表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/35

33 ネオたま橋、電チャリ、黒いアイス、暗号

 ライタの奴から“真実”とやらを知らされてから

3日後、おやつの時間。アイスキャンディーの

〈カリカリくん小豆汁バー()〉を咥えながら(50銭也)、

サンダルで玄関を出る。

 今日は雲ひとつない青天で暑いこと暑いこと。

カンカン帽の紐を首にかけて電チャリに跨る。家には駐車場も

自家用車もないんで、俺の自前で唯一の機動力といってもいい。

遠くのコンビニ〈ポピュラス〉に向かって東の多摩川方面へ、

いざ出発。


 モデリングの依頼を請け負ったんだが――有料、

現金払いでな――サイズが大きすぎて〈ポピュラス〉の

大型モ・デッキじゃないとダメなのだ。

 電柱だらけの住宅街を駆け抜け、大通りへ出てアスファルトを

一直線。後輪のHホイールが今日も調子よくハミングする。

向かい風が気持ちイィ~。


 多摩川ほとりの巨大な工場跡、その広い敷地前を走っていると

麦藁ヴァイザーに表示される『工事予定のお知らせ』。

閉鎖されたネオン工場だったのに取り壊されなかったのは、

クリーン・ルームでの大豆栽培に転換するためだったらしい。

 このところ、完全無農薬な野菜工場ビルが都内23区から

郊外へ進出し、追って地方にまで

LED水耕栽培が拡大する勢いだ。


 工業製品で景気がいいのは何といってもAI。

マイクロ・タグをたっぷり配合したインクから

輪転機で大量印刷されるのだ。今となっては

時代遅れとなったパルプ印刷で退役を余儀なくされた

昔の印刷機械が転用されているとか。

 玉虫のように鮮やかに輝くマイクロ・マシン集合体は、

今日のようなピーカン日和でも反射したりしないで

ハッキリクッキリよく映る。


 多摩川に掛かる長い長いネオたま橋でスピードを出して

駆け抜ける。溶け出したアイスをペロペロ舐めてはカリカリ齧る。

〈小豆汁バー〉は冷製お汁粉の氷菓で、冬の寒いときでなくても

お汁粉が楽しめる、超ロングセラーだ。赤黒い岩塩みたいで

カチンコチンに硬いがフェラ●●(fellatio)すると、ほんのり甘い。


 〈カリカリくん〉シリーズの歴史を〈ことテン〉まとめて

音声にして読んでもらおうとケン太を呼ぶ。走行中は画面表示が

制限されてしまうからだ。実はアイスで好物なのはアメ製の

(Hägeen-Dazse)

《ハゲーンダッヅェ抹茶風味》だったんだけどな。

ミルク[互]豆乳だったけどまだアレがあったコドモの頃、

あの人工的な混パチ味が懐かしい。今でもある

〈うみゃか棒()〉も甲乙つけ難いな。豆乳アイスの棒に

互換チョコがコーティングされていて砕いたピーナッツが

まぶしてある、あの黒いアイス棒だ。


 応答しない相棒。


 ヴァイザー画面右上で最小化されている

豆柴は犬小屋の前で伏せている。

電チャリのスピードを落とすと、

徐々に拡大されてゆくバディ映像。

「おい……ケン太?」

 返事がない。

目を閉じてぐったりと伏せたままの

白い豆柴。その姿は、なぜか

半透明になっている。

 急ブレーキで電チャリを停める俺。

不協和音を奏でるHホイール。


 通常サイズの映像でよく見ると、ケン太の白い頭の上に

なにやら丸々としてフワァフワァとした黄色いものが

乗っかってる。これは……「ヒヨコ!?」なんでこんなもんが? 

 UIが失せたんで仕方なく目線誘導して

ヒヨコの上でブリンク。


 表示されたのは、《オゥウノ 指土●(DOKATA)班》製作

〈フィーリング・バディ 50/50()〉のアイコンと

バディ回収ナビゲーション。

 しまった、このKUSOソフト、

まだインストールしたままだった。

 さては、さっき信号待ちで停まっていたときに

反応しやがったんだな。 ナビによると、ケン太のUIを

置き去りにしちまった場所は、後方およそ500mの地点。

Uターンして回収に向かう。


 ヒヨコの名前は〈ピヨちゃん〉で、飼い主は12歳の女の子

らしい。俺がタグることができた手掛かり・公開プロフィールは

それだけ。そういえば交差点で女子中学生の一団とすれ違った

覚えがある。ぁ、女子小学生もだ。早いとこ〈ピヨちゃん〉を

飼ってるJCかJSを探さなきゃ。 向こうも探していることだろう。

ナビによると、この辺りのはずなんだが……。


 Hオフして足漕ぎで徐行、辺りをキョロキョロする俺。

11時の方向にセーラー服の集団発見! あれか!? なんだか

気分はもうすっかり痴漢だ。


「ねぇ! ケン太くんの人ぉ?」と後ろから少女の声が。

麦藁ヴァイザー7時の方向映像を拡大すると、

白いミニ・スカートで黒いレギンスを穿いた小さな女の子、

玩具のコンパクト型ヴァイザーを片手に持って俺に向けている。

その画面表示では、大きな〈ピヨちゃん〉の顎の下で

小さな豆柴がちょこんと座っている。


「おおお、ケン太ぁ~。良かった、見つかったぁ」

「じゃあ、リリースしよっ」と

『元気ィ溌剌ゥ』なピチピチ少女、

赤いランドセルを背負ったJS6年生だ。

「どうやんのかな? お兄さん初めてで良くわかんないんだよね」

「へ~そうなんだぁ。アチシなんか

もう10回以上だよ。あ、でもぉ

大人のひととは初めて~」

 都会の流行は素足にマイクロ・ミニだから、

この子の服装はいかにも地元ネオたまっ子ってカンジだ。

 長い黒髪をかき上げて言うJS6、

「あのねぇ、このボタンを

いっしょに押せばいいんだよ」


 見ると、こっちのヴァイザーにもリリース・

ボタンがアイコン表示されている。

「じゃ、“せーの”で、いっしょにイクよ~。

ハイッ、せーのっ」掛け声に合わせてボタンを

タップする少女。

「あ、せーのぉ」こっちはアイコンをブリンク。

 なにやらコドモの玩具っぽい電子音が鳴り響き、

ようやくケン太が動き出した。


「じゃ~ね~、オジサンッ、さっらバ~イ~」と、

手を振って友達の輪に戻ってゆく少女。

 おぃおぃ『オジサン』はねぇだろと

喉まで出掛かったが、無邪気なんで腹も立たない。

サラバイって何だろな。最近の流行りかな。


 小走りで去ってゆくJS6、その背中でカタカタと音を立てて

揺れる、赤いランドセル。もともとは《オランダ》からの輸入品

〈RANSEL〉が江戸末期や明治時代の兵隊さんの背嚢として

使われていたものだ。高級な献上品を経て日本で独自に発展した

ランドセルには、小学校のパルプ教科書やノート類が

詰め込まれる。

 JS向けのあのバーガンディなランドセルは、

どういうわけだか、とある海外アイドルが

『KYAWAII!!』と言って身に着け始めてから、

今ではすっかり大人の女達に人気のファッションなのだ。


「一時はどうなることかと思ったぜ。案外なんてことないんだな」

相棒に呟く俺。

「……スマン。ソフトウェアの仕様とはいえ、

深度4で〈ピヨちゃん〉に魅かれてしまった」

渋い声で囁き返すケン太。

 よりにもよってJS様と相性が良いと判定されちまうとはな。

「思忍に知られたらコトだ。さっそくだが、こんなKUソフトは

とっとと外しちゃってくれぃ」JS様と縁結びだなんて禄でもない。

「承知。浮気あるいは

二股というやつだな」

悪気もなくさらっと言うバディAI。


何ぃ(あ~にぃ)言ってんだよぅ! それこそ仕様だ。些細なことだけどよ、

今は大事なときなんだから、消去だ消去ぉ」

――〈みるくクラウン〉の無限ループから

彼女を解放するまでは、余計な心配をかけさせたくない。

ない知恵を絞って何か巧いこと考えなきゃなぁ……――


「……ソフトウェア除去およびアシ消去に

失敗。重要電信がまだ残っている」

「“アシ”とか言うんじゃねーよ。ったく。あぁ、そりゃきっと

『μASS書き』か何かだろ」

“《micro-ASSembler Neotak()》社の

知ん個注意書き”は最近の嫌われもんで、

自社製品をこれでもかとゴリ押しする呪いの

スパムがスペル●(sperm)のように糸を引いて、

至る所に紐付いているのだ。


「電信は古いフォーマットで、限定140文字以内の

〈テキスト・メッセージ〉。マス書きに偽装して

暗号化されたものだ……ビッチの臭いがするぞ」

「ハァ? あのなぁ……〈ピヨちゃん〉はヒヨコで、しかも

オスだったぞ」本物のオス/メスの見分けは付かないが、

『プロフィール』にはそう書かれていた。

「ヒヨコでもなければメスのことでもない。

あのAIrビッチな〈HentAIdol〉のことだ」


『〽ちょっ止まって♪プレイバック』Part3分前の

ログ映像を確認すると、あのJS6が俺に声を掛けたそのとき、

ほんの一瞬だが長い黒髪がターコイズ・ブルーに乱反射していた。

ヘア・カラー互換ナノマシンAI搭載のマセガキ、もとい

JS様だったらしい。

「その暗号ってのは破れるのか?」

「ああ。AIrビッチ特有の臭い/癖がある。

解読はすでに完了。短縮アドレスの他には、

ごく短い一文だけだ」

「文章を読んで、アドレス先を検査してくれ」


「文面は『クジラ ゴメンネ ニンニク アレダケ』、

検査結果は陰性、内容はエントロピー動画だ」


「動画の解析。それとライフログからクジラを思い出してくれ」

「該当するログは新宿と池袋の2件。

新宿のログは深度1で不可逆圧縮度69・7%」

「いつ忘れても構わない、どうでもいい記憶だな。

池袋のほうは?」

「深度5で可逆圧縮度4・10%」

「色褪せていない新鮮な記憶だ。そんなに

印象深い出来事だったのか」

「パーソナリティが違うからな、その時々の

思考や印象度合については説明不能だ」


「回転寿司のクジラには

臭い消しのおろしニンニクが付いていた。

……でも、それがどうしたっていうんだ?」

「AIrビッチからの情況報告によると、

スシの全メニューをサーチ&デストラクト、

ニンニクの使用されている品が

〈クジラの刺身〉だけだった、らしいぞ」

「ん~。大蒜(ニンニク)を食べさせたかったから

クジラを注文したってことか? わからん」

 和食党なんで普段から口にしないしなぁ。

忍辱(にんにく)がどんなものか知りたかったのか? 

「言えるのはそこまでだ。

それ以上は解らない。

……動画の解析が完了」


「どんな内容なんだ?」

「エントロピー設定10、

映像なしで音声のみ。

2人の話者のうち1人が

【子鵜飼蕾汰】である

確度13・2%」

「なんだ、随分と低い確度なんだな」

「十一分の一と比較すると、

相対的に無視できない確度だぞ」

 そうだった、残りあと10個を集めて完成させる

サイファー動画なんだった。


「残りのエントロピーを集められそうか?」

「アドレス先の手掛かりから、残存分を

手繰ることは可能なようだが……

何日も掛かりそうだ」

「構わない。優先度:低でいい、

気長に集めてみてくれ」

 いざとなったらまた“不用品”と

トレードしてでも手に入れてやる。


 俺は《ゆるれん》の存在自体もライタの法螺話も真に受けてなど

いない。スピン/情報操作が得意だなどと抜かし、真実と虚偽を

織り交ぜて語るからだ。奴は騙りであり、話には何の確証もない

からだ。


 唯一、自分の目やライフログで

確かめることができたのは、煌く髪の少女の出現。

それが示唆するのは☆さやかの生存と自己保存。

そして彼女は《ゆるれん》を避けるようにして

俺にメッセージを寄越した。

 それ自体が奴らの罠や忠誠度テストかとも勘繰ったが、

池袋のクジラのことを奴らは知らないから、その線は消える。


 ニンニクのことは意味がさっぱり解らないが、

彼女がそれを気にしていて、わざわざ役に立ちそうな

情報をくれたのだ。このことはライタには伏せておこう。

 手に入れたサイフには、やはり手を付けるべきではない。

 すべての判断を保留にして、奴らの正体に迫る

チャンスを待つのだ、ただただ辛抱強く。


 あの〈Nymphomorphose〉から端を発した

今回の騒動について、ライフログが次第に失われつつある。過去に

なればなるほど曖昧に、重要性が薄れるほど忘却されてゆく。

ヴァイザーの容量には限りがあるからだ。ここは早めにテキスト化

して〈ポーリー〉に退避しておくのが良さそうだ。


 こんなときは“思い出”編集ソフト〈言語変換ことだま()〉が

役に立つ。AI言語で記述されたライフログを自然言語に変換して

くれる優れ物だ。


 これがあるんで、日記をつけるような習慣が俺にはない。


「過去三ヶ月分を〈言霊モジュール〉で頼むよ、ケン太」

「承知した。サブローが嬢ちゃんと再会した、

あの日からテキストを作成する」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ