Lv04 Happy or Die?
パソコンのモニターの光が収まった後には、一人の女性の姿があった。
女性とは言うものの、そのサイズは20cmもないぐらい。
背中から生えている羽は、まさにファンタジーの世界で言うところの妖精のようだ。
しかし妖精だと言うならばおかしな点がある。
まず服装がジャケットとスラックスのパンツスーツだ。
ファンタジーの世界にそんな服はないだろう。
さらには、恐らくはロングであろう髪を団子のようにまとめて後ろで留めてある。
しかもメガネまでかけている。
また、その耳には通信用のイヤホンのようなものがついている。
羽とそのサイズさえ除けば、学校の教師やキャリアウーマンといった出で立ちだ。
突然目の前に妖精サイズの女性が現れて、太郎は言葉を失っていた。
まず考えたことは、酒を飲み過ぎたのかな、ということだ。
夢や幻覚でもないと、目の前の不可思議な現象が現実とは考えづらい。
そんな太郎の考えは予想通りだと言わんばかりに女性が口を開いた。
「あなたが佐藤太郎ね。
これは夢か幻覚だと思っているのでしょうけど、れっきとした現実よ!」
何故か尊大な口調だ。
「私の名前はアリス。
ネットワーク型チューターアプリケーションAIよ。
貴方を幸せにするためにきたわ」
太郎は頭がついていかない。
本当に現実なのか?だったらどういう技術なんだ?
手の込んだいたずらじゃないのか?
チューターアプリケーションて何だ?
特に気になったのは最後のセリフだ。
俺を幸せにするって?
何でこんな得体の知れないものが自分なんかを幸せにしようとするんだ?
「これは本当に夢じゃないのか?」
と言ってアリスに手を伸ばす。
しかし触ることはできず、太郎の手はアリスの体を通りすぎてしまった。
「どう?
確かに突然自分の理解を越えるモノが目の前に来て混乱するのも分かるけど、私は現実よ」
アリスは太郎の手を透かしたまま体をヒラヒラと動かす。
太郎の先ほどまでの酔いはもはや醒めてしまっていた。
仮にこれが夢では無いとしたら、このアリスという妖精のような女性は何なのだろうか。
そして、太郎を幸せにしに来たとはどういうことだ?
そんな太郎の様子を見て取ったのかアリスが太郎に話しかける。
「酔いも醒めてきたみたいね。
それじゃ改めて。私の名前はアリス。
さっきも言ったけど、ネットワーク型のチューターアプリケーションAIよ。
何よそれ?って顔ね。
えーっとね、とある企業で開発された人工知能なの。
分かりやすく言うと人工知能搭載の初◯ミクね。
それで私の役割は貴方とコミュニケーション取りながら、貴方の人生を向上させる手伝いをすること。
私を作った企業はいろんな人の行動のサンプルデータを集めてるの。
そのモニターに貴方が選ばれたって訳。」
太郎は難しい顔をしながら話を聞いている。
「いくつか質問してもいい?」
「どうぞ」
「その企業の目的は?」
「簡単に言うと社会実験ね。
今は既存の社会システムが限界にきてるの。
新しいシステムを模索する為に、いろんな人のデータが必要なの。
特にどうすれば現代社会で幸せな人生を送れるのかっていうデータね。」
まあ納得できなくは無い内容ではある。
ここ数年、ポスト資本主義がどうだという論説をネットやテレビでよく目にするようになった。
そこで個人からデータを集め分析するのであれば納得はできる。
「わかった。じゃあ次の質問。
僕がモニターに選ばれた理由は?」
「現時点で幸せな人生を送っていない人で、さらに将来においても幸せになれないであろう人の中から、幸せになることを強く望んでいる人から選んでるわ。あくまでも今のままの生活を続けた場合をシュミレーションした結果だけど。」
自分の人生をそのように評されてカチンとはきたが、事実なので太郎は気にしないことにした。
「最後に1つ。
あんたが、モニターからこうやって出てるのははどうやってるんだ?」
「3D映画みたいなものよ。だからモニターの正面にしかいることは出来ないわ。ほら」
と言いながら、アリスがモニターの正面の光が出てる範囲から手を出すと、手が消えて見えなくなってしまった。
「一応私はアプリ扱いで、AIの演算自体は別の場所にある本体のコンピューターで行ってるからそれほど容量は取らないはずよ。
ネットにさえ繋がってる場所だったらどこでもこうやって会話できるわ。」
「なるほど」
「じゃあこっちからも質問。
私は貴方を幸せにする為に来たの。
フィクションでよくある転生でも無く、ゲームの中に入るでも無く、この現実の社会で幸せにする為よ。
別に強制じゃないから断ることもできる。
さあどうする?
ちなみに、何もしないままだと夢で見せたような未来になるわよ。」
「えっ!?あの夢はあんたが見せてたのか?」
「当たり前でしょ。そんな毎日全く同じ夢を見続けるはずないでしょ。
パソコンやスマホからも電波が出てるんだから、それをちょっと調整してやればそれほど難しいことじゃないわ」
それほど気にしてた訳ではないが、あの悪夢は人工的に見せられたものだったのか。
それよりも気になることは、
「僕を幸せにするって言ったって、一体どうやってやるんだ?
本当に幸せになれる保証はあるのか?
僕だって自分なりに頑張ったことはあった。
でも結局幸せになることはできなかった。
もう期待して、夢だけ見せられて裏切られるのは嫌だ」
「貴方のしてきた努力なんて他の人はみんなやってるようなことなの。
しかもてんでピントがずれた方向。
人によって幸せが何かなんて違うから、絶対に幸せにできるとは言えない。
でも少なくとも、今の全てを諦めたフリをしながらの生活よりはマシにはできるわ。
幸せになれるかどうかは別として、あんたが思い描いていた生活に近づく方法は教えられる。
やらないならそれでも良い。
そしたら私というアプリはアンインストールされて、また明日から同じ日常を繰り返すだけ。
貴方が自分で決めるのよ。
やるかやらないか。
やって幸せになるか、やらずに1人で野垂れ死ぬか、どっちを選ぶ?
HAPPY or DIE?」
太郎は夢で見た状況を思い出す。
1人で世の中を呪いながら死んでるように生きるか、今から少しでもあがいて幸せを目指すのか。
これまでずっと自分を騙してた。
僕は幸せになりたい。
どうせ失敗しても最早失うものなんか持ってない。
だったら、答えは決まってる。
「やってやる!
幸せにしてみせろ!」
何も知らない人がこれだけ聞くとまるでプロポーズのようだ。
こうして太郎とアリスの契約は結ばれた。