表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/35

2 ニコたま、〈女子校生/JK〉

 ここのコンビニからネオたま駅までは、

駅前の商店街(跡地)を抜け、歩いて5分程度だ。

跡地といっても、直線200mの歩道の両側には

店がずらっと並んでいるし、《ゴールデン――》

看板も堂々とアーチを描いてはいる。


 ただ、店のほとんどがシャッターが締まったまま、

開けても儲からないんで開店休業状態。

カネが勿体ないんで看板を降ろすわけでもなく、

店舗もそのまんまってわけ。


 建築はまだまだしっかりしていて、商店街全体を覆う

巨大アーケードは今でもちゃんと雨よけになる。

まぁ竹輪の穴みたいなもんだ。穴がないと宜しくない。

埋めようと思えば色々と知恵が働くもんさ。

 アーケード下の跡地は町興しイベントなんかに活用されて、

そういうときは屋台や出店でそこそこ賑わう。


 ネオたま駅に到着。

隣町のニゥたま駅と比べたら小ぶりだが、

都内23区方面と横浜方面への路線が延びていて、

利用客数は結構多い。


 駅前に飾られている大理石の現代彫刻の脇を

通り過ぎる。この像は脚の太い蜘蛛のようにも見えるし、

お神輿を担いだ男衆のようにも見える、なんだか

よく判らない現代“アート”だ。


 1台しかない無人券売機で切符を買う(壱円也)。

ネオたま駅から東のニコたま駅までは電車で30分程度、

さらに20分先の23区・渋谷駅まで、料金は一律だ。

 改札AIに勝手にカネを取られるという感覚が好かんので、

近距離ならわざわざ現金で切符を買うことにしている。

切符というアナクロさが楽しいというのもある。


 ポリ切符を改札AIに投入。通せんぼしている、

しゃらくさいフラップドアが引っ込んでから

前へ進み通り抜ける。

 AIから切符を受け取り駅構内へ入場、

上りエスカレーターへ。


 駅のプラットホームに着くと、あと30秒ほどで

渋谷方面上り列車が到着するところだ。

 周りでは、同じく列車待ちの連中が

ヴァイザーで席取りを始めているようだ。


 くりぃむ色を基調としたカラーリングの車両が到着。

裸眼では車体に何も見えないが、ヴァイザー越しに見ると

タイアップ広告が映し出されている。

 七月から放送開始のテレビアニメ〈ニンキョーさん()〉の

登場人物が車体狭しと動き回って自己アピール中だ。


 え? マジかよっ需要あんの? つかこの作画、

俺ん中のイメージと全然ちがうんですけども! 

広告アニメに目が釘付けのまま車内へ。


 俺の動揺を察知したのか、ケン太がアニメ

情報をわんさかピックアップしてくれた。

もともとコイツらバディAIの始まりは、

主に下級サラリーマンをターゲットとした

低能エージェント商品だったんで、

こういうことにはソツがない、

つか癖みたいなもんだな。


 この手のアニメはどーせジジババ騙しと

相場は決まってるんで、気にはなるけど全力でスルー。

 隅っこで立ってると、席取りを済ませた連中が

次から次へと有料席に着き始める。これから

23区へ遊びに行くとみえる連中で、

車内はほぼ満席状態だ。


 ネットワーク上にある仮想的な〈サイフ〉で席料を

支払うと、その全額は「ジェィアール」社の売上となる。

 俺は横文字カタカナ企業が好かんということもあって、

近距離なら席料は払わないで座らずに

立ったままでいることが多い。

 切符を買うことで基本料は支払っているが、

これは《日本公供軌道》社の売上となる。


 そう、“供”。


“共”の間違いなんかじゃなく、

平成まで完全民営化だった鉄道事業は

浄化になってから国にお返しして

半官半民となったため、公共の共から

お供えの供で表すようになったわけだ。


 民間企業は、この場合、

《Japan Railroads ()》社なわけだが、

ユーザーからの集金とユーザーへの

快適さを提供する業務に特化している。

 快適さとは無縁の基本サービスは国任せ。

その代わりにインフラの保守や防衛を

国がほぼ税金から負担している。


 ◆


 おっと、

ここで突然、〈ことテン〉表示の上に

強制コマーシャルが上書きされた。

〈ふぇ~る萌やしちゃん()〉のCMだ。

 今どき珍しく大きな立て看板が

線路沿いのビル屋上に設置されていて

嫌でも目に付くのに、そこから

メーカーお仕着せの宣伝映像が

乗客全員のヴァイザーにも映し出される

仕掛けだ。


 鬱陶しい(ウザい)んで俺はCMが嫌いだ。

〈萌やしちゃん〉は好きだけどね。

『〽萌やすぞ~♪萌やすぞ~♪』なんつって。


 ◆


 まだニコたまへ向かっている途中の列車内、

前の方の席から聞き覚えのある注意音が聞こえてきた。

〈ことテン〉表示が上書きしている、前方景色の映像から

車内の様子を確認する。麦藁ハットの前面表側に

ヴァイザーへのVID-In(映像入力カメラ)を

貼り付けてあるからこそできる芸当だ。


 見ると、

〈思いやれシート()〉に若造が座ろうとして

サイフを何度もかざしてるんだが、

座席AIから許可が下りないようだ。


 これは、おノボリさんが必ず受ける

都会の洗礼みたいなもんだ。

座らなくてもアンタは大丈夫、

若くて健康な大の男ってこと。少なくとも、

公開されてる個体情報から、

思いやれAIにそう判断されてんだわ。

 思いやりを強要するこのシートは無料席で、

怪我人・病人・妊婦・幼児・年寄のための物だからな。


 ちなみにAIの許可なく無理矢理に座ると、

運が良ければ乗務員に事情を訊かれることになるし、

運が悪いと次の駅で乗り込んで来る鉄道警察に

問答無用で引っ張られる羽目になる。



 さて、と。

時刻表より7秒遅れで停車(とケン太談)。

ニコたま駅で下車。

 人込みの流れに合わせて歩き、

サンダルをパタパタ鳴らしながら

長い長い階段を下りて南口へ向かう。


 思忍ちゃんに最後に会ったのは彼女が中1の頃、

制服はブレザーで三つ編み眼鏡っ子だった。

成長しすぎて会っても分からないんじゃないか、

なーんて要らん心配をしてみる。


 改札AIを通り抜けると南口は人込みで

ごった返してるが、待ち合わせなんで

〈ニコたま様()〉の前に行けば会えるだろう。

 ニコたま様は高さ3mもある銅像で、お地蔵様だ。

割と最近になってデッチ上げられて歴史こそ浅いものの、

慈愛に満ちた微笑を絶やすことがない――そりゃそうか――

地元民から愛されている、ご当地キャラクターだ。


 銅像の丸く大きな微笑みの真下に、

学生服姿の少女が立っているのが見える。

背筋をピンと伸ばして姿勢良く、

ただ所在なさげに辺りを伺っている女子高生。

待ち合わせの時刻までにはまだあと15分もあるんだが。

 俺は「着いたよ」の4文字だけを

ケン太に渡して放してやった。


 通学用鞄を両手で前に持ち佇んでいた彼女だったが、

遠目に見ても分かるくらい突然ブルブルッと震えてから、

胸ポケットのヴァイザーをバイブ・オフして、

俺ニヤリ。

 スタスタと歩いて彼女に近づきながら、

戻ってきたケン太に好物のビーフジャーキーを投げてやる。

 それを咥えながら一言、


「シェパード」と囁く白い豆柴。

「ん~?」

「彼女のバディはジャーマン・シェパード・ドッグ型だ。

せいぜい気をつけな」

 と、仮想ジャーキーなんで相変わらず渋い声で滑舌よく、

簡潔に済ませて小屋へと引っ込む。


……ほぅ、ってことは、

警察との直通回線持ちってことか。

伯父さんのことだから意外ってこともないが、

溺愛しすぎなんじゃねーの。

タグ・フリーの野良犬ケン太と違って、

由緒正しきID(血統書)タグ付きAIが

身辺警護を常時務めてるってことだ。

 すると、彼女の視線がこちらの方に向き、

ようやくご対面。


 面影が、ある……


 顎の細い小顔に端正な鼻筋、白い肌。

太めの眉の下には、

ともすれば眠たげにも見える

二重瞼に、長いまつ毛。

 目尻の下がった、つぶらな瞳。

薄めの唇は化粧なしでも血色よく、

口角はアルカイック・スマイルを絶やさない。

 豊かすぎるほどの黒髪を後ろで束ね、

乱れないよう、腰の後ろで毛先をまとめてある。

大きく広がった髪で、うなじは隠れて、

長袖の制服だと暑くなる季節だろう。


 襟元から肩にかけてセーラー服の

名残が見てとれる。日本では百年以上前から

女子学生の制服デザインの主流は水兵のそれだ。

 それ自体は他の国でもあることだから、

日本独特な点といえば、セーラー服というものは

若い女子学生だけが着るもので、

そうでない女性は着ないのが基本、

それに男子が着るものではない、

というところか。

 つまり日本では、セーラー服とは

娘時代だけの特権だといえるし、

またその象徴なわけだ。


 蛇足ながら「女子高生」という言葉には一種のブランドがある。

百年前なら「女学生」とか、せいぜい「高等学校の女学生」とでも

呼ばれていたものだったが大戦後に「女子の高校生」、縮めて、

「女子高生」へと変遷した。

 昭和末期からヘンタイ商品の題名に多用され始め

社会問題になり、業界が自主規制した結果、

〈女子校生〉なんてワードがデッチ上げられた。

 そして平成になると縮めて

“JK”と呼ばれ定着し、今に至る。


 大雑把に片付けるなら、

「女子高生」互換〈女子校生〉互換“JK”だ。


 シックで濃紺のワンピースの胸元には、

くりぃむ色のスカーフがひらめいている。

23区・世田谷でも3本の指に入る、お嬢様学校の制服だ

――ちなみに女子校な――

露出はほとんどなく、

見えるのは両手と首筋から上、

黒いソックスとスカートの間10センチ()程度だ。


 中1だったあの頃は150くらいの身長も、

今では随分と伸びて165くらいか、

俺とそんなに変わらないね。

野暮ったい黒眼鏡っ子だったのに、

こりゃまたずいぶんと綺麗に化けたもんだ。


「おっ……見違えたねぇ」うっかり、大きくなったね、なんて

言いそうになっちまった俺。そう言われると男の子は喜ぶが、

女の子はまず喜ばないんで、デリカシーに欠ける。

愛くるしい小動物のようにいつまでも小さいままでいたい、

と願う娘は結構多い。

 すると彼女が、


「三郎さん、お変わりなく」ウグイスの鳴くような声で微笑む。

「なにしろ4年ぶりだからね、ホント見違えたよ」実際、成長期

なんで別人のようになるお年頃だ。

「母の葬儀以来、ですよね」

「あぁ……しずゑさんは……残念だったね」

 肺癌であっという間のことだった……。


「立ち話もナンだから……その辺の店で話そっか」と取り繕う。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ