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25 “児童ポルノ法”、女衒、スローガン/理念

 ベランダから部屋へ、赤い夕陽が差し込み始めた。

 昼食も摂らず、ビデオをずっと視ていたライタだったが、

途中からは正座の爪先を少し立てるようにして

楽な姿勢になっている。


「ふぅっ……整理、しましょう」と口を開く少年、

「フッテージの内容はフィクションであって、グレイプ行為は……

現実ではなかった。白州嬢はひどく汚されはしたが集団強姦など

されて、いなかった」渋々とだが一応の理解を示す。

「そう、一対多どころか一対一の強姦すら、ね」

とドヤ顔で付け足す俺。

――傷/瑕ひとつない処女玉だっつーの――


「実際にあったのは、

類似行為としての……ANARUファック。ところが、それは

彼女の意向に沿っていたので暴行には当たらない。同様に、

痴漢のような迷惑行為もなければ、強制猥褻もない。彼女は

自らの意思であの場に留まり、すべてを受け容れて、むしろ

撮影を進行していた。撮影現場では男女共に飲食していたし、

部屋は最初から最後まで施錠されていない状態で、

拉致監禁にも当たらない」

「ただのヘンタイ・プレイなのさ、被害者のいない」

と補足する俺。


「……『売春防止法』で規定されている対賞を得ていたのは、

彼女ではなく男達。彼女は与えるだけで、男達から金品などは

何も得てはいない。売っていたのは男達で、買っていたのは、

女児童ぉ……」

「そう、オッサンどもを、

少女が(buy)したことに

なるんだな」と俺ニヤリ。


「女児童が売春(バイ)どころか成人男性を買春(カイ)などという……そんな

容疑で補導して『少年法』で裁くなんてっ……ありえませんね。

むしろ彼女は淫行を受けた被害児童で、あなただけでも

売春斡旋等の行為と猥褻物販売目的所持で裁かれるべきでしょう。

頒布罪も広く適用されるべきなんでしょうが、それは

計画倒産したバッキーズやその協力者の罪になる」

「…………」

ざまぁ~レイバン~。


「映像の最後に差していた薄明かりは、明朝の日の出ではなく

当日の日の入り前。撮影が行われたのは六月第二週の土曜で、

時刻は早朝六時から午後の六時まで……」

「部活の朝練ってことにして家を出たんだ、彼女は」

と茶々を入れる俺。

 コドモの帰宅が夜遅いのを心配する親でも、

早朝に出かけることには気が回らないものだ。


「その証拠は、夕方放送のテレビ番組で連続ドラマの再放送、

そこに映る時刻表示を〈CamShot〉で撮影したんでしたね」

「ああ。今どきのAIdカメラではできないこと

だからね。認識した番組映像をAIがたちまち

ブロックしてしまうから。捏造じゃないことは

画像解析すれば判ることさ」

 大型パネルにはそのドラマ番組が映っている。

出演している子役タレントの幼女“あいどる”は

その昔、一世を風靡したそうだ。

「そもそも労働じゃありませんが『労働基準法』に照らせば、

撮影が8時間を超えるのは長すぎます」

「前半は映画撮影で労働だとしても、

後半の“訓練”(リハーサル)は労働の内に入らないしね」

と豆知識を披露する俺。どうも芸能界では

昔からそういうことになっているらしい。


「些細なことだと思っているんでしょうが、罪を免れようと

悪知恵を巡らせる人間は往々にして、他の罪に関して

気が回らないものです。例えば、保護者に無断で児童を

連れまわして未成年者略取に問われる、といった

基本的なケースを想定しない傾向にあります」

「思えば最初から、親には内緒の

『バイト』っていうのが、

彼女の依頼だった……」


「あなたは優越的な立場になかった共犯者にすぎず、彼女が正犯、

『児童福祉法』の淫行させる行為にも抵触しない、と? まさか。

むしろポルノ製造の共同正犯でしょう。彼女が未成年児童だと

いうのは動かぬ事実なんですから、いわゆる“児童ポルノ法”の

性的虐待そしてポルノ製造に、あなたは抵触します」

「まぁ……ね……」

彼女は唇と純潔を守って

帰って来ることができた、

それでいい。


「一つ訊きたいことがあります。

彼女の買春行為とポルノ出演についてですが、保護者である

父親の事業を守るためだったんですよね。仮に、保護者同意の下で

彼女があなたと結婚していれば、単なる夫婦のヘンタイ・プレイと

みなされて所持罪くらいにしか問えなかったかもしれません。

どうして結婚、籍を入れようとはしなかったんですか?」などと

妙なことを尋ねてくる。

「そりゃ従妹だし……。成年擬制したら

離婚しても未成年には戻れないしなぁ……。

彼女に離婚暦が残ってしまうし……。そもそも

結婚相手にニンキョーは相応しくないだろう? 

彼女は虐待を受けた被害者。俺は加害者であり、

ロリコン女衒(ぜげん)。そういうことで……いいのさ」

と俺、腹はとっくに決まっている。


「そして彼女はポルノのアガリを総取り、ですか? あなたは

それでいい、と。あなたのした行為は女衒、ただし目的の金は

壱銭も手にせず、すべて彼女のもの、すべては白州嬢のため……。

2人が親子だったなら、親が犯罪で得た大金を子が全部手に入れる

という話になりますか」疲労の色が隠せなくなるライタ、

「もう、誰が被害者で誰が加害者なのか……」



「まったく……。これはあくまで個人的な意見ですが……」と

前置きして語り出すライタ、「そもそも児童ポルノ法なんて

ニッポンには不要なんです。既存の法体系で規定されている

不法行為について、対象が児童であった場合に

量刑を加算するだけでよかったはずなんですから。

 売春(斡旋)、強姦、暴行、(強制)猥褻、(性的)虐待、

どれもこれも違反や犯罪ですが対象が児童であれば、

より罪深いわけです。児童を逆差別/特別扱いして、

独立した法律を新規に制定してしまったのが、

間違いの始まりです」


「猥褻図書の頒布にしてもそうです。猥褻物はワイセツで、

被写体が青少年や児童であれば、より罪深いわけです。

 『CAM:児童(Child)虐待(Abuse)製造物(Materials)』は

犯行記録・証拠物件なんですから、表に出てくれば

むしろ追跡して取り締まりやすいともいえます。

 児童ポルノ法なんていう稚拙な法律を

新しく作る必要なんてなかった。それで

拙速に済ませようとしたのは、

立法の怠慢です」


「特別な表現規制も不要でした。“児童ポルノ”の定義とは、

“非実在青少年”とは、ワイセツの範囲とは、表現の自由とは、

ゾーニングとは、単純所持とは、などという本末転倒な議論に

終始した。その間にも不幸な児童はいたはずなのに、

誰も救えなかった……。

 ようやく救えるようになったのはAIが発達して『自保法』が

成立してからでした。それでも事態はさほど改善していません。

臭いものに蓋をするだけで、元から絶とうとしていないためです」


「児童ポルノ法が成立してからというもの“児童ポルノ”なる

モノ/コトに希少価値や高値が付くようになってしまい、

闇社会で取引されて地下経済が潤う始末ですから。シブヤクザを

根絶できないのはそのせいだとも言われていますね。

そもそも法の埒外に生きる彼らに児童ポルノ法なんて

何の抑止力にもなりません。むしろ値を吊り上げてくれたと

喜んでいることでしょう。

 稚拙で拙速な立法がどれほど社会を蝕むのかという、

悪い見本ですよ」


「より重視すべきだったのはポルノではなく

“児童買春(児童を買春する行為)”とやらのほうでした。

 児童本人も含めて何びとも

児童虐待とされる如何なる不法行為の権利も

売買してはならない、

という国内法の整備が必要だったんです。

 いわゆる“児童ポルノ”であるとか“児童買春”などという

新語を作出した人間の罪は深いですよ。

そんな概念は本来ありません。そこにあるのは、

ただの『児童虐待』でしかないんですから」


「まったく……アレは国内法に優先する国際条約に批准して

いますから、駆除するのが簡単ではないので」


「……話が長くなりました。

あなたにとって幸いなことに、

僕は警察でも検察でもありません。

今回の件は知らなかったことにしますよ。

懸念していたような、

ヤツメやヌタの残党でもなければ、

組織的な人身売買(human trafficking)でも

ありませんから。ただし――」

こちらを向きながらゆっくりと立つライタ、

「……条件があります」


「……何だい?」机に背を向けて椅子に

座り続ける俺。予想はしていたが、

コイツの目的は他にある。

「NGシーンのフッテージをネット放流するのに協力して

ください。それで〈みるくクラウン123〉が

フィクションにすぎないと誰もが分るはずです。

被写体が児童なのは事実ですが、日本人は

ネオテニーの中のネオテニーだと言われるほど

海外では幼く見えるようですし、NGシーンに

映っている彼女の演技から、もう誰も

18歳未満の児童だとは思わなくなるでしょう」


「映像を渡すのは簡単だが……

そんなことで誤魔化せるものなのか?」

回収するどころか逆に放流する

ハメになるとは、ね。

「放流だけで足りなければ、映像ほどの説得力はなくても

情報操作の手は他にいくつかありますし、それは

我々の得意とするところなんですよ、“スピン”はね。

皮肉なことに、あなたが販売目的所持してくれていたお陰で、

我々はスピンが容易になりましたし、ニンフ発生の経緯を

知ることもできました。

 ある意味、あのニンフにも感謝すべきなのかもしれませんよ」


「さやかに!?」唐突に

何を言い出すのやら。

「白州嬢が保護対象でなくなり、児童ポルノ法や

国連マターにならないようスピン可能と分った今では、

より優先度の高い事案は、ニンフです。それについて、

撮影終了後のことを詳しく聞かせてもらえませんか」


「……そっちについても“協力”しろ、と? 

そもそも、どこの誰なんだオメーは?」と尋ねて

おきながら俺の中には半ば確信に近いものがある。

『にっぽんの行く末を憂う者』という言葉だけは

信じてもよさそうだ、と。

「子鵜飼蕾汰ですよ、そう呼んでください。

所属には名前が付いてないんです。

実を言うと、僕も全貌を把握していません」

「……からかってんのか?」

薄気味悪い話になってきやがった。


「同胞の間では《緩き連帯》と呼んでいます。

組織名というよりはスローガン、

“理念”でしょうか」

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