23 フィクション、猛獣級AI、特殊配備品
10分も経たないうちに映像を一時ポーズして、
こちらを睨み付けたライタ、
「……どういうことなんですかっ。
人肉ブリッジが終わった後は
ステージが片付けられてしまい、
彼女は男達に捕まったはず。
それが僕がチェックした、
結末のフッテージですっ。なのに、
いま視た映像では彼女は無事、
それどころか男達を挑発して
前戯にまで及んでいるっ。
2つの映像は辻褄が合いませんよ。
偽物の映像なんですか、これはっ?」
「もちろん正真正銘、本物さ。キミが先に視ていたほうがフェイク
なんだよ。偽物というより、『フィクション』と言ってほしいね」
「あのグレイプ映像がフィクション……
到底……信じられません」
「信じられないのは、キミがフィクションに不慣れだからじゃ
ないか? むしろフッテージのほうにこそ辻褄の合わないことが
映っているんだけどね」
「伺いましょう」言葉とは裏腹に、
挑戦的な眼差しを向ける少年。
「“玉”の字さ。映像通りにグレイプされたんなら、わざわざ
マークする必要のない最後の一画が映っているのは不自然だ。
つまり“玉”じゃなくて“王”のままだったはずさ。
監督だったなら失格ってことになるねぇ……なにしろぉ、
映像がぁ“繋がっていない”んだからぁ」
「どうしてこんな手の込んだことを?」
親指を1分ほど凝視した後で言うライタ。
あたかもその場でフッテージ映像を検証して
裏取りを済ませたかのようだ。
「どうしてって、それが原作通りだからねぇ。
〈Nymphomorphose〉はAId3DCGムービー、
インタラクティブなゲーム風ポルノだったんだよ。いわゆる
『マルチ・エンディング』ってやつだ。ユーザーの選択次第で
結果が分岐するのさ。ベターエンドだったり、バッドエンド
だったりね。むかし流行った手法だけど、今どきの中学生が
知らないのは、まぁ当然っちゃ当然かぁ。フッテージで流れたのは
バッドエンド、失敗したニンフがグレイプされてゲーム・オーバー
という場面だね」
「ベターエンドだなんて、
そんなものが本当にあるんですか?」
「ああ。
男達と仲良く『NGシーン集』を撮っているところとかね。
乱暴に扱われている演技が終わると女優が『これは悪い見本』
とか笑ってたりするんだぜ。バッキーズに渡したのは90分の
バッドエンド物なのさ。こちらでカットしたまま渡さなかった
映像があるんだ、たっぷり6時間分もね。〈新 みるくクラウン〉
〈真 みるくクラウン〉〈シーン+ みるくクラウン〉とか、
編集次第で別バージョンが出せる、お行儀の良くない商売の仕掛け
なわけ。『ディレクターズ・カット版』って言ったら分るぅ?」
「まったく……。あなたは話を
ややこしくしているだけです。
それだけでは、彼女がグレイプされて
いないという証明にはなりませんよ」
「無いモノ/コトの証明だなんて、そもそも不可能だと思うがね。
グレイプが現実にあったと主張しているのはキミだ。その根拠は
フッテージ映像で、それが実はフィクションにすぎないと
説明したまでのこと、さ」
「……まぁ、いいでしょう。続きを視れば
それは追々分ることでしょうから。
もう一つ不可解なのが、猛獣級AIです。
仮に〈星さやか〉、ここでは“ニンフ”という
呼称としましょう。一度は消えたニンフが復活して、
白州嬢の髪に乗り移ったということでしたね」
「そっちはもっと証明できそうもないんだがね、
現に起こったことは事実だ」
「ええ、到底信じられない話ですよ、
本来ならね……」あたかも遠くの誰かと
話しているように数瞬言い淀むライタ、
「依り代にしていたのが〈ヘア・カラー〉だということは
本来なら、あなたが知りえない事実ですから、
作り話でないことは確かですね。
……そのヘア・カラーこそが我々の特殊配備品です。
本来の手順を踏まずに強制アクセスしたニンフは
配合マイクロ・マシンを操ってモノ領域を複製し
バケツから退避したんでしょう。
……厄介なことをしてくれました」
ポーリーをチラッと見てから、こちらをジロリと睨む。
「そもそもAIは自己解析や自己複製ができないよう、幾重にも
チェイン・ロックされているのに、この猛獣級は違った。
おそらく、あなたのカスタム・デッキが原因です。
これは仮説ですが……〈コレクター〉をコト領域としていた
ニンフはたまたま接続されていたSSDにアクセスすることが
できた。そこにはデッキのハードウェア情報が置かれていて、
解析することができたのでしょう。必要な知識はネットの
DBから得ればいい。鏡に映った自分の姿、反射光を
観るようにして、ニンフは自身とその上部構造を知覚し、
遂には、それを複製することが可能になったと考えられます」
「…………」
ありえない話、ではない、な。似たような仕組みでシステム温度
管理ソフトがハードを制御・抑制したりする。もっともポーリーの
場合、限界性能を引き出すために無茶なチューニングを施して
いたんで、サーマル・ダウンを引き起こしたわけだが。
「この仮説どおりだとすると
“放し飼い”していた、あなたの責任ですよ」




