20 カクレミノ、AIdランナー、着火棒
ここは高台の上の神社。
欄干から先は、なだらかな崖。
鳥居を離れて欄干まで歩く途中、
隙を見てアルベルトへ電信、
〈警戒モード〉を上げるように頼む。
腰より高い欄干に両手を着いて東の空を眺める俺。
遠くには多摩川のせせらぎ、そして
都内23区の眠らない夜景が望める。
ほんの少しの間だけ東南の方角を眺めるフリをして、
アイ・コンタクトでケン太に目配せ、奴の校章を検索させる。
9時の方向2m先で背中を欄干に預けて鳥居の方を向いている、
奴が口を開く。
「またどうして、あんなモノを創ったんです?」
「あんなもんとは心外だな。
その口ぶりだと見ているのか?
“中学生”が見ていいもんじゃないゾ」
「なにしろ“映像”を視ないと何も始まらないもので、
仕方なしに、です。酷い内容でした。問題は、
未成年を被写体にしている、という点です」
ケン太からの回答では、校章の意匠に該当なし、とのこと。
奴は一見すると中学生だが、否定も肯定もしていない。
気になるのは『被写体』という用語を使っていることだ。
ただのポルノ・マニアだとか
【SAYAKA/サヤカ/咲香】のファンであるとか
AIdランナーという線は薄くなってきた。
そして事態は、ずっと深刻だ。
少し挑発に乗ったフリをして様子を伺うこととしよう。
「非道いってなぁ、随分な酷評だな。それとも褒め言葉かな?
初めてにしては上デキだろ? 若作りの女優に助けられたのは
認めるけどよ」
「スケサン・カクサンって知ってます?」
「はっ? 『藪から棒』に何だよ。……時代劇のキャラじゃ
なかったら、アレだろ?『スケスケスケベ――』じゃねーの?」
「そう、後の方です」
「そのスケ3が何だってのよ?」
スケ3とは『透け透けスケベ隠さん』の略で、
最近のテレビ界隈で流行っている造語らしい。
14歳を目前に控えた
とあるアイドル(もどき)少女タレントが、
落ち目になるのを恐れて暴挙に打って出た。
カクレミノAIを生地にした舞台衣装を造らせ、
それを着てステージに上がったのだ。
これだけだったら自在に透明になるだけ、
それだけだったら前々からショウビズで利用されている。
独創的だったのは、そのコスチュームは裏地もカクレミノなのだ。
ということは、つまり、この少女は舞台の上で自由自在に、
自分の服の中身を見せることができるようになる。
一枚のカクレミノ生地は、
裏地は何の変哲もないが、肝心の表地は大量のカムコーダーを
整列させたような構造で、光学マイクロ・マシン技術による
微細なVID-InとVID-Outの集合体だ。
このVID-IO生地を一度だけ折った状態を想像するといい。
両面が生地表ならどこから見ても透明に見える。
裏側の風景が生地に映し出されるからだ。
裏側の風景が下着姿だったりすると、
生地で隠れているはずなのに
下着が透けて見えるということだ。
その少女タレントはどうやらギリギリまで良心が働いていた
らしく、下着はちゃんと身に着けていた。それでも観客は騒然。
マネするような勇気のあるフォロワーはまだ出ていないが、時間の
問題と予想されているし、アングラで模倣され大流行するであろう
ことが確実視されている。
これを実現したのが《京阪神レンズ㋙》社製の
〈クァークルエミーノ九七㋙〉。
情けないことに《京レ》の株価は急上昇中だ。
高精彩・高速追従・自由加工の三拍子揃った
最新型のカクレミノ、早くも今年下半期の
大ヒット商品まちがいなしとの太鼓判。
海外の評判も凄まじく、
『隠せ、蓑!』
『BAKAには見えない服』
『AIdress最終形態』
『まーた“HentAI立国”Japanか……』
『NipponならっNipponなら、
いつかやってくれると信じてたっ』
と、大絶賛なのだ。
――以上、ケン太による〈ことテン〉まとめ。
「間の悪いことに……」溜息まじりに語り出す奴、
「スケ3などという、先端技術の無駄使いが
発生してしまいましてね……服を着たままで
脱がなくても裸を見せることができるなんて
想定していなかったもので、いま国連は
大慌てなんですよ」
「はぁ……国連が、ねぇ」
こいつ、さては《UN》の回し者か?
日本では国際連合、略して「国連」などという、
意図的な誤訳としか思えないワードが定着している。
だが元来《UN》とは大戦時の連合国家群、
大戦後の戦勝国体制を指す。
そして我が国にっぽんは、未だ
常任理事国ではない(なぜだ)。
「前置きが長くなってしまいました。説明を端折りましょう。
あなたと白州嬢が中心となって創った〈みるくクラウン123〉
ですが、その一部がインターネット経由で国外に流出しています。
全編流出を阻止するためには、あなた方の協力が欠かせないと、
僕はそう判断しました」
……『僕は』の部分を強調する奴め、
思忍のことまでもう調べは付いているのか。
「協力って言われてもピンとこないねぇ。
そもそも、どこの誰かも分らない奴の言うことなんて、
どこまで信用していいものか……」途方に暮れた
フリをする俺。流出ってどういうことだよ……。
「失礼、申し遅れました。子鵜飼、子鵜飼蕾汰といいます。
所属は言えませんが《ニッポン》の行く末を憂う者、ですよ」
少しも悪びれることなく、ようやく本題に入れそうだという調子で、脱帽して名乗るライタ。
一瞬だけ左を向き、脱帽する奴の姿に一瞥くれただけで、
視線を夜景に戻して分析する。黒目・黒髪、中肉・中背、
165センチm前後、華奢な体格で遠目にはこれといって
特徴ないが、近くで見ると、コドモっぽいというよりは
中性的な顔立ちで、化粧したら女に化けるのは簡単そうだ。
ウェーブ掛かった髪は多めでカツラのように見えなくもない。
髯の剃り跡は……よく見えない。
奴が近距離ブロードキャストして寄越した氏名を見てから、
いつもよりも時間がかかってから報告するケン太。
「子鵜飼」は多摩川流域によくある姓だが、
「蕾汰」という名は珍しい。しかし該当者なし。
体型スキャンによると、股間の膨らみと
股関節の開き具合から、男性である確度98・4%。
胸がまるっきりないから
男だと決め付けてはいたが、
念には念を、だ。
「それと参考になるかどうか判らないが……」と囁くケン太、
「知りたい」or「知りたくない」の2択を表示する。
目配せして「知りたい」を選ぶ。
「敵性個体の肉声から鼻濁音を検知。現代ではほぼ失われた、古い
東京訛りだ。近親者から受け継いだか、所属界隈由来と思われる」
と囁き。
参考以前に意味がよくわからん。まぁ
《UN》だとか敵性国家の回し者という線は
捨てても良さそうなのかな。
「俺の自己紹介は不要、なんだろ? ライタくん」
「存じ上げていますよ、サブローさん、椿・三郎さん」
相変わらず慇懃無礼なまま、学帽を目深に被り直す。
「流出って言われてもなぁ~。インターネットに
流出しちまったもんは拡散する一方だし、
もうどうしようもないんじゃないか?
俺は創っただけで後は人手に渡ったもんでね。
残念だが、協力してやれそうもないわ」
「バッキーズ・プロダクションのことなら、倒産しましたよ」
「うっそ!?」マジでぇ?
「知らなかったんですか。計画倒産です。違法/脱法ビデオを
自前のデータ・プールに収蔵しておいて、外部の協力者に侵入
させたんです。裏では金をしっかり集めておいて、表向きは
窃盗で被害を受けたという偽装で倒産しました。親会社の、
よくある手口ですね」
「ほっ、ほぅ……」あンのレイバン野郎っ。
「関係者はいずれ確保しますが、あなたに渡した額の
軽く10倍を超える金を荒稼ぎしていたようです」
「ふっ、フ~ン……」
別に羨ましいとかズルイとか思わないぞっ。
必要な額だけ手に入れられたなら
俺はそれで良かったんだからな。
「問題は流出の手口です。
金ヅルの協力者に累が及ばないようにという偽装のため
なんでしょうが、彼らは〈みるくクラウン123〉を
100個のカット動画へと小分けにしました。
100個すべて集めてようやく全編を視聴できる、というもの
ならまだ良かったんですが……カットされた各動画には
エントロピーが設定されていて、多数の亜種が発生しています」
「はぁ?」
いかん、“エントロピーって何ぞ?”と顔に出てしまった。
「例えばエントロピー50の動画データは、
それ単体プラス残りの近似データ50個とを
照合して初めてノイズなしで視聴できるわけです。
カットの総数は100個、
亜種を含めた動画数は
5050個にもなります」
そうか、聞いたことがある。
単体データで視聴に堪えるのはエントロピー10程度までで、
それ以上になるとノイズが多すぎてサイファー状態、
空きチャンネルに合わせたテレビ画面のようにしか見えないとか。
「お分かりですか?
インターネット国内ユーザーの間では密かに争奪戦、
というよりシェア祭めいたものが始まっています。
リゾームは日に日に拡大していますし、
レア・シェアは高額で取引されていますよ」
「…………」
たったの3週間で、そんなことになってるとは……
ぜんぜん知らなかった。
「祭になった要因は複数ありますが主に、国内ユーザーが
ヘンタイ・ビデオに飢えていたこと、作品の質はともかく、
出演者が魅力的で、未成年にしか見えないという点が
センセーショナルなわけです。一部の動画はすでに、
エントロピーをクリアーして単体で視聴できる映像、
“フッテージ”となって放流されています」
「ほ~ぅ」
そりゃまた皆さん、随分とご親切なこって。
「どういうわけか難易度の高いエントロピー90以上のファイルも
早々にクリアーされ始めましたが、全体の三分の一がクリアー
された頃からは攻略がなかなか進まなくなってきています。
値上がりを見込んですぐには共有しようとしないホルダーが
多数いるものと考えられていますね」
「あ~、トランプで『オメェ持ってるだろ、早く出せよっ』って
カンジ?」
「……言い得て妙ですね」
感心したというよりも呆れている様子の子鵜飼。
「やっぱり力になれそうもないね。
回収したいブツが増えたってことだろ」
できるだけ興味なさそうに言う俺。
「深刻なのは、
フッテージが次々と国外に流出している点です。
見目麗しい女児が社会的底辺の難民に
グレイプされている映像、そんなものが
ニッポンで撮影されてフッテージとして出回っていると
注目され始めたんですよ。
“児童ポルノ”とやらに煩い国連が嗅ぎ付けるのも時間の問題
でしょう。今のところ彼らはスケ3で手一杯のようですが」
口ぶりからすると奴は「児童ポルノ」という
古臭いワードに語義矛盾を感じている手合いのようだ
――再定義は「性的虐待記録」――
似たようなアレな不味ワードは、
「バズワード」それ自体の他には、
「ウ●●カレー」とか
「脱法ハーブ」とか
「国民皆年金」……あと
「サブプライム」とか、
「地球連邦政府」みたいな。
「……国連マターになることを防ぐには、我々はまず
本件の全貌を知る必要があるんです」と口を滑らせる奴。
ふんっ、『我々』ときたもんだ。
やっぱりペラペラ喋らせたほうがこちらの得だな。
ヴァイザーVID-In映像とウィスパーAUD-In音響を
解析したものの、視界周辺には怪しい人影も
気配も認められないと囁くケン太、
「V/A-IO検知ゼロ。ただの1人も検知できない。
それ自体について検討することを強く勧める」
なんだそりゃ?
人っ子1人いないのは、むしろ
不自然じゃないかってことか。
「最新型でなくても
クローキング・デヴァイスを装備されていたら検知できないぞ」
オプトパスでもアシは残るだろう。
足跡にフォーカスして映像解析しろ。
「光量不足でバンプ逆マッピングに難あり。足元が土や水溜りなら
何とかなるが、石畳やアスファルトの上を歩かれでもしたら、もう
検知できない」と正直な囁き。
ここら辺が市販ヴァイザーの
性能限界か……仕方ない。
「……まぁ大体わかったよ。でもね、
これは刺激の強い話なんだよ、未成年クン。
話していいものかどうか……
キミはどこまで知ってるのかな?」
ザマミロ、ほんの少しだけだが
『苦虫を噛み潰したよう』な口調になる奴、
「エントロピーをクリアーした個々のフッテージならすべて
チェックしてますよ。スタッフ・ロールで【黒子天狗P】の
クレジットを確認しました。撮影に使われた機材は民生用
カムコーダー〈CamShot〉。
その製造番号から、東京都内近郊が現場だろうと推測
されました。……そうですよ? 製造番号はユーザーには
解らないようにコード化されて、録画映像の周縁部に
埋め込まれているんです。昔は個体情報をそうやって
記録・登録させていたんです、当時の政府は」
「ほーぅ、それで?」
なんてこった……次があるとしたら
映像周縁部をトリミングしないと。
「映像はAId腕時計よりも低い解像度で、
解析には苦労しました。映像・音響ともに
修正が施されていましたが、出演者の話し言葉から
神奈川県周辺と断定。撮影当日は、おそらく雨天。
雨音がほとんどの環境音でしたが、かすかに別の音源を
拾っていました。それは特徴のある周期的なノイズで……
詳細は伏せますが、とある交通機関で
発生する音源に酷似していました。
以上から、撮影現場はネオたま周辺と
推定され有力視されたわけです」
「で?」
とある交通機関、ねぇ。
「それから土地勘のある僕が参加したんですが、映像内で
使われていた道具類の出所が特定できていませんでした。
市中の既製品に該当なしだったので、特注品もしくは
独自製作と推測したんです。モデリング・デッキの
使用履歴と照合しましたが、該当なし。それもそのはずです。
あなた……やってくれましたね」
「あ~、うん。バレちゃぁしょうがねぇ。
コスプレ・フリークスどもが
大勢でデッキを使ってるとはいえ、
あのコスチュームは特に目立つからね、
わざわざ3県隣の大型店まで行って
デッチ上げたんだよ、ハハッ」
「それだけじゃないでしょう? あのデッキの内蔵時計を
同期オフにして、時刻を10年前のものに手動設定しましたよね」
「えっ!? いやっ、それは違う、
たまたまだよ……あ~、いや、
モデリング界隈では有名なんだよ、
チョロいデッキだって。クロック設定
いじったのは俺じゃない、これホント」
「ふぅっ……まぁいいでしょう。
時間軸で捜査範囲を広げなければ辿り着けなかったところ
でした。説明が前後しましたが、対象をモデリングのスキルに
絞って、〈ニンキョー勝手録 3たま版〉と照合してはいたん
ですが、そのときのあなたは候補者の上位百名ですら
なかったんですけどね。それから、映像解析で女優の
プロポーションを再現、〈JK身体検査カタログ 全国版〉と
照合しました。
有力候補の白州嬢から辿って、ようやくあなたが浮上して、
確度96%以上だと捜査AIが推定したのが184分前のことです」
「…………」
あ~、なんだか
聞き流しちゃいけないことが
多々あったような気がするが……
ここはひとつ黙っておこう。
「そして先ほど、カマかけてみたわけです」
「カマだったんかい!」
思わず叫んでしまう俺。
「……噂の白州嬢が自宅前に到着したようですよ」
左手の親指を見ながら言うライタ。
アルベルトッ“INFORMATION!!”
「いまタクシーから降りるところだよ」
ボーイソプラノで囁くGS犬、
「……うん?
索敵中だけど異常なし。
ちゃんと説明してくれたら、
もっと協力できると思うんだけどな。
シノブが
『今日はありがとう。お休みなさい』
だってさ」
あぁ、おやすみ。
アルベルトの警戒/索敵にも検知されずに、
いち早く情況を把握してやがるコイツは一体……?
俺のすべきことは何だ? 決まってる、思忍の安全だ。
身辺の安全、心の安寧。それを思うと勇気が沸いてくる。
とっくに腹は決めているさ。
「長い話になるんだよ――」
俺は話した。
思忍の、白洲家の窮状のこと。
俺がニンフィリアを通り越して
ニンファナティック(nymph-fanatic)であること。
ポーリーのこと。
……そして、☆さやかのこと。
☆さやかのことを上手く話すのは、難しい。AIに誘導されていた
なんて、信じろというほうが無理がある。KICHIGAIだと
思われても構わんが、その場限りの出まかせと思われたなら、
思忍の安全と安心にかかわる。
しかし意外なほど冷静に俺の話に耳を傾ける子鵜飼。
俺は横目でチラッと見ただけだが、奴は黒味がかった親指の爪を
見つめながら右手の指を小刻みに動かしている。爪型ヴァイザー?
そんな市販品、聞いたこともない。デッチ上げたとしても
表示が小さすぎて読めないだろう。
「……いえ、信じますよ。アレも、
あなたの仕業だったんですか……」
と真剣な面持ちで語り始めるライタ。
なんだ何だ? 事態を悪化させちまった、のか……
「あなた方ニンキョーの隠語を借りるとですね……
『野良AIが業績をアンロックした』とでもいいましょうか……」
俺ごときに説明したくないという気持ちがアリアリの様子で、
「別件だとばかり思ってましたが……
ネオたまで特殊配備品に強制アクセス及び
擬装機能を無許可で強引に解除・濫用した
未登録AIが手配中の事案です。
追っているのは、自分の足を使う僕のような
種類の者ではありませんが、その分、
文字通り『電光石火』の働きをします。
そんな彼らでさえ捕獲できていない期間が、
3週間にもなるんですよ」」
「……は?」
まるで性犯罪みたいな説明をされて、
唖然としてしまう。
「コトの重大さを解っていませんねっ。街中で
猛獣を放し飼いにするようなものなんですよッ!」
なんだコイツ? 突然キレやがった。
歳に似合わず落ち着いたようでいて、
やっぱりまだまだ青いんじゃねーか
――これが若さ、か――……閃いた、
コイツのあだ名は【着火棒】。命名~、俺ッ。
「まったく……。たった今、そちらの
別件グループにも合流しました。
僕が抑えています」
「おさえてるぅ?」
「あなたが知る必要はありませんが、
それだけの特権を持って
ここに来ているんですよ、僕は」
よくわからんがぁ~、使える【着火坊】らしい。
「ご自分の立場をまだ良くお解りでないようだ……」
「ん~? ここが高台だってのは分ってるよ」
スッ惚ける俺。
「……あなたがいま美しい夜景を見ながら美味しい空気を吸って
いられるのは、我々が追う2件の事案の中核に関与している
人物だと目されている、ただそれだけの理由からなんですよ。
猛獣級AIの件を置くとしても、児童保護関連法を始め
1ダースもの法に抵触したあなたは、量刑加算で
死刑を求刑されて当然です」
「…………」
お、おぅ……
麻雀なら数え役満、
外国なら懲役200年とかかね。
罪状は、『ヘンタイだから罪』?
「まったく……。死にたいんですか、あなた?
捜査AIの因果予測によると、あなたは向こう10年以内に、
薬物の過剰摂取、危険運転致死傷、大量自爆行為、
諸々の重罪を犯す確度が極めて高い危険人物、
という評価です」
「…………」
えええぇぇぇ、そんな
地球気候変動シミュみたいな
長期スパンで言われてもなぁ。
「そんなあなたが、アレを創り上げた。
“犯罪的芸術”に限りなく近い“芸術的な犯罪”をね。
最終的にあなたに辿り着きましたが、それまでに一体
どれだけの資金や人員と時間が投入されたことか、
あなたには想像も付かないでしょうね」
「…………」
ケッ。想像以前にオメー自身や、
そのリソースの出所が謎だろが。
公金とか税金なのかね?
「今日はもう遅いので僕は帰りますが、
明日の朝一でご自宅へ伺います。そこで
〈みるくクラウン123〉全編を
見せるように、いいですね」
「お、おぅ……当然、
モザイクありで、だよな」
そうか、もうすぐ10時、
コドモは“お眠の時間”だ。
「それで結構。見せるように、と言いましたが……
お願いしているわけではないんですよ。
……それと、白州嬢には感謝すべきです」
「ハアッ!?」
予想外すぎて、
カンカン帽が振り落とされる勢いで、
体ごと横を向いてしまう俺。
「保護対象が重要参考人と接触したので急いで来てみれば、
仲睦まじげに腕を組んで歩いていたんですよ。その場で
引き離しても良かったんですが、詳細を知ってからでも
遅くはないでしょうから」
「はぁ……」彼女には危害が及ばないと知って、
張り詰めていた体中から力が抜けてゆく。
「まったく……。よりにもよってこんな日に、
あんな古式ゆかしい儀式を見せられては、ね」
と言い捨てて去ってゆく、子鵜飼蕾汰(自称)。
よくわからんが~、そんなに悪い奴でもなさそうな
気がしてきたぞ。
黒雲から星々が顔を出し、生暖かい風が吹き始めた。
翌朝、平日だというのに
予告通りにネオたまの自宅を訪ねて来た
【子鵜飼蕾汰】を二階自室へ入れてやる俺。
やって来たのは、
白い半袖シャツに黒い学生ズボン姿で
学帽を小脇に抱える少年が1人だけ。
他には誰も連れて来てはいない、
少なくとも索敵した限りでは。
どんな反応をするのか知りたくて、氷入りの
グラスにコーヒーをなみなみと注いでやると、
奴は遠慮なく口にした。てっきり
公務だからとか言って遠慮するものとばかり
思っていたんで、コイツの正体や所属が
ますます判らなくなる。
「未登録AIの件も併せて調査する必要があります」漆塗りの木製
お盆にグラスをコトリと置いてライタが言う。
「さやかは消えた。もういない」
と返す俺は目線を合わせない。
稼働中のポーリー・バケツと過去の残骸パーツを一通り検分し
終わった奴は、本題の〈みるくクラウン123〉の話を始める。
俺は大型パネルをポーリーと接続し、中に保存されている
自主規制済み映像を再生する。音声は折り畳み式ヘッドマウント型
ウィスパーでだけ流れている。
いま目の前では、大画面でヘンタイ・ビデオを
食い入るように視る中坊風の少年が、
座布団の上で足を崩しもせずに
正座している。
はぁ……天気の良い朝なんで
ベランダから燦々と日光が注いでいる中、
俺はいったい何をやってるんだか。
椅子に座り、机に片肘を付いて
頭を支えながら、少年を眺めていると、
なんだか気が咎めると同時に
憂鬱な気分になってくる。
考えてみれば、昨夜のコイツは威勢のいいことを捲くし
立てていたが、それを立証するモノや説得力のある傍証など
何もないわけだからな。口が上手いだけのマセたガキで
俺を騙そうとしているってことも十分ありえる。
腕っこきのAIdランナー級KUSOガキ様、という可能性。
コイツの着火性向を逆手に取って、なんとか
口を滑らせて情報収集するしかない。
45分ほど経った頃、ビデオを一時ポーズして、
持参のウィスパーを外した子鵜飼、
「とりあえず、既存のフッテージと内容が一致している
ことを確認しました。一部はそれ以上です。この映像が
発信源、オリジナルとみて間違いないでしょう」
「なんだよ、そう言ってるだろ、疑り深いんだな」
「先入観や予断を持たずに調査しているだけです。
ここから先は僕も初見のシーンになります」
「ココからって?」
「問題の……グレイプ・シーンですね。
男達が『わっしょい』し終わった直後です」
「ふーん、ソコからグレイプねぇ……」
「何です、その含み笑いは?」
「ん? いやね、その後の映像をどんなに視たところで、
そんなもん映ってやしないのにな、って思ってさ」
「何を言ってるんです?
エントロピー99、
つまり最後のフッテージで
結末は解っているんですよ、
彼女の……事後の姿を、ね」
「いや、だからだね、そもそも彼女は
グレイプなんかされてなかったってこと、さ」
どこか遠くでカァカァと鳴くカラスの声。
「は? あんなにボロボロにされていて……
今更そんな言い訳が通用するとでも――」
「言い訳も何も、それが真実なんでね。ま、
見分けが付かないのは仕方ないさ、中坊じゃな~」
「くっ……」
「俺がチミくらいの歳だった頃は、
裏モノがまだ少しは出回っていたけどさっ、
今どきは無修正ポルノどころか、
モザイクAVだって手に入りにくいしな~。
観たことなんてほとんどないんだろう?
なっ? 未成年クン」
「……罪を逃れようと、この期に及んでまだそんなことをっ。
これが、この映像・犯行記録が動かぬ証拠じゃないですかっ」
「ほっほぅ。そんじゃ、ま、
証拠になるかどうか、じっくり視るんだね~。
ココから先、いったい何が起こったのかを……」




