33 ネオたま橋、電チャリ、黒いアイス、暗号
ライタの奴から“真実”とやらを知らされてから
3日後、おやつの時間。アイスキャンディーの
〈カリカリくん小豆汁バー㋙〉を咥えながら(50銭也)、
サンダルで玄関を出る。
今日は雲ひとつない青天で暑いこと暑いこと。
カンカン帽の紐を首にかけて電チャリに跨る。家には駐車場も
自家用車もないんで、俺の自前で唯一の機動力といってもいい。
遠くのコンビニ〈ポピュラス〉に向かって東の多摩川方面へ、
いざ出発。
モデリングの依頼を請け負ったんだが――有料、
現金払いでな――サイズが大きすぎて〈ポピュラス〉の
大型モ・デッキじゃないとダメなのだ。
電柱だらけの住宅街を駆け抜け、大通りへ出てアスファルトを
一直線。後輪のHホイールが今日も調子よくハミングする。
向かい風が気持ちイィ~。
多摩川ほとりの巨大な工場跡、その広い敷地前を走っていると
麦藁ヴァイザーに表示される『工事予定のお知らせ』。
閉鎖されたネオン工場だったのに取り壊されなかったのは、
クリーン・ルームでの大豆栽培に転換するためだったらしい。
このところ、完全無農薬な野菜工場ビルが都内23区から
郊外へ進出し、追って地方にまで
LED水耕栽培が拡大する勢いだ。
工業製品で景気がいいのは何といってもAI。
マイクロ・タグをたっぷり配合したインクから
輪転機で大量印刷されるのだ。今となっては
時代遅れとなったパルプ印刷で退役を余儀なくされた
昔の印刷機械が転用されているとか。
玉虫のように鮮やかに輝くマイクロ・マシン集合体は、
今日のようなピーカン日和でも反射したりしないで
ハッキリクッキリよく映る。
多摩川に掛かる長い長いネオたま橋でスピードを出して
駆け抜ける。溶け出したアイスをペロペロ舐めてはカリカリ齧る。
〈小豆汁バー〉は冷製お汁粉の氷菓で、冬の寒いときでなくても
お汁粉が楽しめる、超ロングセラーだ。赤黒い岩塩みたいで
カチンコチンに硬いがフェラ●●すると、ほんのり甘い。
〈カリカリくん〉シリーズの歴史を〈ことテン〉まとめて
音声にして読んでもらおうとケン太を呼ぶ。走行中は画面表示が
制限されてしまうからだ。実はアイスで好物なのはアメ製の
(Hägeen-Dazse)
《ハゲーンダッヅェ抹茶風味》だったんだけどな。
ミルク[互]豆乳だったけどまだアレがあったコドモの頃、
あの人工的な混パチ味が懐かしい。今でもある
〈うみゃか棒㋙〉も甲乙つけ難いな。豆乳アイスの棒に
互換チョコがコーティングされていて砕いたピーナッツが
まぶしてある、あの黒いアイス棒だ。
応答しない相棒。
ヴァイザー画面右上で最小化されている
豆柴は犬小屋の前で伏せている。
電チャリのスピードを落とすと、
徐々に拡大されてゆくバディ映像。
「おい……ケン太?」
返事がない。
目を閉じてぐったりと伏せたままの
白い豆柴。その姿は、なぜか
半透明になっている。
急ブレーキで電チャリを停める俺。
不協和音を奏でるHホイール。
通常サイズの映像でよく見ると、ケン太の白い頭の上に
なにやら丸々としてフワァフワァとした黄色いものが
乗っかってる。これは……「ヒヨコ!?」なんでこんなもんが?
UIが失せたんで仕方なく目線誘導して
ヒヨコの上でブリンク。
表示されたのは、《オゥウノ 指土●班》製作
〈フィーリング・バディ 50/50㋙〉のアイコンと
バディ回収ナビゲーション。
しまった、このKUSOソフト、
まだインストールしたままだった。
さては、さっき信号待ちで停まっていたときに
反応しやがったんだな。 ナビによると、ケン太のUIを
置き去りにしちまった場所は、後方およそ500mの地点。
Uターンして回収に向かう。
ヒヨコの名前は〈ピヨちゃん〉で、飼い主は12歳の女の子
らしい。俺がタグることができた手掛かり・公開プロフィールは
それだけ。そういえば交差点で女子中学生の一団とすれ違った
覚えがある。ぁ、女子小学生もだ。早いとこ〈ピヨちゃん〉を
飼ってるJCかJSを探さなきゃ。 向こうも探していることだろう。
ナビによると、この辺りのはずなんだが……。
Hオフして足漕ぎで徐行、辺りをキョロキョロする俺。
11時の方向にセーラー服の集団発見! あれか!? なんだか
気分はもうすっかり痴漢だ。
「ねぇ! ケン太くんの人ぉ?」と後ろから少女の声が。
麦藁ヴァイザー7時の方向映像を拡大すると、
白いミニ・スカートで黒いレギンスを穿いた小さな女の子、
玩具のコンパクト型ヴァイザーを片手に持って俺に向けている。
その画面表示では、大きな〈ピヨちゃん〉の顎の下で
小さな豆柴がちょこんと座っている。
「おおお、ケン太ぁ~。良かった、見つかったぁ」
「じゃあ、リリースしよっ」と
『元気ィ溌剌ゥ』なピチピチ少女、
赤いランドセルを背負ったJS6年生だ。
「どうやんのかな? お兄さん初めてで良くわかんないんだよね」
「へ~そうなんだぁ。アチシなんか
もう10回以上だよ。あ、でもぉ
大人のひととは初めて~」
都会の流行は素足にマイクロ・ミニだから、
この子の服装はいかにも地元ネオたまっ子ってカンジだ。
長い黒髪をかき上げて言うJS6、
「あのねぇ、このボタンを
いっしょに押せばいいんだよ」
見ると、こっちのヴァイザーにもリリース・
ボタンがアイコン表示されている。
「じゃ、“せーの”で、いっしょにイクよ~。
ハイッ、せーのっ」掛け声に合わせてボタンを
タップする少女。
「あ、せーのぉ」こっちはアイコンをブリンク。
なにやらコドモの玩具っぽい電子音が鳴り響き、
ようやくケン太が動き出した。
「じゃ~ね~、オジサンッ、さっらバ~イ~」と、
手を振って友達の輪に戻ってゆく少女。
おぃおぃ『オジサン』はねぇだろと
喉まで出掛かったが、無邪気なんで腹も立たない。
サラバイって何だろな。最近の流行りかな。
小走りで去ってゆくJS6、その背中でカタカタと音を立てて
揺れる、赤いランドセル。もともとは《オランダ》からの輸入品
〈RANSEL〉が江戸末期や明治時代の兵隊さんの背嚢として
使われていたものだ。高級な献上品を経て日本で独自に発展した
ランドセルには、小学校のパルプ教科書やノート類が
詰め込まれる。
JS向けのあのバーガンディなランドセルは、
どういうわけだか、とある海外アイドルが
『KYAWAII!!』と言って身に着け始めてから、
今ではすっかり大人の女達に人気のファッションなのだ。
「一時はどうなることかと思ったぜ。案外なんてことないんだな」
相棒に呟く俺。
「……スマン。ソフトウェアの仕様とはいえ、
深度4で〈ピヨちゃん〉に魅かれてしまった」
渋い声で囁き返すケン太。
よりにもよってJS様と相性が良いと判定されちまうとはな。
「思忍に知られたらコトだ。さっそくだが、こんなKUソフトは
とっとと外しちゃってくれぃ」JS様と縁結びだなんて禄でもない。
「承知。浮気あるいは
二股というやつだな」
悪気もなくさらっと言うバディAI。
「何ぃ言ってんだよぅ! それこそ仕様だ。些細なことだけどよ、
今は大事なときなんだから、消去だ消去ぉ」
――〈みるくクラウン〉の無限ループから
彼女を解放するまでは、余計な心配をかけさせたくない。
ない知恵を絞って何か巧いこと考えなきゃなぁ……――
「……ソフトウェア除去およびアシ消去に
失敗。重要電信がまだ残っている」
「“アシ”とか言うんじゃねーよ。ったく。あぁ、そりゃきっと
『μASS書き』か何かだろ」
“《micro-ASSembler Neotak㋙》社の
知ん個注意書き”は最近の嫌われもんで、
自社製品をこれでもかとゴリ押しする呪いの
スパムがスペル●のように糸を引いて、
至る所に紐付いているのだ。
「電信は古いフォーマットで、限定140文字以内の
〈テキスト・メッセージ〉。マス書きに偽装して
暗号化されたものだ……ビッチの臭いがするぞ」
「ハァ? あのなぁ……〈ピヨちゃん〉はヒヨコで、しかも
オスだったぞ」本物のオス/メスの見分けは付かないが、
『プロフィール』にはそう書かれていた。
「ヒヨコでもなければメスのことでもない。
あのAIrビッチな〈HentAIdol〉のことだ」
『〽ちょっ止まって♪プレイバック』Part3分前の
ログ映像を確認すると、あのJS6が俺に声を掛けたそのとき、
ほんの一瞬だが長い黒髪がターコイズ・ブルーに乱反射していた。
ヘア・カラー互換ナノマシンAI搭載のマセガキ、もとい
JS様だったらしい。
「その暗号ってのは破れるのか?」
「ああ。AIrビッチ特有の臭い/癖がある。
解読はすでに完了。短縮アドレスの他には、
ごく短い一文だけだ」
「文章を読んで、アドレス先を検査してくれ」
「文面は『クジラ ゴメンネ ニンニク アレダケ』、
検査結果は陰性、内容はエントロピー動画だ」
「動画の解析。それとライフログからクジラを思い出してくれ」
「該当するログは新宿と池袋の2件。
新宿のログは深度1で不可逆圧縮度69・7%」
「いつ忘れても構わない、どうでもいい記憶だな。
池袋のほうは?」
「深度5で可逆圧縮度4・10%」
「色褪せていない新鮮な記憶だ。そんなに
印象深い出来事だったのか」
「パーソナリティが違うからな、その時々の
思考や印象度合については説明不能だ」
「回転寿司のクジラには
臭い消しのおろしニンニクが付いていた。
……でも、それがどうしたっていうんだ?」
「AIrビッチからの情況報告によると、
スシの全メニューをサーチ&デストラクト、
ニンニクの使用されている品が
〈クジラの刺身〉だけだった、らしいぞ」
「ん~。大蒜を食べさせたかったから
クジラを注文したってことか? わからん」
和食党なんで普段から口にしないしなぁ。
忍辱がどんなものか知りたかったのか?
「言えるのはそこまでだ。
それ以上は解らない。
……動画の解析が完了」
「どんな内容なんだ?」
「エントロピー設定10、
映像なしで音声のみ。
2人の話者のうち1人が
【子鵜飼蕾汰】である
確度13・2%」
「なんだ、随分と低い確度なんだな」
「十一分の一と比較すると、
相対的に無視できない確度だぞ」
そうだった、残りあと10個を集めて完成させる
サイファー動画なんだった。
「残りのエントロピーを集められそうか?」
「アドレス先の手掛かりから、残存分を
手繰ることは可能なようだが……
何日も掛かりそうだ」
「構わない。優先度:低でいい、
気長に集めてみてくれ」
いざとなったらまた“不用品”と
トレードしてでも手に入れてやる。
俺は《ゆるれん》の存在自体もライタの法螺話も真に受けてなど
いない。スピン/情報操作が得意だなどと抜かし、真実と虚偽を
織り交ぜて語るからだ。奴は騙りであり、話には何の確証もない
からだ。
唯一、自分の目やライフログで
確かめることができたのは、煌く髪の少女の出現。
それが示唆するのは☆さやかの生存と自己保存。
そして彼女は《ゆるれん》を避けるようにして
俺にメッセージを寄越した。
それ自体が奴らの罠や忠誠度テストかとも勘繰ったが、
池袋のクジラのことを奴らは知らないから、その線は消える。
ニンニクのことは意味がさっぱり解らないが、
彼女がそれを気にしていて、わざわざ役に立ちそうな
情報をくれたのだ。このことはライタには伏せておこう。
手に入れたサイフには、やはり手を付けるべきではない。
すべての判断を保留にして、奴らの正体に迫る
チャンスを待つのだ、ただただ辛抱強く。
あの〈Nymphomorphose〉から端を発した
今回の騒動について、ライフログが次第に失われつつある。過去に
なればなるほど曖昧に、重要性が薄れるほど忘却されてゆく。
ヴァイザーの容量には限りがあるからだ。ここは早めにテキスト化
して〈ポーリー〉に退避しておくのが良さそうだ。
こんなときは“思い出”編集ソフト〈言語変換ことだま㋙〉が
役に立つ。AI言語で記述されたライフログを自然言語に変換して
くれる優れ物だ。
これがあるんで、日記をつけるような習慣が俺にはない。
「過去三ヶ月分を〈言霊モジュール〉で頼むよ、ケン太」
「承知した。サブローが嬢ちゃんと再会した、
あの日からテキストを作成する」




