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呼び出し放送

 物語の世界に現実と同じ名前の人物が登場する、というのが今やっているリレー小説の面白いところで、だから私はこんなに夢中になっているのだと思う。


 私の書く「川田くん」は性格が悪くてちょっと狂気的。川田くんの書く「山村さん」は私と違って優しくて、それでいて流されやすい。その性格はどちらかというと川田くんに似ているんじゃないだろうかと思う。


 それから「長瀬先輩」も脇役として登場する。物語の中だからという理由で、現実では本人に向かって絶対できないことをしてみたくなる。そんな悪い考えで書いていたから、さっきはうっかり現実の長瀬先輩と物語の「長瀬先輩」を混同してしまった。


 大体名前が同じだから頭の中がややこしくなるんだよ。何もかも川田くんが悪い、とそこに醍醐味を感じていた自分を棚に上げて責任転嫁する。


 これからも書き続けていくのなら、現実と物語で呼び名を変えないとますますややこしくなるかもしれない。


「先輩、呼ばれてません?」

「え?」


 川田くんが鉛筆を持ったまま廊下の方を振り返った。言われて耳を澄ますと、くぐもった声の放送が閉じた扉の向こうから聞こえる気がする。でも何を言っているかまではわからない。


 川田くんが言ったことを信じて慌てて部室の扉を開き、繰り返されるはずの声を待ち構える。部室には放送が入らないので集中するにはもってこいな環境なのだが、こんなときには少し不便だ。


 何か呼び出されるようなことをしただろうか、と今日一日を振り返るが心当たりはない。緊張しながら待っていると、聞きなれた担任の声がスピーカーから流れた。


「繰り返します。二年一組の山村香澄。至急職員室の岩下の所まで来てください」


 ぶっきらぼうなその言い方は、岩下先生の機嫌があまりよくないことを表していた。普段は親戚のおじちゃんのように気さくな先生が、眉間に皺を寄せてマイクに向かってしゃべっている姿を思い浮かべる。


 何したっけ。岩ちゃんは時間には厳しいけど、その他のことには寛容なはず。


「先輩、何したんですか?」


 川田くんが面白そうに私に聞いてくる。そんな興味津津で見られても、特に話のネタになるようなことはしていないはずなんだけど。


 心当たりがなくても呼ばれたからには行かないとしょうがない。遅くなればそれだけ岩ちゃんを不機嫌にさせてしまう。人を待たせることはその人の時間を奪うこと、とかなんとか言って。


 時間という言葉に引っかかった。そう言えば今日は何時だったかに何かあった気がする。


「……あー、忘れてた」


 面談、だ。

 最近やった実力テストという嫌がらせの結果について、クラス全員が面談の予定を組まれていた。今日が私の順番で、時間になったら職員室に来いと言われていた。


 朝までは覚えていたはずだったのに、部活の時間が近づくにつれて川田くんが書いているはずの続きのことに頭の中が占領されて、すっかりそのことが抜け落ちていた。

 部室に掛かっている時計を振り返ると、約束の時間をきっかり五分も過ぎていた。


「ごめん、ちょっと行ってくる」

「何の呼び出しなんですか?」

「面談だよ。実力テストの。あ、もう書き終わってた?」

「いえ、まだです。書き終わっても本読んで待ってますから、長くなってもいいですよ」


 川田くんが優しくそう言ってくれる。


 そんなに長くなるつもりはないんだけどな。面談が長くなるってことは、それだけテストの結果について言われることが多いってことで、それってつまりは私があんまり勉強できないと思われてる?


 と、深読みしそうになるのを押し止める。川田くんは私が気兼ねしなくていいように言ってくれてるだけで他意はないはず。そういう意地悪発言をするのは物語の中の「川田くん」だ。


「はーい、じゃあ行ってくるね」


 やっぱり混同しないように呼び名を変えようと思いつつ、廊下を小走りになって職員室へ向かった。




 職員室は二階。三階にある部室からは、階段を下りてちょうど対角線上の位置にある。どうってことない距離なのに、急いでいるときにはなかなかたどり着かないから不思議だ。


 階段の最後の二段を跳び下りて、ロの字に建っている校舎の一辺を駆ける。直角に廊下を曲がりゴールまで後少し、という所で思わず足を止めた。きゅ、と廊下と靴が擦れて小さく音が鳴る。


 たった今職員室から出てきた生徒がいたのだ。


 学校指定のダサい青ジャージを着ているから、多分運動部の人で。背が高くて。失礼しました、と運動部らしくきびきびした動作で頭を下げながら言う声には聞き覚えがあって。


 まだ、あっちには気付かれていない。そのまま早く行ってしまって。


 隠れる場所もなく、咄嗟に引き返すこともできずに、私は俯いて意味もなく廊下の端っこに寄った。立ち止まっていると悪目立ちするかもしれない、という理由だけに背中を押されて足を動かす。


 歩幅で測量でもするみたいに、左足の爪先に右足の踵を合わせて、右足の爪先に左足の踵を合わせて、いーち、にーい、と心の中で数えた。


 進む先で扉がスライドするのが聞こえる。た、たん、と勢いを殺せずに柱と扉がぶつかって、ボールをドリブルするように弾んでいる。

 きゅ、と靴音が回れ右をする。そうだ、そのまままっすぐ行ってください。私は今無色透明になっているのです。誰も私に気付かないのです。


 けれど私の願いは聞き届けてもらえなかった。

 遠ざかっていたはずの音が一度止まり、再び動き出す。こちらへ向かって。


「山村さん」


 うわああ。どうしてこっちなんか振り返ったんだろう。そのまま前だけを向いていてくれればよかったのに。


 どんな顔をしていいのかわからないまま、嫌だと顔に出さないように気を付けてそちらを見上げた。ぼーっとして歩いていたので呼ばれて初めてあなたがいることに気付きました、という演技を頭の中で組み立てる。


「長瀬先輩、こんにちは」


 曖昧に嘘くさく笑う私とは違って、長瀬先輩は爽やかに微笑んでいた。


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