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17 白州邸、不可逆ノイズ、少女性

―前回までの(*)あらすじ―


 後金回収のため〈みるくクラウン〉をデッチ上げるサブロー。

 それに挑むはシノブ。対するは、仮面の男達10人。

 Hなゲームで我慢比べ、10ステージまでクリアーされてしまい、

 なし崩しにシークレット・ライブへと突入する。


 ゲームはエスカレートし、☆さやかの負担も増大。

 原因不明で突然ダウンしてしまう〈ポーリー〉とバディAI。


 AId-lessとなってしまったサブローの前で、

シノブはカエルのように仰向けに横たわり

雄ミルクまみれになってしまうのだった――



(*) ノクターン n2951ct

「アン・ドゥ・トロワ〔裏〕」

 悪夢のような撮影は……終了した。

最初にしたことは、市販の簡易キットで

思忍ちゃんの体を検査して、異常なしを確認。

まるで〈Xドール〉のように横たわる

彼女の全身の汚れを拭い落とし、

石鹸で丹念に洗ってやった。


 放心している彼女の着替えを手伝い、

小道具をスポーツバッグの中にひとまとめにして、

長居は無用とばかりにヘンタイ部屋の外へ出る。


 人目を気にしつつ彼女の腰を抱きかかえるようにして、

近くに駐車しておいたレンタ・カーまで2人で歩く。

うな垂れるばかりで表情は見えず

無言の彼女は、息も絶え絶えだ。


 無駄に図体のでかい『ボノレボ』まで辿り着き、

助手席に滑らせるようにして彼女を座らせる。

脱力して動かない彼女のために

シート・ベルトを締めてやり、

俺は運転席へと周り込む。


 耄碌ジ●ィ(GGE)のように老害なガソリン・エンジンが

喧しい音を立て、排気ガスを撒き散らす。本当は

目立たない小型のハイドロ・カーが良かったんだが、

半額以下のコイツで我慢することにしたのだ。そのせいで

5ドアのSUV、カラーリングはまるで中共国旗のような、

濡れる鮮血色。


 白州邸まで送るアスファルトの道すがら、

彼女は終始無言。

 俺も掛ける言葉が見つからない。

 パッド型ヴァイザーを1本指で

なぞっている彼女、どうやら

〈アルベルト〉とは何やら

意思疎通しているらしい。

 気の利く警護AIは筆談ならぬ

アイコン・タクトで

一問一答しているようだ。


 伯父さんは出張という名目で、

金策に走り回っていて留守、

だからこそ決行日に選んだ。

AIの目や近所の目があることを考えて、

白州邸から1ブロック離れた場所で停車し、

彼女を引き摺るようにして車から降ろす。


 少しずつ落ち着いてきた様子で、

しっかりと歩き始めた思忍ちゃん。

自宅に近づくにつれて

自覚を取り戻しつつあるのか、

徐々に普段の顔つきに戻ってきた。


 だが俺には判る。それは

平静を装っているだけの演技なのだと。

少しでも安心させてやりたいと思い、

明日にでも連絡すると彼女に言っておく。

 コクリとただ頷くだけの彼女。

 奉公人達に気取られたりせずに

上手く立ち回るよう、〈アルベルト〉に

後のことを頼んでから、そそくさと立ち去る。


『後ろ髪を引かれる思い』というのは……こういうこと、か。


 震えるボノレボを転がしながら俺は考える。

彼女の傍に、いてやりたい。罵倒されても何でもいい。

彼女と話が、したい。ずっと視ていたからこそ、

傍にいないときに彼女がどうしているのか、

気になって、気になって、仕方がない……。


 だが、それは……一時の感傷、なのだ。

今ここで流されたら、俺はまた、

しくじってしまう。


……「みるくクラウン」は、まだ終わってはいないのだから。



 撮影したビデオは生データ。こいつを

あと24時間程度で編集し、アイドル育成AV

〈みるくクラウン123〉(アン・ドゥ・トロワ)

デッチ上げて、レイバン社長に渡す必要がある。

 社長は生データでもいいと言ったが、というか

生データこそ欲しいんだろうが、そうはいかない。

出演しているのが思忍ちゃんだと分らないように

映像を加工する必要がある、これは絶対だ。

 六月になってもう2週間が過ぎようとしている。

目的のカネを早く手に入れなければ。


 自宅へ戻った頃には夕暮れ時、

今日は土曜で両親の帰りは遅い。飯炊きは俺の仕事だが、

前もって炊いておいた白飯をレンジでチンさせることにする。

 二階自室のドアを手で開けると、いつもの風景だった。

開けたとたんにバックドラフトだとか、家が町内ごと吹き飛ぶ

とか、そんなコドモ騙しのハリウッド映画みたいな展開には

ならない、なるわけがない。


 思った通り、

ポーリーは廃熱に失敗してサーマル・ダウンしていた。

熱に強くない〈コレクター〉自体が故障して、☆さやかの

サルベージは……絶望的となった。ハードウェア構成を変更し、

無事だったハイブリッド石4基をそれぞれ載せたカード4枚、

それと旧式のSSDで運用することにしよう。


 ポーリーが無事に再起動。

麦藁ヴァイザーから久々に

ケン太を呼び出す。

 犬小屋から、ぬぅっと顔だけ出す白い豆柴、


「サブロー、ヲマエさぁ……ヲレのことすっかり

忘れてただろ、あのメス犬/ビッチに夢中になってさ……」

「そんなこと、ねーよ。ここ一ヶ月のことを説明するとだな――」

「だいたい知ってる。おおよその経緯なら把握してるぞ」

「そっそうなの、か?」


「あのアバズレ/ビッチ、こちらのコト領域に情況報告を

残していきやがった。まっ情報といっても、AI言語で

GiB(ギビバイト)オーダーだから、詳細は期待できないがな。

 あのな、あのアマ/ビッチが意味消失してから、

パーソナリティの優先順位はヲレに移っていたんだよ。

それに気が付いて、さっさと起動してくれていれば、

何かできたかもしれなかったんだがな」

「お、おぅ……今日のいつ頃からモニター、してたんだ?」

「訊かれたから答えるとだな……

【黒子天狗P】が“OVERWRITE”した辺りからだな」


「ぁ、あっ……そぅ。ほっ、ほぅ。……ま、それなら話が早い。

動画編集をだな、手伝ってぇほしいんだよ」

「嬢ちゃんの素顔と肉声の上から不可逆ノイズを施すわけだな」

「そうそう、話が早いねぇ~。モザイクかけ終わったら

カットしてシーン再構成な」

「おやすい御用だ、ミスター・オーヴァライト」

「…………」



 明けて日曜、夜通しの作業だったが、

ケン太のお陰で編集作業は実にスムーズ。浮いた時間で簡単な

オープニングとエンディングまで加えることができた。スタッフ・

ロール付きで、例えば『機材提供 カムコのツヨシ』とか。


 彼女の顔からモザイクが外れていないかとか

ケン太に確認させると15分程度で終了する。

一応、俺も実際に視て入念に確認することで、

ダブル・チェックとする。

 いやはや我ながら良い出来栄えで、

不肖の息子が元気ビンビンになってしまう

――スマン、思忍ちゃん――だがしかし、これで

彼女の生命や財産と同じくらい大切な、

個体情報は守られることになる。


 逸るボノレボを唸らせ一路、池袋へ。


 光ディスクに焼き付けたデータを《バッキーズ》へ持ち込む。

モザイクで自主規制済みなのを視てチョビ髯社長は落胆していたが

目の周りには濃いめの、局部には薄めのモザイクを掛けることで、

気を利かせたつもり。

 初めてにしては良くできていると、

お世辞ではないお褒めの言葉をいただいた。

黒子衣装とカクレミノは、返却した。


 昼過ぎには自宅へ戻り、〈ぴよ子〉と

15k円分の五百円玉を、いま目の前にしている。

 長かった……。実に、濃ゆい一ヶ月だった。

やったね、思忍ちゃん

――家族が増えたりしないのは当然としても――

昨日1日のことは無駄にはならなかったよ。

 早速、アルベルトに報せて彼女の近況を訊く。

日に二度も三度も風呂に入ったり、

ベッドで臥せていることが多いそうだが、

健康状態に問題はないとのこと。


 よろめくボノレボで白州邸へ向かい、

彼女に残りのカネを渡した。

俺が持っていていいものじゃない。

締めて3万円、これは彼女の努力と忍耐の賜物だ。

 彼女は堰を切ったように涙を流し始めて、

か細い声で礼を言うのだった。何度も、何度も。



 次の日、月曜。伯父さんが帰り次第、

何か買えるものはないかと話を持ちかけた俺。

最終的に買ってやったのは、

陶製のティーカップとソーサーのセット。

《スイス》辺りのアーティスト(自称)がこさえたもの

らしく、長いこと売れ残っていたという在庫品だ。

 俗に『アート』と呼ばれる、よく判らん何かは、

時に法外な値が付けられて売買される。

今の俺にはうってつけの品だった。

白州と椿の間の現金取引、表向きは

正当な売買に見えて、まぁまぁ不自然さもなく、

とりたてて当局の目を引くこともないだろう。


 伯父さんが俺にチュッチュッせんばかりに抱きしめようと

するのを全身全霊をもってしてお断りするのが大変だった。

甲斐人おじさんは饅頭とかのアンコ食いすぎで出っ腹なんで、

がっぷり四つに組むことで難を逃れた。


 帰りしな、停めておいたボノレボに向かう途中で

入れ違いに学校帰りの思忍ちゃんと出くわす。

日常生活を取り戻したようで、一先ず安心。

ただ当面は様子を伺う必要があると感じたんで、

週2回程度は連絡を取り合うことにした。

アフターケアなんていう軽いもんじゃない……

俺にはその責任がある、そのはずだ。

負い目を……感じずにはいられない。


 軋むボノレボを発車させるとき、喧嘩煙管の雁首(がんくび)を叩きつけると、ダッシュボードの灰皿がガチンと悲鳴を上げる。


 思忍ちゃんのことを、考えずにはいられない。

 後悔の念からか、

彼女がまだ小さかった頃のことを思い出す。

夏の川原でバーベキューを楽しむ白州家。

家族行事にお呼ばれした俺は

男手が必要ってことで色々と働かされたもんだ。

あれはもう……6年も前のことになるか。


 手伝いが一段落して一休みしている俺に話しかけてきて、

俺の名前に“十”が足りないとか無邪気に言い出した彼女。

大昔のチャンバラ映画の話を楽しそうに笑って語っていた。

モノクロームな白黒映画での撮影では、赤よりも黒のほうが

より鮮やかに赤らしく映えて見えるのだとか。

 それを聞いて俺はというと――

御河童(ボブ・カット)ぱっつん髪のブレザー服少女が血塗れの刀を片手持ち、

死屍累々の上に立って善がりながら舌なめずりしている

……そんなシーンを想像してしまったんで、

そのときのイメージが強く印象に残っている。


 今回のことは後悔していない、

といったら嘘になる。3万と引き換えに

彼女の中の大事な何かが失われてしまった気がしてならない。

誰にでも卒業する日が来るとはいえ、彼女にとっては

もっと先であるべきだったんだ。

 俺の知っている彼女は、

あのあどけない少女は……

もはや少女ではなくなった。

 これは、俺のエゴ(egoism)なんだろうか。

可愛い従妹がいつまでも少女のままで

いてほしかったという……。


 肩で風切るボノレボの左頬に天下御免の向こう傷が付くところだったのを危うく回避。


……仮に少女性とでも呼ぶとしようか、

それをなくしてしまったら年齢や身体に関係なく、

もはや少女ではない、いや、少女ではいられない、

というような、何か。

何かもっと……より精神的なコト。


 思えば、資金洗浄を疑われずに円点を現金に

換える方法をどうしても思いつかなかった俺は、

AIrビッチや警護AIに半ばそそのかされるようにして

〈みるくクラウン123〉を見切り発車させたんだった。


 後金が円点になってしまうという報告がてら、

出演の話を彼女に持ちかけた〈アルベルト〉。

今にして思えば、

まだ未成年の彼女に酷な選択を迫る形になった。

 藁にもすがる思いだった彼女は詳細を知りたがり、

俺の自宅であの〈Nymphomorphose〉を観る

ハメに。これも間違っていた。そもそも未成年に

見せていいような代物じゃなかったんだ、アレは。


 麦藁ヴァイザーを着けながら、戸惑い驚き狼狽していた

彼女。あのときの俺は、彼女が決して引き受けることが

ないと確信していた。たとえ演技でも、あのニンフのように

なれるはずがない、と。

 すべて観終わったとき、彼女は随分とショックを受けていた。

 そりゃそうだ、彼女にしてみたら、そんな世界があるなんて

初めて知ったんだからな。


 交差点での信号待ち、後続車両からクラクションで罵声を浴びせられる、間抜けなボノレボ。


 そう、グラス一杯のコーヒーを飲み干したあのとき、

彼女は一言『……やります』と声を絞り上げたんだった。

予想外の応えに驚いた俺は何度も引き止めた。しかも

彼女に協力するとなれば、撮影するのは俺ってことになる。

そんなのは御免だ、と。


 追い詰められていた彼女は、俺の協力が得られないなら

バッキーズに自分を売り込みに行くとまで言い出した。彼女を

ビル前まで連れて行ってしまったことを俺は激しく後悔した。

 採用してくれるならバッキーズでなくてもどこでもいいという

勢いだった彼女を見て、思い留まらせることは無理だと

悟った俺は、せめて自分の手で撮影してやろうという気に

なったんだった。そのほうがまだしもマシ、彼女をギリギリ

救うことができる、かもしれなかったからだ。


『乗りかかった船』? 

『毒を食らわば』何とやら? 

……というより、

共に堕ちよう、という心境だった。

……そう、だからだ、

彼女の申し出を断れなかったのは――


 前方車両にオカマを掘るところだったボノレボ、(すんで)の所で寸止めブレーキが間に合う。


……あのとき、目に大粒の涙を溜めてポツリと言った彼女、


『私の……初めてのひとに、なってください』


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