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『休まず動く? 動かない? つらいのは……さあどっち?』

 


 『休まず動き続けなければならない』と『休まず動いてはいけない』では果たしてどちらが辛いんだろうか?


 その『命題』を数時間ほど考えているが答えは見つけられていない。


 だが一つだけ言い切れることはある。


 典型的な日本人である僕にもその真理は頭ではなく全身で理解できた。

 

つまり『どちらもかなり疲れる』ということだ


「ゴホンッ、ゴホンッ」


 隣のブースから聞こえる咳払いにさらに身体を硬くする。 


 まるで冷凍マグロのようにガチガチに硬直した身体を維持しながら今日何十回目のため息を遠慮がちに吐く。


 な、な~に! あのままシェイクとハンバーガで朝を待つよりも少しはマシだったじゃないか!


 ダークサイドに堕ちそうな自分を奮えたたせながらも身体は『冷凍マグロ』を維持している。

 

 そんな芸当なんて覚えたくないのに……。


 むき出しの配管を見上げながらも弱音を飲み込む。


 ここはつい数時間前に満室で断られたマンガ喫茶の店内。


 充電を終えて再び復活した携帯を活用しても無常にもホテルの満室の数は減っていなかった。 

 絶望を表現する文字は液晶画面を埋め尽くしていた。


 ここまでくればショックは少ない……それでも持ち上げる足をわずかに重くする程度には絶望した。


 まるで家出少女のように、ネット難民のように、あるいは宿を確保できなかった負け犬のようにシェイクとハンバーガだけで何時間も店内で凌ぐしかないのだろうか? 


 別にそれが嫌なんじゃない……、ただひっきりなしに来るお客が自動扉を開けてその冷気が流れ込んでくるのが嫌なのだ。


 雨は止んだとはいえ、夜も更け、冷却された夜風が吹いている。


 そして汗が冷えて体温の下がった僕にとっては実際以上にそれは辛いのだ。 


 そう、心も身体も凍らせてしまうほどに……。


 それでも屋外にいるよりかはマシだとは重いながらも憂鬱に歩みを進めていく、そんな僕の前で一人の男が自動ドアをすり抜けて出て行った。


 そしてその店はマンガ喫茶だったんだ。


 それを見た瞬間をなんと例えれば良いのだろうか? 


 砂漠のオアシスを見つけたかのよう? 遭難者が救助隊に発見されたとき?


 いやもっと簡潔に考えよう……コンビニの可愛い店員が僕の手を取っておつりを渡したときくらいかもしれない。


 なんにしても救いは来た!


 足を休め、好きなだけドリンクを飲み、愛読書であるマンガを読みふけて悠々と朝を待つことが出来るんだ!


 確定された希望にキラキラと輝かせながら僕は店内に入っていった……。


 そして現在、僕は椅子の上で死体のように肢体を強張らせてここに居る。


 強すぎる希望はかえって絶望を増す……だから可愛い子とエロエロなことをしたいのなら風俗はやめておきなさい。


 悟りきった先輩の言葉がリフレインする。

 

 そうだ、きっと僕は過剰に期待をしてしまっただけなんだ……。  


 料金が僕の地元よりも三割程高いことは別段問題じゃない。


宿泊するホテルが無い僕にとってはここしか行くところが無いのだから……むしろ涙を流してありがとうございます!


 と叫んで感謝することだってやぶさかではない……心と違うことを言うのは仕事で慣れているからね。


 無意識に身じろぎをしたようで腰の下で黒板をひっかくような金属音が放出される……だがこれには我慢することは出来ない。


 いや、正確には我慢は出来る、しかしそれは僕だけでしかないのだ。


 店内に開いているブースは一つしかなかった。 意気揚々とブースに入った僕は疲れもあって、備え付けられた椅子に乱暴に体重を預けた……そしてそのときに響いた不快な『金切り声』は周囲に居た人間達の眠りを妨げてしまった。


 効果は抜群のようで、前後左右のブースからは彼らが起きだしたのを感じ取ることができ、一部の人はわざわざブースの仕切りの上からこちらを確認するものも居た。 


 それは先ほどとはまた違う絶望だ。


 いや絶望ではなく苦行だという表現が正解かもしれない。


 なぜならこのブースの椅子は拷問を受けているかのように少しでも動こうものなら『悲鳴』を上げてくれるのだ。


 そしてその度に、周囲からは眠りを妨げられた者達の『怨嗟の意思』に晒されてしまう。 


 特に隣のブースの人間は中々に荒ぶっているようで、僕が椅子から『悲鳴』を上げさせると抗議の咳払いをしてくる。


 彼や彼らの抗議に抗することは疲れきった僕には出来ない……というか今は気力が完全に尽きているのだ。


 よって僕はかれこれ二時間ほど椅子の上で石仏の用に鎮座しているのだった。


 唯一の救いは椅子に座る前に用意したウーロン茶で喉を潤すことが出来るくらい。


 それとて細心の注意を払い、コップに手を伸ばさなければ身体の下から『嘆きの叫び』が響き渡る。


 だがそれでも外で過ごすよりかはマシだろう。


 マシだと思いたい。


 マシなんじゃないかな?


 ……ちょっとわからん。 


 って、イカン! イカン! ネガティブ方向に思考が進んでいる!


 身体を動かさず、首を横に振って気持ちを振り払い、そして上を向いて今日の思い出を振りかえってみる。


  行けるかどうかもわからずに努力して金をため、懊悩の末に決意した北陸への旅行。


 無から生み出された新しき祭りと本来の神事への敬意を込められた儀式。 


 

 八百万の神に新しく加えられた新神しんじんへの祝福かとも思えるような終了まで降り注がなかった雨。


 

 そしてバスの運転手ですら小粋なジョークを交わす程に親しまれたこの祭りはきっとこれからも続くのだろう。


 経済効果も高いしね……。


 だから今はもう息を殺して朝が来るのを待とう……。


 神託のように宣言された来年の祭りをまぶたの裏に見て……。






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