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大好きな君へ。【結夏と優香】  作者: 四色美美
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付き添い体験

新人保育士の優香が初めての遠足に付き添います。

 五月十六日。土曜日早朝。

と、言ってももう八時なのだけど……

私は勤め先の保育園にいた。



今日は春の恒例行事、付き添い体験なのだ。

強いて言えば遠足で、市内見物も兼ねた父兄同伴型レクレーションだった。





 朝には滅法弱い私。でも、朝っぱらからテンション上げなくてはいけない仕事に就いてしまった。

オマケに今日は土曜日。

何時もならまだ夢の中にいるはずの時間帯だ。



「おはようございます。今日はよろしくお願い致します」


生憎の雨の中を続々集まってくる園児達のご父兄。

まさか眠気眼で挨拶する訳もいかず……

強烈な眠気覚ましのドリンクをコンビニで飲んできた。



それでも時たま出る欠伸を振り払おうと頭を揺すった。



「ヘッドバンギング?」


ドキンとして振り向くと、私の憧れの原島先生が笑っていた。

今は私の勤めている保育園の園長先生なのだ。

私はこの出合いに何故か運命を感じている。



バツが悪そうに俯くと、ポンと肩を叩かれた。



「違います。髪に何か付いているみたいで……」

苦しい言い訳だ。



優香(ゆうか)は昔から朝に弱かったからな」

そんな声が聞こえた。

慌てて声の方を見たら、男性陣が勢揃いしていた。


その中に見知った顔があった。



「ごめん。又仕事になったって連絡があって……」


そう言ったのはこの保育園出身の松田孔明さんだ。


孔明さんのお兄さんには離婚した奥さんがいて、時々応援を頼まれるのだ。

でも、お兄さんには絶対に秘密。

一人で育てるって大見栄切ったから、知られるのが怖いらしい。



孔明さんのお兄さんは優しい人だと知っている。

だから離婚なされたお二人が痛ましくて仕方ない。





 「天気予報、当たったね」



「でも午後は曇りの予想だからかえって良かったじゃん」



「今にも止みそうって雰囲気だしね」


私の発言の通りの小雨って言うか……

時たまポロポロ落ちてくる程度だったのだ。



だからなのか園児達は殆ど傘を差していなかった。



「子供達はスモッグに帽子だから、このくらいが暑くなくて丁度いいかもね」


私がそう言った時、孔明さんは甥っ子に手を引かれて整列していた。



私はもう一度頭を振ってから、慌ただしく一番先頭に加わった。





 普段は遊園地などが多いそうだけど、今日は地元の動物園と隣町の地球観測センターに行くことになっていた。



一緒に行けない父兄もいるかも知れないと思い、八時集合八時半出発にした訳だ。

だから気を遣わなくても良いのに、孔明さんに頼んだらしい。



駅まで歩いて、其処から電車で隣の駅まで行く。

駅からは、無料の送迎バスが出ているそうだ。

何故そんなまどろっこしい方法を取るのかと言うと、そうしないとステッカーが貰えないからなのだ。

道が狭くて混雑するからなるべく車で来ないでほしい。

そんな願いが込められているステッカーの配分だったのだ。



帰りは路線バスで動物園で下車して、夕方まで遊ぶはずだった。


それも親子のコミニュケーションには必要らしい。



保護者会でこの案が出た時、全員一致で決まった遠足。

保育園は休日だけど、臨時に庭のみ解放したのだった。





 でも問題が発生した。


訪問先と路線バスの停留所がかなり離れていることが判明したのだ。



地球観測センターからバス停までは大人の足でも三十分以上はかかるようなのだ。


でもそこは公の保育園の強み。

帰りのシャトルバスを動物園のバス停に止めてもらうように交渉したのだ。



断られ時のために、敷地内に待機中で空いている路線バスを入れさると同意してもらうことにしたのだ。





 九時半から、無料送迎バスは約十五分おきに出発する。

開催は十時から午後四時までだが、最終入場時間は三時半までとなっていた


私達は一番早いバスに間に合うように駅前に並んでいた。



地球観測センターに着いた時のは開始直前だった。



子供達はまず、宇宙飛行士の訓練服を着た。

次は画像展示コーナーでデジタル地球儀なども見て回る予定だった。

其処は土足で良かった。

でもお弁当を食べる休憩室のある棟は厳禁だった。



その他、イベントは盛り沢山。

キッズコーナーではプラバンでキーホルダー作り。

クイズに挑戦。

なんてのもあった。



その後で、風船で動くバルーンローバー作り。

これは三十分前に整理券が配られるから、私達は其処で並ばされていた。

あちこちと行きたがる子供達を並ばせる訳にはいかなかったのだ。

だから、開始時間ギリギリまでは自由行動だった。



十一時、十三時、十五時とあるけど、午後は動物園に行く手間えどうしても午前中に体験しておきたかったのだ。





 「あれっ、優香もコンビニ弁当か?」


そう言いながら、孔明さんが隣に並んだ。

そう私の名前は優香って言うんだ。

孔明さんが言った通り、お昼の弁当は眠気覚ましのドリンクを購入した時に一緒に準備した物だった。



兄は東京で下宿。

母はすでに他界していたので、父と妹との三人暮らし。

何時もならちゃんとお昼ご飯を用意するけど、今日はうっかり寝坊しちゃて…

結果、こうなってしまったのだった。



「これが終われば動物園だよね。此方もいいけど、あっちも魅力的だね」



「本当にそうですね。近所にあっても、普段なかなか来られないから沢山体験しておきます」

私は保育士らしくないことを言ったことに気付いて、思わず口を手で塞いだ。



「今日、私は引率だったんだ。私より子供達を楽しまなければいけないね」



「いや、子供達は保護者に任せて優香も楽しまなければいけないよ」

孔明さんが優しく言ってくれた。



大学生が考えた宇宙に関したクイズもその棟の中にはあった。

参加している子供達に悪いと思いながらも、帰る時間だと言って回った。



その甲斐があって、出入り口にあった段ホールにアッと言う間に使用済み靴カバーで一杯になった。



「何だかこれ、ドラマで良く見る現場検証の時の物に似てますね」

私はそれを外しながら何気に言った。





 シャトルバスなのか乗り合いバスなのか解らないけど私達は動物園とは反対側のバス停で下ろされた。



信号はかなり先なので、横断歩道で手を上げた。



先頭にはキャップとゴーグルを着けた人がいた。

沢山の子供達が渡り切るまで待たせたから、申し訳なさで胸はいっぱいだった。



――ブ、ブブー!!


いきなりクラクションが鳴った。





 「優香がいるから楽出来そうだけど、久し振りだから今日は思い切り遊んでやるよ」


その時孔明さんはそう言いながら、甥っ子の手を掴んていた。





 でも、その孔明さんに急用が出来て暫く抜けると言い出した。

何処に行くのかと目で追ってみた。



孔明さんは、横断歩道の脇で横倒しになっているバイクの元へ走って行ってしまったのだった。





 『中野先生。ちょっと離れても良いですか?』


さっきそう言ったのは孔明さんだ。

孔明さんは倒れたバイクを指差しながら言った。



『隼のヤツが』


確かに孔明さんはそう言った。



『しゅん?』


その言葉に何故か懐かしみを覚えていた私だった。





 (確か『しゅん』って言ってた気がする。何処かで聞いた名前なんだけど……。あっ、もしかしたら相澤(あいざわ)隼さん? なの?)


私は急に懐かしい名前を思い出していた。



そして本当に相澤隼さんかどうかを確かめたくなっていた。

私はそれを尋ねたくて、孔明さんの帰りを待った。


でも孔明さんはそれっきり、私に近付いてはくれなかった。

孔明さんのお兄さんの一人息子は何時も寂しい思いをしていた。

だから孔明さんを離さなかったんだ。



(何時かパパとママと三人で暮らせれば良いね)


その子を見てずっとそう思っていた。



今まで私から離れなかった子供が、家族の姿を見た途端にソッチに走り出す。

愛情を幾ら掛けても一瞬で見向きもされなくなる。

私は保育士と言う仕事の惨さをマジマジと感じていた。





 私は結局、何も聞くことが出来ないまま帰宅したのだった。

ただ『しゅん』って響きだけを胸に刻み付けたままで……



本当は私は心配していたのだ。

横倒しになっていたバイクを……



バス停から程近い横断歩道を渡りきった時にクラクションが鳴らされた。



びっくりして見たら横断歩道の脇でバイクが倒れていたからだ。



事故でなければいいって、思っていたからだった。



もし、相澤隼さんだったらどうしよう。

私は気が気でなかったのだった。



私が原島先生に憧れたには訳がある。

それは……

何時も相澤隼さんが原島先生にしがみ付いて離れなかったからだ。



だから私は孔明さんのお兄さんの子供を抱く。

虚しくても……

辛くなっても……

私はその子に相澤隼さんを重ね合わせていたのだ。





 相澤隼さんは以前子役をしていて、とある女優さんの息子だと噂があった。

私の母はその女優さんが相澤隼の母親だと思っていたようだ。

小さな頃住んでいたアパートの隣には、相澤隼さんが真二さんと言う叔父さんと暮らしていた。



私が生まれるずっと以前には叔父さんの親友とその恋人が住んでいたようだ。

だから母は、相澤隼の両親はその二人だと思っていたようだ。

本当は違うのに……



何時だったか、相澤隼さんに聞いたことがある。

彼のご両親は商社に勤めていて、治安の悪い場所へ連れて行くのを躊躇ったそうだ。

だから彼は叔父さんと住んでいたらしいのだ。



彼のご両親は今ニューヨークにいるらしい。だから、あの女優さんの子供ではないのだ。






それが隼と優香の出合いだった。

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