Lv05 周囲に流されてきた人生
契約を結んだ、太郎とアリス。
2人はPCのモニターの前で向い合っている。
「どうやって僕を幸せにするか教えてもらおうか。」
早速太郎がアリスに質問する。
早く行動に移したいというよりは、アリスとその開発者という連中がどのようなアイデアを持っているのか、確かめてやろうという気持ちが強い。
「あら、なかなかせっかちね。
じゃあ聞くけど、貴方にとっての幸せって何?」
予想だにしていなかった質問をされて、太郎は答えに詰まってしまった。
これまでは漠然と幸せと言っていたが、よく考えれば幸せが何かなど考えたことがなかった。
頭に浮かんだのは、幼い頃に考えた将来の自分と夕方にケーキ屋の前で見かけた若い家族だ。
とりあえずは思いついたことを羅列する。
「結婚、子供、仕事、かな?」
「OK。多分貴方はこれまで幸せとは何なんなのかなんて、考えてもみなかったでしょ?」
図星だったが、ここで見栄を張って仕方がないので素直に答える。
「うん、まあ。」
「実はそんなことをしっかりと考えてる人の方が少ないの。
特に日本人はね。
世界でも有数の先進国で格差も少ない。教育も行き渡ってる。
周りの流れに合わせてればある程度の生活を送ることが出来るから
幸せとは何ぞや?みたいなことを考える必要がなかったの。
これまではね。」
「何それ。じゃあこれからは自分で考えなきゃいけないってこと?」
「当たり前でしょ。何で自分の人生を他人に委ねるのよ。
ロボットじゃあるまいし、みんな育った環境も違ったら能力も違う。価値観も違うでしょ。
そんなんで全員が納得する幸せな生活なんかある訳ないでしょ。」
人口知能であるアリスが言うと、イマイチ納得できないが、気にしたら負けだと思い太郎は突っ込もうとする気持ちをなんとか無視した。
「貴方大卒でしょ?何で大学に行こうと思ったの?」
「え?そりゃ、周りもほとんどが進学希望だったし、就職するためには大学に行っておかなきゃいけないって」
「ちなみに大学で何勉強したか覚えてる?」
太郎は返事に窮する。大学で勉強したことなんかほとんど覚えていない。
理系はついていけなく、本を読むのが好きだというだけの理由で文学部に入ったのだ。
授業はそれなりに真面目に受けてはいたが、改めて何を勉強したかと問われると何も覚えてないことに気付き愕然とする。
「覚えてないって顔ね。特に勉強したいことなんかないくせに周りに流されて大学行ってたんだから当たり前よね。
別に貴方を責めてるんじゃなくって、社会のシステムと風潮がそうなってしまってたってこと。
最近なんか大学で勉強を教えるんじゃなくて、就職の為のテクニックを教えることに時間を割くようになってるからね。
就職予備校みたいな感じよね。
要は、周りに流されるだけだと、満足のいく人生なんか送れないってことよ。
自分が何を望んでるのかと向き合うこともせず、周囲に迎合して、自分で考えて選択することを放棄して、何か嫌なことがあれば、自分は悪くない、世の中が悪いって責任転嫁。
世の中は貴方の人生の責任は取ってくれないんだよ。自分の人生は自分で責任を負わなきゃ。
他人任せで幸せになれる訳がないでしょ。」
アリスの言葉を聞いて、太郎は自分のことを省みる。
大学は周囲が行くからという理由で行った。
大学に行かないと就職が出来ないという風潮もあった。
しかし本当にそうだったか?
やりたいことと向き合うため専門学校に行ったり、進学はせずに海外に旅に出たりした同級生の方が充実した生活をしてはいなかったか?
就職だって、無為に大学に4年間通うより、何かを専門的に学んで手に職を付けてる方が有利ではなかったか?
就職してからも、最低3年は続けなければいけないという誰が言ったかも分からない言葉に影響されて、ブラック企業を辞めることなく働き続け、彼女には別れを告げられ、挙句の果てには体と精神に不調をきたしてしまった。
これも本当に3年も続けなければいけなかったのか?
みんながすぐに辞めれば、ブラック企業には人が残らず世の中から無くなるのではないか?
辞める時に手順を踏んで、次に応募する会社にきちんと説明すれば、再就職ができないなんてことはないんじゃないのか?
確かにこれまでは、自分で考える事なく、流されて生きてきた。
それでちょっと躓いて、いじけて何もすることなく、30歳になってしまった。
そう考えると何て無駄な時間を過ごしてしまったんだろう。
今更ながら後悔の念に駆られる。
太郎が黙って考えこんでしまってるのを見てアリスが声をかける。
「今更後悔しても仕方ないわ。これからを後悔しないように生きれば良いだけよ。」