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1 ネオたま、〈バディAI〉

 今日のネオ多摩タウンの空は〈凱風快晴〉、

実に天晴れな五月晴れだ。


 澄み切った青空の下、

コンビニ前のベンチに腰掛けながら、

おやつにチーズちくわを齧っていると、

誰かが読み捨てたらしいペーパー新聞を発見。

 インクが手に移るんで苦手なんだが、

道端に落ちてんのは今どき珍しい。

ちょっと拝借。


 全国紙ならとっくの昔に電子化へ移行してるんで、

これは当然、東京西部のご当地ペーパー

〈ネオたま新聞()〉だ。

 おもむろに後ろのほうから捲って

――あぁやっぱりまだあるんだなぁ――

『ニンキョーさん』を見つける。

俺がまだほんのコドモだった頃からの4コマ漫画だから、

かれこれ20年以上にもなる長期連載だ。


 むかし任侠、いまニンキョー。暇を持て余した

主人公〈ニンキョーさん〉が町をぶらついていると、

難儀してる人に出くわして助けようとするんだが

結局ドジ踏んじまうって流れが基本だ。

たったの4コマしかないからか、

不条理すぎてオチが何だか判らない、ってな

批判が最近増えているとか。

今回の話が正にそれだな。


 風に飛ばされた帽子を追いかけてあげたら

ドジ踏んで最後にお駄賃を貰えたものの、

相手は帽子とは関係ない大企業さらりぃまん、

『お陰様でカイゼンの糸口が見えたよ』って、

どういうこっちゃ?


 オチが判らないのは俺が“さらりぃまん”でないから

だとは思うが、一応“ニンキョー”のつもりなんで、

ちょいとばかり癪に障る。


 これといって定職にも就かず、いわゆる

フリーの何でも屋として駄賃を稼ぐ毎日。

大学までは出たものの二流。ダチからは

『椿のやつNINKYOやってるってよ』だの

『三郎くんは“ニンキョーさん”だね』とか、

よく言われる。昔は『ニート』とか呼ばれていた、

よく分からんアレのことだ。


 頼まれ事は断らないのが基本、他人様に迷惑かけないのが

身上だ。博打も女遊びもあんまりしないし、酒は嗜む程度、

煙草は……これは止められない。思い出すとやりたくなるもんで、

腰の煙草入れから〈小意気()〉を取り出して――よっと――

愛用の長煙管で一服するとしよう。

『今日も元気だ たばこがンま~い!』――


……“ちぃず”ってどんな味だったっけ? 

よく思い出せないまま〈チ~くわ()〉を

食べ終わっていたんで(3本壱円也)、

両手で新聞を広げて読んでいると、

日付が十二月で浄化十五年。


 なんてこったい、今頃になって気づいた。

半年近く前の新聞がなんで今こんなとこにあんだよ。

よく見れば皺が多いんで包み紙にでも使われていたのかも。

 今どきパルプは貴重だってのにな。

インクが虫除けになるし、再処理すれば

ケツ拭くペーパーにもなるってのに。

勿体ない、もったいない。


 なんだか喉が渇いてきたんで飲み物を買うことにする。

道路沿いに店舗を構えるこのコンビニは昔からある

タイプで、コンテナ小屋みたいな四角い建物。

テナントで入っているのは1つだけで、

店は〈セレブ7/am()〉だ。

 東の都内23区にあるような、公園ど真ん中にあって

屋根の上が噴水になってるようなのとは、全然違う。


 店の前に立つと、誰もいないのに

独りでに左右に開くガラス戸。

スライディング・ドアを抜けると

“セレセブ”店内はこの時間帯は空いていて、

人っ子1人いやしない。とはいえ半無人店だから、

店員兼監視員は1人くらい、奥の別室にいるんだろう

とは思うが気にせず、壁一面に設置された

無人販売機の飲料コーナーで

〈出涸らし茶()〉を探す。


 あまりにストレートすぎるネーミングに

業界が騒然としたことで話題になったコイツは、

名前とは裏腹に国産良質茶葉由来の出涸らしを

ふんだんに使ったケミカル濃縮具合がバツグンに濃い目。

口の中をさっぱりさせたいときには、うってつけだ。


 壱円玉を切らしちまったんで、

五円玉を販売機に投入、お釣り4円は尻ポケットへ。

 機械が吐き出した緑色に透けるPETボトル茶を

片手に、店内に鎮座ましますモデリング・デッキに

一瞥くれてから、店外へと出る。


 さてと、

ベンチに戻って茶でも啜りながら

新聞にゆっくり目を通すとしよう。


あぁ~、実に清々しい、午後のひと時。



 エアコンの効いたコンビニから出たんで、

外の空気がさっきよりも暑く感じる。

ベンチは店の庇で日陰になってるとはいえ、

も少し風がほしいところだ。

 ポマードで固めたオールバックのオツムから

麦藁ハットを取って仰ぐと丁度いい。


 今年も太平洋のずっと東の海で水温が低いらしく、

どういう理屈かよく知らんが、そのせいで

日本の気温が高めだ。


 首に下げている手拭いで、滲んだ汗を拭く。

 手拭いなんぞ普段は持ち歩かないんだが、今日の

出で立ちが昭和初期の農村風景みたいに見えちまうんで、

京都〈西陣織()〉の藍染で崩してみた。


 上は白木綿の半袖シャツ、

下は新緑のチノ・パンで膝下まで。

靴というか履き物はテキトーで、

カーキ色のカジュアル・サンダル

――「三星公司」ってロゴが見えるな――だ。


 これで麦藁のカウボーイ・ハットなんかを

被ってるもんだから、遠目には野良仕事の合間に

一服中と見えなくもない。

衣替えにはまだ少し気が早いが、

なぁに、涼しい格好のほうがいいさ。


 景気のいい新聞記事に目が留まる。

『《ゴールデン商店街》跡地で

マグロの解体ショウ開催 3年ぶり ()』。

跡地には大勢の人が集まったらしく、

養殖物の生マグロが小分けにされて振舞われたとのこと。

 大陸の奴らがマグロの味を覚えてからというもの、

日本人の大好物が希少品になってしまって、ずいぶん経つ。

 赤身も旨いが、白身魚のスリミで俺は

じゅうぶん満足だけどねぇ。


 すり身といえば、ちくわ。竹輪といえば

……いつ頃からあるんだろな。

好物なのに実はよく知らねーや。

“ネット”で調べてみることにしよう。

 こんなときは有名祭都(サイト)

〈みんなの事典()〉が役に立つ。

まぁ実際の皆は4文字で、

『ことテン!』って呼んでるわけだが。


 麦藁ハットを目深に被り直す。

つば裏に貼り付けてある、

ヴァイザーへ目配せして(アイ・コンタクト)

〈ことテン〉を画面に表示させる。

キーワード“竹輪”が響かせた、

権威なき集合痴はいつだって大量だ。


 えーと、名称が「ちくわ」で定着したのは

江戸時代くらいからで、それまでは

「かまぼこ」と呼ばれてた、だと。

 ちなみに「ちくわぶ」は小麦粉でこさえた別物、と。

 言い伝えによると竹輪・蒲鉾は

1700年以上前にはもうあったらしく、

時の皇后陛下お召し上がり遊ばされ云々かんぬん――。

昔は大変な貴重品だったらしい。

 今では激安でいつでも食べられるんだから、

ずいぶんと進歩したもんだなぁ、日本。


「わん! わん!」と首筋あたりから聞こえる犬の鳴き声。


 今日のウィスパーは手拭の裏に貼り付けていたのを

すっかり忘れてた。

 ヴァイザー画面上の隅に映っている

犬小屋から顔を出す白い豆柴、


「まーた八つ時に食い物の調べ物か。

毎日まいにち……太るぞ」と囁く。

「1日3食より少しずつ5食とかのほうが

太らないんだよ」呟く俺。

「フンッ」と鼻息だけで笑い飛ばし、

「170センチ(メートル)、57キロ(グラム)

まぁ、デ●(DEBU)とは言わないが、

腕力が足りてないんじゃないか? 

それが許されるのは、色男だけだぞ」

 と要らんこと言って小屋へと引っ込む〈ケン太〉。


 コイツは俺の“バディAI”で、

ペルソナを3歳程度の雄犬に設定してある。

むかし家の近所で飼われてた仔犬がいて、

俺は小学校の登下校の度に遊ぶというか、

ちょっかいを出してた。

 漢字を覚え始めた頃だった俺は、

奴が成犬になったら【大犬太】に

改名してやろうと勝手に思ってたんだが

……それは叶わなかった。


 ケン太に〈皮肉モジュール〉をたっぷり効かせてあるのは、

少年時代に俺が持っていた、奴の印象そのままだからだ。

愛想は決して良いわけじゃなかったが悪い奴じゃなく……

ま、俺のほうが勝手にダチ公だと思っていただけなわけだが。


 犬といえば、親父が若かった頃には町中で

野良犬を見かけることがまだあったらしいが、

今はもうない。町中の犬は必ず飼い犬で、

紐というかリードが飼い主まで伸びている。

大型犬を連れ歩くことは一種のステイタスで、それは

飼えるだけの経済的余裕や庭つき一戸建てに住んでますよ、

というアピールになるからだ。それに、

同じグレードの犬を飼っている者同士の

横の繋がりが社交にもなるわけだ。


 室内でも飼えるような小型犬だと

大型犬よりも数段劣るが、そこに目を付けて、

安価な小型犬を連れ歩く独身男性が増えてるわけで

――大抵が若造だ――

これが若い女狙いだというのが最近はバレッバレで、

この手はもう通用しなくなってるんだと。


 純粋に犬好きなんだけど飼う余裕に乏しいという向きは、

バディAIを犬型にすることで心の隙間を埋めている。



 手拭いが、いや、貼り付けておいたウィスパーが

突然ブルブルッと震え出し、首筋をバイブり始める。

ヴァイザー隅に12桁の番号が映し出され、

「あぁん、電話ぁ!?」思わず呟いてしまう。

俺に(チョク)で電話がかかってくるのは

かなり珍しい。急用以外は大抵、

電信(デンシン)で済むからだ。


 しかも知り合いなら登録名が表示されるはずなのに、

番号が通知されてるってことは、これがお初、

ファースト・コンタクトってことだろ。

嫌な予感しかしない。

 間違い電話か何かだろ、きっと。


「手繰るか?」とケン太が小屋から顔だけ出して目を細める。

「あぁ、タグってくれ」と頼むと即座に回答、

「番号は個人登録。個体情報は保護者により非公開設定」

 と、ますます目を細める。


 見えないリードで保護者に繋がれてる

未成年ってのが典型なわけだが、

コドモの間違い電話かね。

 そろそろ5コール目に突入というところで、

とにかく電話に出てみることにする。


「はぃ、どちら様ぁ?」あえて名乗らず、ぶっきら棒に訊く。

「あ、あの……三郎さんの番号で間違いない、でしょうか?」

 聞き覚えのある声が囁く。


「……もしかして、しのぶちゃん?」

「はい! ご無沙汰してます、思忍(しのぶ)ですっ」


「お、おぅ、久しぶりだねぇ。元気してた?」

と思わず声が上ずってしまう。

「はい、その節はどうも。あの……今日は

折り入って相談したいことがありまして……」

 はて、いったい何だろうと想像を巡らせてるうちに

沈黙が3秒近く続いてるのに気づき慌てて、


「そっか、

電話じゃナンだから、

どっかで落ち合おうか。

ニコたま駅で、どう?」

「はい。いま校門を出たところなので、すぐにでも行けます」

「こっちはネオたまから

30分以上かかるんで、じゃぁ……

1時間後に南口改札前で」

「はい、それでは、お待ちしてます」

「ほーい、じゃね~」

 簡潔に通話を終える。

音声だけの同期通信は、どうも苦手だ。


 ベンチから腰を上げ、

パルプ新聞を尻ポケットに捻じ込む。

どうやら電話じゃ話しづらいことらしく、

(じか)に会って話を聞くことにしたわけで。

4年ぶりに親戚と会うってのは、悪くないね。


 ネオたま駅に向かって歩き出す俺。

アスファルトの道に砂埃が舞う。


……悪くない? いやいや、悪くないどころか、

相手は華の高校2年生なのだぜぃ。

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