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大好きな君へ。【結夏と優香】  作者: 四色美美
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九月十八日

秩父札所へのお遍路に旅立つ前夜になった。

 九月十八日夕方、私は隼のマンションにいた。


保育園は早番だったために、この時間から支度が出来るのだ。



明日はいよいよ、秩父札所へ出発する。

今日はそのためのお泊まりだった。



勿論父には許可をもらった。

でも『嫁入り前なんだから』と釘を刺された。



父は私が小さい頃から相澤隼さんが大好きだってことを知っていた。

だから敢えて言ったのだ。



悪いことだと解っているけど身体が疼く。

どうしょうもないほど煮えたぎっている。



それをどう納めろって言うの?



いけない子になって、思いっきり隼に甘えたいよ。



ねえ、隼……

自分で言うのもなんだけど、純情可憐な乙女のハートを受け取って……





 下心を隠して、夕飯の支度をするために隣のスーパーへ二人で出掛けた。



「何が食べたい? ううんと腕を振るうよ」



「何でもいいよ。優香の作る物ならどれも美味しそうだから」


まるで夫婦のような会話にドキドキしながら、色々な売り場を回っていた。



その時私の頭の中では、とあるレシピが浮かんでいた。


それは間違いなく隼が大喜びしてくれるはずの料理だった。





 早速乳製品コーナーへ行き、まず三個入りのコーヒーゼリーを篭に入れた。



「食後のデザートはこれですか? 一つ多い気がするのですが……


隼の言葉に首を振る。

実は私は残りの一つを隠し味にしたかったのだ。



次に向かったのは野菜売り場だった。



「玉葱とジャガイモと人参……」


私は次々とレジ用カゴに入れて行った。



「カレー?」


その質問に首を振る。


その後で挽き肉とパン粉と玉子を入れた。



「もしかしたらハンバーグ?」



「ピンポン」




「わぁ、覚えていてくれたんだー」

隼ははしゃいでいた。

そう覚えているに決まっている。


私の王子様は……

冷凍ハンバーグのCMキャラだったのだ。



本当はあまり覚えてはいない。

だからパパに教えてもらったんだ。





 「でもあれは冷凍だったでしょ?」


私はニンマリ笑った。



「本格的なの行くよ」



「マジ」



「そうマジで。隼も手伝ってね。初めての共同作業だから……」


言ってしまってからその言葉の意味に気付いた。



「あれっ、顔真っ赤だよ。熱でもあるの?」


解っていながらからかう隼。

周りに誰も居なかったなら、唇で可愛い隼を口を塞ぎたい。


私は恋人達の時間を堪能していた。





 まず玉葱の皮を剥きみじん切りにする。


隼にはジャガイモと人参を担当してもらった。


ピーラーの使い方を習った隼は早速格闘を始めた。





 初めはぎこちない動きも徐々に慣れてきたようだ。


それらを一口大に切り別々に茹であげる。

一緒に茹でてしまえば楽だけど味付けが真逆だから仕方ない。

ジャガイモは粉ふきいもに、人参は甘煮にするつもりだったのだ。





 IHコンロにの表面には三つの電熱箇所がある。

取り合えず早目に茹で上がる人参を奥に移して、空いたコンロにフライパンを掛けた。


これであめ色玉葱を作るんだ。

生の玉葱でも美味しく出来る。

それは解っているけど、隼に本格的と言った手前手抜きは出来なかったのだ。





 濡れ布巾にフライパンを乗せ、あら熱を取って少し冷めた玉葱をボールに移す。

その中に挽き肉パン粉玉子を入れて良く混ぜる。

塩胡椒で軽く味を付けてから混ざったタネを四等分した。



さっき玉葱を炒めたフライパンをキッチンペーパーで軽く拭いてから丸めたハンバーグを並べた。



「お腹空いたでしょう? もう少しだからね」



「うん。もうペコペコ」


お腹に手をやりクルクル回す隼。

その可愛い仕草にキューンとなった。



ハンバーグの真ん中を窪ませてから中を開け、秘密の物を入れる。

そしてその上からハンバーグの一部を被せた。





 テーブルにセットされたディナーに目を輝かせた隼がいた。



「ごめんなさい。夕食までパンになって……」


私はご飯を炊かなかった。

本当は炊けないのだ。

隼のキッチンには、隼人君のためにお備えする小さな炊飯器しかなかったのだ。



「ハンバーグには一番合うから気にしないで」

隼はそう言いながらハンバーグの真ん中にナイフを入れた。

その途端に肉汁が溢れ出る。



「凄い。何これ!?」


それを待っていた。

私はあのコーヒーゼリーをハンバーグの真ん中に入れたのだ。

コーヒーゼリーの代わりに氷を押し込めても生焼けのない美味しいハンバーグが出来る。

てもコーヒーゼリーの方が肉と相まって、更に味が際立つのだ。



「あれっ、もう一つのコーヒーゼリーは?」



「もうお腹の中です」

私が言うと、隼は膨れっ面をした。



「僕が二つ食べようと楽しみにしていたに、一人で食べてしまうなんてズルいよ」


本気とも冗談とも受け取れる隼の発言にドキンとした。



「私が食べた訳でもないに……」


私はその場を泣いて誤魔化した。





 「泣き真似しても駄目だよ。ねえ、もう一つのコーヒーゼリーは何処に行ったの?」



(えっ、やっぱり本気かい……)

思わず笑いたくなる気持ちを隠してポーカーフェイスを意識する。





 私は仕方なくネタ話をすることにした。



「だからお腹の中です。うーん、何て言えばいいのかな? さっきのハンバーグふわふわだったでしょ? 実は真ん中にコーヒーゼリーを入れたの。あの肉汁の正体はコーヒーゼリーだったんです」



「えっ、嘘」



「主婦のアイデア……」

言ってしまってから、まだ主婦じゃないと気付く。

でも出てしまったものは仕方ない。



「てっ言うより、私のママの知恵だったかな?」



「ママの知恵? そう言えば優香のママ料理上手だったもんね……」


隼の声がフェードアウトする。

私は思わず隼を見つめた。





 「ごめんね。何時か言わなければいけないと思っていたんだ。あのね、優香のママのことだけど……」


一体隼は何を話すの?

私は自然に身構えていた。



「優香。優香のママが僕と帰らなくなったのはブランコのせいじゃないんだ。僕があの人の本当の子供じゃないと知ったからなんだ」


突然の隼の発言に戸惑った。



(あの人って誰? あの人以外考えられない。でも隼に聞いても良いの?)





 「あの人って、もしかしたら女優の……」


それでも私は言い出していた。



「マネージャーが週刊誌に売ったネタを信じ込んだんだ。優香のママは親父とお袋の恋を優香のパパから聞いて知っていた。だからあの授乳シーンを喜んだ。でも内容に唖然として、僕を遠ざけとしまったんだよ」



「嘘でしょう? ママがそんなことする訳がない」


そう言いながらも、頭の中では考え始めていた。



「そう言えばパパがママに言っていた。『週刊誌の記事なんか信じるな』って……そう言うことだったのね。私は別の話だと勘違いしていたわ。でも隼は結局、あの二人の子供だったんだよね。ママがパパの言葉を信じてくれていたら……」


そう……

私はあんなに苦しまなくても良かったのかも知れない。



「ごめんね。もっと早く話さなければならないって思っていたのに……」



「本当の御両親の結婚発表を待っていたのかな?」


私の発言に隼は頷いた。



「ありがとう隼。御両親に感謝しなければいけないね。それにアメリカで行方不明になっていた本当のお父様を探し出してくれた叔父様にも……」





 「本当のことは僕も知らなかったんだ。だからニューヨークにいる両親を本当の親だと信じていたんだよ。叔父にあの日真実を聞くまでは……」



「叔父様が私も誘ってくれたから……、私もあの場に同席させていただけて感謝しています」



「叔父はきっと全てを悟ったんだと思うよ。だってドアを開けた途端に僕と優香がキスをしていたんだから……」



「面食らったのかな?」



「ううん、きっと喜んだんだと思うよ。叔父は優香が僕のことを好きだって知っていたから」


その言葉を聞いて、隼の席に移動して唇を重ねた。

それは思わず出た行動だった。

私は隼に愛してもらいたくて此処にいるのだから……



隼は目を白黒させて驚いていた。



(私だって驚いたんだよ。まさか私がこんなに大胆になれるなんて……、本当に思いもよらなかったんだよ)


隼とキスしているのに、余計なことばかり考えている。


ねえ、隼……

このまま私を抱いてくれない?





 それでも隼は私の唇をそっと離した。



「優香……本当は優香を抱きたい。でも、今日は駄目だ。又結夏のことを出すけど、いい?」


仕方なく頷いた。

そうなんだ。

明日は結夏さんと隼人君の御霊を成仏されるための儀式だったんだ。

そんな日の前日に……

私ってなんて罪作りなんだろう。



「解ってくれてありがとう。五連休で何処まで行けるか解らないけど、まずはそれを済ませてからだ」


隼はそう言いながら席を立ってトイレに向かった。



「ゆうかの意地悪……」

隼はそっと呟いた。



(ねえ隼。今どっちのゆうかに向かって言ったの?)


本当は解っていた。



私には、こんな日に興奮させないで……

結夏さんには、僕は本当は優香を抱きたいんだ。

だと思った。



(悪いことしちゃったな。ごめんね隼。そして結夏さん……





 私はテーブルを片付け始めた。

明日から暫く留守になるこの部屋。


帰って来た時に清々しくなれるように……


キッチンも念入りに磨いた。



その時、後ろに人の気配を感じたと思った瞬間に隼の腕が私を包み込んだ。



「キスだけでいい?」



「ズルいよ隼……」


そう言いながらも隼の優しさに涙する。



(隼ありがとう)


それは軽く触れるだけのキスだった。

それでも私は、必死に疼く身体を納めながらも隼の唇に酔いしれていた。

罰当たりだと思いながらも……





 片付いたテーブルの上に図書館で借りてきた秩父札所めぐりの本を広げる。

第一番札所四萬部寺から第三十四番水潜寺まである。

気になったのは結願は善光寺と北向観音だと言うこと。

私は三十四番だとばかり思っていたのだった。

地図……観音像と続き、用具と参拝の手順が記されてあった。



結夏さんの御両親よりお借りしてきた白装束を一つ一つチェックする。

無いのは納経帳と納め札くらいだった。





 次に参拝の手順だった。


まず山門で一礼する。

仁王門の場合は左右の仁王像に一礼してから境内に入る。

出水場に行き、手と口を清める。

出水で身を清める。

左手、右手の順に清めてから、左手の水で口をすすぐ。



鐘楼で鐘を付く。

必ず参拝前に付く。参拝後に鐘を付くのは戻り鐘と言って縁起が悪い。

鐘楼のない所では省略する。

鐘を付くことを禁じている札所もあるので注意する。

早朝や夜はつかないこと。



輪袈裟と念珠で身支度を整える。

数珠を持ち、輪袈裟を確認してから本堂、観音堂へ向かう。





 持参した納札を納める。

指名等を記入したものを納める。

他に写経等があれば所定の箱に納める。


灯明と線香、お賽銭を上げる。灯明は上段から上げ、線香は中央に立てる。


読経し、合唱する。

本尊に向かって合唱する。読経に際しては数珠を手にしてもよい。開経偈、般若心経、観音経などを読経する。



墨書と朱印をしてもらう。


納経所で所定の納経料金を払う。

納経掛軸や判衣のある人は一緒に出す。

納経時間は札所および季節により異なるので注意する。


本堂に向かって一礼し、山門を出る。


札所で他の参拝者に出会ったときは互いに挨拶を交わすように努めたい。

マナーを守って参拝し、他の参拝者の邪魔にならないように注意する。





 黙読でその手順を何度も確認する。

結夏さんの霊を癒し、隼人君を賽の川原から救いだして私の子宮で育てるために……


それなに、私は隼との子供を授かる行為をしようとしていたのだ。

隼が征してくれなかったら、私は隼人君の母親になれなくなるところだったのだ。





 「ねえ隼。御詠歌の横に真言ってあるでしょう? 般若心経もだけど、これだけでもいいんじゃないのかな?」



「一番が《おんあろりきゃそわか》か……うん良いんじゃないのかな」



私達はこの本を持参することにして頭陀袋の中に入れた。






優香ははしゃぎ過ぎたようです。

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