレクターのタク】。
「でも原因不明で突然死するって、ネットで専らの噂だぜ」と
敢えてケチをつける俺。
「そりゃ、大陸製の第一世代の話だ。俺達の間では
『バッキー・ルーム』って呼んで区別してる。
対策が判明してる大丈夫な二代目のほうをくれてやるよ。
ファームウェアの書き換えを忘れんなよ。こいつは
転売目的で手に入れた極上の新品なんだぜ。その代わり、
こっちの欲しい物は解ってるよな?」
と、〈大怪獣ゴクリジラ㋙〉が
大口を開けてこちらを睨む。
「特撮ビデオだろ、
知り合いが円盤にして大量にコレクションしてるんだ。
紹介してやるよ。〈コレクター〉もそいつに渡してくれ」
AI支援によるCG映像なんてまだ陰も形もなく
特殊撮影でがんばっていた頃の日本、そんな
昭和時代の特撮作品が大好物な奴なのだ。
怪獣映画界隈のストレージ系ハッカーってところだな。




