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6 流線型、人形、「AI支援/AId」、『個情法(コジほう)』

 コンビニで買っておいた「豆かすコーヒー」の

PETボトルとグラスを用意して談笑する。

棚に並べられたプラモデルを眺める彼女。

まぁそれぐらいしか見るものがない部屋ではある。

それは認める。


「きれいな宇宙船ですねー」肩の荷が降りたような

思忍ちゃんが、やや浮かれ気味に言う。

「〈エンタープライズ〉号だよ」


 その流線型の船体デザインは今みても色褪せない。

それが50年も前の物とはとても信じられないだろう。

俺がモデリングにのめり込むきっかけとなった船であり、

既製品では気が済まないんでフル・スクラッチで

こしらえたものだ。古き良きアメリカ特撮/CGドラマ

全盛期のサイエンス・フィクション(SF)、

特に2作目がお気に入りなのだ。

 ハ●(HAGE)艦長役の俳優さんはテレビドラマ、

『Moby-Dick』にも出演していて、

特に海外では有名。


 宇宙産業に限っていえば人類はここ半世紀、

退化してしまったのではないかと思えるぐらい進展がない。

 進んだことといえば、国家ではなく大企業が小規模な

衛星を大気圏外に打ち上げることができるようになった

という程度であり、それはスペース・デブリが深刻な問題に

なってしまった原因でもある。大小無数のゴミ屑が

まるで衛星のように地球を周回しているのだ。

 宇宙船で月旅行してみたいなどと若い頃は思っていたもんだが、

今はもうそんなコドモじみた夢からはすっかり卒業した。


 両親が帰ってくるまであまり時間がないんで、

夕方前には彼女を帰宅させた。

やましいことがあるわけじゃないが、

親父の口から伯父さんに知られるとコトだからだ。

 外はもう夕闇。

ベランダに出て

刻み煙草で一服しながら、

ネオ多摩タウン南部を望む。



 北側のニゥ多摩タウンは発展に成功したが、

ここネオたまはスプロゥル現象に見舞われている。

都市計画が始まったのは同じ頃だったのに、

用地買収等に手間取った挙句、

道路や建物の建設と取り壊しが繰り返され、

町は機能不全ぎみだ。


 町の名物だったネオン看板は次々と撤去されるが

電柱は残されたままであり、昔からの商店などは

近隣の大店舗に客を奪われ瀕死状態。

もう覚えている人などほとんどいないはずなのに、

昭和中期へ先祖帰りしているような町だなどと

酷評されている。


 ここいら部●(BURAKU)の住人は昔からの土着者(どちゃくもん)

気の良い人ばかりだが、何というか、

愉しみや刺激に欠けるのだ。秘めた愉しみとして

俺が☆さやかを創り上げたのも無理からぬことではないか。


 白状すると、

俺はニンフィリア(nymph-philia)だ。

 ☆さやかは、ニンフ好きな俺が具現化した理想像であり、

まだ多少幼さが残る顔立ちに、ふくよかな肢体を併せ持つ、

いわばニンファント(nymph-infant)なのだ。

 少女のような幼さと大人のような色気が混在し、

透き通る一対の羽の生えた架空の少女。

 そこに、言葉では語り尽くせない官能を覚えるのだ。


 エンタープライズ号の流線型の、

どこがどうイイのか他人様に伝えるのが難しいように、

ニンフへの欲情や愛着を説明することには、かなり無理がある。

 実際そうなんだから仕方がない、としかいえない。


 暇を見つけてはコツコツと足掛け4年、ようやくここまで

モデリングできた☆さやかを麦藁ヴァイザーへ招き入れる。

AIこそ搭載していないものの、たとえ知性を備えず一言も喋ら

なくても、そこにいてくれるというだけでホンワカするのだ、

萌えるのだ。

 時折こちらを見たり、退屈そうに欠伸をしたり、

寝そべってみたり、愛想を振りまいたり、すべては

こちらのシナリオ通りの予定調和にすぎないわけだが、

アクションを擬似ランダムに変えているんで、それとは

気づきにくい。

 ケン太とは真逆だな。


 ちなみに、彼女の姿がリアルタイム表示されているときには

ケン太のペルソナは発現しない。AIとしては機能していても、

☆さやかとケン太は2人同時には現れないのだ。

複数ペルソナの同時併用やパーソナリティの合成は、

AIの仕様により不可となっている。


 ニンフをアップデートし続け、

その度に魅力は増していったわけだが、

ここ1年くらいは目立った進捗がなく袋小路に陥っている。

慣れてくると初めの感動は薄れてしまい、そんなときに

思い知らされるのだ……自分の才能の無さを。

 己が創ったものを愛せないという

感覚はかなり堪えるものがあり、

己の限界を突きつけられたかのようで、

思わず泣き出したくなってしまうほどだ。


 今ではもう、

彼女を見ても魂の宿っていない

ただの人形という印象のほうが強く、

何というか……興醒めしてしまうのだ。

 立てばカクカク、座ればバタン、

歩く姿はデッサン人形を連想させる。

ダンスさせると、人形劇の球体関節人形だ。


 人形のように見えなくなるのなら

何でもいい、きっかけや飛躍がほしい、

と心の底で願い続けていたに違いない。

だからこそ思忍ちゃんからの相談を受けた

あのとき、この手を思いついたのだと

今はっきりと解る。


 それは単なる偶然にすぎなかったのだろうが、

このチャンスを逃したくない。



 ☆さやかを引っ込め、ケン太を呼び出し、

「あと何分だ?」と呟く。

「11分強、厳密には665・6秒後に

ポーリーはモデリング完了する」囁くケン太。


 AI支援を受けたCG映画が各シーン毎に

画像処理され最後に連結されるように、彼女の

モデリング再構築初回にも何時間もの処理が必要になる。

 思忍ちゃんの骨格ネットワークへ全取っ換え、

表情とプロポーションは補完合成するようにと、前もって

バレエ教室からポーリーに指示しておいた。

 その作業が、まもなく終わろうとしている。


 元々この種の作業ソフトウェアは、

とある商用3Dダンス・ゲームに端を発している。

メーカーが倒産した後もソフトの権利が

自由にならなかったのを快く思わなかった、

とあるユーザーが既存のデータを再利用できるようにと、

オリジナルと互換性のある別のソフトを

フル・スクラッチしてみせた。

 当初は重要コードの入れ換えだけで済ませるつもりが、

蓋を開けてみれば商用コードからの流用がゼロ・バイトになり、

それを待ち望んでいた皆は拍手喝采を送ったのだ。

 ソフト的に同じ挙動をするが、中身の

コードはまったくの別ものというわけで、それは

〈コックァ・コーラ()〉と〈オープン・コーラ〉の

レシピの関係に似る。


 利用制限なし――正確には、何びとも制限してはならない

というのが、唯一の制限であり(コード)――のオープン・レシピな

ソフト、その一つが〈ニンフ・マニア・ダンス r〉だ。

 大丈夫、“まるコ”印は付けなくても、

『個体情報基本法』違反とはならない。


 最後に“r”が付くのは最新よりも2つ前のバージョン

――「r」は何の略だっけ? レボリューションだったかな、

まぁどうでもいい――


「ダンスr」、皆は単純に〈ダンサー〉と呼ぶ。

 若すぎるバージョンは魅力的なんだが、未知のバグや不具合が

付きものなんで、バグ修正や対策が施されている、程々に枯れた

バージョンのほうが断然イイのだ

……ってのは実は負け惜しみで、

単にポーリーでは力不足ってのが本当のとこ。


 なにせ〈ポーリー〉は俺がパーツから組み立てた

野良デッキなんで、処理性能はお世辞にも高いとは言えない。

組み立てといってもハンダゴテはおろかネジ回しドライバーさえ

使わないんで、メーカーお仕着せのハードウェア仕様で

俺が改造したというような箇所は1平方センチ()もない。

中古・型落ち・貰い物のパーツからデッチ上げたんで、

ミドル・クラスの7~8割の性能、ただし

費用は3割以下で済んでいる。


 こういう、AI支援のないシステムは大昔に

『わぁく・すてぇしょん』とか呼ばれていた物と大体同じで、

今風にいえば作業台、甲板、つまり「デッキ」だ。

『出ッ来』『デッキ上がり』『デッチ上げ』『デックの棒』

とか、とにかく派生語が多い。


 捻るとバケツの蓋が開き、中には

冷媒のペルティエ溶液がたっぷり30()入ってる。

半透明な溶液のその見た目は水銀に似ていて、

通電すると熱を奪う性質があるが、

濡れたポーリーを壊したりはしない。


溶液から上にハンドルが突き出していて、引き揚げるとポーリー本体が現れる。


 それは半導体と回路がぎっしり詰まった電子基板で、

ポリまな板くらいの大きさのボード。そこにはスロットが

8つあり、各スロットにはポリ封筒大の拡張カードが挿れられる。

カード上にはポリ名刺大のソケットが大抵8つ、各ソケットには

プロセッサが載せられる。プロセッサにはポリ切手大の

シリコンチップが封入されていて、これは脱着不可。


 今はプロセッサ4基を1枚のカードに載せて運用

している。映像支援用に別のカードがあるんで、

都合2枚のカードだけをスロットに挿してある。


 どんなパーツを選び、どんな構成のハードで、どんなソフトを

走らせるのか、これは永遠のテーマであり、システム仕様と

費用対効果の兼ね合いが悩ましくも愉しいことから、趣味の世界。

純粋にホビー感覚だ。


 ホビー、の筈なんだが、

必要最低限のAI搭載ヴァイザーが百均ショップで手軽に買えて

しまう昨今、個人でデッキを自作するなんて、きっと何か悪さを

しているに違いないってな偏見が増えてきちまっている。やれ、

野良デッキは取り締まれだとか、いっそ登録免許制にしろだとか、

極端な意見が出始めてるんで厄介だ。それと半導体集積技術の

進歩がここ10年ほど停滞していて、プロセッサ/『石(IC)』の

発熱が処理しきれないほど大きくなりすぎてしまい、石の大幅な

性能向上が見込めなくなっている。


 ボードを収容する本来の冷却ケースは価格が高い上に

値段に見合った効果が得られないんで、そこは俺流に、

『大雑把だが冴えたやり方(くるぅどくぅる)』で解決している。

 耐熱温度120℃までの《積水成型()》社製

〈ポリバケツ()〉にボードを丸ごとぶち込むのだ。

ちなみに、システム全体の発熱は、バイパスした

エアコン経由で室外へ廃熱することになる。


 野良デッキに付けた名前が

なんで〈ポーリー〉なのかってことについては……そうだな、

俺にはネーミング・センスがないからだ、とだけいっておこう。



「残り時間カウント0。モデリング作業完了」そう報せると

尻尾を振って小屋へと戻り☆さやかを呼び出すケン太。


 光る燐粉を伴って彼女が

奥の方から飛んで近づき、

目の前に着地する。

それはもう見慣れた彼女ではなく、

良く似た別人になっていた。


 大型パネルを縦にして

等身大の彼女が映るようにする。

その新鮮さに思わず

麦藁ヴァイザーを脱ぎ捨て、

裸眼でパネルを凝視してしまう。


 彼女はまるで姿見に自分の姿を映しているようで、

俺は姿見の中の鏡の世界から彼女を眺めているかのような、

そんな激しい錯覚を覚えた。

 パネルを通してお互いの世界を行き来できるかのよう。

それほどの現実感を伴って登場した新生☆さやか。

この没入感は……想像以上だ。


 身長は変わらないが以前よりも

細めのプロポーションになり、

見た目にも2歳は若返った感がある。

目鼻立ちには思忍ちゃんの印象が色濃く残っている。

全身のモーションが滑らかで実に自然だ。


 以前の☆さやかにもそれなりにチューニングは施していたが、

所詮は作りものという荒が感じ取れてしまっていた。なのに、

いま目の前でバレエを踊る彼女はそれをまったく感じさせない。


 いったい何がここまで印象を良くしているのか、

各関節の数値データを比較してみても理由が判然としない。

組み合わせの妙というか、関節1つのパラメーターを

ほんの少し変えただけでも全体が崩れてしまうようだ。

 これは偶然の産物、人体の黄金比、美に行き着いたのでは、

とさえ思えるほど。

 よっしゃ、モデルは上々。

 あとは舞台を用意して

演劇させることで、

商品としてほぼ完成する。

 実は、舞台も台本もすでにあったりする。密かな

愉しみとして創り上げてきたものは☆さやかだけではなく、

彼女が演じる役柄と官能的な舞台、その3Dデータも

叩き台がすでにあるのだ。


 台本はざっくりいって、あの『人魚姫』の焼き直しだ。


 妖精の国の☆さやかは

ニンゲン世界に魅かれ、

羽を隠して町で遊ぶことに決めた。

蝶々のように透き通る2枚の羽が小さく縮むにつれて

体は大きくなり、姿が人間大の少女へと変身する☆さやか。

2本の触角は髪型であるかのようにカモフラージュした。


 源氏名で【木葉奈咲香】と名乗り

ステージの上で唄い舞い踊る彼女は、

ニンゲンの男達から初めてちやほやされて

調子に乗ってしまう。それまでに

感じたことのない愉悦と恍惚に抗えなくなり、

1枚また1枚と衣装を脱ぎ出し、

遂には男達に体を許してしまう☆さやか。


 ところが妖精の羽はなくなったわけではなく、

処女膜になって隠れていただけだった。

すでに羽を失くしてしまった☆さやかは、

もう二度と妖精の国へは戻れなくなってしまい、

男達と終生、官能的に愉しく暮らしたとさ。



 逆ハーレムで(アン)ハッピー・エンドという、

なんとも煮え切らないラスト。だが、被写体と

演出しだいで、商品として立派に通用する

ヘンタイ作品に仕上げられるはずだ。



 次の日、俺は23区・豊島区は池袋の

《バッキーズ・プロダクション()》社まで足を運んでいた。

ここの親会社は、老舗の実写アダルト・ビデオ(合法ポルノ)

メーカー。

 とりあえずデータ転送でなく映像で直に、

被写体となる☆さやかを紹介することにした。

雑居ビル3階、オフィスの応接間でソファに座りながら

背の低いガラステーブルを挟んでプロモーションをする

ことになる。


「よーぅ! ツバッキーちゃん、お久ぁ」ディレクター兼社長が


仕事の合間を縫って会う時間を作ってくれた。

 顔と名前を覚えてくれているのは

――社名と似ているからじゃなくて――

何でも屋として清掃業務を


ちょくちょく引き受けてるからだ。

「あの手の仕事は若い者がやりたがらないからねぇ。

自分が汚れるわけじゃないのにさ」チョビ髯の下で

唇を尖らせて不平をこぼす社長。


 さっそく彼女を見てもらうことにした。レイバンの

サングラスを外して麦藁ヴァイザーを着けてもらうと、

テーブルの上で小さな妖精が愛想を振りまく。


「イイねぇ、イイねぇ……で? 相手はどんなモンスター

なのよ?」わざとらしく、いかにも下衆っぽく訊いてくる。

 いやいや、普通の人間ですよ、と苦笑いする俺。

「当然、モザイク無し、だよねー」

 質問というよりは、念を押してくる。


 モザイクで修正されるため、

日本には無修正ポルノメディアというものがない(建前上は)。

市場を通さない個人撮影だとかモグリ・アングラとかは別として、

市場で販売するメーカー側が局部等をモザイク処理し、

露出しないよう映像修正するといった具合に、

業界ぐるみで自主規制した上で更に法規制されている。


 テレビ放送でも昭和後期頃までは被写体が幼児なら銭湯感覚で

モザイク要らずだったらしいんだが、そこに目をつけて、

我が子の映像をポルノ扱いして荒稼ぎする親どもが現れ始めたんで

そんなこんなで法規制されるという憂き目を見た。まぁ、親も子も

日本人名を名乗っていただけで中身はそうじゃなかったという話も

あるが、今となっては確認し様もない。


 幼児の局部にモザイクが掛かると、かえって卑猥に見えたりも

する。強すぎる規制がむしろ劣情や興味を掻き立ててしまい、

性犯罪の増加や、日本独特のヘンタイ文化が醸成された要因

なのでは、という意見もあるが確証はない。


 結局、長い時を経て『ヘンタイは病気だ、犯罪者予備軍だ、

社会問題だ、“政治案件”だ』族が続々増殖したため、

モザイクはなくなるどころか、よりいっそう強く

広く適用されることになった。


 ヘンタイ・ビデオは実写なら強めのモザイクで修正が入る。

幼児はもちろんのこと、18歳未満の児童を被写体にすることは、

児童個人に対する虐待とされ、発禁具される。


 ヘンタイ・マンガもモザイク等で修正が入る。幼児はもちろんの

こと、18歳未満にしか見えない架空の児童、「非実在青少年」を

描写することは、児童全体の尊厳に対する侵害行為とみなされ、

発禁具される。


 誰かさんが創作した非実在青少年・キャラクターが知性体として

個体登録されると、国家による保障対象となる。

 二次創作で遊ぶことは危険だ。例えば、そのキャラが服を

脱がされたりするシーンを二次創作したとすると、その知性体の

自意識(相当の構成情報)への侵害行為とみなされかねない

からだ。『個情法』(個体情報基本法)違反だとされると、

手痛い罰金刑に処されてしまう。


 その昔「同人誌」と呼ばれていた潜りのヘンタイ・マンガが

野放しになっていたんで、平成末期に規制の対象・御禁制の品・

発禁具となり、今では同人誌イベント会場は自作のポエムや

私小説や独自研究の販売所へと姿を変えた。同人マンガには

自主規制する団体や法人がないも同然なんで、法規制には

めっぽう弱いのだ。


 それに比べるとアニメはまだマシで、海外と比べると突出して

発達したジャパニメィション(死語)とやらを輸出産業として

振興しようなんていう妙な政治的思惑が働いた結果、大目に見て

もらっている。といっても、お行儀のいいアニメがほとんど

ないんで――票に結びつくこともないから――

今どきの政治家は白けているのが実情だ。


 浄化の御世になってからは、ヘンタイ/ロリコンの最終防衛

ラインは、アニメ/ゲーム業界まで後退している。

 被写体が人間でさえなければルックスがたとえ児童であっても、

モザイクなしのヘンタイ・アニメを、ひっそりと売り捌くことが

可能だ。

 派手にやりすぎたり内容が過激すぎると虎の尾を踏むことに

なるんで、要注意。


 そして、そのキャラは誰かさんの創作物でなく、独自創作である

必要がある。ちなみに、昭和後半から流行り出した「ロリコン」

とか「ショタコン」とかいうワードも日本独特だな。まぁ、

世界的には「ペドフィリア」で通じるんじゃないかなぁ。

大体あってる(たぶん)。


「うーん、こりゃベッピンさん

だしな~、よし! 買ったッ」と拍手を打つ社長。

 納品時に前金で壱万五千、

残りはその1週間後、

常連客の反響次第ってことで

話がついた。


「規制だらけのAVはもう売れないのよ~、

企画はマンネリだし女優はマグロ大根だし。でさ、

グリグリ動かせるゲーム風3Dヘンタイ・アニメとかが

『金のなる木』だと目ぇ付けてるわけよ。ね、

アテにしてるよーん、ツバッキーちゃ~ん」

言いながら、社長はテーブルの上にいる妖精を

色々な角度から見ようとして体ごと頭を動かしている。


 ヴァイザーへの映像入力に連動して☆さやかの映像出力は

リアルタイムに視点を変える。テーブルを見る視点が変わっても、

彼女全体がそれに合わせて角度を変えるので、あたかも実体として

そこに存在するかのように感じられるのだ(あくまで錯覚)。



 というわけで、デキの良い3Dムービー作品を

2週間で納品できれば、次の1週間後には

3万円全額が手に入る算段となった。いよいよ

実際の仕上げ作業に入る。役者と舞台に、

より一層のリアリティを施すのだ。


 とはいえ、

何でも屋としての生業も昼間はこなさなければならない。

そこで、ケン太をいったんポーリーに保存・退避して、

バディAIを☆さやかに変更することで、昼間の空き時間でも

品質チェックができるようにする。


 退避させるとたちまち犬小屋ごとヴァイザーから消えるケン太。

その替わりに大きな百合の花を置くことにする。

雪のように純白な百合の花びら、そこを棲家として

妖精はヴァイザーに住まうのだ。


「出ておいで、さやか」呟く俺。

 2房の触角が花びらの中からピョコンと跳び出し、

次いで顔だけ見せる彼女。2枚の羽で勢いよく飛び上がり、

ヴァイザー画面右隅で優雅に羽ばたいて宙に浮かぶ。


「見た目のペルソナだけで良いのか?」よく通るバリトン声で、

「音声どころか性別やパーソナリティにも変更ないぞ」

唸るケン太。

「ぐぬぬ、うっかりしてた……」


 性別を少女に変更! パーソナリティはポーリーに新規作成、

俺に関する学習知識や経験、先読み等のAId(AI支援)は

そのままで、音声は〈DIVA()モジュール〉に設定する。


〈DIVA〉は歴史あるオープン・レシピ・ソフトで

『古来、言の葉は歌であった』という逆転の発想から、

音階に合わせて機械音声を出力することで、

より自然な話し言葉をAIに喋らせることができる。

歌を唄わせると、その本領が遺憾なく発揮される。

小鳥のさえずりのような、風呂で喋ったときの

エコーのような、あるいは

声紋パターンを特殊加工されたような、

一種独特の響きを持つ。


 特殊加工というのは声のモザイク版とでもいうべきか、

自分の声紋パターンを知られない権利を主張するときに使われ、

声紋の肖像権版ともいえる。町中では監視カメラAIだけでなく

監視マイクAIも無差別に常時記録している。他人に耳打ちした

自分の囁き声やウィスパーへの呟き声を特殊加工することで、

悪用されるのを未然に防ぐことができる。


 指紋や相貌と同様に、声紋パターンも

犯罪捜査や冤罪の決め手になりうる

重要な個体情報だ。

 自己保存権は大切だなっ。


 ここで、☆さやかに〈DIVA〉発声練習させてみよう。

「あめんぼ♪あかいな♪あいうえお♪

青巻紙♪赤巻紙♪黄巻紙♪

隣の客は♪よく柿食う客だ♪

なまむぎ♪なまごめ♪なまたまご♪」


 心地よいソプラノ声が、まるで夜鳴きウグイスのように

響き渡る。早口でも活舌はいい――AIだから当たり前だ――が、

音質が機械的でイマイチだな。

 次に会うときは思忍ちゃんの声を録音させてもらおう。

声紋パターンにノイズを施した上で彼女の声質を

〈DIVA〉に渡してやれば、ずっと良くなるはずだ。

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