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大好きな君へ。【結夏と優香】  作者: 四色美美
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四日目

秩父の清水寺と言われる岩井堂へ向かいます。

 朝起きて又写経を始める

これを百円均一で見つけた時鳥肌が立った。


僕ははその頃心の拠り所を探していた。

だから衝動買いをしてしまったのだ。



結夏と隼人の霊は、きっと結夏の御両親の手によって成されているのだと思う。

それでも僕達は此処から出発した。

お互の心を軽くして、愛し合いたいがために……


優香は自分をエゴイストだと思っているようだ。

でも僕の方がはるかにその上を行っていると思っていたのだった。



昨日のテレビで札所を見た時、違和感はあったけど僕はあの緑の紐を思い出していたんだ。





 「今日は奥の院から護国観音を回ってみるつもりです」

朝食を取りながら女将さんに言った。



「その道は工場の中を抜けて行くの。皆その手前で躊躇するらしいけど、堂々と入って行っていいのよ」


女将さんが何を言っているのか僕には判らないけどとりあえず頷いていた。





 「あの焼きオニギリとても美味しかったです。又今日もよろしくお願い致します」



「そうくると思ってもう用意しておいたわよ」

女将さんが笑いながら言った。



「甘えついでにもう一つお願いしたいことがあります。お遍路を甘くみていたようで、五日間では回りきれそうもありません。今度の土曜日に又参りますので、予約をしたいのですが……」


優香の発言に女将さんは戸惑っていた。



「残念ながら全室埋まっているわ」


女将さんが申し訳なさそうに言った。





 「大丈夫です。何とかします」


そう言ったけどあてがある訳がない。

バーガーショップやマンガ喫茶。イザとなったら野宿でも良いと思ったんだ。





 「女将さん、何時も早くて申し訳なく思っています」



「あらっ、そんなこと気にしていたの? お遍路なら当たり前でしょ。八時から納経所が開くのにこんな場でのんびり過ごす訳いかないんだからね。心配しないでね。なんか嬉しいわ。よし、私が宿の方は何とかしてみるわ」


女将さんはそう言ってくれた。





 二十六番円融寺は、野坂寺の先にある。

西部秩父駅前を真っ直ぐに行き、五方の辻より野坂寺方面へ進んで行くつもりだった。

でも女将さんはもっと楽な道があると教えてくれた。





 影森駅前の信号を進むと女将さんの言った踏み切りがあった。

其処を渡り次の丁字路右へ折れる。

その道を左へ行くと又丁字路があった。



その先を更に進むと広い駐車場があった。

それを左に見ながら、階段を上って行った。





 「おん、あろりきゃ、そわか」

所作の後で聖観音のご真言を唱えた。

勿論回向文の後のお礼まできちんと済ませた。



札所二十六番は立派なお寺だった。

でも驚いたことに花が一つも咲いていなかった。



「これ牡丹じゃない? きっとゴールデンウィークの頃は花盛りだったかもね」


優香に言われてその木を数えてみた。

でも途中で諦めた。

三百本以上植えてあったからだ。



どうやら牡丹以外はないのかも知れない。




そしてあるべき物がもう一つ見当たらなかった。



札所十五番では、小さなお堂から垣間見られたあの秩父観音霊験記が無かったのだ。



秩父観音霊験記とは、その寺にまつわる由来を記した板絵のことだった。



最初に気付いたまのは、八月二十四日の四萬部寺の大施食会の時だった。



水子地蔵尊に向かう途中で本堂脇に掛かってあったのを見たのだ。



後で尋ねると、秩父三十四札所全部に掲げられていると言うことだった。



『出来れば、全部の秩父観音霊験記を見てみたいね』

だからあの時にそう言ったのだ。

僕の言葉に戸惑いながらも、優香は頷いてくれたのだった。





 「あの、すいません。秩父観音霊験記と言う板絵を探しているのですが、何処にも見当たらないのですが……」



「ああ、此処には無いですね」


納経所にいた人は言った。



掲示板の中に別な絵の貼り紙がしてあった。

その隣には、丸い可愛らしい子供の仏様鎮座していた。





 その別な絵が貴重なのだそうだ。

平景清の牢破りの額なのだそうだ。


雲の上に立つ白衣観音が悪名高い平景清を放射状に七本の光で金縛りに合わせていると見られているそうだ。


又観音信仰に対するご威光とも言わたりもしているらしい。


興味深いのは、その光は実際の鉄線で出来ている、と言うことだ。



僕はこれが秩父観音霊験記の代わりに置かれた物ではないかと思った。





 札所二十六番脇の巡礼道を進むと、丁字路に突き当たる。

其処を左に曲がると工場が現れた。



其処が女将さんが教えてくれた工場のようだ。


僕達はその前で佇んでいた。

工場の中に入る形になるために戸惑ってしまうのだ。



「女将さんの言った通りだね、本当に躊躇する」


僕が言うと、優香が頷いた。



それでも僕達は受付の前を進んでいた。



(僕達巡礼者なのだから、何の遠慮もいらないんだ)


そう思い込ませることにしたのだ。

それでも気が引けた。





 恐縮しながらも堂々と進む。

半ば開き直りって心境だった。


女将さんの言う通り、遠慮はいらないのだ。



工場の敷地を抜けて暫く行くと、太子堂と書かれた建物があった。

その横には琴平神社。

真ん中にある道を進む。

するとスローな階段が現れた。


さっき、工場の受付の人に聞いてみたら此処まではバイクで入って来られるそうだ。

やはり心配だったから、本当に工場の中の道に入っても良いのか一応聞いてみたんだ。

ついでに、バイクのことも……





 その先にいよいよ覚悟のいる、三百の石段が控えていた。



それを登りきると見えて来るのが懸涯造りの岩井堂だ。


秩父の清水の舞台とうたわれた場所だそうだ。

此処は元々は円融寺の奥の院ではなくて、れっきとした札所だったそうだ。





 秩父の清水の舞台とは良く言った。

とは思いつつ、スケールは段違いだった。



懸崖造りは埼玉県には四箇所あり、秩父地方には三寺院があるそうだ。



この岩井堂と明日行くつもりの三十二番札所法性寺だ。



もう一つは何時か訪ねてみたいと思っている太陽寺だ。


此処は関東の女人高野と呼ばれていて、宿坊として女性に人気のようだ。



残る一つは埼玉のほぼ中央に位置する吉見町にある岩室観音だそうだ。



吉見百穴入口付近の山肌にあり、岩を見事に活かした造りは一見の価値がある。

こじんまりとしていているけど……





 実はバイクで結夏と良く訪れていたんだ。


願い事を叶えてくれると言う、この上の百観音の砂を踏むために……


僕の願い事は結夏との結婚だった。


勿論、結夏も同じ気持ちだと信じていた。

でももしかしたら結夏はストーカーから身を守ってほしいと願っていたのかも知れない。



下は柱で支えられていて左右に四国八十八観音を模したと言われる石仏がある。


胎内潜りと書かれた急な階段を上って行くと、それがある。


結夏はお花見の時に家族で訪れて、此処を知ったそうだ。

それ以来、結夏のお気に入りスポットとなったのだった。



だから、どうしても僕と訪れたかったのだ。





 僕は岩井堂のその懸崖造りの下に降りて舞台を見上げてみた。



(あれっ!?)


何かが気になりすぐに崖をよじ登り、その舞台上がった。



二十六番に無かった探し物が其処に無造作に置かれていた。


それが秩父観音霊験記だった。



「やっと見つけたね。やはりあの金縛りの絵ではなかったね」

優香は嬉しそうだった。





 「此処まで上がって来るのも大変だったけど、この先もっと厳しい行程になると思う。優香に僕の我が儘に付き合わさせてしまって本当にすまないと思っているんだ」



「そんなこと……こんな山の奥に建設するなんて、凄いのを見せていただいて感謝してます」



「ありがとう優香。だけど此処、清水の舞台と言うには小さいね」



「確かに……」


優香は笑いながらその独特のお堂を眺めていた。





 険しい山道を歩き始めた僕達は、足を踏み外せば死に直結する怖さを覚えていた。



二本渡しただけの橋。

木の根で出来た自然な階段。

もし此処のすき間に足でも取られたら、即死が待っている。

そう感じた。



マジな話。

即谷底へ繋がることだろう。

もしかしたら、何人もの命を奪ってきたのかも知れない。


僕は優香を此処へ誘ったことを後悔していた。





 無いようでいてある、獣道のみたいな巡礼道。

切り開かれた道なき道を進む。

其処はまさに、修験道そのものだった。



暫く歩いていくと護国観音様と出会した。



「やっと会えた」

優香が台座の下によじ登った。



「あれっ、此処に観音様のお顔がある」


優香の視線の先には、蛙がいた。

でも僕からは、その観音様のお顔は見えなかった。



優香が降りた後、本当は罰当たりだと思いながら僕もよじ登った。


蛙の先を良く見てみると台座の下に確かに観音様のお顔があった。

それはまるで大切な物を隠すように其処に描かれていた。



昭和十一年建立のコンクリート製だと言うことだ。

秩父札所の発展に寄与した当時の住職のアイデアだと聞いている。




 二十七番大淵寺。

一旦下へ行き、所作を済ませてから通り過ぎた観音堂へ戻った。



護国観音の見える踏み石の上に上がり、先ほどの無礼を詫びた。



「おん、あろりきゃ、そわか」

聖観音のご真言を唱える。

回向文とお礼の後で山門近くにあった延命水を今宮神社で購入したペットボトルに詰めさせてもらった。





 二十八番橋立堂へ向かうには、一旦線路を越えてから二つ目の交差点で線路に架かる橋を渡る。


ほぼ道なりに進むと浄水場があり、そのまま更に山道を行く。



辿り着いた橋立堂の上には切り立った山肌があり、屋根の上を覆い被さるような威圧感があった。




「おん、あみりと、どはんば、うん、はった、そわか」


馬頭観音のご真言で、秩父札所の中では此処だけだった。

それがからか?

境内に大きな馬の像があった。





 本堂前に橋立鍾乳洞の入口があり、納経所で入場券も販売していた。



「鍾乳洞なんて初めてだ。入ってみようか?」


僕が言うと優香が頷いた。



こじんまりとしていて狭い。

暑さ寒さも彼岸までとは言っても陽射しはまだ真夏のようだ。

こう言う時の鍾乳洞は流石に涼しくて気持ちいい。



暫く行くと、胸付八丁ほどの上がり階段があった。



「何となく胎内潜りに似ているな」

何気なく言っていた。



「胎内潜りって?」



「結夏と行った……」


そう言って僕はかたまった。



「話して、結夏さんとの思い出聞きたい」


優香の真剣な眼差しは、薄暗い地下でも良く見える。


僕は躊躇いながらも話し出した。



「吉見の百穴ってトコの近くに岩室観音ってのがあって、胎内潜りと言う急な階段があるんだ」



「胎内だから余計なのかな?」


優香はそう言いながら僕の手を握り絞めた。



「さっき岩井堂へ寄っただろう? 実はあの時から思い出していたんだ。懸崖造りは埼玉県には四箇所あるそうだ。さっきの岩井堂と吉見岩室観音……秩父には後二つ、三十二番札所と太陽寺だ」



「えっ、太陽寺!? あの、関東の女人高野と呼ばれるトコ?」


僕は頷いた。



「わあ、一度行きたかったの。へーえ、其処も懸崖造りなのか……」

優香は何故か遠い目をしながら言った。





 二十九番長泉院

山門前に樹齢約百五十年の枝下桜の古木があり人の目を楽しませると言う。



その寺の近くにあるのが、樹齢五百年を誇る枝下桜が何本も残る名所の清雲寺だ。

実はこの桜は其処の苗をいただいたそうで、別名よみがえりの一本桜と言うらしい。



杉の木の日陰で育たなかったけど、浦山ダム建設時にそれらが伐採されてからは良く育ったら。



門前で巡礼者を迎える延命地蔵の向こう正面には、沢山の花が咲き乱れていた。



「おん、あろりきゃ、そわか」

所作の後聖観音のご真言を唱える。

本堂前に絵を描いた石が数個あった。



このお寺は江戸時代に二度火事で消失している。

その後に建てられたのが今の本堂だそうだ。





 三十番へ行こうと左に折れ、次の路地を左に曲がったった。

其処にあったのは休憩所だった。

其処でオニギリを食べてから青雲寺稲荷神社を抜けた。



でもその後が大変だった。

案内板を見失い、目的地に着かないのだ。


気が付いたら、三峰口駅前にいたのだった。


僕達は仕方なく、其処から電車に乗って御花畑駅に戻って来ていた。






通り過ぎた三十番札所には翌日向かうことにした二人だった。

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