27 多摩川、浅瀬、サスマタ、フィンガー・テク
「――これが……トゥルーエンドだ」夕陽が差し込む部屋で
すべてを語り終える俺。
「それが、ニンフの最期。最後の因果予測と
軌道修正に力を使い果たしヘア・カラーも沈黙。
それからは会っていないんですね」と念を押すライタ。
「ああ。そのときは気づかなかったが、ポー……バケツからの
信号をロストしていてな。自宅に戻ってみたら……
野良デッキは熱降伏していた。
新型ストレージは二度と使い物にならないし、
中のデータはもう復元できないと判った。
〈☆さやか〉は……ニンフは意味消失したよ」
「……今日はもう遅いので僕は帰ります」と席を立つライタ、
「明日また、詳しいお話を聞かせてもらえますか」
その口調は、頼んでいるようには聞こえない。
「どうだ、奴について何か分らないか?」独り呟く俺。
「特に何も」とケン太が続けて、「肉声からはポリグラフな響きは
なかった。それと《緩き連帯》についても、関連ありそうな情報を
手繰れてはいない。依然、謎のまま、だ」
「そうか……」
何もタグれない、それ自体を疑う必要は……あるんだろうか。
✽
「ニンフの発生と消失までは辿り着けましたが」
と、夜道を歩きながら独り呟く少年、
「大した収穫にはならなかったですね」
「しかしキミが足を使わなかったなら、
それすら得られなかったことだろう」
どこからともなく聞こえる囁き、
「児童絡みの事案でキミが入れ込んでいたこともあるが、
やはり4%弱とはいえ軽視できなかったろう?」
「……どうでしょうね。
知性体と寝たヒト、
AIを昇天させた男の話。
大して調べもせずに
警察に引き渡してしまっても、
それはそれで良かったのでは?」
「4%弱を軽視するのは『ある日突然、世界中の淡水が
海水に入れ換わってしまっても何も問題はない』と言うのも
同然なのだよ。ワタシとしては、【πスピン】と【朴念仁γ】の
相互作用は、非常に興味深い」
「私見ですが、Entropy:00、最初の映像で
覚えた違和感の原因がようやく判りましたよ。
『私は――こととします』というあの言葉と
『俺は――そういうことで――いいのさ』
という言葉、2つは同じものです。始めは
諦めの境地とも思われたんですが、あれは……
己を殺して他を生かすという覚悟だったのだと、
今なら分ります。そのときにはもう、
少女は大人になっていたんでしょう。
男のほうは何になるのか分りませんが」
「……『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』か。当世の日本人に
しては珍しい。であれば……資格はある、だろう?」
✽
次の日の夕方。ライタとの待ち合わせ場所は多摩川の土手。
俺はもう近くまで来ているが何か腹に入れておこうと、
コンビニの〈歩けドア㋙〉を抜けたところだ。〈ファミソラ〉の
無人販売機で〈米粉あんパン㋙〉とイチゴ豆乳を購入(2円也)。
それと一応用心のために、別の販売機で雑貨の
〈さっサスマタ㋙〉も購入(10円也)。これは携帯用
折り畳み傘と似たようなテレスコピック構造の如意棒。
江戸時代からある対人捕縛用のサスマタだが、これは護身用だ。
先端はY字とU字の中間のような形状で、
その下に伸びるI字を掴んで相手に向ける。
これで遠くから首などを絡め取られると、
大の大人でも身動きが取れなくなる。
超々ジュラルミン製でグレードの高い本格的な暴徒鎮圧用
サスマタは《機動隊》の標準装備でもあるのだ。
いま買ったコイツは民生用で、頑丈な割に小型で軽量。
セーラー服の襟からスカーフにかけてのラインの裏に
装着することもできる、近頃流行りの防犯グッズだ。
カタログ・スペックを信じるなら、
耐荷重100キロg/最長150センチmまで。
コンビニ前のベンチに腰かけ、あんパンを齧る。ふっくらと丸い
パンは、こんがり焼きあがっていて香ばしい。精白米を無洗米に
するときに出る肌ぬかや炊くのに向かないコメが細かく挽かれて
北海道産の小麦粉とブレンドされている。米ぬかにはビタミン
などの栄養素が豊富に残っているんで、混パチもんとしては
理に適っているほうだ。
中に詰められているのは粒あんで、昔から和菓子でよく使われて
きた、砂糖で甘く煮込んだ小豆だ。食材としては珍しく赤黒い色を
していて、ピーナッツ以外の豆を甘くして食べるというのは
世界でも珍しいらしいが、日本では昔から甘い食材として
大量に消費されている。
しっとりとした小豆餡のアンコと香ばしいパンが奏でる
ハーモニーは、洋食というかハイカラな食べ物として
明治時代の銀座が発祥の地。
ここで〈ことテン〉を閉じるケン太。
土手沿いのアスファルトを歩いていると、
遠くから見て学生風の少年がいるのが分る。
土手の芝生の上で膝を抱えて座っていたが、
やおら立って俺の方に視線を合わせる。
野郎ぉ、迷うことなく俺を見つけやがった。
まだ100mは離れているというのに。
陽は沈みかけているが日の入りには
まだあと30分はある。
「光量は充分か?」カンカン帽の
麦藁ヴァイザーに呟く俺。
「大丈夫だ。
地の利もこちらにある。川の浅瀬、小石の川原、芝生の土手、
どこを歩いたとしても足跡や痕跡でクローキング・デヴァイスを
見破ることができるだろう」囁くケン太。
「映像に歪みを検知したら
すぐに教えてくれ」
「承知」
力強く囁く相棒。
「わざわざご足労いただいて、恐縮です」
相変わらず慇懃なライタ、
「本来なら海の上とかゴルフ場のグリーンなどが
好ましいのですけど、何ぶん、遠すぎますので」
「できる話なんて、もう
ほとんどないんだがね」
「そう仰らずに続きを、あの日ご自宅に戻ってからの話を
特に詳しく願います」
穏やかな川の流れを
見るともなしに眺めながら、
俺はあの日のことを想い起こす――
……撮影を無事終えた思忍ちゃんを抱えてヘンタイ部屋を出る俺、
「後は宜しくお願いします」と頼むと〈ライダァマン㋙〉の
お面を着けた男が黙って頷く。ここはネオたま西公園、
数メートル先はもう隣の神奈川県だ。
差し渡し20m四方の小さな公園には、
俺のコドモ時分には滑り台やらシーソーやら砂場やら色んな遊具が
まだあったんだが、今では軒並み撤去。公衆トイレだけが辛うじて
残ってはいるものの利用する者が誰もいない、町中の空白地帯と
なっている。他にあるのは、地面と植樹だけ。
日の入り寸前で辺りは薄暗く、小雨が降り続いている。公園の
雑木林の前に敷かれた石畳、そこに八畳間よりも気持ち大きめな
小屋を建ててあるんだが、大型のオプトパス・シートで透明に
なっている。このシートは厚さ5ミリmほどの大型LCDパネルを
何枚も連結しただけの第一世代で、型遅れの粗大ゴミだ。
しかし今回のような用途には、うってつけ。
画素数が少なめで追従反応も鈍いが、小雨ぐらいでは
映像が歪むことがないんで、雑木林を背景にしたら
遠目にはなかなか分らないわけだ。
目晦まし程度には役に立つ。
小屋自体は廃棄前の仮設住宅4軒を連結してデッチ上げた代物。
組み立て式の実物大プラモデルみたいな物で解体が容易、飛び出す
絵本のように小さく畳んだ後はダイハチでも楽に運搬できる。
日が暮れる前には思忍ちゃんを家に帰さなくては。おっと、
いけね、〈アルベルト〉の回収を忘れてた。
小屋の入口にテール・ストラッ尾で
ぶら下げておいたパッド型ヴァイザーを
ドアノブから外す。
「あいたたた……
可動部品が痛むからっ
尻尾は強く掴まないでくれる?」
「おぅ、悪いわるいっ」
うっかりしてたわ。
「もぅ、乱暴だなぁ、シノブは
優しく撫でてくれるのに……。
彼女は……無事な様だね。
で、もう終わったのかい?」
「ああ、なんとか、な。
こちらに気づいた奴はいたか?」
「うぅん、誰も。パトカーで警ら中の
警官が二度ほど近くを通ったけどね、
透明で分らなかったみたいだよ」
車内の窓ガラス越しでは分らないだろう。足漕ぎチャリンコに
乗って裸眼だったならモザイクみたいな雑木林の映像に
気づけたかもな。今日ばかりは、職務怠慢な
明きメク●コップに感謝。
「〈ボスが来た・アラート〉はもう不要のようだね。
モードは落としても良さそうなのかい?」
「そうだな……
〈正当防衛モード〉はオフでいい」
「わかったよ。じゃ、これからは
〈緊急避難モード〉のみで護衛するよ」
白州邸まで彼女を乗せてボノレボで送った。その去り際に
〈アルベルト〉が、
「サブロー、感謝するよ」と律儀に礼を言う。
お子様向けAIはユーザーに悪影響を及ぼさないよう、
必要以上に礼儀正しかったりする。
「まだ早い、その言葉はカネを工面してからだ」
「シノブは無事に家まで帰って来た。キミのお陰だ」
「ああ、彼女の忍耐は無駄にはしない。
思忍ちゃんの出番、できることはここまでだ。
緊急避難モードも解いていいぞ」
「わかった。……これからはシノブが
“良い子”であることも含めて警護するよ。
裏返しにした首輪も元に戻すのかい?」
「そうだな、そうしよう」
「忠誠心が初期設定に戻されても、キミのことは
覚えているからね。安心していいよ」
「そりゃどうも。これまでと
変わることが何かあるか?」
「キミが道端でいきなりヤァってシノブに声を掛けたとしても、
ボクは吼えなくなるのさ~」目尻を下げて陽気に言うアルベルト。
「……あ~、そりゃ有難ぇ」
初めて見る笑顔だ。
そんな顔もできるんだな、
このGS犬め。
ボノレボで自宅へ戻った頃には夕暮れ時、
二階自室のドアノブを握り締め、両手で慎重に慎重に開けると、
そこにあったのはいつもと変わらない風景だった。
全開で稼働中の唸るエアコン、その下にはポーリー・バケツ。
見た目には特に異常はないものの、恐る恐る近づいてゆっくりと、
覗き込むようにして上蓋を捻って開ける俺。
その中には小さめなバケツがもう一つ、「新ソ連」の
マトリョーシカ人形よろしく鎮座しているわけだが、
熱で変形して穴が空き、そこから冷媒溶液が
外側のバケツへと流れ出してしまっていた。
うっわ~……二重バケツにしていなかったら
畳が大変なことになってたとこだわ……。
あの311大震災――なんでも、起きたのは
今の俺ん家が建てられる前の年だったとか――の二次災害で、
それまで人工太陽とまで形容されていた「原発」という名の
巨大な蒸気機関が三陸フクシマで緊急停止した挙句に
パンクしてしまい、今でも絶賛冷却中なわけ
だが(いわゆる「Cool Japan」ショック)、
事態を収束できなかった「TEP Co.」とかいう
横文字企業は解体され、今では《日本公供太陽》社が
鎮圧に当たっている。
比べるまでもないが、
ここ椿家では第一層のバケツ・パンクで済んだ。ペルティエ溶液に
浸かっているはずのポーリー本体、その電子基板は溶液から
半ば飛び出すようにして剥き出しになってしまい
冷却されていない状態。
これではオーバーヒートするのは当然だ。むしろ、
良く持ち堪えていたもんだと感心する。思った通り、
ポーリーは廃熱に失敗してサーマル・ダウンしていた。
およそ1時間前から疎通が確認できなかったバケツのポーリー、
ヴァイザーには今も応答なし。他にできることがないんで、
手動で電源を落とした。ポーリーを自然空冷させている間、
テキトーなバケツを用意してペルティエさんを汲み直す。
肝心要のボードだけにはカネを掛けておいて正解だった。
マザー・コントロール・ボードの耐性は、
軍事仕様「乙」級。耐熱温度は150℃まであるし、
ヒロシマ級核爆弾(MkⅠ〈リトルボーイ〉)で発生する
電磁パルス(EMP)にも30秒は持ち堪える、頑丈な奴だ。
さすがにMkⅡ〈シンマン〉級のEMPレベルには敵わないが。
もちろんこれは、その前に蒸発してしまわなければ、の話。
触っても火傷しない程度まで冷めた後で、
マザコン・ボードから拡張カード4枚を抜き取り、
ハイブリッド石カード4枚を残し、
溶液に浸けてテスト起動させる
ヴァイザーで起動を確認、起動オプションで
スタティックRAMのバックアップを選択し、
まだ残っているであろうRAMイメージを
SSDへと退避させる。
バックアップ所要時間はおよそ15分。
その間に両手と顔を洗って、ベランダで一服するとしよう。
考えないようにしてるのに……
☆さやかのことが気になる。突然消えてしまったが、
ポーリーからサルベージできるだろうか……できたなら……
編集作業が、そう、作業が捗ることだろう。
延べ12時間にも及ぶ生映像。作業でするべきことは
まず、思忍ちゃんの顔に濃いモザイクをかける。
次に、体には薄めのモザイクをかける。
さらに、主に彼女の声には声紋パターンを
復元できないように不可逆ノイズをかける。
冗長なシーンをカットして全体を再構成する。
やるべきことは多い。長煙管を腰袋にしまう。
新型のフラーさんコレクターは
熱耐性が強くないということを思い知らされた。
石炭と同じで燃えるダイヤモンドと似たような理屈だろうか。
読み出し不可能なフラレンコの中で、☆さやかは0と1の羅列
から成る虚ろな剥製になってしまった。
サルベージは……絶望的だ。
SSDに退避させたRAMイメージも解析しようと試しては
みたが、ビット・パターンはダンプできるものの、どこから
どこまでが意味のあるデータなのか、さっぱり解らない。
意味情報として復元できないのなら、それはビット・パターンと
いうより、もはやただのノイズ模様でしかない。
こちらも意味消失となってしまった。
ここで呆けているような暇などない、と自分に言い聞かせる。
RAMイメージを光ディスクに焼き付け、故障したフラレンコと
〈ダンサー〉〈シズラー〉〈撫子〉〈ブラウンダム〉カードの
4枚といっしょにポリ箱に納めて、
エンタープライズ号の脇に置く。
ポリ箱は木目調の立方体、
偶然にも骨壷を入れる桐箱のよう。
中身は〈AIdol〉の残骸……
☆さやかとの思い出。
「……カスタム・デッキのコト領域を失い、
ヘア・カラーの持続時間も切れてしまい、
星さやかはロストした、というわけですか」
「そういうことになるな」土手の芝生に腰を下ろし、
左側で座るライタに向かって言う俺。
「撮影場所は特定の建物ではなくて、
移動式・組み立て仮設住居、しかも
擬装つき」とライタ、「出演者は
実際の難儀民を使っていたわけですか。
まったく……慈善事業の才能が
あるんじゃないですか、あなた?」
と嫌味っぽく言う。
災害で家を追われて仮設住宅住まいを強いられているとか、
そもそも持ち家を諦めざるをえないとか、経済的困窮者である
国民のことを昨今では「難儀民」といい、略して『難民』と呼ぶ。
どういうわけか昔は外国からの“避難民”のことを
難民と略していたそうだが、そっちは今では再定義されて
字義通りの『避難民』と呼ぶ通例となった。そのきっかけは、
中陸クーデターの前後に大量に発生した偽装“難民”が
日本海経由で大挙して押し寄せてきたことによる。
海上警察が文字通り水際で食い止めたりしたが、その網を
掻い潜って国内に不法侵入してきた連中を片っ端から捕まえ、
専用コンテナにスシ詰めにして大使館前に積み上げたり、
輸送船で強制送還してやったという経緯がある。
人道的見地から国際的な非難を免れない行為と見なされていた
のは昔のこと。世界的な水・食糧不足が発端となり、
各国が生き残りにシノギを削る現代、偽装避難民/不法入国者の
面倒まで見ることのできるような国家など地球上に皆無なんで
あって、これは緊急避難的措置として、まかり通っている。
その代わりと言ってはナンだが、
国際救助隊としての自衛隊海外派遣や、
日本で独自に進歩した被災者向けの仮設住宅を
海外に無償提供することで贖罪としている。
その住宅は分解が簡単なだけでなく折り畳むこともできて、
四畳半程度の広さに台所や風呂まで完備。
その、三次元ハニカム構造で特殊強化されたポリ段ボール、
〈バッキーボード〉を使うと実物の電車さえ造れてしまう。
可能な限り軽量ポリカーボン製であることを追求した、
《大和ハイム㋙》社の〈オリガミ・コンテンツ㋙〉は
世界でも一目置かれている。基本的に積層には向かないんで、
その際は金属製の専用コンテナに収容するのだ。
ポリガミコンを広げるとユニットバスまで含めて内装品
すべてが立体的に復元される。そうした上で、換気口の
空けてある人畜用コンテナの中に納めるという仕様だ。
「――それは冗談として、ここでひとつ、
あなたの才能を活かしてみてはいかがですか?」
「あん?」才能だとぉ?
『下手の横好き』でしかない
モデリング・スキルのことか。
それももう、自信が持てない。
「我々の力になってほしい、ということです」
「ほぅ……《緩き連帯》のねぇ……」
「ちょうど、当面の活動資金もここにあることですし」
と、何やら透明なカードを胸ポケットから取り出して
見せるライタ。
そのカードには小指の爪ほどの大きさの小型チップが封入されている。
「それは?」目の前に
差し出されたポリ・カードを
受け取りもせずに訊く俺。
「あなたの新しいサイフです。中身は……三十万円入ってます」
300kポかぁ、ってことは
3k円だから、ちょっとした
臨時収入……ん?
「三十万円って言ったか? 三十万銭じゃなく?」
「失礼。サイフだから……三千万銭になります」
「ハァ!?」なんだよ、その大金。
あんなに右往左往して手に入れた
30k円の10倍だぞっ……ぁ。
「そうなんですよ、バッキーズから回収した彼らのアガリ、
それを洗浄しました。ということは、あなたの創作物への
対価でもあります。だから、遠慮は要りませんよ」
開いた口が塞がらないまま立ち上がる俺、
とぼとぼと川原へ歩いて平らな小石を拾い、
川の水面へ滑るように投げる。
水を切って水面で跳ねる小石。
1段、2段、3段……4段以上は続かなかった。
投げるのは苦手だ。夏の夕陽が照りつける顔を
左手で仰いでシャツのボタンを2つ外す。
「いや……いいや。いらねーよ、そんなカネ」と振り向き様に
言ってのける。
「どうしてです?」20歩ほど離れた芝生から尋ねるライタ。
「ガキの頃にさ、
知らない人からモノ貰っちゃダメって躾けられてんだ、俺」
遠くでカラスがカァカァと鳴いて飛んでゆく。
見えるのは、ネオたまのネオン工場、だった廃屋。
「困りましたね」
すっくと立ち上がるライタ、
「……今回の事案が明るみになってもいいんですか?」
そぉら来た、こういう連中は片手でカネを見せ、
もう片方の手でドスを突きつける、そういうもんだ。
奴の両手は下ろされて腰の横で開いている。得物なし。
武器になるような物は何も手にしてはいない。
「ヘッ、よく言うぜっ。密告発とか、
そんなことはしない、だろ?
そっちだって『脛に傷持つ』身のはずだ。
存在自体が世間に知られて困るのは、むしろ
そっちなんじゃネーノォ?」と脅し返す。
《緩き連帯》とやらが
どんな集団か知らんが、
国際的テロリストだとか
ヤバい連中ってこともありえる。
それでなくても、うさん臭い。
欲に目が眩んで坂道を転げ落ちる、
これはその瀬戸際だと今、確信した。
「性犯罪者のあなたが何を主張してみたところで、誰も信じたり
しませんよ、スピンするまでもなく、ね」軽く嘆息、そして、
「仕方ありません。せめて……記録だけは
上書きさせてもらいますよ」
まだ言い終わらないうちに、
まるで痙攣でもしたかのように
右手の指を小刻みに動かし始める【着火暴威】。
「ギャィンッ!」
最優先事項を警告するケン太、
「侵入者検知!
単騎で深度1から
3まで貫通、突破!
深度4にて応戦中!」
「なっ!?」はっ速すぎる、
そんなBAKAなっ!
「その安物ヴァイザーには
予めバックドアが仕込まれているんですよ」
不敵な笑みを浮かべるライタ、
「失礼ですが、深度5のライフログは
改竄させて、いた・だき・ます」
麦藁ヴァイザーの疑似物理空間内、
悲鳴ーデーすらなく
バタリと崩れ落ちる豆柴。
「やめろぉッ! 逝っちまうッ」
ケン太まで失いたくない……
「まったく……
あなたはAIに感情移入しすぎですね。
知性体といっても“未登録”じゃないですか」
チート中坊が肩をすくめながら、
「そんなことだから、ニンフなど産み出してしまうんですよ」
両手の平を向けて余裕を見せつける。
「KUッ……」
すでにUIを失い逆行した
バディAIには、もはや本能、
基本機能しか残されてはいない。
「もう遅いですよ。侵入は成功、あとは注射して5フィンガーで
沈黙させることができます。それでも何とかしてみせますか?
この間合いから、その手に隠し持った小石で?」
俺様のイカサマを見破っただとぉ!?
チィィッ、そこまでバレているとは
――がちょ~ん……――
「ヘッ、ヘへっ……
何とかなるんじゃぁ……ねーの?」
多牌/チョンボしておいた小石、
それを握り隠したままの右手を
俺がピクッと動かした、そのとたん、
「あなたには失望しましたよ」
残りのフィンガー・アクションへ移行する、【子鵜飼蕾汰】。
その瞬間、素早くシャツの下に突っ込まれていた俺の左手、
隠していたサスマタを取り出す。それでも遠すぎる距離、
およそ5m。だがサスマタはすでに改造され、
デッチ上げられていた。
二股の棒に取り付けたゴム・バンドに小石をセット、勢いよく引っ張る。
パチンッと弾ける音と共に、放した右手から突き刺すように飛ぶ小石。
ライタの右手に命中するのと奴が4フィンガーまで終えるのとが同時だった。
命中した小石が鈍い音を立て、
奴の指全体を痺れさせる。
パラライズした手首を
残った手で握り締め、
一瞬フリーズしたライタが
こちらを睨み付けたときにはもう、
俺はダッシュで跳び掛って
奴の指を手で掴み、
芝生の上で抑え付けていた。
ヴァイザー内では、操り糸の切れた木偶人形のように突っ伏したままのケン太。
UIが失せても、ペルソナやエゴがダウンしようとも、
戦術AIの基本中の基本、
〈オートAIming〉は、活きていた。
パチン小石の照準をAIdしてくれたのは、自慢の相棒。
突然の決闘は、1フィンガーの差で、俺達の勝利に終わった。




