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5 食卓、「ヲタク/WORtarK」、バレエ、「妖精/ニンフ」

 ネオたま駅から南に歩いて10分ほどの住宅地に

俺の家はある。家まで歩いている道すがら、


「なぁ、どう思う?」と独り呟く。

「モジュールが偏っているということなら、

ユーザーの趣味・嗜好パターンや周辺環境にマッチングして

プリ・フェッチした結果だとしかいえない」とケン太が続けて、

「あの嬢ちゃんのことなら、必要額を期限内で確実に入手する

合法的な手段は皆無といっていいね」


「AIだろぉ、なんぞ妙案とかないのかよぅ」と皮肉まじりに呟く。

「未成年でも16歳以上なら

保護者同意の下で結婚して成年擬制されることで、

いくつかの児童保護関連法を回避できるが、

高収入を合法的に得るには

人並み外れた技能・実績が必要、

あるいは忍耐や尊厳の放棄が要求される。

嬢ちゃんに可能かどうかについては……

データ不足だ」と渋く囁く。

「そいつは気づかなかったな。でも、社会人経験ないから

スキル以前の問題だな」


「社会人」ってのは、合法会社従業員として被雇用者の履歴がある

という程度のことを指す、日本独特の、実はよくわからないアレ、

だ。会社員あるいは、サラリーマン経験と言い換えてもいい。

大体あってる。


 来年には高3になるだろう彼女は、

満18歳となって法的にも児童扱いではなくなる。

高校を卒業しても大学へは進学せずに就職し、

下っ端サラリーマン/従業員として働く、

という選択肢もあるわけだ。

 ただ問題は……時間がないってことだ。


 AIに妙案を迫るなんてのが土台おかしな話なんであって、

問題を解決してきたのはいつだってヒトであったはずだ。

 つまるところ、アートなんだよな、アート。


 通常、ニンキョー同士は本名では呼び合わない。

仲間内では俺は【モデリングのサブ】で通っている。

簡単な設計から始め、

仕様に通じたデッキを操り、

大雑把でも役に立つ成果物を、

なる早でデッチ上げるのだ。

 必要とされる才能なんてもんはこれといってないが、

強いていうなら……凝り性であること。


 WORtarK as art WORK

『アーティスティックにヲタクであれ』


今が正に、その時だ。



 二階建て築25年の我が家に到着。爺さんの代からの、

猫の額のような土地に家を建てたのは親父だけどな。

 独り台所で蛇口を捻り、コップ1杯の水を飲み干す。

無味無臭なのが何より有難い。


 しばらくして親父、続いてお袋が帰宅。

大抵いつも同じ時刻なのは、ただのサラリーマン、

早期引退後の非常勤顧問なんで可能なことなのだ。

社外の人脈と渡りをつけたり、経験から意見・具申したり、

いてもいなくてもいいような役職だと思うんだが。


 テーブルに並ぶ夕飯は、

白米の飯・汁物・香の物を基本に、

肉や魚の焼き物が定番だ。量は少なめなんで

俺はよく間食してるわけで。


 親子3人で食卓に着くと、

今日は何も変わりがなかったか、と尋ねる親父。

知っておくべきことがあったら今話せという意味で、

俺がニンキョーするようになってからは

それに加えて、何か他人様のお役に立てたのか、

という意味も込められるようになった。

 思忍ちゃんからの相談のことはおくびにも出さず、

何もない1日だったとそっけなく返す。


「ま、やることやってりゃカネなんて後から付いて来るもんさ。

なぁ、母さん」と親父。

「そうですよ~。お金なんかより健康なのが一番ですって。

ほほほ」


 2人して笑うが、その笑いが乾いているように聞こえるのは、

俺の引け目のせいなのかな。確かに、両親のどちらかでも

仕事にならなくなってしまったら家計が傾くし、

そういう意味ではうちは下流家庭といえる。

 家族3人が一つ屋根の下でなんとか生きてさえいれば、

一月合計1500円まで円点でやりくりできるんで、非常に有難い

――破綻した社会保障の代替としてだが――

1人につき毎月5万銭までなら国がチャージしてくれるからだ。


 一家の危機になってしまうような、そんな万が一の時のために、

うちは日頃から円点のトータル・バランスがマイナスにならない

ように心がけている。


 乾いた笑いでバツが悪くなったんで、

あの4コマ漫画の話を振る。

マダムが何で新聞なんか欲しかったのか知らんが、

親父に見せることができれば話が早かったのに、

オチの解らなかったマンガを説明するハメに。

 あの原作者は時代錯誤な著作権とやらにうるさいんで、

自分のマンガはネットにも流通させていないのだ。


「そりゃアレだろ、『風が吹けば箱屋が儲かる』って

小咄の焼き直しだろ」と、『年の功』を披露する親父。

「桶屋で、落語じゃなかった? そういえば、どうして

儲かることになるんでしたっけ」と、返すお袋。


 気になるんならヴァイザーで調べればいいのに、

この世代はまず他人に訊こうとする癖があるよな。

 気分的にオチなんかもうどうでもよくなっていたんで、

それとなく伯父さんの話を振ってはみたものの、

以前から伯父さんと親父は折り合いがイマイチなもんで、

相変わらず疎遠になっていることが

改めて解っただけだった。


 団欒を終えて階段を上がり二階の自室へ。

ドアノブを片手で回し、引いて開けると広がる六畳一間

――〈AIdoor〉なんていう贅沢なもんはない――

この空間が、俺の寝床兼作業場だ。

 コドモ時分から使ってるキャスター椅子に尻を降ろし、

背もたれのバネをギシギシいわせる。

机の上に両腕を置き目を閉じて、椿家の三郎から

【モデリングのサブ】へとフリップ・フロップ

……自問自答する。



 俺は果たしてカネを引っ張ってこれるんだろうか?

……イエス。


 そのカネはどこから?

……馴染みのヘンタイ・ビデオ製作会社から。


 あのヘンタイ会社は何にカネを出すのか?

……俺の個人デッキ収蔵の、趣味でコツコツこさえてきた、

あの〈ニンフ・マニア・ダンス r〉3Dモデル・データだ。


 モデルは鑑賞に堪えうるのか?

……これは現時点では“ノー”だ。とはいえ

仕上げるのには2週間もあればいい。


 仕上げに必要なのは何か?

……表情やダンスのモデリングがまだまだ不充分だ。

ニンフォマニア要素をもっと凝ったものにしなければ、

商品の域に達しているとはいえない。

 だが、しのぶちゃんの協力があれば、きっと

活き活きとしたニンフに変身することだろう。


 思忍ちゃんには何をしてもらえばいいのか?

……〈ノード・マーカー〉を全身に付けてバレエを踊る、

ただそれだけでいい。


 足りない機材や必要な資金は?

……マーカーは安物で構わない。

十均ショップで手に入る。

他に足りないものは、ない。

ここにあるモノ・あり物を組み合わせて

磨き上げれば、売り物になる。


……間違い、ない。


 目を開けて椅子ごと振り返り、部屋の反対側の壁、

エアコン下に無造作に置いてある、空色の大きな蓋付き

〈ポリバケツ()〉を見つめながら、俺はほくそ笑む。



 明くる日の昼前。

十均ショップで丁度いいマーカーを探す。

ネオたま駅前の十均ショップはコンビニくらいの大きさ。

扱っている商品は主に10円前後のものだ。

壱均ショップにはない品が色々と取り揃えてある。


 マーカー・ペンは各社の商品が

よりどりみどりと並んでいるが、購入したのは

『〽黒子(ホクロ)なら大阪♪』のCMでお馴染みの、

〈《ホーサカ》ロングラン()〉(1本8円也)。

速乾水性タイプで

色は適当に金色、

持続時間は3時間、

と短時間で安いのを選んだ。一見すると

昔からあるマジックインク・ペンにしか見えないが、

インク100ミリ(リットル)中に10%のマイクロ・タグが配合されている。


 午後イチで思忍ちゃんから電話。彼女は昨日教えられた通りに、

まず〈アルベルト〉に骨ガムをくれてやってから俺に電話を掛け、

それから落ち合う場所を決める。

 電信だとどうしてもアシが残りそうだからだ。

 電話の後は《日本テレテレ()》社の通話アプリから

記録を抹消することを忘れないよう言ってある。どうやら

その程度のユーザー権限は父親が許してくれていたらしい。


 ニコたまへ行き、

彼女の通うバレエ教室前で落ち合う。彼女は生徒なんで

空き教室で自主トレーニングさせてもらえるとのこと。

 トゥ・シューズ独特の匂いが香る教室で彼女と2人きり。

青いレオタードの上からロングランを塗って

金色のホクロを付けていく。

特に関節部分への塗布は欠かせない。

ホクロとホクロが離れすぎているその中間には

補助ノードを付け足していく。


 骨格88ヶ所の基本ノードを配置し終わったら、

次は表情筋だ。動きやすいポニーテールにまとめた髪の下、

白い小顔に光る汗玉のようなホクロが浮かび上がる。

 マーカーを振ると攪拌ボールがカチャカチャと

音を立て、マイクロ・タグがチャージされてゆく。

 インクはまだ相当残ってるんで、ついでに

彼女のプロポーションも再現するべく、

基本関節ノードの2倍の数のホクロを

レオタード中に配置する。


 彼女には十分な説明をしておらず

理解もできていないが、従順に協力してくれている。

これはバレエの録画、ただし平面映像ではなく、

主に関節の3次元移動データだと言ってある。


 インクが乾いたとき、そこに含まれる

無数のマイクロ・タグが

近隣の同類と交信を始め、

冗長性を備えた無線ホクロとなる。

 喋るホクロ同士はさらに交信し、

ノードはリンクを形成し、やがて

トポロジー的ネットワークへと成長する。

 彼女が動けばホクロ・ノードも動き、

追従してリンクも変動する。

変動リンクによって形成される動的ネットワーク、

その時間変化を録画するのだ。


 録画を再生しても

彼女の姿はそこになく、

骨格やプロポーションを示す

無数の点が動いているだけとなる。

そこに現れるのは、霧のような点描のバレリーナ。

 いま絶対に必要なのは、そのデータなのだ。


「準備完了。ポーリーと繋いでくれ」麦藁ヴァイザーの中にいる

豆柴に呟く。


 比喩でなく、ケン太の本体は

ヴァイザー内に格納されているバディAIだ。

ヴァイザーが壊れれば豆柴のペルソナは消失し、

ケン太のパーソナリティ/個性も取り戻せなくなってしまう。

 もちろんバックアップは取るんだが、

野良AIだと〈蔵人〉には保存領域がないんで、同じく

野良デッキである〈ポーリー〉の領域に定期保存している。


 ヴァイザーの薄型・軽量化と引き換えに、

ケン太のスペックはお世辞にも高いとはいえない。

大量の処理能力が要求されるとき、

俺専用デッキと秘匿通信経路を確立するわけだ。

 これから踊るホクロはケン太を踏み台にして、

遠くにあるポーリーへと録画されることになる。


 彼女は入念に準備体操をする。

股関節を開いて180度、両脚を前後に広げて床に着ける。

 俺はバレエのことは何も知らないんで、

得意な演目を3つほど連続して踊ってもらうことに。


 優雅な曲が流れ出し、羽のない妖精が飛び跳ねる。

 テレビでは観たことのあったバレエだが、裸眼で直に見ると

これほど美しいものだとはついぞ知らなかった。


 彼女はバランスを崩すでもなく転ぶでもなく淡々と、

だが確実に己の全身で芸術を表現してゆく。

一つひとつの動作に意味があり、

順序が前後しては意味をなさないのだろう。

 予め決められた所作を決められた順序でこなす。

そのことに意味や感情が込められ、

観ている者の心の内に感動を沸き起こさせるのだ。


 長い黒髪が一際高く舞い上がり、

そのポニーテールの暗幕がゆっくりと下ろされる。

演目が終了してもなお長い余韻が心を打ち、

俺は拍手するまでに何秒も要した。


 決めのポーズのまま、

生けるマーブル像となっていた彼女だったが、

ようやく俺に向き直ると恭しくお辞儀をしてみせた。


「ちゃんと録れてるか?」と呟く俺。

「プレイバック進行中。

ノーダル・リンク・トポロジーの

逐次時間変化に重大な破綻なし。

平滑補間可能でノイズは許容範囲内」

と必要なことだけ囁くケン太。

「お前も観てたんだろ、どうだいバレエって?」

 やや興奮気味に、感想を求めてみる。


「ユーモアとアート、それにクリエイトは

専門外だ、知ってるだろ」

 気分を害するでもなく淡々と事実を述べる白い豆柴。



 今日は土曜だが両親共に仕事で外出中。

貧乏暇なしを絵に描いたようなもの。

思忍ちゃんを自宅に招き入れ、

俺の部屋で詳しい説明をすることにした。

自分で言うのもナンだが、俺の部屋は殺風景で

机と椅子やベッドに棚、あとは〈ポーリー〉

くらいしかない。


 畳の上に用意した客人用の座布団に彼女を座らせ、丸めて

しまってあったパネル型ヴァイザーを目の前で広げてやる。

ポーリーはケン太とだけ繋がる仕様なんで、彼女の

ヴァイザーへ映像を直接転送することができないからだ。


 大型パネルには

何もない真っ暗な空間が映し出されているだけ。

すると、ずっと奥の向こうで燐粉が舞い上がり、

1匹の蝶々がこちらへ向かってくる。

近づいてきた蝶をよく見れば、

それは手足のある人型で、少女の背中から

2枚の羽が生えているものと分る。

 白いレオタード様のコスチュームに身を包み、

何も言わずただこちらに微笑んでいるのは、

妖しくも若々しい“ニンフ”。


 「妖精」あるいは「フェアリー」のほうが通りがいいかも

しれないが、ユーロ方面では「ニンフ」で通っている。

年の頃なら二十歳前で18、19歳くらい。成長期を終えて

大人の女になり始める頃といったところ。触角はなく

二つ結いがその替わりだ。頭頂部から長い髪の房が

2本、アーチを描くように両脇に伸びていて、これは

『天使の羽』とも『ツインテール』とも呼ばれる。

 逆光ではミントのような淡い緑色に煌く、

豊かな黒髪をひらめかせ、アイシャドウやチークによる

化粧によって、その美しさにさらに磨きがかかっている。


「わぁ……こっこんにちは」と目を見開いて挨拶する思忍ちゃん。

「ごめん、コレはAIじゃないんで話せないんだ」遅まきに説明

する俺、「彼女が君の代わりになってくれる〈☆さやか〉だよ」

――正確には〈S☆Y☆K☆〉、☆印の中に“A”なんだが――

それ以上の説明は省いた。


「そうなんですか、でも“代わり”って?」

「あー、そうだな……

さっき録ったバレエのデータを元に

彼女を再構築するんだ。そうすると、

君のダンスとまったく同じ動きを

彼女が再現できるようになる」

「はぁ」


「何度でも再生できるし、

どんな角度からでも見ることができる。

上からでも下からでも」

「アルベルトやケン太くんと同じですね」

「そうだな。それに……

裸で踊っても恥ずかしがらないし、

ヌード・モデルにだってなれる」

「ぁ……」


 ようやく気が付いてくれたかな、思忍ちゃん。

「君の表情やボディラインは使わせてもらうが、

そのままってわけじゃない。彼女と合成するから、

どちらでもない別モノになるんだ」

肖像権という古臭い概念が頭をよぎる。

思忍ちゃんが気を悪くしないか心配だ。

「私、あんまりそういうの気にしないので、

お任せします」


 まだコドモで自己保存権の意識が薄いのか

個体情報に頓着ないのか、あっさり承諾してくれた。

 まぁ拒否されても他に選択肢はなかったんで、

かえって良かったわけだが。

「話が早くて助かるよ。よーするに、さやかが

君に代わって掛け持ちバイトしてくれるってわけさっ」


 思忍ちゃんは無言で満面の笑みを浮かべ、

胸の前で両の手の平を合わせている。

 本当にAIフリーなんでこれはただの偶然なんだが、

パネル上の〈☆さやか〉も同じように

満面の笑みを浮かべて彼女と並んでいた。

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