『お試し下さい。』=カワールカラーの巻=
ツン、ツン、ツン。
ツン、ツン、ツン。
今、私は地道な作業をしている。
羊毛フェルトで猫ちゃんを作っているのだ。
「ふぅ・・・結構面倒くさいもんだなぁ」
羊毛フェルトは、フワフワの羊毛をニードルと呼ばれる針でチクチクとひたすら突っつく手芸。私的にはチクチクというよりも突っついているツンツンのイメージ。これ、結構難しい。思ってる形にならないし・・・
面倒くさいので、ちょっと乱暴に突っつきだす私。
ツンツンツンツン!
「あっ!・・・」
やっちゃった。勢い余ってフェルトを押さえている自分の左手の人差し指をニードルで刺してしまったのだ。指先からぷーっと血が玉のように出てくる。
とりあえず、絆創膏を貼って、再び作業を続ける。
「出来たー」
出来上がった猫ちゃんは、説明書に載っている見本とは似ても似つかない仕上がりになったが、指まで怪我して初めて作った作品だったので私は満足していた。
ふと見ると、絆創膏に血が滲んできている。結構深く突いちゃったからなぁ・・・
その夜、私はお風呂でシャンプーする時に、左手の人差し指だけ使わないように指が攣りそうな感じで髪を洗った。そして、頭にタオルを巻き、お風呂上りの牛乳を持ったまま、テレビのスイッチを点けた。
『ヘイ!マイク!手に持っているのは何だいっ?』
『これかい?これは魔法の薬だよ!』
ああ、外人のコンビがやってる、通信販売のテレビだわ。魔法の薬ってなんなの。ちょっと気になって、私はテレビの真ん前に座りこんだ。
『魔法ってのは、これだよ!』
と、言ってマイクと呼ばれる男性が、突然カッターナイフで自分の指先をスッと切る。
「わああ」
思わず私もテレビの前で声を出してしまう。
『おぉい!マイク!なんてことしてるんだ!』
『いいかい、ジョン。この指先をよ~く見てくれ!』
『ああ、マイク・・・俺はドラキュラじゃないんだよ、血に興味なんて・・・』
そう言いかけたジョンが次の瞬間、素っ頓狂な声を上げた。
『オーマイガッ!マイク!君はエイリアンだったのかい!?緑色の血が出てるよ!』
画面にマイクの指先が大写しになる。確かに、緑色の液体が少し出ている。
「えっ!なんなの・・・マジックかな?」
マイクとジョンのやりとりに引き込まれるように見入ってしまう。
『ハッハッハ!ビックリしただろう~?これこそ、この薬のおかげなんだよ』
『どういうことなんだ???ちゃんと説明してくれよ~』
マイクは、緑色の血がちょっとだけ出た指にさっと絆創膏を巻き、説明を始めた。
『これはね、飲むと色を変えれる魔法の薬なんだ』
『なんだって!一体誰がそんなすごい薬を発明したんだい!?』
『それは言えないさ。さてさて、さっき僕の血が緑色になってただろ?』
『すごかったね!マイクがエイリアンになってしまったのかと思ったよ!』
『僕はね、緑色になる薬を飲んだんだよ』
そう言って、マイクが緑色のパッケージの袋をフリフリと振る。シャカシャカ、と音が鳴る。
『それって、中身は粉末なのかい?その薬で血の色を緑色に変えれるんだ?』
すると、マイクは人差し指をチッチッチッと横に振り、
『いいから、よく見ててよ』
と、ニヤリと笑って透明のコップを取り出した。
そして、次の瞬間、
『ちょっと失礼!』
と言って、コップに涎をジュルル~と出したのだ。
「汚なっ・・・」
『おおい!マイク!なにやってるんだよ!汚い!・・・あれ?』
マイクが手に持ったコップには綺麗な緑色のどろっとした液体が入っていた。
「おー、なんかスライムみたい」
『綺麗な緑色だ!なんか緑の物食べたのか?』
マイクは、口元を拭きながら、さっきの緑色のパッケージの薬をフリフリ振る。
『どういうことだい!?緑色になるのは血だけじゃないのかい!?』
『そうさ、実はこの不思議な薬を飲むと、体から出るもの全てが緑色になるんだ』
『すごいじゃないか!僕も飲んでみたいよ!マイク、テレビの前の皆さんにも教えてあげて!』
『オーケー!この不思議な薬は、飲んだら24時間、体から出るものの色が変わるんだ。色は緑の他に、青、ピンク、白、黒があるぞ。飲みやすいフレーバーで粉末だから、そのままサーッと口の中に流してもいいし、ドリンクに混ぜて飲んでもオーケーだ』
『すごい、5色もあるんだ!』
『いいかい?血が赤いって誰が決めたんだ?この薬を飲んで、もしも血がピンク色になったら・・・と想像してみてごらん?怪我しても楽しくならないか?』
「おおー!ピンクいいな!」
私はもはや買う気マンマンだった。
『いいね!素晴らしいよ!で、5色セットでいくらするんだ?』
『今回お届けする【カワールカラー】は5色セットで6万円ジャストだ』
「高っ!欲しいと思ったけど絶対無理・・・」
あまりにも高値で、あきらめてチャンネルを変えてしまおうかと思った時だった。
『6万円・・・ちょっと手が出そうにないな~もうちょっと安くならないの?』
『ジョン、君だけに教えるよ。いいのがあるんだ。今ならキャンペーン中で、【カワールカラー】ミニミニお試し3色セットが4千円でゲット出来るよ!』
「あ、4千円なら・・・ちょっと買ってみたいかも」
さすがに6万円の冒険は出来ないが、これぐらいなら出せそうだ。
『ナイス!それなら僕にも買えそうだ!』
『お試し3色は5色の中から好きな色が選べるぞ。しかし、色が変わる時間は1時間のみだ』
『なるほど!気軽に楽しめそうだね!』
『さぁ、テレビをご覧の皆さん、今ならお得なキャンペーン中ですよ。お電話は今すぐこちらまで!』
テレビを食い入るように見ていた私は、吸い寄せられるように電話番号を押していた。
「カワールカラーのミニミニお試し3色セット注文したいんですが・・・」
今頃はテレビを観ていた人で電話が殺到してるんじゃないかと思ったけど、意外とすぐに繋がって私は無事にお試しセットを注文することが出来た。
「そうなのよ、血って赤いから痛そうに思うのよ」
私は、さっきニードルで突いてしまった傷口の絆創膏を交換していた。もう血は止まったが、剥した絆創膏のパッド部分に赤いシミがついていた。その色が痛みを感じさせる。
「カワールカラー、楽しみだわ」
もしも、血が白かったら。もしも、涎がピンクだったら。なんかワクワクする!明後日ぐらいには届くかなぁ。誰かに見せようかなぁ。などと考えながら、私は眠りについた。
2日後。私の元に【カワールカラー】ミニミニお試し3色セットが届いた。
「やったぁ~きたー!」
早速、箱を開けて中身を取り出す。私が選んだ3色は、白とピンクと青だった。
「どれから試そうかな~」
3色の袋を並べて、じーっと見ながら考えてみる。体から出る物って、どれぐらいあるんだろう?テレビで観たのは血や涎だったけど、涙も、鼻水も、鼻くそも、目やにも、汗も、ウンチも、オシッコも、こうやって考えるだけでも結構あるんじゃないかな。確か、お試しセットは1時間しか効果がないんだったよね。ってことは、続けて3色使うとなんか勿体ない気がする。そんな度々オシッコとかも出ないし。よし、1日に1色って決めて使おう。
「よし、最初はピンクにしよ!」
私は、早速ピンクの袋を開けて、大胆に口の中に流し込んだ。甘いピーチのような香りと優しい味がする。ああ~、普通に食べるだけでも美味しい!その上、楽しめることいっぱいでなんか嬉しい!
「えっと・・・」
薬を飲んでみて、気付いた。このまま何もしなかったら1時間無駄になっちゃう。自力で何か出さないと!お通じはこないし、こないだニードルで突いた怪我はとっくに治っちゃったし・・・。今すぐに体の中から出せるもの・・・私はおもむろに鼻をほじった。
ポロ、ポロ、
とりあえず鼻をほじってティッシュの上に乗せてみる。
「おおおお~可愛い」
ティッシュの上にいちごみるく色をした鼻くそが2つ。やっぱり、色でだいぶ変わるなぁ。なんかお菓子の粒みたいで美味しそうに見えるもん。
「・・・美味しいのかな」
なんだか食べてみたくなって、1つ口に入れてみた。あ、なんかしょっぱい。味は変わらないのね。私は飲み込まずにティッシュに吐き出す。ティッシュがピンク色に染まった。
「あ、涎がついたのか」
なんか染め物をしたようなティッシュが出来上がった。これはこれで可愛いかも。
「う~ん」
薬を飲むタイミングを間違えたのか、私の体から今出そうな物は何もなかった。ピンク色の効果があと少しで切れてしまう。
「そうだわ!泣いてみよう!」
私は、いつも観ると泣いてしまうアニメの最終回シーンの動画を探し出した。
「うう・・・かわいそう・・・」
やっぱり、泣いてしまう。ハッ!今だわ!
パシャ
私は自分の泣き顔を写メに撮ってみる。目から出るピンク色の可愛い涙。写メで見るとデコったような涙に見える。これはこれで面白い。その後、すぐに1時間が経ち、ピンク色体験は終わった。
翌日、私は薬を飲むタイミングをこの時にしよう、と決めて、待っていた。
「きたわ!」
今日は白い薬にしてみた。ミルクのようなやわらかい味と香りが広がる。
「これも普通に食べるだけでも美味しい・・・あっ」
私はトイレに駆け込んだ。朝のお通じがやってきたのだ。
すんなりと出たウンチは、綺麗な白色をしていた。よく、バリウム飲んだ後は白い便が出るとか言うけど、完全な真っ白。混じり気がないだけに、ウンチには見えない。便器の中の白いウンチのあまりの美しさに、思わず便器に顔を近づける。
「くさっ・・・」
残念ながらニオイはウンチそのものだった。まぁそうだ。色だけしか変わらないんだから。と、納得してトイレを出ようとしたその時、
「あ・・・」
下腹部が少し痛んだ。この感じ、もしかして、来たかな?生理が。
ラッキーだった。生理が来たということは、自分の体をわざわざ切ったりしなくても血の変化を無条件で楽しめるのだ。とりあえず、ナプキンを当てて、私はトイレを出た。
「あとは、どうしようかな」
白い色で何して遊ぶか。私は涎をコップに出してみた。頑張って、口の中がカラカラになりそうなぐらい、グジュグジュッと涎を出してみる。
「あはは。なんか変態っぽい」
それは、怪しい液体に見えた。出来ることなら、これをなんかのイタズラに使いたいぐらいだ。そうこうしてる間に、白の時間も残りわずか。私は再びトイレに行った。
トイレに座り、出血しているナプキンの色を見る。
「やっぱ、白、イイ!」
毎月の、赤い色を見ていつも貧血を起こしそうだったからだ。白だと、それが全くない。やっぱり血の色は赤いからなんか怖いんだわ。こうして白い色体験も終わった。
翌日。お試しセットの最後の色、青の日だ。昨日から、生理が始まっているので、血の青色体験は、お約束済みだ。出血量も多い日なので、どんなことになるか楽しみだった。私は青の薬を口に入れた。ソーダのような爽やかな味と香りがした。そして、トイレに駆け込む。
「おおお~真っ青!」
いつもは真っ赤に染まる便器の中が今日は青い!爽やかな青!赤じゃないことがこんなに素敵なことだなんて!真っ青なトイレを流しながら
「ブルーレットみたい」
なんだかついでに便器も綺麗になりそうな勘違いを起こしそうだ、と感じた。
「あ、そうだ!」
私は思い付いた。何か、体の中から出す方法・・・、垢すりをしてみようかな、と。
風呂場で韓国式垢すりタオルで体をこすってみる。
ボロ、ボロボロ。
「あ、すごい」
青色の消しゴムの消しカスのような青い垢が風呂場の床に落ちる。私はそれを集めて拾って、小さな小瓶に入れ、部屋に飾ることにした。涼しげな色で可愛いから。お試しセットを買った記念だ。
「そうだ、これも記念にしよ」
私はティッシュの上に、青い鼻くそを乗せ、コップに青い涎を出した。鼻くそは小さな透明ケースにティッシュに乗せた状態で保管、コップにはラップをかけた。そして、リビングのテーブルの上に3つを並べて飾ってみた。
「楽しいお試しセットだったな~」
こうして、私のカワールカラーお試し体験は終わった。
ピンポーン
「あ、洋子きた」
この日は、友達が来ることになっていたのだ。一緒に羊毛フェルトでリスさんを作ろうと約束していた。
「お邪魔するねー」
「うん、適当に座って。今お茶いれるから」
キッチンでお茶の準備をする私。リビングで座っていた洋子が私に声をかける。
「ねぇ・・・これ何?」
洋子は小瓶を手にしていた。私は、後でカワールカラーの体験を話そうと思っていたのだ。
「青くて綺麗でしょー」
お茶をいれながら、洋子に話しかける。
「え・・・青くないけど・・・ていうか、これ・・・垢?こっちは?鼻くそ?・・・」
洋子のドン引きしたような声に、リビングに行ってみると、ものすごい嫌悪感を漂わせた洋子がいた。
「どんな趣味してんの・・・やっぱ、帰るわ」
「えっ・・・」
そして、お茶も飲まずに洋子は帰って行った。
テーブルの上には、汚い垢が詰まった小瓶、鼻くそが飾られたケース、涎が入ったコップが並んでいた。
「なにこれ、青くないじゃない!汚い・・・どうして・・・?」
私は洋子に見せようと思っていたカワールカラーの空き袋を見た。
”カワールカラーで色が変わった物も時間が経てば本来の色に戻ります”
と、裏側に小さく書いてあった。
「ええ?・・・先にちゃんと読んでればよかった」
洋子の中で、私はもう変態扱いされることだろう。たった一つ、救われるのは、ウンチを記念に取って置いてなかったことだ。もしも、色が変わった時に、ニオイも変わっていたら、間違いなくウンチも取り置きしていたことだろう。それが戻った時のことを考えると、私はゾッとした。なんだかんだの結論から言って、やっぱり血の色は赤くていいし、わざわざ色を変える必要もないな、と思い直したのであった。
~『お試し下さい。』=カワールカラーの巻=(完)~